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森脇康行です。             LSDから始めるランニングの世界を追求します。コミュニケーションを大切に、そして健康に注意しながら走っていきたいと思います。
by hasiru123
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走友会とは(3)
先に、走友会を変えていくには「マニュフェスト」を作るなどして長期的にじっくり進めていくのがよい、という趣旨のことを書いた。そして、マニュフェストできちんと会の方向を指し示し、評価サイクルが動くことは、走友会に集う会員の意識が変わり、積極的に考え、行動することにつながる、とも書いた。理想論かもしれないが、そういう将来の絵を書くことは、必要である。

ところで、昨日毎年行っている近隣走友会の情報交換会に参加した。出席した走友会の代表者の報告からはマニュフェストを作って、長期的な戦略を持って変えていこうというところはなさそうだった。

結果として、会員が固定化し、平均年齢が毎年1歳ずつ高くなるという会がある。「加齢による体力低下や故障から、ゆっくりランやウォーキングに切り換える人が増えている」という。多くの仲間で走ることが少なくなり、個人で好きなときに体力に見合った距離を歩いたりジョギングしたりするようになったとも語っていた。

走る距離や時間が短くなったりするばかりでは会の今後が心配だ。しかし、走ることに対する熱意や希望は衰えることがなく、次の世代に伝えようとする活動も積極的だ。ある走友会では、毎年自治体から補助金を拠出して「初心者向け健康ジョギング教室」に取り組んでいる。また、昨年から大学や自治体をの共催でスポーツ教室を開いたり、毎年元旦マラソンを主催して地元に恒例行事として定着しているところがある。グリーンキャンペーンと名付けてトレイルランのコースの清掃活動を定期的に実施しいるクラブもあった。

これらのキーワードは「協働」である。楽しくなければランニングではないのは当然のこととして、楽しみを共有することから贈与することへの変化が感じられる。大きな進化である。

ところで、若い世代のランナーの加入を促進させて、大学の選手たちと一緒になってトレーニングを行うなどの変身を遂げつつある会もある。練習の厳しさもさることながら、これらのチームに冠したいキーワードは「女性」「子供」「ネット」だ。わがWGMも他の走友会から学ぶところ大である。
# by hasiru123 | 2012-05-20 23:21 | TRAINING | Trackback
走友会とは(2)
走友会でも「成長」は必要である。

この場合財源などの規模の拡大は問題ではなく、走る仲間の輪の広がりこそが走友会の将来を左右する大切な課題だと思う。右肩下がりのこの時代に「成長」という言葉はふさわしくないかもしれない。しかし、走る仲間の輪を広げるという意味で走友会にも「成長戦略のシナリオ」は欠かせない。これがないと、マラソン大会などに参加する市民ランナーの増加の流れに乗り遅れる懸念がある。

歴史のある走友会ほど世代が固定化する傾向があるようだ。というのは、走友会を立ち上げた世代が多く残っていて、発言権や影響力が強いのが普通だからである。世代間の垣根があって、若い世代との交流が活発でないと、一定の世代で固定化されやすい。グラフにたとえると、「かつては極端なたこつぼ型だったのが現在は逆ピラミッド型」というケースが、その一例である。

雑誌「ランナーズ」が毎年公表している「フルマラソン1歳刻みランキング」から集計してみたところ、フルマラソンを完走した人の年代構成比は次のようになっていた。20代17%、30代29%、40代29%、50代17%、60代以上8%(2010年度)。フルマラソンという長い距離のレースであることを割り引いても、グラフにしたら現在のランナーの集団の形は概ねたこつぼ型といえるだろう。

当然のことながら、走友会の性格や特徴によって年代構成比は自ずと異なるが、上記の比率は意識しておいていいだろう。もし極端な逆ピラミッドだったりしたら、なぜかと考えてみる必要がある。もしかして、これからの成長を阻む要因が潜んではいないかと。

しかし、だからといって「若い世代を早急に取り込まなければ」などと、焦ることはない。私の提案はこうである。政党では今はやりの(「かつてはやりの」というべきかもしれないが)、「マニュフェスト」を作ってみてはどうか。走友会が長期的に改善していく必要のある課題を整理し、計画を立てて実行し、そして評価するのである。

たいていの走友会は各種団体と同じように1年サイクルで回していて、総会などで活動結果を報告したり、活動計画を立てたりしている。短期的には1年サイクルで問題ないが、会をどう変えていくかという取り組みは、長期的にじっくり進めていくのがよいと思う。そのためには、実行性のある「マニュフェスト」があると後に評価がしやすく、人が変わっても引き継がれることが可能だ。

