カテゴリ:その他( 180 )

 

左足の故障から(3)

  指圧とインソールの2人3脚

昨年の10月から、妻が肩こりや腰痛を治すために長年通っていた指圧のM治療院を訪ねることにしました。私がこれまでにマッサージを受けた経験から、腰や背中を圧(お)されることに対して快感を覚えることがなかったので、指圧を受けることには消極的でしたが、妻の強い勧めでドアをたたくことに。

M治療院は浪越流の指圧を専門にしているところです。筋肉マッサージと異なり、直接筋肉を緩めることはしません。前頚部や鼠頚骨靱帯などの生体を指で圧して体の悪い部分の根本に治療を施す方針を採っています。ホームページには「身体を圧すことで身も緩み、心もほぐれ、特に圧し方によってその効果はさまざまな出方をします」とありました。

私の場合は、前頚部や右側の鼠頚骨靱帯が硬く、圧すと反発してほとんど指が入らない状況でした。そこで、M先生は、左足の痛みは腰椎の歪みから生じているのではないかとの仮説を立てられました。早速、指定の医院で腰のレントゲン写真を撮ってもらったところ、第4腰椎と第5腰椎の間隔が狭まっているということがわかりました。これまで腰が痛いという実感がなかったので意外でしたが、このことが膝や足に影響を与えているのではないかというのです。

そのほかに圧してもらってわかったことは、以下のとおりです。
・左側の胸郭と肩甲骨の間が狭く、圧してもほとんど指が入らない。俗に言う「五十肩」であるが、痛みがなくなっていても、回復したわけではない
・鼠頚骨靱帯(股関節近くにある靭帯)が硬く、圧すと反発してほとんど指が入らない。これは、左より右の方が顕著である
・肩から背中にかけてやや丸みを帯びている
・ 足背部(足の裏の反対にあたる部分で、いわゆる足の甲)が丸く変形している

ちなみに、足背部と鼠頚骨靱帯および前頚部は深く関連し、左足の状況を見るための重要な手がかりになるそうです(私はこれをランナーの「トリプルライフライン」と命名しました)。これらが改善されれば、左足の痛みも治まってくるだろう。反対に、これらが放置された状態であれば、いつまでたっても左足の回復はままならない、と。M先生の仮説を信頼して、検証できる日を待つことにしました。

2005年2月に、私の妻が膝の診察を受けるためにZ病院を訪ねることになりました。妻はすでに地元の大学病院で半月版の手術が必要であることを宣告されていましたが、左右の膝を同時に手術するという治療方針に疑問を持ち、念のためセカンドオピニオンとして他県にあるZ病院が膝の手術に定評があると聞いて、診てもらうことになったものです。私も診察に付き添うために訪問したところ、Z病院には整形外科のほかにスポーツ整形外科が設けられていることがわかり、私もついでに、というか念のため、昨年かかっていたKクリニックのセカンドオピニオンとして左足を診てもらうことにしました。

レントゲン撮影の結果「開帳足起因の外反母趾」(写真1)であることが判明しました。足には縦のアーチと横のアーチがあるが、指先の付け根を支える横のアーチが落ちて低く平らになり、落ちた付け根部分が着地時に当たって痛む、という症状が開張足。靴の中で左右から押されて、親指はつま先に対して「く」の字型に変形し、靴とこすれて痛みが発生するのです。

  写真1 2005年6月現在の左足の様子
c0051032_1432782.jpg

K医師の話では、走ることを続けたいのであれば外反母趾用のインソール(写真2)をシューズに装着して様子をみるとよい、ということでした。インソールについている突起物(3ミリ程度のふくらみがある)で、落ちている横アーチを少し持ち上げる効果が期待できるのだそうです。インソールをつけたからといって、痛みがなくなるわけではないが、緩和させることはできるので、痛みが発生しない範囲で走ってみてはどうかと。そのほかには手術という手段もあるが、完治するかどうかはケースバイケースで、私の場合には手術が必要かどうかは今ある情報だけでは判定しかねる、との説明でした。私は即座に、前者の方法を選択しました。さっそくビジネスシューズ用とランニングシューズ用の2つのインソール(ソルボ製)を作ってもらい、効果を見ることに。

