夢のマラソン

カテゴリ:その他( 183 )

真っ赤な秋


まっかだな まっかだな
つたの葉っぱが まっかだな
もみじの葉っぱも まっかだな

童謡「真っ赤な秋」(薩摩忠作詞・小林秀雄作曲)の一節である。曲をつけた小林秀雄氏は、今年7月に亡くなられた。紅葉の季節になるとこの歌を口ずさみたくなる。歌に誘われるかのように、一足早い秋の北海道へ行ってきた。

大雪山系の旭岳(2291メートル)周辺では、早くも赤く染まり始めた。3連休の真ん中、9月16日には青空がのぞき、ナナカマドやダケカンバ、カエデなどが、山肌を色鮮やかに染めている。ロープウエーの姿見駅から約3キロ先の裾合平周辺では、ウラジロナナカマドの鮮やかな赤と、終わりに近いチングルマの渋い赤がパッチワークのように広がっている。

活発な旭岳の噴煙との共演も見どころのひとつつである。これまで写真で見ていた噴煙よりも、勢いがあるように見えた。

地元の人に聞くと、今年の紅葉は例年よりもいくぶん早く、そしてきれいだとのことだった。紅葉は10月上旬になると、ふもとの旭岳温泉街まで駆け降りる。
     

c0051032_13525543.jpg

     鏡池に映る旭岳 
    

c0051032_13543512.jpg

     噴煙の盛んな旭岳 
    

c0051032_13542695.jpg

     第一展望台から望む旭岳
     

c0051032_13540906.jpg

     終りに近いチングルマ

c0051032_14121899.jpg
       すり鉢池と旭岳

[PR]
by hasiru123 | 2017-09-22 06:47 | その他

初雁公園を整備する

昨年3月の川越市議会で、市制100周年の記念事業して初雁公園周辺を整備するという川合善明川越市長の方針が示された。それを受けて、初雁公園近隣に位置し、三芳野神社の氏子を構成している3町内の自治会長、副会長等を交えて川合市長との情報交換を行った。

会議の内容はすでに近隣住民へ情報提供済みであることから、公表に際してなんら支障を来すことはないと考え、関係者へ配布した議事概要をもとに整理し、そのあらましをお伝えする。

日時  平成17年6月6日(木)15時~16時会場
川越市役所市長室出席者  川合市長川越市から都市計画部長、公園整備課長三芳野神社から山田宮司、自治会から郭町1丁目自治会長、同副会長2名、郭町2丁目自治会会長,同副会長3名、三久保町自治会長、同副会長1名
進行  森脇康行
(川合市長と山田宮司、森脇以外の個人名は非表示とした)

1 初雁公園構想について

(川合市長) 平成元年に初雁公園整備構想がつくられ、今でも形式的には生きている。県立川越高校の移転や多額の費用がかかることから不可能になった。今回計画を変更して、実現可能なものにしたい。初雁球場が古くなり、公園にしたい。

2 川合市長の構想を受けて質問、要望等

〇三芳野神社関連       
(三芳野神社宮司) (初雁公園の中にある)三芳野神社は、もとは幕府直轄の神社であったことから、格式が高い。川越の観光の中心になってほしいと考えているが、現状は本丸御殿で観光客の流れが止まり、なかなか三芳野神社まで足を運んでもらえない。「とおりゃんせの細道発祥の地」であることをもっと知ってもらいたい
(自治会) 参道整備について。現在ある参道と本来のとおりゃんせの細道に歌われる参道とは違うので、歴史に即した参道の整備を計画の中で実現してほしい
(自治会) 植木について。社殿への影響のため楠木等を伐木したが、支障のない場所新たに植えるとともに、(神社にふさわしい)梅の木を計画的に植えてほしい。

〇施設関連(市民プール、初雁球場、武道館、診療所等)            (自治会) 移転を含めて廃止を検討していると聞いているが、跡地をどう活用するのか
(川合市長) プールは未定、武道館は移転せずに耐震化工事で存続させる予定。初雁球場は未定だが個人的には芝生の広場にしてはどうかと考えている。診療所は倉庫として利用しているが、その後は未定。

