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夢のマラソン

埼玉の県民性

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「埼玉県人は、掴みどころがない。サツマイモのようだと形容する人がいるが、確かに県の形は似ているし、川越はサツマイモの名産地。サツマイモのはっきりしない味わいと、地味な特性のない存在とが埼玉に似ている」

民俗学者の故祖父江孝男氏が『県民性』(中公新書 昭和46年10月25日発行)に書いている。これといった特徴がなく没個性的で県民性が希薄という印象が強い。平凡でアッサリ。良くいえばおっとり、悪くいえば粘りもなく押しの強さもないと。

たしかに、埼玉県から日本を代表する政治家と言われる人物は輩出していないから、「権謀術数を必要とするより政治的なかけひきは苦手で、愚直といえるほど物事に真正面からとり組んでいく」と言われれば、そのとおりかもしれない。

私の住んでいる川越市は、江戸時代には川越藩と呼ばれていた。幕府の要職を務め、鎖国政策を推進した酒井忠勝を始め、「小江戸」川越の基盤を築き、その才知から多くの逸話が残る「智恵伊豆」松平信綱など21名の名だたる藩主が顔をそろえている。残念なことに、川越藩に限らず埼玉県内の諸藩は江戸への出世コースとされていたから、藩主たちは地元の住民に溶け込む前に次の任地へ赴任していった。個性の強い政治家が育たなかったゆえんだろう。

一方、岩中祥史さんの『県民性仕事術 ― 出身県でわかる仕事のできる人、できない人』(中公新書クラレ 平成18年7月10日発行)によれば、「北海道や鹿児島県のように郷土を愛してやまない県があるかと思えば、郷土への愛着がまったく感じられない県もある。埼玉県は後者の代表」とこき下ろしている。

なんとなく誇りを持てない気持ちにいっそう拍車をかけたのが「ダさいたま」で、江戸時代には2000余名の小規模の領主たちが支配していたため、もともと団結心や連帯意識が薄い。農業に従事する人が多かったため、勤勉、まじめ、保守的である、と。また、東京のベッドタウン化によって、上記の気質が一気に薄れていった。この時期に埼玉県に移り住んだ人々の多くは、最終目的地として選んだわけではなく、「とりあえず埼玉だが、いずれ東京へ」が合言葉だった。東京や神奈川へのあこがれが鬱屈となって蓄積されたともある。

埼玉県民のビジネス能力をレーダーチャートで示すと、「几帳面さ」「金銭感覚」「社交性」「忍耐力」「上昇志向」は並みで、「行動力」は平均以下。いま住んでいるとことが好きだと思う人の割合は、全国で47位で、お金は人間を堕落させると思う人の割合も47位だった。

祖父江本は日本が高度成長を謳歌している時期に書かれたものなので、過去の話と読み流していたら、21世紀に入って上梓された岩中本でも、埼玉県人はパッとしない。

昨年9月に総務省が発表した人口推計によると、埼玉県の高齢化率(65歳以上の人が占める割合)は22.0%と、全国で4番目に若い地域である。全国各地から人口が流入した結果がこの数値となって表れていると考えられる。江戸が、各地から移り住んできた人々で一気に人口が増え、独特の文化が形成されたことを思えば、埼玉県も個性的な何かが生まれて、上記の本が書き改められる日が来るかもしれない。

(写真) ソメイヨシノが開きかけた中院(川越市小仙波町5丁目)
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by hasiru123 | 2014-03-28 07:04 | その他