  写真2 上がインソールの裏側、下が表側
c0051032_14323566.jpg
  
インソールを使用したことによる効果とその後の回復状況は、稿を改めてご報告します。
[PR]

by hasiru123 | 2005-07-23 22:17 | その他  

左足の故障から(2)

  インフォームドコンセント

2003年から2004年9月までに行っていたケアは、2003年夏に通った整体(3ヶ月間)と、その後に受けた手もみマッサージ(民間の一般向けマッサージ)、そしてスポーツジムのトレーナーから紹介されて、受診したS整形外科の3つです。

整体は、後身の指導にもあたっておられる先生で、新しい取り組みにも研究熱心な方でした。腰と背中の手当てが中心だったことから、足の裏の痛みを改善するには向かないのではないかと勝手に解釈して、5回の通院で中止してしまいました(このことについて現在は、軽率な判断であったと反省しています)。手もみマッサージは、整体とちがい、筋肉を中心としたマッサージですので、受診後は大変に壮快です。練習後の疲労回復効果も大いにありです。しかし、その時点の自分の足の状態は筋肉疲労を通り越して、どこかが病んでいる。手もみマッサージで対処できる領域を超えている、という思いを強くし、いつの間にか整体治療に足が遠のいてしまいました。

S整形外科は、整体と同時期の2003年夏に診断を仰ぎました。レントゲン診断では、取り立てて異常は認められず、リハビリと湿布薬を受けたのですが、ランニングとの関連での状態と治療方針についての説明がほとんどありません。効果を実感できなかったので(これもまた、勝手に解釈して)3ヶ月で通院を中止しました。

9月下旬の完全休養に入ってから、知人から複数の治療機関の紹介をいただいたので、その一つのKクリニックの診察を受けることにした。Kクリニックは大学病院付属のスポーツ整形外科として同年4月に新設されたばかりです。スポーツ整形外科を看板にするだけあって、最新のリハビリの施設と専門スタッフを揃え、ハード面の充実には目を見張るものがありました。

Kクリニックの診断では「偏平足」(足の親指の付け根や小指の付け根と踵を結ぶ線が弧を描いてふくらむ立体的な骨格を形成しているアーチがあるが、これらが落ちてきた状態)と言われ、しばらくは走ることをやめて、湿布薬をつけることと毎週1回のリハビリ(レッグカールやタオルギャザー等の機能強化訓練)を行うようにとの指示でした。ここも、前述のS整形外科と同様、足の状態やどうすれば痛みがなくなるのか、などについての説明はまったくなく、いきなりリハビリというのは引っかかるものがあったのですが、まずは取り組むことが大切と思い、通院することに。

治療を受けながら考えたのは、痛みがなくならないうちにリハビリを続けていっていいものだろうか、という素朴な疑問です。私の場合は、長年は走り続けてきた金属疲労が重なっていろいろなところに痛みが生じてきたと思うので、「走る」ことに何かしらの原因があることは間違いがないのでしょうが、どのくらいの期間練習を休めば回復してくるのか、休むだけではだめで発症した根本的な原因を突き止めて、それに沿った治療を施す必要があるとか、そういった具体的な医師からの状況説明がないのです。

長期間にわたる治療は覚悟していましたが、何の見通しも示されないと言うのは患者にとって大変不安です。Kクリニックで受けているリハビリならば、メニューの説明を受ければ、通院しなくても毎週のように通っているスポーツジムで一人でもできそうなきがします。治療費もかかることだし・・・。なによりも、回復期ではないこのときに、あえてリハビリを行う必要性を理解することができませんでした。したがって、この治療も1ヶ月半でやめることになります。