〇富士見櫓跡の整備                        (自治会) 計画が途中で止まっているが、今回の構想に含めるのかをよく検討してほしい。

〇観光                              (自治会) 三芳野神社を含む標識の整備を進めてほしい。また、ガイドブックやマップなどへ記載も不十分である。
(自治会) 三芳野神社への誘導を含めたルート表記、案内板(地図)の整備をお願いしたい。
(自治会) 川越の観光は蔵造りや菓子屋横丁に力を入れているが、川越城が川越のシンボル的な存在であることを重視する必要がある。

〇自然環境                            (自治会) 初雁公園周辺には樹木が多く、初雁球場側の新河岸川沿いには湧水があるなど、自然が残っている。自然を保存しつつ公園の整備を進めてほしい。
(自治会) 浄水場から浮島神社にかけての自然保護に留意した一体整備をお願いしたい。
(自治会) 小仙波町2丁目から、浄水場南側の空き地の公園化の声が上がっているが、今回の計画にどう盛り込むのか
(川合市長) 親水公園を検討している。

〇今後の進め方(計画策定のプロセス)について
(自治会) 計画と実施に際しては、プロジェクトを作り、責任部署を明確にしてほしい
(自治会) 住民の意見を聞いて計画を進めてほしい
(川合市長) 公園整備課を担当窓口とし、調整機能を持たせる。また、基本計画の審議会条例案と予算案を提示した。審議会メンバーには学識経験者や公募委員、自治会も含めたい。
(自治会) 三芳野神社の工事に際しては関係する窓口が多岐にわたり、問い合わせ窓口がはっきりしていなかった。窓口を設けて切り分けできるように改善してほしい
(川合市長) ワンストップサービスに努める
(自治会) 100周年でどこまでやるか優先順位をつけて進めてほしい

3 今後について

主として3つの自治会内の住民及び近隣自治会との情報共有を図りながら、公園整備課と積極的に情報交換を行い、市が行う計画作りに参画していきたい。

※ 時間の関係で、出席者から要望として述べることができなかった点については、手元資料を基に一部追記した。

(参考)初雁公園については、川越市の公式サイトをご参照ください → http://www.city.kawagoe.saitama.jp/shisetsu/undo_park_hoyo/undopark/hatsukaripark.html


[PR]
by hasiru123 | 2017-09-01 17:35 | その他

蟇股

ある若い文学者が泉鏡花の自宅を訪ねたときのこと。「先日、先生原作の芝居を拝見しました」と言うと、「かぶっていましたか」というのが第一声だった。「かぶる」とは、「劇場に客がたくさん入っている」という意味だそうだ。五木寛之さんが「サンデー毎日」6月11日号に書いていた。

また、作家の石川淳さんの編集担当者が新刊を持って挨拶にうかがうと、おほめの言葉を予想していた編集者に石川さんはひと言、「で、さばけてますか」ときいたという。「売れ行きはどうか」という質問だが、五木さんは「すこぶる粋な感じである」と納得しておられた。

ところで、最近私は「入っていますか」と聞かれることがしばしばある。氏子総代を務める三芳野神社(埼玉県指定文化財)の修理工事協賛への協力状況についての問いかけだと思う。大部分は補助金で賄う計画だが、一部足らざるところについては広く個人、法人から浄財の寄進をお願い申し上げている。現在は、3年半かけて行っている塗装工事(漆塗り)の真っ最中である。

その三芳野神社で、ひと月前に工事現場の内部を報道機関に公開した。新聞社や地元のテレビ局などに取材していただいたが、私もテレビカメラの背後から写真を撮らせてもらった。

c0051032_18435777.jpg

四季の行事がある度に社殿の内部に入って目にしていたが、じっくり観察したのはこれが初めてである。これまで、塗装が剥げかかったていたり、日焼けなどで経年劣化が進んでいたものに彩色が施され、明暦の時代(江戸初期)の姿に復元されつつある様子を実感することができた。

c0051032_23025675.jpg


その中でも特に目を引いたのが、塗装中の「蟇股(かえるまた)」だった。蟇股は寺社建築に用いられる、台形の斜辺に繰型(くりがた)をつけたような材のことだ(山川出版社『日本史広辞典』による)。塗装職人の地元である日光市の工場で作業中のものを、この日のために一時持ち帰ってもらったものである。飾られている鶴が今にも飛び出してきそうな気配すら感じられる。