いわゆる「見える化」である。そして、なによりも「マニュフェスト」で評価サイクルが動くことによって、走友会に集う会員の意識が変わり、積極的に考え、行動するようになることが期待できる。
# by hasiru123 | 2012-05-13 20:05 | TRAINING | Trackback
走友会とは(1)
「かつての市民ランナーはよく学んだが、最近のランナーは・・・」という声を市民ンランナーの指導者から聞くことがある。これにはいろいろな側面があって、一概に言い切ることはできない。市民ンランナーのランニングについての学習状況について、ランニング学会理事の山中鹿次さんは、ランニングブームの初期のランナーと比べて走ることについて学ぶ意欲が薄れている理由として以下の2点をあげている。

1 初期のランナーは自分たちで走友会を立ち上げ、試行錯誤してきたパイオニア精神があったが、ベテランとなった時点で惰性から学ぶ必要性を感じなくなったこと

2 ホノルルマラソンの娯楽化や国内の大会増加で、ビギナーがすぐに大会に出てしまうこと(ランニング学会「今日からはじめる実践ランニング読本」)

山中さんが同書の「ランニングの社会学」という章で書いたのは2001年のことだが、10年以上経過した現在でも、その指摘は当てはまる。ただし、その後のランニング環境の変化により、私はもう2点を加えたいと思う。それは、

3 雑誌媒体やネットを利用することによりより簡単に情報や知識を得られるようになったことで、セミナーに参加したり走友会にコーチを招聘したりしなくても済むようになったこと

4 ランニング人口の急増により、総体的にビギナーの占める割合が高まったことから、結果として熱心な学習者比率が落ちた(ように感じられる)こと

4については、笹川スポーツ財団が行なった「成人のジョギング・ランニング実施率の推移(1998年~2010年)」の調査結果から知ることができる。「週2回以上走る」という人の割合が2002年には2.1%だったのが8年後には4.2%と2倍以上に増えていることからもうかがえる。ランニング愛好者の増加を一過性のものにしないためには、各ランナーが積極的に学ぶように働きかけるにはどうしたらよいか、という視点で考えたい。以降、走友会についてのあり方について書いてみる。
# by hasiru123 | 2012-05-07 23:19 | TRAINING | Trackback
蚤の市/川越市久保町
ゴールデンウィークが始まった。初日の28日は、朝から初夏を思わせるような強い陽が照りつけた。川越市にある成田山新勝寺の別院では、毎月28日に「蚤の市」が開かれている。私の記憶では、始まってから30年以上になるかと思う。成田山前は通勤で毎朝のように通るが、市の日に天候が悪くて休止したというのは見たことがない。

久しぶりに、掘り出し物を見つけに出かけてみた。

境内には早朝から、100件を超える骨董・古民具などの店舗が集結し、多くの骨董ファンで賑っていた。境内に入りきらずに、歩道にはみ出している店舗もかなりあった。時計や家具などのアンティークに加え、リサイクルの衣料品、特に着物類が多いのが目を引く。

私もかつて、鎌倉彫りの書類箱をここで求めたことがあって、今でも和室において使っている。それから、お気に入りの和風のコーヒーカップもここで買ったものだ。

県外からの顧客も多いと聞く。外国人観光客も多数見かけた。今や、川越市の重要な観光イベントとしても定着した感がある。ただし、クルマで来られる方はくれぐれも違法な駐車で近隣に迷惑のかからないようお願いしたい。

以下は、昨日撮った写真のうちの5枚である。

                  東門前で

                  境内に入りきれなかった店は歩道に

                  常連の外国人客もいる

                  たくさんのテントが並ぶ境内

                  東門前での談笑風景
# by hasiru123 | 2012-04-29 22:23 | ANOTHER WOELD | Trackback
孤立死をどう防ぐか
昨日はある陸協の総会とそれに続く懇親会に出席し、今日は地元自治会の総会に出てきた。陸協の懇親会では、地元で民生児童委員として活動しているA会員と話す機会があった。また、自治会の総会では、審議の前に少しだけ挨拶をさせていただいた。その話題がたまたま共通していて「孤立死をどう防ぐか」だった。

ランニングから少し離れて、このことについて書いてみたい。

2月以降、新聞の社会面から目が離せなかった。それは、高齢者の孤立死が各地で起きていたからである。しかも、一人暮らしの孤立死だけでなく、高齢者や障害者が複数で暮らしていて行政の手が差しのべされなかった世帯での悲劇だった。

つい先ごろ、東京都江戸川区で起きた小学生を含む一家4人の無理心中事件が報じられていた(4月12日毎日)。この一家は、今年1月に父親が自殺していて、母親も精神的に疲れていて自殺をほのめかしていたという。母親の義父がこのことに気づき、子供の通う小学校に相談したり、子供家庭支援センターに連絡したりするなどの対応はとっていた。母親からそれ以上かまわないように言われると、義父はその後のコンタクトをとるのをやめた。

せめて子供だけでも保護するなどの対策がとれなかったかと、惜しまれる事件だった。これまでは自治体や地域の民生委員が重視していたのは独居世帯の高齢者や要介護の高齢者夫婦だったが、複数の家族が暮らす世帯でも孤立死は起こりうることを示している。