患者はどうしても性急に治療効果を期待してしまうもので、外部情報に惑わされやすく、じっくり治そうとする意思と自己責任が必要であることを忘れがちです。一方、医師は患者に対して、もっとわかりやすい言葉できちんとした情報を提供し、見通しについての説明をする義務があるでしょう。「病は気から」といいますが、患者と医師との円滑なコミュニケーションは、体の回復に大きな役割を果たしているように思います。医師は、自分の言葉でわかりやすい説明をするべきだ、という思いを強くしました。それから、発症の原因がランニングですから(と推測されますから)、ランニングによる障害の治療経験や知識がどのくらいあるかについて情報を集めたうえで、医療機関を訪ねることが大切であると思います。
[PR]

by hasiru123 | 2005-07-19 23:23 | その他  

左足の故障から(1)

左足痛が出てから2年、外反母趾と診断されて5ヶ月が経ちます。約半年の休養期間を経て、「よちよち歩き」ならぬ「よちよち走り」で、ジョッグからLSDへと、少しずつ距離を踏めるようになってきました。ブレーキとアクセルを使い分けながら、慎重に歩を進めて行きたいと思っています。故障に取り組みながら考えたこととその途中経過について、3回に分けてご報告いたします。

  左足痛の発症経緯

「ヒトには約650種類の筋肉があり、その3分の2は腰から下についている」とおっしゃるのは『足の裏からみた体』の著者、野田雄二さんです。特に筋肉の集中している足には、多くの血管がはりめぐらされていて、第2の心臓ともいわれるそうです。その足を酷使するランニングが、故障のデパートといわれるのはここに起因しているのでしょう。小ブログのオーサーも、ランニングから生じた足の故障に悩まされています。
足の裏からみた体―脳と足の裏は直結している
野田 雄二 / 講談社
スコア選択:




2年位前から左足の裏(いわゆる土踏まず)に痛みが発生しました。さらに、昨年の初めからは左足の内踝が痛みだし、踵を地面につけたままでしゃがみこむ姿勢がとりにくくなりました。同年6月には、それらの痛みに加えて左膝の内側が痛くなり、ウィンドスプリント(慣性走)などの素早い走りができなくなってきました。それでも、ゆっくりの走りにはほとんど影響がなく、レースでもラストスパートのような早い動きをしない限りどうにか走れたので、6月下旬まではレースにも出場していました。ウォーミングアップでスピードアップさせたりするととても痛いのですが、レースでの1キロ4分くらいのペースで走る分には、何とか走れてしまうので、正直なところ走ることを中止しようという気持ちにはなれなかったのです。

7月になっても、一向に回復が見られず、正座もままならないことから、3週間完全休養をとることに。しかし、休養しても痛みが和らぐ兆しが見られません。そこで、軽いジョッグを行いながら様子を見ることに方針を変えました。8月から9月にかけての練習「量」は普段の7割程度で、「質」は半分以下。

9月中旬にランニングクラブの練習会で20キロ走を行ったところ、スローペースだったにもかかわらず7キロ地点で左膝の痛みが増して、走れなくなりました。歩きながら、近道をしてスタート地点まで戻ることに。レースか練習かを問わず、途中で走ることをやめたのは、私の記憶にない体験です。念のため、翌朝、様子を見るために80分のジョッグを行ってみたが、走れる状態ではありません。膝と内踝と親指の根元の3拍子そろった痛みには耐えることができずに、しばらくは完全休養が必要と判断しました。
[PR]

by hasiru123 | 2005-07-18 17:14 | その他  

ボストンマラソン便り

4月18日に行われたボストンマラソンに、若葉グリーンメイト(WGM)から3名が参加しました。その一人、Iさんから報告が寄せられましたので、ここにご紹介いたします。

  *****************

WGMの皆さん、長年の夢でしたボストンマラソンに参加してきました。

109回という長き伝統を誇るだけあって、大会当日の18日月曜日までの3日間のボストンはマラソン一色になります。16日はNO引換えがコンベンションセンターで行われますが、世界のメーカーが出店して靴やウエアーや帽子など販売しています。日本のアシックスなどのブースもありましたが、圧倒的に米国はアディダスが強いですね。広い会場が押すな押すなの大盛況です。

