孤立死をどう防ぐか

昨日はある陸協の総会とそれに続く懇親会に出席し、今日は地元自治会の総会に出てきた。陸協の懇親会では、地元で民生児童委員として活動しているA会員と話す機会があった。また、自治会の総会では、審議の前に少しだけ挨拶をさせていただいた。その話題がたまたま共通していて「孤立死をどう防ぐか」だった。

ランニングから少し離れて、このことについて書いてみたい。

2月以降、新聞の社会面から目が離せなかった。それは、高齢者の孤立死が各地で起きていたからである。しかも、一人暮らしの孤立死だけでなく、高齢者や障害者が複数で暮らしていて行政の手が差しのべされなかった世帯での悲劇だった。

つい先ごろ、東京都江戸川区で起きた小学生を含む一家4人の無理心中事件が報じられていた(4月12日毎日)。この一家は、今年1月に父親が自殺していて、母親も精神的に疲れていて自殺をほのめかしていたという。母親の義父がこのことに気づき、子供の通う小学校に相談したり、子供家庭支援センターに連絡したりするなどの対応はとっていた。母親からそれ以上かまわないように言われると、義父はその後のコンタクトをとるのをやめた。

せめて子供だけでも保護するなどの対策がとれなかったかと、惜しまれる事件だった。これまでは自治体や地域の民生委員が重視していたのは独居世帯の高齢者や要介護の高齢者夫婦だったが、複数の家族が暮らす世帯でも孤立死は起こりうることを示している。

これらの亡くなった世帯には支える側と支えられる側とがいて、支える側に異変が起きると弱い支える側が共倒れになる。

2010年に内閣府が行なった「高齢者の地域におけるライフスタイルに関する調査」(注)では、「孤独死」について60歳以上でひとり暮らしの64.7%が身近に感じると答えている。夫婦ふたり世帯だと44.3%、二世代同居などそれ以外の世帯では37.0%だった。

この結果からもわかるように、ひとり暮らしよりも夫婦ふたり世帯や二世代同居の方が互いに助け合うことができるので安心だ。しかし、高齢者が一人ですごす時間はけして短くはなく、家族が不在だったり目を離している間に亡くなったりするケースも稀にあるそうだ。大規模有料老人ホームの浴場で転倒し、2時間近く誰にも気づかれずに放置され、結果心肺停止に至った事故もあると聞く。

行政だけに頼るのはもはや限界に来ているのではないか。最近は、公的な支援を拒否する住民が現れたり、支援を必要としている人たちが見守りの対象から抜け落ちたりして、行政の目が行き届かなくなっている。支援を必要としている世帯についての情報共有や電気・ガス・新聞販売等の事業者からの情報提供など、住民による自主的な取り組みが必要である。また、自治会や民生委員などに十分な情報と権限をあたえるなど、住民による積極的な関与の仕方も考える必要があるだろう。

緊急の対応はひとつ間違えば住民とのトラブルに発展するリスクを伴う。また、個人情報保護法の兼ね合いが難しい。個人情報を第三者に開示できる柔軟な仕組みを早急に構築する必要がある。

例えば、高齢者が住む住宅をくまなく訪問し、家族構成や健康状態、知人の連絡先、かかりつけの診療機関、悩みごとはないか、などについて丁寧に聞き取ることである。そして、それらをデータベース化して、自治会や民生委員などで共有することが大切になると思う。

ランニングに話を戻すと、仲間を作って走っている人たちにとっては「孤立死」は無縁で、他人事のように思うかもしれない。自分の変化を周りに気づかせる機会にあふれているからだ。だが、そうばかりとは言えない。ひとたび自分あるいは家族に異変が起きたとき、SOSを発することができないリスクはたくさんある。いったんは他人事と認めた上で、わが身に置き換えてみることが必要だ。孤立死はいつ、どこで起きても不思議ではないのだから。


(注)高齢者の地域におけるライフスタイルに関する調査 → http://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/h21/kenkyu/gaiyo/pdf/kekka1-1.pdf#search='高齢者の地域におけるライフスタイルに関する調査'
[PR]

by hasiru123 | 2012-04-22 23:02 | その他  

<< 蚤の市/川越市久保町 陸上も日本水連に学ぶときが来た >>