これらの亡くなった世帯には支える側と支えられる側とがいて、支える側に異変が起きると弱い支える側が共倒れになる。

2010年に内閣府が行なった「高齢者の地域におけるライフスタイルに関する調査」(注)では、「孤独死」について60歳以上でひとり暮らしの64.7%が身近に感じると答えている。夫婦ふたり世帯だと44.3%、二世代同居などそれ以外の世帯では37.0%だった。

この結果からもわかるように、ひとり暮らしよりも夫婦ふたり世帯や二世代同居の方が互いに助け合うことができるので安心だ。しかし、高齢者が一人ですごす時間はけして短くはなく、家族が不在だったり目を離している間に亡くなったりするケースも稀にあるそうだ。大規模有料老人ホームの浴場で転倒し、2時間近く誰にも気づかれずに放置され、結果心肺停止に至った事故もあると聞く。

行政だけに頼るのはもはや限界に来ているのではないか。最近は、公的な支援を拒否する住民が現れたり、支援を必要としている人たちが見守りの対象から抜け落ちたりして、行政の目が行き届かなくなっている。支援を必要としている世帯についての情報共有や電気・ガス・新聞販売等の事業者からの情報提供など、住民による自主的な取り組みが必要である。また、自治会や民生委員などに十分な情報と権限をあたえるなど、住民による積極的な関与の仕方も考える必要があるだろう。

緊急の対応はひとつ間違えば住民とのトラブルに発展するリスクを伴う。また、個人情報保護法の兼ね合いが難しい。個人情報を第三者に開示できる柔軟な仕組みを早急に構築する必要がある。

例えば、高齢者が住む住宅をくまなく訪問し、家族構成や健康状態、知人の連絡先、かかりつけの診療機関、悩みごとはないか、などについて丁寧に聞き取ることである。そして、それらをデータベース化して、自治会や民生委員などで共有することが大切になると思う。

ランニングに話を戻すと、仲間を作って走っている人たちにとっては「孤立死」は無縁で、他人事のように思うかもしれない。自分の変化を周りに気づかせる機会にあふれているからだ。だが、そうばかりとは言えない。ひとたび自分あるいは家族に異変が起きたとき、SOSを発することができないリスクはたくさんある。いったんは他人事と認めた上で、わが身に置き換えてみることが必要だ。孤立死はいつ、どこで起きても不思議ではないのだから。


(注)高齢者の地域におけるライフスタイルに関する調査 → http://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/h21/kenkyu/gaiyo/pdf/kekka1-1.pdf#search='高齢者の地域におけるライフスタイルに関する調査'
# by hasiru123 | 2012-04-22 23:02 | ANOTHER WOELD | Trackback
陸上も日本水連に学ぶときが来た
4月に行われた競泳の日本選手権は、近年にない見ごたえあるレースだった。ロンドン五輪の代表選考がかかった大一番だったことに加えて、明確な選考の基準が設定されていたことが効果をあげたのではないかと思う。

「日本選手権の決勝で、派遣標準記録を破り、2位以内に入る」というのが、今回の代表決定の条件だった。とてもわかりやすい。それに比べ、陸上競技の男女マラソンの代表選考は、これと対極にある選考方法だと言わざるを得ない。マラソンの選考基準は「各選考会の上位選手から本大会で活躍が期待される競技者」ということで、報道などを通して理解している。しかし、この基準はわかりにくい。

「報道を通して」と書いたが、マラソンのギョーカイにいる人間にしか事前に知ることができないからだ。日本陸連の公式ホームページなどで公表されず(調べてみたが見つからなかったので、多分記載がないのでしょう)、基準についての記者会見をしたということも聞いたことがない。透明性という点で、気になるところだ。

同じ陸上競技でも、トラック&フィールドの方は複雑ではあるがもう少しスッキリしている。代表選考の基準は、たしか「一定期間内における世界陸連の標準記録A突破者で日本選手権1位」は即内定がもらえる。A突破者は最大3名までが可能なので、日本選手権を含めた代表選考会の結果から選考される。A突破者のいない種目は、標準記録B突破者から1名が、これも日本選手権を含めた代表選考会の結果から選考される。短距離や跳躍などは、日本選手権などから選考できなかった場合に、7月に行われる南部記念陸上の結果を見て追加内定が出される。

これまでの選考方法から多分こうであろうという私の推測で書いてみたのだが、多少間違っている点があるかもしれない。最近は陸上競技の専門誌を見ていないので、その程度の知識である。これは、知識が足りないというよりは、一般の陸上ファンが知りうるようには公開されていないことに起因する。これもマラソンと同様に、透明性という点では疑問符がつく。