17日は、朝7時頃から10分の1の距離4Kのfreedom runが、マラソンのゴール地点からc0051032_713877.jpg目抜き通りを駆け抜けて、 ゴール地点までの周回コースに、明日の参加予定者がフリーに参加して友好を温めます。 (右 写真1)

米国各地や他国の人々、またアジアでは韓国の参加者が民族衣装や韓国国旗を押し立ててアピールしていました。 これに参加するには、登録したナンバーカードを胸につけて走ります。ゴールすれば、水やパン、ジュース、バナナなどをもらって散会します。同じ17日の6時からはカーボローデイングが開かれましたが、私は参加しませんでした。

さて、18日の当日は快晴に恵まれた絶好のマラソン日和となりました。が、気温は時間とともにc0051032_714950.jpgあがって、スタート12時には20度を越えるまでになってしまいました。スタートは全く聞こえない1.5キロ位は離れていたでしょうか。
空に航空機が3機飛びさり、2機のセスナが「ゴールまで同行するよ」という文言の大きな旗を垂直にはためかせて旋廻していました。この旗は先頭の選手を空から誘導している状態で進みます。いかにもアメリカらしい壮大な光景です。 (右 写真2)

私達のゼッケンは20764前後で最後尾でした。周りにはゼッケンのない人も柵の外側に大勢参加していますが、お咎めはありません。スタート地点に到達するまでの28分強は整然としたもので誰もあせっていません。

スタート後は、一気の下りで混み合うこともあまりなく、スムーズに走れました。ホプキントンのスタートからボストンまでの片道コースは高低差150mですが、単純な下りでないことは走り出してすぐ感じました。意外にきつい登りが多いのです。5Kぐらいまでに3,4回はあったでしょうか。沿道は応援の人人で溢れます。下見の時は閑静な住宅があるだけでしたが、すごいです。年齢は関係なく、本当に素敵に声をかけたりハイタッチしたりしています。ジャズバンドがいるのもアメリカだと思 いました。

みんな愉快に楽しく参加してくれています。ホプキントンからボストンまで8つの街を走りますが、特に12マイル地点のwellesley collegeは、全寮制のお嬢さん大学ですが、500m位にわたって、ランニングシャツ姿で黄色い声でだれかれなく応援してくれます。ハイタッチや手作りのI lave you や Kiss me なんていう表示を掲げています。本当にキスした人もいたとか聞きました。

この大学からはヒラリーさんも出ているそうです。 この地点を過ぎると中間地点で、25キロかc0051032_7161866.jpgらはいよいよ心臓破りの丘です。 ここまでに殆どの人は足を使い切っていたそうです。試走の時は鳩山(埼玉県鳩山町)の坂に比べると軽い軽いといっていたKさんも歩いて乗り越えたそうです。あいにく私は腹痛がひどく、試走のときもバスの中、本番も途中 リタイアーで、とうとうハートブレイクヒルを体験できずに終わりました。 (右 写真3)

今日、記録証が届いていました。グロスとネットの5Kごとのスプリットが表示されています。スタート地点の写真を添付します。

  *****************

以下、補足です。

写真1は、当日レースを誘導してくれるオートバイ隊で、20台位あったでしょうか。写真2は、当日のスタート地点でここがトップの高さにあることがお分かりでしょう。写真3は、ゴール近くの公園に刻まれている歴代優勝者名と国名、タイムです。地面のコンクリートに記されています。「田中茂樹」が読み取れるでしょう。

競技が終わった後、最後のイベントは、8時からポストレース・ダンスパーティがホテルでなんと午前1時まで盛大に行われます。私達は、別途ツアーで完走会をおこない、それぞれの健闘を日本食で祝いました。