今秋には、工事に差し障りのない範囲で現場を地元の子供たちに見てもらえるようイベントを企画中である。

(写真上)外側から見た天井部
(写真下)一部の蟇股


[PR]
by hasiru123 | 2017-07-30 22:46 | その他

蔵と煉瓦

私が住んでいる埼玉県川越市には、蔵造り商家が数多く残されている。蔵造りの町並みが作られるきっかけとなったのは、明治26(1983)年3月17日の大火だった。

当時の東京朝日新聞によると、川越の全戸数3315戸のうち全焼及び半焼の土蔵で4分の1を占めたとされている(明治26年3月22日記事)。この中には、第八十五銀行(現在の埼玉りそな銀行)や鐘撞堂(かねつきどう)、蓮馨寺(れんけいじ)などが含まれていた。そして、この未曾有の大火災で川越商人たちの防火対策への意識の変革をもたらした。

商人たちは、同じ惨事を繰り返さないよう、建物そのものを防火建築にすることを考えた。伝統的な工法による蔵造り建物だ。最盛期には100軒以上の蔵造り建物が街中にひしめき、町並みを形成していた。

先ごろ、函館市で防災の先駆けといえる建築物を見る機会があった。「金森洋物店」である(下の写真参照)。

c0051032_14523969.jpg

館内は、明治から昭和にかけて何度か大火に見舞われてきた。明治11年、12年の大火で函館のほとんどの市街区域を焼失した。このため開拓使は、市街の区画整理と不燃質家屋の奨励に乗り出した。明治12年に被災した初代渡辺熊四郎もその施策に応じ、翌年11月に、開拓使の茂辺地煉瓦石製造所の煉瓦を使った洋風不燃質店舗の「金森洋物店」を開店させた。 

この店は主に舶来製の小間物や雑貨品を販売し、明治40(1907)年の大火では、周囲の不燃質店舗が焼失する中で、金森洋物店のみが難を逃れた。大正14年まで店舗として使用された建物は、昭和38年に北海道指定有形文化財に指定され、昭和44(1969)年から旧金森洋物店「市立函館博物館郷土資料館」として開館している(以上は、当館スタッフの解説による)。

煉瓦造りと蔵造りの違いはあるが、同時代の北国と川越に共通した防災対策がとられたことは興味深い。

以下の写真は、雪が降ったりやんだりだった3月上旬の函館市内で撮ったものである。

c0051032_14532661.jpg

函館市旧イギリス領事館 元町にあるかつてのイギリス領事館である。

c0051032_14541973.jpg

裏側から見た旧北海道庁函館支庁庁舎 現在は函館市写真歴史館・函館市元町観光案内所として活用されている。

c0051032_14543867.jpg

旧函館区公会堂 明治43年(1910年)に建てられた左右対称のコロニアルスタイルとブルーグレーとイエローの色が特徴的な美しい建物だ。

c0051032_1454586.jpg

五稜郭 周りの堀は固く凍結していた。

c0051032_14551580.jpg

上下和洋折衷住宅 一階が和風、二階が洋風に設計された木造二階建ての店舗・住宅で、元町付近でよく見られる。

[PR]
by hasiru123 | 2017-03-18 14:34 | その他

三芳野神社修理工事について

昨日は東京では青梅マラソンが、熊本では熊日30キロが行われました。数少ない30キロのロードレースが、縁あって例年2月第3週で重なっています。そして、各レースのレベルが高い点でも共通しています。

2月17日は春一番が吹き、18日は二十四節気の一つ、雨水でした。少しずつ春の足音が聞こえてきます。いよいよ、今年度終盤のマラソン大会が各地で行われます。

さて私ごとで恐縮ですが、氏子総代を務めさせていいただいている県指定文化財三芳野神社(埼玉県川越市初雁公園内)では、埼玉県と川越市の補助を受け、3年半かけて社殿の保存修理を実施しています。

漆塗や彩色、飾金具などの修理と排水機能を修復し、明暦(江戸時代初期)の姿に復元することが主な目的です。

つきましては、修理には多額の支出が見込まれることから、皆様の暖かいご支援を賜りたいと存じます。厳しい経済環境のなか恐縮ではございますが、何卒ご理解、ご協力のほどお願い申し上げます。