そして、トラック&フィールドはなぜこんなに複雑なのか。想像するに、標準記録の突破者であれば、Aはあればもちろんのこと、AがいなければBでもいいからできるだけ多くの代表選手を選びたい。陸上競技にあてられた代表枠いっぱいの選手を五輪に送り出したい、という親心があるのではないか。このように、様々な救済措置、というか温かい対策がとられているのである。一発選考と審査を併用した決め方で、これはこれでよく考えられた仕組みだと思う。これほどまでに選手のことを考えた選考は、他の国や地域には見られまい。

一方、この方法には弊害もある。あえてハードルの高いA標準を求めず、B標準に甘んじて、その中で代表争いをする傾向が見られるからだ。どの種目でも、B標準のレベルだと、五輪では入賞ラインに食い込むことは難しい。世界の中で競争力を高めるには、A標準突破者を中心とした選考に変えていく必要がある。いつまでもこの温情的な選考方法に頼るようでは、競技力の向上は望めない。明確かつ高い選考基準は選手の志を高くし、そしてモチベーションを上げるからだ。日本水連が実施した選考方法を日本陸連も見習って、見直しを進めて欲しいと思う。
# by hasiru123 | 2012-04-17 23:39 | ANOTHER WOELD | Trackback(1)
広角レンズから覗く川越の春
埼玉県中部地方はようやく桜の満開を迎えた。私の住む川越市は今年で市制90周年を迎えた。様々な記念行事が開催される中で、昨日と今日は「夜桜舟遊(しゅうゆう)」と称して、北公民館から田谷堰東側の新河岸川河畔でライトアップした夜桜が楽しめた。

さて、以下の写真は広角レンズで覗いた川越の桜である。使用したレンズは、PENTAX 18-55mmとTAmROn SP 10-24mm。

                東照宮の入口

            川越城の歴代藩士21人ののぼり旗を旗揚げした本丸御殿前の通り

                武徳殿を背景にした桜

                 川越市立博物館前のソメイヨシノと冬桜の競演

                中院の枝垂れ桜(1)

                中院の枝垂れ桜(2)

                中院の枝垂れ桜(3)

                中院の馬酔木

                喜多院の多宝塔

                賑わう喜多院の境内
# by hasiru123 | 2012-04-08 23:52 | ANOTHER WOELD | Trackback
良いねじれ
新河岸川桜まつりの実行委員を担当し、午後は若葉グリーンメイトの定期総会、そして夕刻は地元自治会の役員会に参加した。慌ただしい1日ではあったが、楽しくそして待ち遠しい1日でもあった。それは、遅い春のおとづれがもうすぐそこまで、というところまで来ていたからである。

新河岸川桜まつりの開会式ころには、桜のつぼみがふくらみ、今日の開花は時間の問題と思われた。しかし、夕方になってもう一度目を凝らして木々の枝をのぞいてみたが、花びらを確認することはできなかった。

若葉グリーンメイト総会の方は役員が改選され、フレッシュな顔ぶれとなった。議事の中で、発言をさせていただく機会をもらったので、そこで述べたことを、以下に簡単に書いてみたい。

会員が定着する中で、ここ数年新会員が加わり、より世代間の広がりは大きくなった。世の中が急激に高齢化が進行する中で、既存の集団がその影響を受けるのは自然のことである。ランニングクラブの課題も、時代の進む方向に合わせて変えていく必要がある。すなわち、学びや向上の場から世代間交流の場へ、成長のランニングからから生涯スポーツとしてのランニングへとシフトさせていくことがクラブの役目だと思う。

そこで着目したいのが、当クラブの参加者の多様性や多面性、多岐性という点だ。具体的言うと、当クラブの会員であること以外に、ランナーとしての多彩な”顔”を持っている人が多いということである。

例えば、他のランニング組織と掛け持ちをしていたり、ランナーであると同時にランナーの指導者であったり、あるときは取材される立場であってもあるときは取材する側であったり、というように、様々なランニングの領域に接点を持っているのだ。それは、ときに割り切った行動を取ることが難しくなったり、立ち位置が複雑になることもあるだろう。

何やらどこかの国会のようなねじれ現象を想起させる。しかし、ねじれ現象は悪いことばかりではない。組織を活発にさせるエネルギー源になることもあるからだ。当クラブもこのねじれで元気をもらっている。高齢化という弱みを世代間交流という強み味変えているからだ。このねじれは、大いに誇っていい。

だから、組織の壁があってもあまり難しく考えないで、自由に楽しくやりましょうと、そんな話をさせてもらった。

(写真上)もう少しで開花/新河岸川湖畔
(写真中)舟遊/氷川神社北側
(写真下)舟遊/北公民館前
# by hasiru123 | 2012-04-01 23:50 | TRAINING | Trackback
『栄光の岩壁』を読む

栄光の岩壁〈上〉 (新潮文庫)

新田 次郎 / 新潮社

栄光の岩壁〈下〉 (新潮文庫)