さて、ポストンはいかに記録が出にくいかのキーワードですが、まさにアップダウンに尽きるでしょう。マイル毎の高低差でプラス(登り坂)が26マイルのうち9マイルもあります。特に心臓破りの丘は17.18マイルで26メートル、20.21マイルで30メートル登っているのです。国内の主要な大会でこれほど登る大会はありません。東京の四谷の坂や琵琶湖の峠などは比較にならないのではないでしょうか。

面白いデータを見つけたのですが、1951年(昭和26年)田中茂樹さんが優勝した翌年は大会が行われていないのです。1953年に山田敬三さんが優勝しています。日本人は他に浜村さん、重松さん、君原さん、うね谷さん、そして瀬古さんが2回優勝していますね。瀬古さんの記録も10分を少し切る9分24秒ですから、いかに難しいコースかが分かるような気がします。

今年は、20度を越える気温で、2時間11分45秒でエチオピアのハイル・ネグシエ選手が優勝したのはご承知のとおりですね。

我々市民ランナーも、いいコンディションで、練習もよく積んで参加してはじめて納得の行くタイムがでる、挑戦し甲斐のあるコースではないでしょうか。
[PR]

by hasiru123 | 2005-05-01 07:13 | その他  

マラソン金言集(1)

  あともう少しで、月まで走ってたどり着くことになるんです(貞永信義)

貞永信義さんは、鐘紡防府工場に入社して、本格的なランナーの道を歩み始めた。ローマオリンピックを始めとする74回のフルマラソンに出場し、優勝は6回を数える。第一線を退いた後は、鐘紡陸上部監督として、伊藤国光さんや早田俊行さんなど日本を代表する選手たちを育てた。「カネボウ」のマラソンの伝統は今でも健在で、2005年8月にヘルシンキで行われる世界陸上の男子マラソンでは、カネボウから高岡寿成選手と入船敏選手の出場が決まっている。

貞永さんと長距離走との“なれそめ”は、一風変わっている。1949年の成人式記念駅伝に出場したときのこと(当時19歳)。青年団チームで1区を走り、タスキを渡す直前に抜かれ2位に。「これが悔しくて悔しくて。勝っていたら、本式に陸上はやっていなかった」。このときの敗北が、その後の長距離走にのめり込む契機になったという(西日本新聞の連載「世界に駆けた群像」から)。

人間が「月まで走る」ことができるのか。その答えは「YES」である。

地球から月まで約3万8000キロある。仮に、20歳代の第一線で走れるときに年間平均1万4400キロ(月間平均1200キロ)を走破したとすると、14万4000キロ走ったことになる。第一線を退いた30代から50代までの30年間を年間平均4800キロ(月間400キロ)走行したとすると、14万4000キロ。続く60代から70代の20年間をその半分のペースで走ると、4万8000キロ。また、10代の学生時代の5年間も年間平均4800キロペースで走ったとして2万4000キロ。合計すると、何と3万6000キロにも及ぶ。

とすれば、人が一生涯で3万8000キロを走破することは、できないことではないと言えそうだ。ちなみに、日本陸連の新しい理事に就任された瀬古利彦さんは、現役時代に地球を4周(約16万キロ)したとか。長い距離をじっくり走るのが好きだった」という貞永さんにとって、「あともう少しで、月まで・・・」の言葉はうそではない。2003年に74歳の生涯を閉じた。




http://www12.plala.or.jp/m-light/Distance.htm
[PR]

by hasiru123 | 2005-04-12 21:30 | その他  

日本陸連登録について

4月というのはいろいろな活動のスタートになっていて、日本陸連登録(以下、陸連登録と表記)もこの時期に集中します。競技者であるかないかを問わず、ランナーにとって陸連登録は大変重要かつメリットのあるアイデンティティー(自己証明)です。ぜひ、みなさんも陸連登録をしてみませんか。