また、ご協賛いただいた皆様に対しましては、ご芳名を竣工時に作製する報告書に記載させていただくとともに芳名板等に永久に記録させていただく予定です。

このお願いのほかに、広く市民の皆様からご支援をいただけるよう、四季の行事や広報等で情報提供とお願いをさせていただく予定です。よろしくご協力のほどお願い申し上げます。

なお、ご協賛の内容につきましては、下記のとおりご案内をさせていただきます。

   三芳野神社協賛金の受付について

1 協賛金 : 法人 1口 10,000円
 (複数口のご協賛をお願いします)
        個人 1口 1,000円
 (複数口のご協賛をお願いします)

2 振込先 : 埼玉りそな銀行川越支店 
        普通預金 4465744
        三芳野神社 田井欽一
※恐れ入りますが、払込手数料はご負担いただきますようお願い申し上げます。

3 問い合わせ先 三芳野神社修理工事協賛会 
        会計担当:田井 欽一
        埼玉県川越市三久保町22-6   
        電話 049-224-6417

お振込みに際しては、下記の内容をFAXにてお知らせください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

三芳野神社修理工事協賛会 行  
 FAX 049-224-6417

   三芳野神社修理工事協賛金申込書

(  )口   (      )円

お名前                                 

郵便番号(   -    )  

電話番号(             )

ご住所                                      

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

c0051032_19583669.jpg
     

     (写真)とおりゃんせの細道から見た拝殿

  三芳野神社修理工事協賛会
   会 長 山田 禎久(三芳野神社宮司)
   副会長 立原 雅夫(川越商工会議所会頭)
   副会長 石川 将輝(川越青年会議所理事長)
   副会長 粂原 恒久(小江戸川越観光協会会長)

三芳野神社 平安時代の初期に成立したと伝えられ、川越城内の天神曲輪(くるわ)に建てられています。このため、「お城の天神さま」として親しまれています。この天神さまにお参りするには、川越城の南大手門より入り、田郭門をとおり、富士見櫓を左手に見、さらに天神門をくぐり、東に向う小道を進み、三芳野神社に直進する道をとおってお参りしていました。



[PR]
by hasiru123 | 2017-02-20 20:02 | その他

昭和の歌と万葉集

日本老年学会は、現在65歳以上とされている「高齢者」の定義の見直しを進め、年齢を体力的な面などからも75歳以上に引き上げるべきだとする提言をまとめた。提言によると、65歳から74歳までの人たちを新たに「准高齢者」と位置づけるという。長寿社会の一つの到達点だと評価したい。

一方では、若い人たちの年代のシフトというのもあるのではないだろうか。

通勤の車中でいつも聞いている放送に「荒川強啓デイ・キャッチ!」という番組がある。昨年暮れに聞いた、コメンテーターの近藤勝重さん(毎日新聞客員編集委員)のひとことが記憶に残っている。

1975年にヒットした伊勢正三作詞、作曲の「22才の別れ」について、こんなことを言っていた。「22歳といえば、学生と社会人が入り交じる年齢だが、女性にとっては結婚適齢期でもあった。この歌にある感覚は、現在の22歳の女性にはない。30歳くらいにあたるのではないか」と。

近藤さんは、どのあたりの表現を指して今の22歳にはないと言うのだろうか。

古いレコードの歌詞カードを引っ張り出してみると、例えば<わたしには/鏡に映ったあなたの姿が見つけられずに>とあった。また、<あなたは/あなたのままで変わらずにいてください/そのままで>というくだりもある。近藤さんの言葉とシンクロしたのは、これらの詞からだった。