新田 次郎 / 新潮社


芳野満彦さんが、2月5日に亡くなった。

1948年、友人と2人で冬の八ケ岳を縦走中、悪天候に遭い、遭難。友人は凍死し、自らも重い凍傷になって両足の甲から先を失った。懸命のリハビリが奏功し、登山を再開。その後、北アルプス・前穂高岳四峰の又白側正面壁の積雪期初登攀に成功するなど多くの記録をつくり、日本人として初めて欧州アルプスの3大北壁(注)を登攀した登山家として知られた。

私の知る芳野さんは、新田次郎の『栄光の岩壁』を通してだった。あらためて読み返し、最後の第4章「二つの岩壁」で息が詰まった。マッターホルン北壁の頂上までワンピッチという場面である。

「ぼくは疲れた。トップを交替してください」
広は決定的瞬間の栄光を岳彦に譲ろうとしていた。
「なにをいうんだ。ここまでずっとトップをやって来て、ここでトップを交替するって法があるか、つづけてやってくれ、な、やってくれよ」
しかし広は首を激しくふって言った。
「ぼくは疲れた。とても最後のつめをやるだけの力がない。たのむから竹井さん、トップをやってください」

パートナーの吉田広は主人公竹井岳彦の痛めた足をカバーするために、1200メートルもあるというマッターホルンの氷の壁の大部分をひとりでトップを担当した。岳彦の古傷である凍傷して切断した両足先は血に染まっていた。岳彦の頂上へ向けた執念と広のやさしさ。この二人の心の触れ合いが、伝記とは一味違う、人間味を持たせている。

岳彦はリハビリで培った類い稀な上腕の筋力もさることながら、「僅かながら、靴の先のことが足の両脇に感じ取られるような気がした」という感覚を頼りに登攀訓練を怠らなかった。うまい言葉が見つからないが、苦闘シーンの数々がドキュメンタリータッチに陥ることなく、人間のドラマとして見事に仕上がっている、といえるだろうか。

この本を読んで自分も鍛えられたかな、と思えてしまうくだりがあった。それは、厳冬期の北アルプス・徳澤園での孤独な冬ごもりである。半年間に及ぶ山小屋の管理人として務めは、社会や人々から隔絶された孤独な生活だ。徳沢園を拠点に、岳彦は岩と氷の壁に食らいついた。芳野さんもきっとここで、登頂を目指す心を鍛えられたに違いない。

私は、冬の寒さに挑む気持ちが少し前向きになった。今年の春は遅いが、早朝のランニングが、あまり苦なならくなったから。いや、これは気のせいかもしれない――。


(注)アイガー、グランド・ジョラスとマッターホルンの切り立った北壁を三大北壁と呼ぶ。
# by hasiru123 | 2012-03-25 22:42 | BOOK | Trackback
駅伝偏重が日本マラソンの凋落を招いたのか
3月11日に行われた名古屋ウィメンズマラソンで、今シーズンの主要マラソン大会が終了した。昨年から今年にかかて実施された男女マラソンのロンドン五輪選考会では、川内優輝(埼玉県庁)を始めとする企業に属しない市民派ランナーの台頭がクローズアップされた。

ただし、日本男子は世界のトップとの差は一向縮まらず、女子はむしろその差が開いたのではないかとさえ感じられる。かつては世界を席巻した日本の男子マラソンだが、これほどまでに東アフリカ勢に水をあけられたのはなぜか。雑誌「東洋経済」の3月10日号に「駅伝変調が招いた/日本マラソンの凋落」という記事があった。この遠因は「駅伝」という日本固有の問題にあるという(記者はこれを”ガラパゴス化” 現象と形容)。

「42.195キロを走り抜くマラソンで結果を出すには、専用の練習を重ねなければならない」
「駅伝は最も長い距離でも1区間20キロメートル前後。スピードを重視するなど、マラソンとは練習の質が違う。特に駅伝直前1ヵ月はそれに重きがおかれるため、前後に控えるマラソンは準備不足になる」
「世界の強豪は恵まれた体格を持つうえ、マラソン専用の練習を積んでいる」

こういった駅伝の”ガラパゴス化”批判はよ聞くが、素直には首肯しがたいものがある。というのは、駅伝重視の練習がマラソンに不向きだとしても、5千メートルや1万メートルのトラックの長距離種目にはある程度有利に働いてもいいのではない思うからだ。トラックの走法と駅伝のようなロードレースの走法はかなり異なり、向き不向きもある。それでも、10キロのロードのスピードを持った選手は、トラックの1万メートルを走らせてもそれなりに強いのではないか。ところが、日本はマラソンよりもトラック競技の方が世界から大きく遅れをとっている。

それに対して、国内の実業団に所属しているケニア人選手は、日本人選手と同様の環境下で駅伝を走りながら、マラソンでもいい結果を残しているケースが多い。走力や対応力に優れたケニア人選手と比較するのは酷かもしれないが、日本人選手にだけ特に、駅伝重視がマラソンにマイナスに働くとは考えにくい。

