2017年 08月 08日 ( 1 )

旭舎文庫

川越市の札ノ辻から北へ約300m行くと、川越氷川神社方面へ曲がるT字路に出る。その北側の角に昭和から平成にかけては営まれてきた駄菓子店があった。子供の時、ここでアイスクリームを買って食べた記憶がある。旧梅原菓子店だ。

かつて子供たちが集まり、遊んだ時の声が今でも聞こえてくるような気がする。江戸末期から明治初期に建てられたというから、150年も前の建築物である。壁が剥がれ落ち、瓦屋根も落ちかけていた。かなり老朽化が進み、大きな手直しをしなければ使い続けることは困難な状態でもあった。

その駄菓子屋が、川越氷川神社によって修復され、3年かけて行った工事が竣工した。7月29日と30日に、オープンに先駆けて地元の住民に公開されたので、行ってみた。

川越氷川神社はこの建物を「旭舎文庫(あさひのやぶんこ)」と命名した。宮司の山田禎久(よしひさ)さんに伺ったところ、「地域の人たちに気軽に立ち寄っていただき、ゆっくりと本を読める場として、また川越や祭りの歴史を楽しく学べる場所としかつようしていただきたい。私的な観光案内所のようなところになれば」と話しておられた。

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「朝日之舎」は、明治時代の川越氷川神社祠官(宮司)であった山田衛居(もりい)の別号である。川越氷川神社が武蔵野台地の東北端に位置し、周辺では最初に朝日が射し込む場所であることからつけられそうだ。衛居が日々の出来事を綴った『朝日之舎日記(あさひのやにっき)』 には、伝統文化と東京から入る文明開化の流れが交錯する当時の川越の様子が生き生きと活写されている。

たとえば、明治13年10月19日にはこんなくだりが記されている。

「(続き)陸軍歩兵、小川ヨリ川越ヲヘテ東京ヘ行クニツキ、今夜当処ニ宿ス。千五百人ト云。南町ニテ其体ヲ見タリ。旅宿や・料理やへ割合(当カ)テ泊セシム。大佐乃木希典宿ト書セシ紙、南町喜八ニテ見受タリ」(昭和54年11月30日川越市史編纂室発行の同書による)。

陸軍大佐乃木希典の来訪の様子をうかがい知ることができて、大変興味深い。

また、明治16年3月12日は、「(続き)新橋ノ汽車ニテ八時三十分東京ヲ去り、九時川崎停車場へ着ス。予ハ本日初テ汽車ニ乗ゼリ。予想ト違ヒ車輪ノ音、汽車ノ響、山海・林屋ノ飛過スル状アタカモ中天ヲ飛過スルガ如キク、大愉快ナリキ」と、生まれて初めて体験した汽車旅の感激を綴っている。

山田衛居が残した日記を、衛居と同時代に建てられた旭舎の中で、じっくり読み返してみたい衝動にかられた。

(写真)南側から臨む旭舎文庫


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by hasiru123 | 2017-08-08 18:11