ストレートに言い放つことを抑制し、別離の切なさをいったん飲み込んで言葉にできるのは、結婚適齢期までのいくつかの経験と時間が必要なのではないか。そんな気がする。

私には、以下のような歌詞からも世代の感覚が様変わりしていることが実感できる。

<こんな小春日和の/穏やかな日は/あなたの優しさが/しみてくる>

70年代の名曲で、さだまさし作詞、作曲の「秋桜」だ。明日嫁ぐ娘が母との別れを惜しむ気持ちを歌っている。今の20代の女性からは、そんなフレーズは出てこないだろう。

新幹線や飛行機で簡単に遠隔地と行き来できて、SNSで日常的なやり取りが瞬時にできる時代である。嫁ぐ前の日と後の日は切れ目なくつながっているのだ。

「だが、しかし――」と考える。江戸幕府も、鎌倉幕府も、時の彼方にかすんでしまうくらいの1300年前のこと。万葉集にはこんな歌があった。

<鳴る神の 少し響(とよ)みて さし曇り 雨も降らぬか 君も留めむ>

「雷が少し轟いて空が曇る。雨も降ってくれないだろうか、そうすればあなたがここにとどまってくれるだろうに」という意味である。

柿本人麻呂歌集の中にあるもので、20歳になるかならないかくらいの乙女が恋に思い悩み、そして恋に少しだけ内気な女性の心情を詠んだものだ。今の女子高生、女子大学生たちと何ら変わるところがない。

時が移っても、変わった心模様と変わらない心情とがクロスオーバーしている。だから、人は昭和歌謡を懐かしみつつ、万葉集に共感するのかもしれない。


[PR]
by hasiru123 | 2017-01-12 20:45 | その他

謹んで新春のご祝詞を申し上げます


c0051032_08385005.jpg
               林立する蔵王のモンスター(山形県)

  昨年2月中旬に撮影したものです。樹氷・スノーモンスターは、日本ならではの光景といわれますが、特定の地域に限られます。この年は雪が少なく、樹氷も小ぶりでした。


 ニューイヤー駅伝は18年ぶりに旭化成が優勝しました。また、箱根駅伝では青山学院大が3連覇、3冠を達成しました。


 この勢いを追い風にして、坂戸市陸協は埼玉県駅伝に挑みます。

 皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

 2017年 元旦


[PR]
by hasiru123 | 2017-01-05 08:58 | その他

健康を選ぶ

師走に入って、長くおつき合いしていた走友から電話がかかってきた。このごろ、膝がふらつき、走れなくなった。歩くのもままならない。気分にも好不調の波があるようだ。血圧は高めなので薬を服用している。

大好きな酒とたばこはやめた。複数の病院の門をたたいてみたが、特に異常は見当たらなかった。

何かいい改善方法はないか、いい病院はないだろうか、というのである。そんな話が、繰り返され、電話が切れた。

これまで参加していたランニングクラブの忘年会や合宿の懇親会などに出向いて、旧交を温めてみてはどうだろうか。また、定期的に公園で行っている練習会に参加して、走らずにウォーキングで汗を流してはどうか、などと提案してみたが、酒とランニングに慣れ親しんだ走友は、あまり乗り気ではなかった。

また翌日も電話があったので、今度は膝のレントゲンやMRIなどで精密検査を受けてみてはどうかと、私が通院したことのあるスポーツ整形外科を案内した。「そのことには気がつかなかった。とりあえず、行ってみる」といって、話が終わった。

この走友は、娘さんが嫁ぎ、2年前には最愛の配偶者に先立たれた。目下、独り身である。
思い返せば、本当は情報を求めて電話してきたのではなく、話を聞いてほしかっただけなのかもしれない。

一助になるようなメッセージを送ることができなかった。そのことが頭の片隅に残っていたからだろう。今年読んだ中で、とても刺激を受けた本があったことを思い出した。

五木寛之氏が書いた『選ぶ力』である。中でも、「健康を選ぶ」の一章に力がこもっていたように思う。「選びながら迷い、迷いながら選びつつ生きる」私的なモノローグに、目に見えない運命の力を感じたのは私だけではないだろう。

「むやみやたらと歩くことを進める健康法というのは、いまや古いのではあるまいか」という一言にはっとさせられた。「本来、人間の姿勢というものは、やや猫背で、ちょっと膝がゆるんだくらいが自然ではないだろうか」とも、あった。

走れなくなったらウォーキングを、というのは、少し短絡的な物言いだったかな、と反省している。

[PR]
by hasiru123 | 2016-12-15 21:47 | その他

地域で元気な高齢者10人

9月11日(金)に厚生労働省が発表した統計によると、住民基本台帳に基づく100歳以上の高齢者の総数は61,568人(前年差+2,748人)いることが分かった。また、100歳以上の高齢者のうち女性は53,728人(全体の約87%)だった。

