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夢のマラソン

駅伝偏重が日本マラソンの凋落を招いたのか

3月11日に行われた名古屋ウィメンズマラソンで、今シーズンの主要マラソン大会が終了した。昨年から今年にかかて実施された男女マラソンのロンドン五輪選考会では、川内優輝(埼玉県庁)を始めとする企業に属しない市民派ランナーの台頭がクローズアップされた。

ただし、日本男子は世界のトップとの差は一向縮まらず、女子はむしろその差が開いたのではないかとさえ感じられる。かつては世界を席巻した日本の男子マラソンだが、これほどまでに東アフリカ勢に水をあけられたのはなぜか。雑誌「東洋経済」の3月10日号に「駅伝変調が招いた/日本マラソンの凋落」という記事があった。この遠因は「駅伝」という日本固有の問題にあるという(記者はこれを”ガラパゴス化” 現象と形容)。

「42.195キロを走り抜くマラソンで結果を出すには、専用の練習を重ねなければならない」
「駅伝は最も長い距離でも1区間20キロメートル前後。スピードを重視するなど、マラソンとは練習の質が違う。特に駅伝直前1ヵ月はそれに重きがおかれるため、前後に控えるマラソンは準備不足になる」
「世界の強豪は恵まれた体格を持つうえ、マラソン専用の練習を積んでいる」

こういった駅伝の”ガラパゴス化”批判はよ聞くが、素直には首肯しがたいものがある。というのは、駅伝重視の練習がマラソンに不向きだとしても、5千メートルや1万メートルのトラックの長距離種目にはある程度有利に働いてもいいのではない思うからだ。トラックの走法と駅伝のようなロードレースの走法はかなり異なり、向き不向きもある。それでも、10キロのロードのスピードを持った選手は、トラックの1万メートルを走らせてもそれなりに強いのではないか。ところが、日本はマラソンよりもトラック競技の方が世界から大きく遅れをとっている。

それに対して、国内の実業団に所属しているケニア人選手は、日本人選手と同様の環境下で駅伝を走りながら、マラソンでもいい結果を残しているケースが多い。走力や対応力に優れたケニア人選手と比較するのは酷かもしれないが、日本人選手にだけ特に、駅伝重視がマラソンにマイナスに働くとは考えにくい。

企業に雇用されるからには、マラソンだけでなくPR効果の高い駅伝に力を入れるのはやむを得ないところだろう。そこでは発想を切り替えて、駅伝を避けるのではなくて、積極的に駅伝をマラソンのために活用するプラス指向が必要ではないか。個人的には、日本の実業団制度は世界のクラブチームの中でもっとも優れた仕組みだと考えている。なぜならば、多くのファンから応援をもらいいながら、企業が経済面で支援し、なおかつその中で長距離走に必要なスピードが養えるからだ。

駅伝練習とマラソン練習とのバランスをうまくとる。選手には、駅伝で培ったスピードや競走力をマラソンに利用するというしたたかな面があってもいいのではないか。選手はもっと工夫して、と勝手に自分にはないものねだりをしている。
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by hasiru123 | 2012-03-18 23:55 | マラソン