企業に雇用されるからには、マラソンだけでなくPR効果の高い駅伝に力を入れるのはやむを得ないところだろう。そこでは発想を切り替えて、駅伝を避けるのではなくて、積極的に駅伝をマラソンのために活用するプラス指向が必要ではないか。個人的には、日本の実業団制度は世界のクラブチームの中でもっとも優れた仕組みだと考えている。なぜならば、多くのファンから応援をもらいいながら、企業が経済面で支援し、なおかつその中で長距離走に必要なスピードが養えるからだ。

駅伝練習とマラソン練習とのバランスをうまくとる。選手には、駅伝で培ったスピードや競走力をマラソンに利用するというしたたかな面があってもいいのではないか。選手はもっと工夫して、と勝手に自分にはないものねだりをしている。
# by hasiru123 | 2012-03-18 23:55 | MARASON | Trackback
日高かわせみマラソンに参加して
レースに出場できるということは幸せなことだ、と実感した一日だった。今日出場したこの大会は、昨年は東日本大震災の2日後にあたり、中止となった。大会のために準備したドリンク類や参加賞などは石巻市の被災地に送ったそうだ。今年は、一昨年の参加者数よりも200名ほど少なかったと聞くが、それでもこうして多くのランナーたちがスタートラインに立てたことを喜びたい。

この大会には、私は40歳代のときに10キロの部に出場したことがあって、それ以来2回目のレースである。また、個人レースとしては一昨年11月の大田原マラソン以降1年4ケ月ぶりとなる。大田原で1度だけ使用したマラソンシューズはほとんど汚れがなく、新品そのものであった。果たしてゴールまで走り抜くだけの持久力があるだろうかと、心細いスタート前だった。

スポーツ競技はもともと数値のマイナスとか減少、後退というのは評価されないのが通常である。試験やビジネスの世界でもしかりである。体力を競う長距離走は加齢の影響を直接受けるので、記録の低下は避けて通ることができない。しかしながら、この日のように多くの老若男女のランナーがこぞって大会に参加するのは、記録以外のプラスアルファを期待するものがあるからに違いない。そのプラスアルファとは何かは、人それぞれだろう。

私の結果は、数年前の10キロの記録を1分近く上回るものだった。にもかかわらず、ゴールした後の満足度は高く、今後に希望をつなぐことができたレースだったと思っている。それは、これまでの自分のレースの展開は、5キロ走だと3キロあたりが、10キロ走の場合だと7キロあたりが鬼門で、ペースが落ち込む傾向が見られた。残り500m位になると元気をとりもどして、また頑張れるのだが。競走ということを度外視すれば、イーブンペースがベストパフォーマンスを実現する近道だと考えているからだ。

ところが、今日はスタート直後はやや速かったものの、全体を通してほぼイーブンのペースで進めることができた。過去のレースの中で、思い通りのペース配分で行けたのはあまり記憶にない。自分の描いた通りに展開できたという意味では、後退ではなく進化であった。失敗の経験が多少なりともペースをコントロールすることに生かせたのかなと、思う。

加えて、年代別のクラスで優勝することができた。望外の喜びである。そして、WGMメンバーも大活躍で、合計で2名の優勝者と4名の入賞者を出した。WGMからは来週、今シーズン最後のフルマラソンに出場する選手が何名かいる。ぜひ、今年度の有終の美を飾ってほしいと期待している。

大会のホームページはここ → http://www.city.hidaka.lg.jp/6,20091,24,105.html
# by hasiru123 | 2012-03-11 19:02 | MARASON | Trackback
代表選考は複眼思考で
ロンドン五輪の代表選考会を兼ねたびわ湖毎日マラソンで、一般参加の山本亮(佐川急便)が2時間8分44秒で日本勢トップの4位に入った。山本は陸上競技場に入った直後に中本をとらえ、その差はあっという間に開いた。終盤の激しい追込みも素晴らしかったが、トラックに入ってからのスプリントの切れ味には目を見張るものがあり、42キロを走り終得た選手とは思えないしなやかさがあった。東京マラソンの藤原新とともに当確だと思う。

難しいのは、3人目の代表の選考である。気象条件の異なる4つの選考会を通じて、どこに評価のポイントを置くかで結果は全く違ってくる。日本勢2番手だった中本健太郎(安川電機)と本命視された堀端宏行(旭化成)、そして東京で2時間8分38秒の好タイムを出した前田和浩(九電工)の争いとみられる

2000年のびわ湖毎日で2位となり、シドニー五輪代表に選ばれた川嶋伸次氏(旭化成コーチ)は、3月3日付けの毎日新聞で、「日本人トップではなく優勝を意識していたか」との質問にこう答えていた。「勝たなきゃいけないというのがあった。4年前のアトランタ五輪は補欠だったが、代表と補欠では全然違う。(代表の)撮影の時に「絵づらが悪いのでどいてくれ」と言われた。あれはずっと覚えていた」。

