いいクスリ

何かをやろうとしてうまくいかないとき、イライラする。人とのつき合いを気にしながら物事を進めようとすると、疲れる。目標を成し遂げなくてはという気持ちが高じると、自信が持てなくなり不安になってくる。

こういうときは体のどこかが疲れていて、心もストレスを感じていることが多い。女優の中江有里さんは、疲れやストレスをためないたには「ストレスを感じる環境に慣れること」と「自分なりのストレス解消法を持つこと」というある薬学博士が提唱する2つの解消法を紹介した上で、「私のストレス解消法は、やっぱり読書」だと書いている(9月24日付毎日新聞のコラム「ホンのひととき」)。

中江さんは、ストレスを感じたら、そっと本を開く。「手に取るのは何度も読んだお気に入りの本と、初めてのジャンルや作家の本。何度も読んだな地物本は投げ年の友達みたいなもの。よく知る人は物語に安心しても心をゆだねられれます。初めての本は、初対面の人のよう。仲良くなれるかどうか、まったくわからない」という。

さて、私の場合はどうか。中江さんと同じで、本はもちろん「友達」だ。そして、もう一つ。それは「走ること」である。それも、ただ走るのではなくて、ゆっくりと時間をかけて走るのである。ストレス解消を意識して走ることはないが、走ることによって、結果的にストレスが消えることはよくある。ヤケ酒やヤケ食いは一時的にストレスを忘れさせてくれるかもしれないが、忘れるだけであって消えることはない。

忘れたことは後で思い返すことがある。ところが、作り変えられた思い出は、かつてストレスの原因となったことは問題ではなくなり、心から消えていく。ゆっくりと体を動かしながら戸外の空気に触れて、季節を感じ、心の中で反芻していく。すると、相手に向かっていた強い気持ちが反省され、新たな課題として形成されていく。そこまで整理されていくと、もうストレスとして心を傷つけたり人を憎んだりする方には向かわない。

これまで、ゆっくり走ることは体を動かしながら頭の中で今日の会議の進め方を考えたり、結婚式のスピーチを組み立てたりするのに向いていると考えていた。実際にそういう経験は多く、意識的に活用してきた。ところが、この効用は頭の中だけでなく心の中にも及ぶことに気がついた。

これは、市民ランナーの特権ではないだろうか。学生や実業団の第一線の選手たちには、おそらく走ることについてこのような感覚を持つ余裕はないかもしれない。駅伝に勝つことやライバルとの競争に打ち勝つことを第一の目的にしている選手から見れば、走ることはストレス解消どころかストレスを生み出す元凶にもなったりするからだ。

先に今季限りでプロ野球の現役引退を表明した金本知憲選手(阪神)は、インタビューでこんなことを語っていた。

「長嶋(茂雄)さんではないですけど、人生そのものですね。本当にまあ、野球人生で、10歳から初めて7割8割はしんどいことで。2割3割の喜びや充実感しかなかったが、でも少しの2割3割を追い続けて、7割8割苦しむ。本当、そんな野球人生でした」(msn産経ニュース9月12日)。

「7割8割」苦しんだが、「2割3割」は喜びや充実感があったという。プロ野球という職業人としてがんばり続けてきた選手にもかかわらず、野球の苦しみが「7割8割」というのは意外だった。もっと高いと思ったからだ。むしろ、苦しいからこそ「2割3割」の喜びや充実感があったことで続けることができたというべきかもしれない。

市民ランナーだったら、この比率は逆転しているだろう。「2割3割」の苦しみはあったが、「7割8割」の喜びや充実感があったから続けてこられた、と。この「喜びや充実感」が、ストレスをストレスと感じさせないいいクスリになっている。
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by hasiru123 | 2012-10-07 23:32 | その他