  陸連登録とはどんなものか
●陸連への登録は、競技力に関わらず、誰でもすることができます。登録することによって、公認レースでの記録は、「公認記録」として公に認められます。
●登録は、年度単位で行われ、毎年4月1日より3月31日まで有効です。申請手続きは、個人でも団体でも行うことができます。
●登録経費は、各都道府県へ納入される登録費と諸経費(通信費・交通費・振込手数料等)から算出されたものです。
●登録は、在住・在勤、あるいは活動地域内の都道府県においてすることが原則です。

  陸連登録のメリットは
●陸連公認コースを使用した主要な大会では、陸連登録をしておくと前からスタートすることがでる配慮がなされている場合があります。また、ウォームアップ時に、招待ランナーと同様の扱いを受けるなどの便宜が図られているケースもあります(長野マラソンなど)。
●大会の参加チーム名申告等で勤務先を特定したくない場合や、特定の団体に所属していない場合に「○○陸協」という名称が使えます。
●自己申告の持ちタイムを審査されてスタート位置が決定する大会では、陸連登録者はスタート直後の混乱を少しはかわすことができます(福岡国際マラソンなど陸連主催大会や北海道マラソンなど地方陸協主催大会)。ただし、陸連登録者と一般登録者で出場部門が分かれている場合には、前者の部門に出場しないとそのメリットを享受することはできません。
 ※小ブログの執筆者は、2004年東京荒川市民マラソンに出場した際に、陸連登録をして
   いましたが一般の年代別部門に出場していたために、号砲が鳴ってからスタート地点
   を踏むまでに1分30秒かかり、マイペース態勢に入るまでに約15分かかりました。
●陸連登録者限定レースに出場できます。
●国際レース(例えば東京国際女子マラソンなど)では、団体で登録していないとチーム名の入ったユニフォームの着用が許可されないということもあります。もし、許可されないチームのユニフォームを着用すると、ナンバーカードでチーム名を隠すよう、指示されるというケースもでてきます。

  その他
●他県の陸協や学連、他陸協間での2重登録はできません。
●陸連登録しなければ公認審判員にはなれません。

  登録方法
一般選手の場合(社会人や中体連、高体連、学連に所属しない学校の選手、実業団に所属しない選手など)は居住地の陸協に登録申込を行います。
 埼玉県の場合:〒362-0034埼玉県上尾市愛宕町3-28-30    
上尾運動公園陸上競技場内 埼玉陸上競技協会
電話048-771-4248  FAX048-772-
●一般の方の(社会人)で、個人で陸連登録を行う場合
川越市にお住まいの方は川越市陸協が陸連登録の窓口になっています。
坂戸市にお住まいの方は坂戸市陸協が窓口。
また、直接都道府県陸協へ申し込むこともできます。
  ※原則は居住地の陸協で陸連登録を行うことになっていますが、勤め先の所在地でも登
   録が出来ます。
  ※登録料は各市の陸協で異なります。
●団体登録を行う場合
どこかの陸上クラブなどに所属されている場合(ただし10名以上)には、そのクラブの所在地(事務局)で登録します。クラブなどの登録方法は、地域陸協で扱いが異なりますので、クラブの事務局の所在地の陸協へおたずねください。
例えば、東京都にクラブの事務局がある場合、東京都陸協の事務所へ登録方法や登録料などをおたずねください。クラブ登録の場合も、登録料は地域陸協で異なります。陸連登録するのに都合のよいのは、陸協の所在地で開かれる記録会などの会場へ行き、陸協の役員さんにたずねることです。
 ※小ブログの執筆者が所属しているランニングクラブの若葉グリーンメイトは、残念ながら
  団体登録を行っていません。団体として陸連主催大会に出場する機会が少ないというの
  がその理由です。しかし、個人登録をする会員のために一括して登録する体制をとって
  います。

  登録料はどのくらいかかるのか
各都道府県陸協によって異なりますが、2,000円~5,000円かかります。埼玉県は3,000円です。

陸連登録は競技者だけに与えられた特権ではありません。ランニングを楽しむ一般市民ランナーにとっても活用する価値は大いにあります。
c0051032_1211317.jpg

