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春なのに秋みたい - シドニーマラソン完走記 -

 「燦河(さんが)」第2号が発刊され、昨年出場したシドニーマラソンについての小文を掲載していただいた。昨年10月に書いたブログの一部に手を入れたものである。ここに再録する。

<九月にマラソンを走るわけ>

 昨年九月に、シドニーマラソンを走ってきた。
 なぜ、マラソンシーズンでないこの時期に――。
 このことについては少し説明が要る。私が抱えている悩みがここに集約されているからだ。
 マラソンにとって一年でもっとも良好な気象条件であるはずの秋に、この数年来調子が落ちる現象が続いていた。「調子が落ちる」とはどういうことか。
 一つは、夏から冷涼で湿度の低い気候に変わることによって、足の指先や踵の皮膚が乾燥してひび割れが生じることだ。数年前まではなかったことである。特に左足の外反母趾を患っている部分がひび割れすると、痛みのために着地からキックに至る運動に支障をきたす。
 また、左くるぶし下の部分や第一指、第二指のつけ根に疲労性の痛みが発生することもある。たいていは練習量を落として一定期間休むと自然に消える場合が多いのだが、しばらく残ることもある。長く続くと、そのシーズンはマラソンをあきらめざるをえない。
 三つ目の落ち込み現象は、春から夏にかけて距離を走り込んで蓄えた(と思っている)スタミナにスピードを加えて、徐々に本番向けの体質に変えて行こうとするのだが、体がついてこないことだ。
 長い距離の走り込みではLSD(Long Slow Distance)という超スローペースの練習法を取り入れている。ときには、ポイント練習としてLSDよりも少し速めのペース走や、本番に近いペース走、本番よりも速めのペース走などを交互に取り入れてメニューにバリエーション持たせ、徐々に速いペースに慣らしていく。そして、最終的にはいつでも二十キロ前後の距離をマラソンのレースペースに近いラップで刻めるように仕上げていく。また、何回か三十キロから四十キロの持久走も入れてマラソンのペース感覚を確認する。ところが、最近はそういう練習計画がうまく回らなくなってきた。
 四つ目の現象は、出場しようと狙いを定めた大会に申し込みそびれて、代替候補を探さざるを得なくなったことである。私にとって、年間を通してマラソンを一番走りやすいと感じる時期は十一月である。全国でもっともマラソン大会が集中するのもこの時期だ。その十一月に予定していた大会が、今回は申込者の急増で例年よりも締め切り時期が早まって、結果的にエントリーできなかった。ランナーという大会の需要者数と大会という供給量の間に生じたミスマッチ。そういった環境要因があったとは言え、見通しが甘かった。
 代替候補と考えていた他の大会では、たまたま出場要件が厳しくて、申し込むことができなかった。少しメジャーな大会になると、たとえば「日本陸上競技連盟登録競技者及び一般(日本陸上競技連盟未登録者)競技者のうち、マラソン四時間以内もしくはハーフマラソン一時間三十三分以内で、完走した記録を持つ男女。ただし、平成二十四年十一月一日以降の日本陸連公認コースでの大会の記録《グロスタイムが対象で、ネットタイムは、原則として認めない》 とする」などという参加資格を求められることがある。私の場合には、最近二年間のマラソンの公認記録がなかったから、このようなケースではアウトだ。
 マラソンをベストコンディションで走れるにこしたことはないが、ベストな状態になる日を待っていたら、いつのことになるのやら・・・。そのうちに、マラソンを走れなくなってしまうだろう。そんな足踏み状態から早く抜け出さないといけない。まずは出場要件を満たせる程度の記録を早く作って、申込書に書けるようにしないと話にならない。そのことに、遅まきながら気がついた。
 来春のしかるべき大会に向けて、練習のつもりで走ってみたい。できたら、観光もかねて――。そんな気楽な気分で走れるマラソン大会はないか。
 マラソンシーズンに入る十月から十二月にかけてだと、スケジュール的に難しそうなので(もう遅い!)、九月に走れる大会があるとうれしい。少し暑いかもしれないが。RUNNETで調べてみたら、国内には一つもなかった。しかし、海外ならあった。マウイマラソンとシドニーマラソンだ。九月はちょうど日本(関東地方)の三月とほぼ同じ気候のシドニーに決めた。時差が一時間というのもありがたい。

