夢のマラソン

マラソンランナーの死

「(中略)しかし自殺は逃避であると思います。彼は人生のレースで勝負することなく途中放棄したと私は思うのです」。こう書いてその死を惜しんだのはマラソンランナーの君原健二さんだ(『君原健二のマラソン』)。



自殺というのは、メキシコ五輪の年が明けた1月に命を絶った東京五輪のマラソン銅メダリスト円谷幸吉のことである。私がこの悲しい知らせを目にしたのは、高校の冬休みが明けて間もなくのことだった。ちょうど陸上競技に取り組んでいたときだったことから、よく記憶している。



最近になって、長年にわたってわからなかった日本のマラソンランナーの死の謎が浮かび上がってきた。東日本大震災で甚大な被害を受けた幸吉の長兄の家から、整理している中から幸吉の手紙の束が見つかったのである。

これまでに、東京五輪後に行った右足アキレス鍵と椎間板ヘルニアの手術がうまくいなかったことや、円谷の指導者であった教官が自衛隊体育学校長によって更迭されたこと、初恋の人との結婚が学校長の反対でうまくいかなかったこと。それに加えて、東京五輪以上の活躍が期待されていたことへのプレッシャーなど、様々な要因が言われていた。


これらの動機について、かなり鮮明な輪郭を描くことができたのが、雑誌「文芸春秋」10月号に掲載された「マラソン円谷/悲劇の謎が解けた」(松下茂典)と題するルポだった。数10通の手紙から、「かねてより取り沙汰された複数の動機が、図らずも幸吉直筆の手紙によって一つの真実となり、半世紀の長きに及んだ謎が解けた」。


このルポを読んで強く思ったのは、動機は一つではないとしても、一生に一度はだれもが抱くであろう怒りや嘆きが引き金となったのではないか、ということである。あれこれと深く言及することは、今後読まれる方の妨げになるといけないので、書かないことにする。




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by hasiru123 | 2016-09-18 18:59 | マラソン
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