パラダイムシフト

世界陸上が終わって1ヶ月近くが過ぎようとしている。中長距離では、東アフリカ勢の強さだけが印象づけられた。周回遅れの状況にある男子日本は、さらに世界との差が広がりそうな気配である。

ニッポンランナーズ代表の金哲彦さんが、毎日新聞の「時評・点描」欄でこんなことを書いていた。世界のスピードレベルが進化した中で「これまでの延長線上では、追いつくことはおそらく不可能であろう」。そこで陸上界でも経済用語である「パラダイムシフト」が必要だ、というのである。つまり、「常識にとらわれるな」「常識をくつがえせ」ということだ。

同感である。確かに、これまでの仕組みの改良や強化では、到底太刀打ちできそうにない。何か新しい方向を見出さない限り、出口はなのではないか。それほどまでに、日本は世界から遠く離されてしまっている。

おそらく、現場のコーチや陸連の上層部では解決策を見出そうと必死に取り組んでいることと思う。また、指導者の中にはすでに解決の糸口を見出している方もおられるかもしれない。しかし、パラダイムシフトの具体的な中身について、どのような検討を進めているのか、また議論されているのかについて耳にしたことがない。わからないことや迷っていることなどをオープンに出し合い、出直すことが必要ではないだろうか。

5千メートルや1万メートルは、高いスピード能力が勝敗を分ける。精神力や技術力だけではいかんともしがたい壁だ。ところが、これらの中長距離種目に比べてマラソンは世界に追いつくチャンスが十分にあると私は考えている。

「今度マラソンを走るんです」と話すと、よく「大変ですね」と言われることがある。「どうしてですか」と聞くと、「走る距離が長いし、それに練習もたくさんしなくてはいけないんでしょ」と返ってくる。確かに、マラソンはけして楽な競技ではない。しかし、数ある競技の中でマラソンが特に大変だとは思わない。むしろ、チャンスに恵まれることの多い競技だと言えるのではないか。なぜなら、走行距離が長くて、豊富な練習量が必要な競技ほど「技術の差で結果を出す」ことができるからである。この感覚は、私のような市民ランナーやビギナーのランナーだけでなく、トップレベルの選手を含めたマラソン全般に通じることではないかと思う。

「技術の差で結果を出す」とは、足し算の世界から脱却し、掛け算の世界で発想することを言う。たとえば、マラソンで2時間4分を切るには1万メートルを27分前後で走る力を持たなくてはいけない。また、そのためには5千メートルを12分台で走るスピードを磨かなくてはいけない、と考えるのは足し算の世界である。この発想だと、現在の日本人選手のスピードではどこまでいっても世界に追いつことはできないだろう。

ところが、1万メートルや5千メートルでは周回遅れのスピードしか持っていないとしても、マラソンでは対等に戦える力を身につける。それは掛け算の発想になる。そんな夢のような方法があるのか。

私は、あると答えたい。その方法のひとつは「LSD」である。マラソンの素材、すなわち身体能力を開発するのである。「長時間走ることによって、抹消毛細血管を開発し、心肺機能をも高め、最大酸素摂取能力を高める」、「トレーニングで養ったものを受け止められるための大きな器、長距離走に向く体を作り上げ」(佐々木功著『ゆっくり走れば速くなる』18ページ)ることが可能なのはLSDだからではないかと思う。

1の力に2の練習量を与えれば2になる。1の力を1.2にして2の練習量を加えれば、2.4になる。素材を開発して、練習量からは得られないプラスアルファを引き出すことが大切でだ。それが可能となるのはLSDである。

スタートからゴールまで42.195キロしかないと考えるか、42.195キロもあると考えるか。前者であれば、1万メートルを27分前後のスピードで走り抜けるのが近道である。私は、後者を採りたい。マラソンのゴールまでは、いろいろな坂(障害)がある。この坂を越えるには、スピード以外の身体能力の開発という技術的な要素を必要とする局面があるはずだ。身体能力の開発は後天的に付加することが可能で、しかもマラソンのもっとも基本的なトレーニングである。ここに、世界に追いつく鍵が隠されていると考える。
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by hasiru123 | 2011-09-25 22:39 | マラソン