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夢のマラソン

学び直そう 三芳野神社の今昔

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「遊歴雑記」という江戸時代後期の地誌がある。江戸市中、近郊のほか常陸、下総、安房、武蔵、相模、伊豆、駿河、遠江、三河、尾張といった地域を実地踏査したいわばルポルタージュである。この中に川越市の三芳野神社についての記述があることを埼玉大学名誉教授の山野清二郎氏による講演会から教わった。

江戸から何日もかけて参詣にやってきた著者の隠居の僧十方庵大浄敬順は、こう書いている。

「僅かに宮居幅弐間奥行三間余見えたれども 朱塗のいろあざやかに扉を初め惣体の彫りもの美麗にして 金具又今と異也 厚さおのおの三四分づつもあらんかし 内陣の壮厳又きらびやかに 時既に辰の半刻にも及ばん」

来年度から塗装改修工事が行われようとしているその社殿について、江戸時代の様子を伝える記述がここにあった。

また、講演の中では三芳野神社へ奉納した「河越千句」(第壱朝何賦物)という連歌にも触れ、その発句に「梅園に草木をなせる匂いかな」(心敬)というのがあったという。江戸時代の三芳野神社には、「梅園」と呼べるほどの梅ノ木が植林されていたことをうかがわせる記録といえるだろう。実は、社殿の南側にある大木(楠2本と白樫1本)が建物の保護のため伐採されることが決まっている。一部の緑が消失することは残念だが、これを機に社殿に影響を及ぼさない範囲で境内とその周辺に梅の木を植えていってはどうだろうか。天神様には梅がふさわしいように思う。

ところで、この講演会は「学び直そう三芳野神社の今昔」と題して、三芳野神社の氏子総代と地元の3つの自治会が共催したものだ。長く自治会活動に携わっているある役員によると、3つの町は氏子総代として常に活動を共にしてきたが、これらの自治会が協同で事に当たることはなかったという。画期的なことだと思う。


(写真)講演する山野清二郎氏(川越市立博物館で)
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by hasiru123 | 2014-11-09 20:34 | その他