[PR]

by hasiru123 | 2005-04-07 23:00 | その他  

2005年東京・荒川市民マラソンに出場するみなさんへ

 いよいよ、3月20日(日)は待ちに待った東京・荒川市民マラソンの号砲が鳴ります。19日(土)午前9時現在の熊谷地方気象台発表の予報では、スタート時(9時)の気象コンディションは、「晴れ・8度・弱い東風・湿度30%、日最高気温は14度」(昨年は、晴れ・3.9度・北風2m)と報じられています。高気圧にすっぽり覆われそうなので風の心配はなさそうです。マラソン向きの気象コンディションといえるでしょう。参考までに、昨年に走った経験からひとこと申し上げます。

(1)スタート時には東よりの風であっても、途中で北よりの風に変わると、折り返してから向かい風を受けることになります。コース周辺にはあまり風を遮蔽するものがありませんので、往路は十分に余裕をもってペースを刻んでください。そうすれば、復路は栄光のビクトリーロードとなることでしょう。

(2)コースは2003年から大きく変わりました。不整地の多い折り返しコース(2回あり)から、舗装路のみの折り返し(1回)コースへ。これまでより走りやすくなり、起伏が少ないので好記録が生まれやすいのが特徴です。ちなみに、日本陸連公認コースです。

(3)参加者が13,000人ということもあって、会場最寄り駅のJR埼京線浮間舟渡駅は、早朝大変な混雑が予想されます。覚悟してください。また、受付は前日行っておくと安心です。

(4)晴れると、かなり強い日差しを浴び続けることになります。日差しの強さでは、9月20日ころと同じです。きっと、ランパン&ランシャツで走る方が多いでしょう。この季節は皮膚が強い日射に馴れていませんので、以外と紫外線にやられやすいのです。ご注意を。

 これまでの練習がよい結果に結びつくことを期待しております。
[PR]

by hasiru123 | 2005-03-19 12:20 | その他  

ランニング学会について

<ランニング学会とは>       
 ランニング、ジョギング、ウォーキングを実践し、人文・社会・自然科学的立場から広く総合的に研究することを目的とした学術団体です。ランニングの指導方法を深め、安全に、あるいはより速く走ることに遠回りせずに辿る道筋をつけることやそのための情報を発信することを重要な使命と考えています。
c0051032_715128.jpg
<どんな人が会員となっているか>
 ランニングに関心を持つ大学等の研究者・医者、競技の立場からは監督・コーチ、ランニングを指導する立場の指導員や市民ランナーなど実に多彩です。また、自己のランニングに文化を花咲かそうとする市民ランナーなど、皆ランニングに繋がる人が会員となっています。会員数は、2000年2月末現在で540名です。

<ランニング学会の活動内容>
 最大のイベントは毎年3月下旬に開催される「学会大会」です。東京近辺で開催し、会員による研究発表、特別講演シンポジューム、キーノートレクチャー等毎回メインテーマを設定し、多彩な形式で問題の核心に迫っています。出版関係では、「ランニング学研究」という学術雑誌を年1回発刊し、情報紙として、「会報」を年2回発刊しています。
 
 このブログを通してランニング学会の活動状況をお伝えしていきます。また、ランニング学会に対しては一市民ランナーとしての情報発信を積極的に行っていきたいと思っております。
[PR]

