2007年 02月 12日
食文化に学ぶ
かつての医学会の常識は「コレステロールと関係のあるたんぱく質は、脳卒中を防ぐためにはとってはいけないもの」とされていました。脳卒中ラットの実験で得られた知見を実証するためには、世界中の人たちの食事と健康の関連を調べるしかない。病理学を専門に研究している家森幸男さんの『長寿の謎を解く』(NHK「知るを楽しむ・この人この世界」2006年12月-2007年1月)という講座番組でそう話しておられます。
家森さんは、世界中を飛び回ってさまざまな民族のデータをとり、食生活を調べていく度に、「長寿は遺伝子ではなく食生活によってもたらされる」ことを確信するに至りました。世界トップクラスの長寿地域であるコーカサス地方の人々は、肉をはじめとするたんぱく質を多く摂取していて、しかもナトリウムの値も日本人の平均よりも高かったそうです。たんぱく質を多く摂ればコレステロール値が高くなるはずですが、コーカサス地方の人たちは肉をゆでたり蒸したりして脂肪分が除いて食べていたため、コレステロール値が低かったのです。また、高地のため塩分の多い保存食の影響でナトリウム値が高かった一方で、香味野菜の摂取によりナトリウムの害を打ち消す効果があるカリウムの値が高かったこともわかりました。
コーカサス地方以外にも、新疆ウイグル自治区のウイグル族の豊富な野菜と果物の摂取、タンザニアのマサイ族の塩を摂らない食生活、中国貴州省・貴陽の人々の大豆を使った様々な豆腐料理など、長寿探求のための食生活調査を行ってきました。この講座では、家森さんの20年間で25カ国61地域に及ぶ調査で解明された食事と健康の関係が克明に語られています。
調査でわかったことはいいことばかりではないようです。オーストラリアに住む先住民アボリジニやマサイ、ウイグルなどの文明化による伝統的な食生活の崩壊と危機的な健康状態についての状況変化は大変ショッキングな報告でした。飽食といわれる時代の食生活の危機は、先進国か発展途上国かを問わず、忍び寄っているのです。
これらの変化は人ごとではありません。長い食文化が育んできた長寿の秘訣も、危機に際しては極めてもろいものがあります。ともすれば安易に健康情報に飛びつきやすい日本の事情を思うとき、多くの示唆になると思います。最近言われるフードファディズム(食べ物の健康効果を過大視すること)に走ることなく、日本人が経験的に培ってきた食生活を見直す必要があるのではないでしょうか。そんなことを思わされた講座です。