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夢のマラソン

考えるヒント

マラソンの君原健二さんは、64年東京五輪で8位となり、続く68年メキシコ五輪で銀メダル、そして72年ミュンヘン五輪では5位に入っている。文字どおり五輪に賭けた人生だったのではないかと思うが、ご本人は「あのとき、こうしておけば良かったと考えることはない。3度とも、悔いはないからだ」と日本経済新聞で8月1日から連載中の「私の履歴書」に書いている。

初マラソンで日本最高記録を出すなど、走るごとに周囲の期待を膨らませて臨んだ東京五輪では、自己ベストタイムから4分近く及ばない8位だった。このときは、円谷幸吉が銅メダルに輝いている。君原さんは振り返って、「それでも私は、それぞれがその時点の自分の実力だと受け入れた」と心境を語っている。「私に誇る何かがあるとしたら、フルマラソンの途中棄権が1度もないことかもしれない」。競技者として引退するまでの12年間に35回のフルマラソンを走り、すべて完走しているからだ。

ロンドン五輪がもうすぐ終わろうとしている。期待通りの活躍を見せて見事メダルに輝いた選手がいれば、持てる力を発揮し切れずに敗れた選手もいる。メダルを取れても、金でなかったことを悔いる選手も少なからずいた。確かに、1位以外の選手は、最後には敗者となる。一人の勝者とその他の敗者だ。ということであれば、五輪に出場した99%以上の選手が何らかの意味で涙をのんでいることになるかもしれない。

この2週間、「悔し涙」を流すシーンは何回となくテレビの画面で見てきた。例えば、男子110メートル障害予選。スタート直後、1台目の障害を超えるときににアキレス腱を痛めて、障害を引っかけて転倒した劉翔(アテネ五輪金メダシスト、中国)がいる。忘れられないシーンの一つだ。勝負に対する真剣さと敗北の無念さ。わずかなミスや不調が勝敗を分ける非情さ。そうした選手の一挙手一投足に、片時も目を離せなすことができなかった。

君原さんのことに話を戻すと、もっとよく知りたいと26年前に出版された『君原健二のマラソン』(ランナーズ発行)を読んでみたら、こんな件(くだり)が眼に止まった。「そこ(選手村)を私はなんとも言えない解放感に満たされて走っていました。手足が不思議なほどのびのびと自由に動きました、それまでの陸上競技生活では味わったことのない楽しい、さわやかなジョッグでした。ランニングを始めて十年目に走る喜びを知ったとき、(東京)オリンピックが終わっていました」

五輪から解放された選手は、こうした先達の声に耳を傾けてみるのも、明日を考えるヒントになるのではないだろうか。
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by hasiru123 | 2012-08-12 17:19 | マラソン