<号砲>

 事前にネットで大会要項からコースを調べてみると、かなり複雑なようだった。折り返し地点は、全部で八ヶ所。何度か同じコースを通る設定になっている。二〇〇〇年のシドニー五輪の男女マラソンコースとは一部重なるものの、かなり異なると何かの記事で読んだことがある。五輪では終盤起伏が多くて、優勝した高橋尚子さんを始め、選手たちを苦しめた。それに、最近は練習でも起伏のあるコースをほとんど走っていないので、少し心配だ。
 それに加えて、七月から八月にかけての猛暑の季節に長距離を走ってスタミナをつけておかなくてはならない。今年の夏は、これまでになく距離を踏めたと自負しているが、疲労を残さずにうまく調整できたかなあ――。いろいろな不安が脳裏をよぎる。
 スタート地点に着いたときは、先にスタートするハーフマラソンの選手たちがすでに長い行列を作って並んでいた。前を見たらきりがないが、後ろを振り返ると最後尾は見えない。こんなにも多くの選手たちが楽しそうに並んでいる――。目が後ろについていると思って走れば、気持ちはかなり軽くなるはずだ。そう自分に言い聞かせてフルマラソンのスタートを待った。
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 スタートの直前になって、小雨が降りだした。気温は十二度くらいだろうか。少し肌寒い。春なのに秋のようだ。ワイシャツ姿でシドニーの町を歩いた昨日の日中がうそのようだ。紫外線を避けるため、ホテルを出る前に顔や腕にたっぷり日焼け止めを塗ってきた。が、その必要はなかったようだ。
 実はこの季節でも(シドニーは春)、紫外線対策が欠かせない。何しろ、南極のオゾンホールが近いオーストラリアのことだ。同じ程度の日差しでも、北半球の三倍以上も紫外線が強いらしい。下手をすると日焼けどころか火傷状態になると現地の人から聞かされていた。だから、昨日はセントラル駅近くにあるマーケットシティで、急遽サングラスを購入して、大会に備えた。
 いよいよ号砲。競技選手のすぐ後に並んで走り出したので、接触で転倒しないために始めの数百メートルはやや速めに出た。以後はゆったりしたマイペースに戻して進んだ。スタート地点では、妻に預けたカメラでシャッターを切っているはずである。果たして、自分の姿が分かる程度に写真に納まっているだろうか。
 しまった!。流し撮りのやり方を教えておくのだった。シャッタースピードは百二十五分の一に設定していたような気がする。沿道の最前列で構えているので、そのまま押したらピントがランナーに合っていても、選手は動いているのでぶれるはずだ・・・。しかし、そんなことはどうでもいい。今はしっかり走ることだけを考えろ!
 セーブしながらほどほどのペースで走る。自分にとっては初めての走り方である。汗はまったくかいていない。 しかし、五キロ過ぎに早めの給水をした。これは、マラソンの鉄則である。のどの渇きを覚えてから給水したのではでは遅いからだ
 十キロ地点を通過した。想定どおりのラップである。呼吸は安定していて、ほとんど疲れを感じない。こんなに余裕があっていいのだろうか。当たり前かもしれない。まだ、四分の一も来ていないのだから。

<フィニッシュ>

 このころから少し下腹部が重たくなってきた。スタート前と五キロ過ぎで給水したのが影響したかもしれない。早くも尿意を覚え始めた。
 今までのマラソンで途中にトイレに入ったことはなかったが、まだ先は長いので早めに済ませたほうがよさそうだ。十二キロ過ぎの給水所の先に併設されている仮設トイレへ立ち寄ることにした。そのため、三十秒ほどロスしてしまったが、からだも気分も軽くなったみたいだ。すぐに元のペースに戻った。
 いつの間にか、同じくらいのペースで走るランナーの集団を見つけた。しばらくはこの中でスタミナを温存することにした。
 「完璧主義はストレスのもとになる、と思われがちだ。そのせいか「完璧主義ですねえ」と揶揄されて複雑な気持ちになる。ほどほどに力をセーブしながら行動する方がよほどストレスフルに思えるのだが」。こう書くのは、心療内科医の海原純子さんだ(毎日新聞連載の「新・心のサプリ」から)。
 たしかに海原さんの説のように、マラソンでも「ほどほどに力をセーブしながら」走るのは結構むずかしく、ストレスフルではある。体調が悪いのなら別だが、むしろ思い切って力の限りを尽くして走るほうがやりやすいかもしれない。
 しかし、シドニーでは周りのほどよいペースに身を委ねるように走っている。だから、意外なほどストレスは感じていなかった。これが、練習で一人時計を意識しながら一定のペースで走るのであればそうはいかないだろう。途中でペースダウンしないかと、気が気ではないはずだ。
 このゆったりしたペース感覚が、三十キロ過ぎまで続いてほしい。無理をしなければ、これまでのレースのように三十キロ過ぎに大きくペースダウンすることはないはずだから。
 この大会は、長い直線コースが少ないことと街中と公園の繰り返しになっていることから、気分的に走りやすい。公園内の巨木は適当な間隔があけられていて、日本の都市にある公園に比べるとかなりすっきりしている。沿道の応援も熱気がこもっている。太鼓こそないが、鳴り物入りでランナーを勇気づけてくれる。
 ところで、心配だった途中の坂は繰り返しあったけれど、さほど気にはならなかった。高橋尚子選手を悩ませた五輪コースは厳しすぎたので、市民ランナーのために主催者がはずしてくれたのかもしれない。
 中間点を過ぎると、残りが半分以下になる。三十キロ地点を過ぎると、後十二キロだ。前半は、体は軽いが先にある距離の長さに押されて気分は重い。ところが、後半は、少しずつ疲労感がボディーブローのように効いてくるが、気分は軽くなる。

 サーキュラー・キー駅に近づいた辺りから人垣が大きくなってきた。応援も一段とにぎやかだ。あと二キロほどでゴールだ。
 オペラ・ハウスが見えてきた。シドニー湾の岬に立つこの建物は、シドニーを代表する観光名所だ。躍動感のある世界遺産の建物を、まずは外から眺めてみる。ヨットの帆が空いっぱいに人がったように見える。残念だが、今回は日程の都合でオペラやバレエを見ることはできなかった。
 走りながら、少し観光もした。後半のスタミナ切れが心配だったが、走り進むうちにこのまま走れると確信した。結果としては、三十五キロを過ぎてもペースを落とすことなく、むしろ終盤は一キロ四分を切るくらいのペースに上げることもできた。
 次の大会につながるいい走りだった。とても気持ちよく、無事にフィニッシュできたことに感謝したい。

 人はみな先の見えない野(や)を駆けるF8キーのとれたパソコン 
by hasiru123 | 2015-05-24 23:31 | マラソン