夢のマラソン

君原さんのマラソン哲学

近年の男子マラソンの高速化に際して--。世界と戦うには、後ろから追うのではなく、トップグループについて終盤で勝敗を決する、というサバイバルレースを想定した考え方がある。最後に勝てるかどうかはわからないとしても、初めからその流れに乗れないことには勝負にならないからだ。この戦術は、今や常識になっている。

君原健二さんは書いている。「私はその考え方に疑問を感じる。力もないのに追走するのは暴走にすぎない。世界のトップランナーについていくのは、それだけの高速を最後まで維持する力をつけてからではないと意味がない」(「私の履歴書」2012年8月1日~31日/日本経済新聞連載)。

2度目のマラソンとなった1963年2月の別府毎日マラソンのことだ。アベベ・ビキラ(エチオピア)の持つ世界最高記録を超えるハイペースで飛ばす寺沢徹選手(倉敷レーヨン)を追走して、37キロで振り切られ、ふらふらになってゴールした。2度目のマラソンを走って、その厳しさを思い知らされた経験からのアドバイスである。

君原さんは、同書にこうも書いている。「マラソンとはいかに速く自分の体を42.195キロ先にあるゴールまで運ぶかという競技である。体が蓄えているエネルギー源(糖質と脂肪)は決まっている。それをうまく使いながら、できるだけ早くゴールする。そのためにはイーブンペースで走るのが理想的だ」と。

ペースが速すぎて途中でエネルギーが足りなくなってはいけないし、安全運転でエネルギーを余らせてもいけない。人の動きに惑わされ、ペースを乱すと命取りになる。「マラソンとは人との戦いではなく、自分との戦い」だという君原さんのマラソン哲学に得心した。

ついでながら、君原さんは2010年の東京マラソンを3時間26分台で走り、11年ぶりに3時間を切っている。69歳になる直前のことである。このとき、すでに通算走行距離が16万キロを超えていて、地球を4周した計算になる。現役時代に、35回のフルマラソンを走った。マラソンの途中棄権が1度もないことを唯一の誇りにしている君原さんらしい記録だ。
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by hasiru123 | 2015-09-19 19:41 | マラソン
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