川嶋氏は、30キロ過ぎのマルティン・フィス(スペイン)との激しい競り合いで惜しくも2位となったが、そのレース展開が評価されて晴れて五輪代表に選ばれている。日本陸連は選考基準に「五輪で活躍が期待できる選手」とうたうだけで、特に具体的な注文はつけていない。本番の五輪でやってくれるのではないかとの期待を抱かせる何かを見せた選手が、代表の座を射止めることは間違いない。

複数の大会から代表を選考する方式は日本に限らず、多くの国と地域で採用されている。もう少し納得性の高いやり方はないものかと思うが、あのケニアでさえも一発選考方式は採っていない。

選手を見る眼を養うつもりで、複眼思考で12日の選考会の行方を見守りたい。
# by hasiru123 | 2012-03-05 00:10 | MARASON | Trackback
世界が少し見えてきた 東京マラソン2012
今年の東京マラソンを走る選手はラッキーだな、と思いながらテレビを見ていた。前世界記録保持者のハイレ・ゲブレシラシエ(エチオピア)と一緒に走れるのだから。ゲブレシラシエは、マラソンで2度にわたって世界記録を打ち立てただけでなく、マラソンを走る前は5000mと10000mでも世界記録を作っていて、今やエチオピアの国民的英雄である。

今回は、体調が万全ではなく4位に終わった。38歳という年齢を考えると、称賛に値する健闘だったと言えるのかもしれない。この結果によって、20年もの長きにわたって世界の陸上界をリードしてきた功績はいささかも色褪せることはない。彼がエチオピアやケニアの選手の水準を一段と引き上げたことは疑いを入れない。そして、なによりも世界の長距離レースをこんなにも面白くしてくれた選手は他にはいなかったのではないだろうか。

さて、東京マラソンの大きな収穫は、藤原新(東京陸協)というゲブレシラシエを追い、つき離す選手が日本にも誕生したことだ。自己ベストを更新する2時間7分48秒も好タイムだったが、25キロ以降第2集団を抜け出した思い切りの良さに感心した。優勝したマイケル・キピエゴ(ケニア)には11秒届かなかったが、世界が少し見えてきたと思わせる走りだった。

藤原は、昨年秋に所属先との契約が解除となり、その後独自の練習に取り組んできたと聞く。実業団には所属しない選手の活躍ぶりが目立つ昨今だが、やり方次第では一人でもしっかりマラソン練習が積めることを示したといえよう。

一方の川内優輝(埼玉県庁)は、この1年間注目が集まりすぎて、少しやりにくかったかもしれない。川内一人に焦点があてられる姿は、日本のマラソン界にとってけっして好ましいことではない。大会ごとに、いろいろな選手に希望の光が照らされる姿こそ望ましい。今日の藤原をトリガーとして、来週のびわ湖毎日でも好勝負が展開され、新たなヒーローが誕生することを期待したい。

そして、今度こそ私も東京マラソン当選という幸運のくじを引き当てねば--。
# by hasiru123 | 2012-02-26 21:00 | MARASON | Trackback
第24回ランニング学会大会
昨年のランニング学会大会は、東日本大震災の直後に徳島で開催を予定していたが、中止となった。震災以後、ランニング学を志す者はどのように行動し、生きて行くべきか、正面から向き合って行くべきであるとの考えから、今回の学会大会の統一テーマを「ランニング再興」とした。自然を考え、災害を忘れず、ランニング学の新たな可能性、方向性を模索しようということで「再興」とした、と開催要項にある。私たちランナー一人一人が、この「再興」の意味を考えてみる必要があると思う。

以下は、第24回ランニング学会大会のお知らせである。

会期:平成24年3月18日(日)、19日(月)
会場:立正大学・大崎キャンパス(JR大崎駅徒歩5分)
大会会長  山地 啓司

  - プログラム概要 -

<3月18日(日)>
〇 一般研究発表A
〇 教育講演 <震災・困難からの再生としての身体運動>
〇 パネルディスカッション <震災においてランニングを考える>
〇 シンポジウム <マラソン2時間を考える>
<3月19日(月)>
〇 一般研究発表B
〇 キーノートレクチャー <ランナーのためのクロストレーニング>
〇 シンポジウム <ランニングと脂肪代謝>

・参加費
学会員  4,000円(当日5,000円,1日のみ2,500円)
AVRC会員※1  4,000円(当日5,000円,1日のみ2,500円)
学生※2  3,000円(当日4,000円,1日のみ2,000円)
非会員  5,000円(当日6,000円,1日のみ3,000円)
※1 アミノバリューランニングクラブ、※2 非会員の学生を含む。
懇親会  1日目終了後に、開催。参加費は一律5,000円。

