夢のマラソン

健康を選ぶ

師走に入って、長くおつき合いしていた走友から電話がかかってきた。このごろ、膝がふらつき、走れなくなった。歩くのもままならない。気分にも好不調の波があるようだ。血圧は高めなので薬を服用している。

大好きな酒とたばこはやめた。複数の病院の門をたたいてみたが、特に異常は見当たらなかった。

何かいい改善方法はないか、いい病院はないだろうか、というのである。そんな話が、繰り返され、電話が切れた。

これまで参加していたランニングクラブの忘年会や合宿の懇親会などに出向いて、旧交を温めてみてはどうだろうか。また、定期的に公園で行っている練習会に参加して、走らずにウォーキングで汗を流してはどうか、などと提案してみたが、酒とランニングに慣れ親しんだ走友は、あまり乗り気ではなかった。

また翌日も電話があったので、今度は膝のレントゲンやMRIなどで精密検査を受けてみてはどうかと、私が通院したことのあるスポーツ整形外科を案内した。「そのことには気がつかなかった。とりあえず、行ってみる」といって、話が終わった。

この走友は、娘さんが嫁ぎ、2年前には最愛の配偶者に先立たれた。目下、独り身である。
思い返せば、本当は情報を求めて電話してきたのではなく、話を聞いてほしかっただけなのかもしれない。

一助になるようなメッセージを送ることができなかった。そのことが頭の片隅に残っていたからだろう。今年読んだ中で、とても刺激を受けた本があったことを思い出した。

五木寛之氏が書いた『選ぶ力』である。中でも、「健康を選ぶ」の一章に力がこもっていたように思う。「選びながら迷い、迷いながら選びつつ生きる」私的なモノローグに、目に見えない運命の力を感じたのは私だけではないだろう。

「むやみやたらと歩くことを進める健康法というのは、いまや古いのではあるまいか」という一言にはっとさせられた。「本来、人間の姿勢というものは、やや猫背で、ちょっと膝がゆるんだくらいが自然ではないだろうか」とも、あった。

走れなくなったらウォーキングを、というのは、少し短絡的な物言いだったかな、と反省している。

[PR]
by hasiru123 | 2016-12-15 21:47 | その他
<< 駅伝シーズン到来 黒山鎌北湖駅伝 >>