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夢のマラソン

東日本大地震

東日本大地震が起きたその日、私は東久留米市にある職場から川越市まで徒歩で帰宅した。家族と電話がつながらなかったため、安否を確かめるにはいち早く家へ帰ることしかないと思ったからだ。

距離はおよそ27キロでなので、3,4時間で帰ることができると予想したが、実際は5時間かかった。東久留米駅から清瀬駅までは経路が複雑で何度か軌道修正しながら、そして途中から線路を歩いた。電車の復旧見通しが全く立っていないので、後ろから電車が来るはずがないのに、電車に引かれるのではないかという恐怖心がつきまとう。

志木街道に入ってからの経路はよくわかっていたので、あとはひたすら歩くのみ。職場を出たのが午後6時半ころで、陽はすでに落ちていた。

野火止め交差点から川越街道へ入ると、歩道を行き交う人が多いことに気がついた。池袋方面から来た人が多かったが、川越方面から池袋方面に向かう人もかなりいた。車は両方面とも大渋滞だ。

この時期としては寒い夜だったが、道行く帰宅者たちの表情は意外に明るかった。仕方なく歩いているというようには見えない。この地域は、特に道路が陥没していたり、橋が落下していたりという被害がなかったためであろう。職場の同僚と思われる男性グループや女性同士が語らいながら歩く姿があった。おしなべて、早歩きの健脚で、若い。

何よりも、歩いて帰ることができるという幸せに感謝している。通勤難民として、各ターミナルで一夜を明かした方々に思いをいたしながら。

ところが、翌日以降、日を追うにしたがって甚大な被害が発生していることが明らかとなり、この気分も吹っ飛んだ。そして、原発爆発による新たな被害が加わった。備えと、警戒と、そして救援を怠るまい。
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by hasiru123 | 2011-03-13 23:47 | その他