スポーツマンシップ

かの英国には、こんなエピソードがある。

パリのオリムピックの100米に優勝したハロード・エーブラハムスが、10碼(ヤード 約9.1メートル)ほど逃げてブルドッグに捕ったことがあった。しかも、ブルドッグの頭上のシルクハットは微動もしなかったという。「次回オリンピックにはこのブルを送れ。」翌週の学生雑誌の社説である。隠密には忍び歩かない捕り手と、足が早いからこそ校僕の立場に花をもたせてムキには走らない犯人と・・・。

これは、英国のパブリック・スクールの教育システムについて描いた池田潔著『自由と規律』(岩波新書)からの引用だ。「スポーツの真の精神を身につけた人間の間にのみ娯しまれる遊戯であろう」と書いている。ここでいう「ブルドッグ」とは、イギリスのケンブリッジ・カレッジで学生を監視する職員の後に控える校僕のことだ。

また、こんな話もある。ケンブリッジの学生は日没後外出するとき、房のついた角帽と黒ガウンを着なければならず、ガウンを着てタバコを喫うことは許されない。職員が辻々を巡回して違反者の所属や姓名をとり、翌朝その不心得者は職員の部屋に出頭してコーヒーとタバコをご馳走になった後、6シリング8ペンスの罰金を支払うことになっている。封建的非民主的学校当局に対し、非難のビラがべたべた貼られることはなかったという。

池田は、これをケンブリッジだけでなく、英国人に広く形成された精神ととらえている。「彼我の立場を比べて、何かの事情によって得た、不当に有利な立場を利用して勝負することを拒否する精神、すなわち対等の条件でのみ勝負に臨む心掛」が、スポーツマンシップだと。

サッカーW杯が始まった。国内で見られる親善試合とは異質の、ピリピリした雰囲気が伝わってくる。何試合か見ていたら、手を使ってはいけないはずの手で、相手選手の手や身体を捕まえたり、押したりするシーンが随所に見られた。たいていは危険行為とみなされないためか、反則(ファウル)をとられることはない。サッカーのルールでは、「プッシング」(手などをつかって相手を押す)や「ホールディング」(相手の手やユニフォームを掴んだりして相手の動きを抑える)、「ハンドリング」(GK以外のプレーヤーが手を使う、もしくはGKがペナルティーエリア外で手を使う)などは反則とされている。

審判に見破られない範囲で手は使ってもよいと、ルールの変更解釈が行われたのか思いたくなる試合振りだ。とうてい「スポーツの真の精神を身につけた人間の間にのみ娯しまれる遊戯」とは言い難い。不正行為を行わない勇気が、スポーツを楽しいものにする、そう思いませんか。
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by hasiru123 | 2014-06-17 11:36 | その他  

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