佐藤尚さん

「逆風の中で、出してやろうという風が吹いてきた」と講演の冒頭でポツリと語り始めた。「最初の対応がよかったのかな」とも。今年の箱根駅伝で東洋大に初優勝をもたらした佐藤尚監督代行の言葉である。

箱根駅伝の1ヶ月前に同大の陸上部員が強制わいせつ容疑で逮捕されたため、川嶋伸次監督に代わって急遽監督代行となった。選手は5日間の活動自粛もあって、その後の練習では9人しかグラウンドに出てこない日もあったという。最後の10日間で仕上げたが、「優勝」は一言も言わなかったそうだ。

監督車で他の大学とちがうのは、ラジオ放送を除いてテレビなどの情報は基本的にシャットアウトしたことだ。他校のことを気にする余裕はなく、解説の大志田秀次氏(元中央大コーチ)の情報だけが頼りだったことも打ち明けた。

私は、往路のゴールの模様を、箱根湯本で聞き入ったラジオ放送で知った。東洋大は4区を終えたところで9位でタスキをつないでいた。この位置は、シード権を確保するために明日につながるまずまずの順位だと思った。それが、大きく予想が外れて5区で柏原龍二選手が区間新記録を出して逆転した。さらに、その勢いが復路にもつながって総合V。うまく言葉が見つからないくらいの驚きだった。

東洋大はもともと、筆頭ではないが優勝候補の一角に挙げられていた。それでも、この勝ちぶりは誰もが予想しなかったことだろう。加えて、上記の問題の後である。戦意を喪失することなく、ゴールまでタスキをつないでほしい。その上で、シード権が確保できたらこんないいことはない、というのが大方の駅伝ファンの気持ちではなかったかと思う。

このような逆風を撥ね退けて勝利を勝ち取れたものは何だろうか。そのヒントのようなものが、佐藤監督代行から聞けたらというのが私の期待するところだった。

佐藤さんは見ていないが、アンカーがゴールテープを切ったとき、立ち止まって後を振り返えり、頭を下げた。そして、レース後のインタビューで、選手たちがみな「感謝」という言葉を使っていたことに、佐藤さんは驚く。このとき初めて「出場してよかった」と実感できたという。

94年から8年間監督として選手を指導し、また、その前後に17年間コーチとしてスカウトを担当してきた。本人は、学生時代に箱根を走ることなく4年間をマネージャーとして勤め上げた。一度ばらばらになった選手たちを束ねた手腕は、こうした長いコーチ経験に裏打ちされたものだろう。

講演が終わった後の懇親会で、いただいた名刺には「監督代行」の文字が取れて「コーチ」とあった。「私の大学では、箱根だけで燃える切るような指導はしていません。だから、コニカミノルタさんを始め多くの実業団チームから声をかけていただいています」と白い歯がこぼれた。そういえば、元コニカミノルタの名ランナーで、ニューイヤー駅伝の優勝に貢献したことがある酒井俊行さんが監督に就任されたたそうだ。

4月26日に、川越市内で行われたある総会に出席したときのことである。

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                    (写真)佐藤尚さん(右)
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by hasiru123 | 2009-05-04 00:23 | 駅伝  

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