人口10万人当たりの100歳以上高齢者数では、私が住んでいる埼玉県は、最も少ない47位だった。その理由については言及していないが、埼玉県の人口の増え方の事情に関係がありそうだ。というのは、埼玉県は戦後になって他の地域からの人口流入が増え、移り住んできた人たちの多くがまだ100歳の域に達していないからではないかと私は推測している。したがって、ある時期からその年代に達する人たちが一挙に増えるのではないかと思っている。

ところで、同省のホームページには、各地域で活躍されている100歳以上のご高齢の方々のエピソードが紹介されていた。その一言一言に驚き、はっとさせられることがたくさんあった。その中から10名の一言の一部を紹介させていただく。

□ 60年前からゴルフをはじめ、現在も週に1回ゴルフに通っている(100歳・男)

□ 一番の楽しみは、友人との麻雀(101歳・女)

□ 介護サービスを利用せず、毎日、筋力トレーニングを行うほど元気(100歳・男)

□ 歌詞を見なくても50曲以上の歌が歌える(100歳・男)

□ 夫婦とも100歳で、2人とも杖を使わずに歩けて、会話もできる(100歳・男、女)

□ 今も自転車に乗って買い物をしている(100歳・男)

□ 世界最高齢のスプリンター。100歳超の100m世界記録保持者(29秒83)(104歳・男)

□ 現役の幼稚園の先生として活躍中(100歳・女)

□ 今でもぶどうの袋掛けやかぶの出荷箱の組み立てなど行い、身だしなみに気を遣う大変おしゃれな高齢者(102歳・男)

□ 30年前から高年大学に通い、100歳の女学生としてマスコミから引っ張りだこ(100歳・女)

これらのエピソードを読んで、これから100歳に向かおうとしている方々は、どのようにお感じになっただろうか。今すでにこれらのことができないでいるという方もおられよう。また、もしかして自分にもできるかもしれないとほくそ笑んでいる方もいらっしゃるかもしれない。

今日行われたある団体の世代間交流会で、こんな話をさせていただいた。


[PR]
by hasiru123 | 2016-09-26 06:24 | その他

第三の場所

アメリカの社会学者レイ・オールドパークは出会いや語り合い、情報を交換する場所のことを「サードプレイス」と呼んだ。家と職場(学校)の中間点で、公的でもあり私的でもある「第三の場所」の必要性を説いている。

たとえば、サラリーマンにとっての赤ちょうちんや女性の郊外型レストランで食べるランチなどがこれに当たるだろうか。私だったら、月イチくらいで行くやきとり屋かな。

川越市内には豚のかしら肉を食べさせるやきとり屋がある。最近は女性客が増えたためだろうか、サラダをはじめとする各種メニューがそろうようになった。それでも、この店の稼ぎ頭は肉とネギを交互に串刺ししたやきとりだろう。これがとてもおいしくて、生ビールとの相性が抜群にいい。私が「サードプレイス」としているゆえんである。

そうした場所は、高齢になった人にとっても大切にしなければいけないと思って書いたのが、以下の小文である。ある地元の会報に寄せたもので、例によってここに転載する。

 

□ ■ □ ■ □ ■

よく、自治会は高齢者福祉に寄りすぎているのではないかという声を聞く。その当否は別にして、世代間のバランスがとれた課題を設定して活動するためには、会員の年代構成と自治会役員のそれとにギャップが生じないよう配慮することが求められる。そのことを踏まえた上で、ここではあえて高齢者について書かせていただく。

話は変わるが、川越市を拠点に発行している文芸誌「文芸川越」がある。図書館などでご覧になった方もおられよう。いつも、巻末に投稿者の属性を紹介した記事がついている。

10歳刻みの年齢層では、70代が最も多い38.7%で、80代が27.4%、60代が14.6%と続く。若い年代では10代(15-19歳)が9%で、その他の年代は20代から40代まで合せて10%にしかならなかった。

若年層が少ない要因を想像するに、働き盛りの世代は短歌や詩をものする時間的な余裕がないのだろう。しかし、いちばん層が厚い団塊の世代を含む60代で投稿が少ないのも気にかかる。それにしても、70代、80代のエネルギーに脱帽である。そういえば、私の義母は生前俳句を作っては精力的に雑誌や新聞へ投稿していた。

幸いなことに、この町にはいい自治会館がある。ここを拠点として、高齢者のエネルギーをもっと熱いものにできないか、と考えている。


[PR]
by hasiru123 | 2016-09-06 20:49 | その他