・参加申し込み方法  HPへアクセスするか、下記必要事項を明記の上、ハガキあるいは封書を第24回ランニング学会大会事務局(下記)まで送付。
① 氏名(フリガナ)② 性別、③ 所属、③ 会員の種別(正会員、AVRC会員、学生、非会員)、④ 研究発表希望の有無、⑤ 懇親会参加の有無、⑥ 総会参加の有無、⑦ 総会不参加の場合は委任状(書式任意)、⑦ 振込総額、⑧ 連絡先郵便番号・住所、⑨ 電話番号

・参加申込および振込の締切  2月7日(火)17時 厳守

・参加費振込先  三菱東京UFJ銀行 入間支店 普通 0038679 ランニング学会大会事務局 代表 藤牧利昭

・第24回ランニング学会大会事務局
〒305-8574
茨城県つくば市天王台1-1-1筑波大学スポーツR&Dコア内
第24回ランニング学会大会事務局(担当:吉岡)
Email: sfrunning24@gmail.com
# by hasiru123 | 2012-02-19 22:08 | NEWS | Trackback
過去から学ぶ

昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)

猪瀬 直樹 / 中央公論新社


今から70年前。日米開戦を直前に控え、30代の若手官僚で組織された「模擬内閣」がシミュレーションを行った。それは、その後の敗戦をたどる経過と同じ道をたどった。総力戦研究所の研究生が出した結論は「日米戦日本必敗」、昭和16年8月のことだった。

同年10月に第3次近衛内閣が総辞職し、その2日後に陸相の東條英機が総理大臣に就任する。行き詰った日米交渉を打開すべく最後の内閣ができた。その経緯は、最近読んだ猪瀬直樹著『昭和16年夏の敗戦』で知ることができる。膨大な資料と当事者たちの証言を駆使して、総力戦研究所での模擬演習と東條内閣が開戦を決めるまでの過程を行きつ戻りつしながら、「なぜ大国アメリカと戦争をやってほんとうに勝てると信じていたのか」の1点に焦点を当てている。

後の歴史教科書が書いてきた「東條独裁」に異を唱え、「軍部の独走」は旧憲法の制度的欠陥によるものである。明治藩閥政権時代には、山縣有朋に代表される元勲らの権威が人為的にカバーしてきたが、東條にはその力はなく、ただの官僚にすぎなかった。「日米開戦の原因を、「東條」という一人の悪玉に帰するのは、あまりに単純すぎる」と書いている。

さらに、天皇の発言について10月20日の『木戸幸一日記』を引用して、「今回の内閣の更迭は一歩誤れば不用意に戦争に突入することとなる虞あり・・・いわゆる虎穴に入らずんば虎児を得ずということだなと仰せあり、感激す」。天皇が言った諺は、この場合日米開戦を決めた御前会議の「急先鋒の東條に「白紙還元」の十字架を背負わせて首相にしてしまうことだった」と解説している。

話はがらりと変わるが、きのう映画「J・エドガー」を見た。20世紀の半分を占める48年間にわたって、アメリカで大統領さえ及ばない強大な権力を手中に収めた男の物語である。FBI初代長官として、アメリカの秘密を握ってきた。60年代になると自分の業績を回顧録に残そうと、自らの過去について虚飾も交えて語り始める。ロシア革命以降、アメリカの共産主義者や労働運動家の過激派によるテロが激化し、独善的な中にも多くの成果を挙げ続けた。

20年代や60年代などの様々な歴史的な場面が行ったり来たりして、見始めたときはなかなかストーリーの展開についていくことができなかった。しかし、テロや誘拐などシリアスなシーンには何度か息を止めた。J・エドガーに扮したレオナルド・ディカプリオや、部下の副長官を演じるアーミー・ハマー。そしてプロポーズには失敗したものの個人的な秘書にすることには成功したヘレン役のナオミ・ワッツなど、特殊メイクで工夫を凝らした演技には舌を巻いた。時代の変遷を感じさせるのに十分な役づくりだった。

部下とのつきあいが友情以上の交際に深まっていくところや母親との強い絆など見どころはたくさんあったが、私がもっとも興味を惹かれたのは、予告編にあった次のコピーだった。

「過去から学ぼうとしない社会は滅びる」
「歴史を決して忘れるな」

正鵠を射ていると思う。そのせいか、先の総力戦研究所の模擬演習で出された経過と、そこから解決策を引き出せなかった東條内閣の意思決定のまずさに引きずられながら、この映画の本質について考えさせられた。国を守るという大義名分のもとに政治家のスキャンダルやFBI長官の権限縮小に走ろうとする歴代大統領について極秘ファイルを収集したりして、違法で差別的な正義を振りかざす。当時の日米間の緊張の中で、日本とは別の次元でアメリカも意思決定に迷い続けていたのではなかったかと思えたからである。
# by hasiru123 | 2012-02-12 21:21 | ANOTHER WOELD | Trackback

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