by hasiru123 | 2005-03-12 08:03 | その他  

このBlogの説明

はじめに
このBlogサイトはExciteブログを使って、マラソンについての情報を記述し公開しています。はじめてBlogサイトを訪問された方のために、簡単な説明をしましょう。
--------------------------
メインページ
--------------------------
最初に表示される画面(ページ)です。
右上はこのBlogサイトのタイトル「夢のマラソン」です。
その下、左側にはこのBlogサイトの目的が書かれています。以下、「カレンダー」「カテゴリ」「最新の記事」「エキサイトブログ」「最新のコメント」「関連リンク」「リンク」「Skin by Excite」の表示項目が並んでいます。
右側にはエントリーが表示されています。このエントリーは下にスクロールするほど古いエントリーになります。
--------------------------
カレンダー
--------------------------
赤字になっている日は、エントリーがあった日です。クリックするとその日のエントリーが表示されます。
--------------------------
カテゴリ
--------------------------
このBlogに設けられているカテゴリーの種類は、
  ・全体
    全カテゴリのエントリーが表示
  ・EKIDEN
    オーサーが関わった駅伝、ニュース等で見たり聞いたりした駅伝につ
    いての記事
  ・NEWS
    記事情報のサマリとオーサーのコメント
  ・TRAINING
    確実にかつ安全に走り抜くための方法を考ます
  ・BOOKS
    「走る」ことに関わる本を紹介。ジャンルは問いません。 
  ・PROFILE
    このBlogのオーサーについてご紹介します。
  ・OTHERS
    上記以外のカテゴリはここに入ります。
--------------------------
最近の記事
--------------------------
クリックするとその月のエントリー一覧が表示されます。
--------------------------
最新コメント
--------------------------
各エントリーに対して最新のコメントが表示されています。クリックするとそのエントリーページが表示されます。
--------------------------
コメント投稿者のリンクについての規則
--------------------------
1.特定のエントリーに自分の意見をコメントすることができます。
各エントリーの右下にある「コメント(番号)」をクリックすると別ウインドウが開き、他の人の コメントを読んだり、自分の意見をコメントしたりすることができます。
2.「名前:」の欄には自分の名前を入力します。漢字、ローマ字、どちらでもOKです。
3. 「メールアドレス」を入力すると表示される「名前」のリンク先がメールアドレスになります。
4.続いて「URL:」を入力すると、「名前」のリンク先がメールアドレスからURLに変わります。
5. メールアドレスは入力したがURLは入力しなかった場合、「名前」のリンク先はメールアド レスのままです。
6. メールアドレスもURLも入力しない場合は、リンクのない「名前」を表示します。
--------------------------
トラックバック
--------------------------
「トラックバック」は簡単にいうと "関連している記事同士のリンク" です。ブログのオーサーが別のブログに書かれた特定の記事を見て、それに関連する内容の記事を作成した際、記事元に対して関連記事が作成されたことを知らせることが目的です。
--------------------------
[PR]

by hasiru123 | 2005-02-17 22:07 | その他  

第1回長距離・駅伝・マラソンクイズ

2004年12月5日に行われた若葉グリーンメイト忘年会において、ランニングについてのクイズを勝ち抜き方式で実施しました。市民ランナーならぜひ知っていてほしい(知っているであろう)基本知識を問うもので、最後まで勝ち残った鈴木敏夫さんにはその栄誉を讃えて関谷会長よりWGM会長賞と副賞を授与しました。今回は6問で決着がついてしまい、少し難しかったようです。できれば10問までは行きたかったというのが出題者の心境です。来年は、半数の方が正解となるレベルの問題を目指して出題にあたりたいと思います。

   ――――― 問 題 ――――――

【問題1】アテネ五輪男子1500Mと5000Mはエル・ゲルージ(モロッコ)が制したが、五輪の同種目で2冠を獲得したのはこれが初めての快挙である。

【問題2】アテネ五輪の陸上競技における地域別金メダル数は、1)ヨーロッパ22,2)北アメリカ8,3)アフリカ6の順であった。

【問題3】今年行われた埼玉国体少年男子A5000Mで、13分39秒87の高校新を出したのは、佐久長聖高校の佐藤悠基である。

【問題4】長距離走では、筋肉や肝臓に貯えられている「グリコーゲン」や、皮下脂肪など体内に貯えられている「脂肪」などがエネルギー源となるが、早く消費されるのは「グリコーゲン」である。

【問題5】ボストンマラソンで、日本人初の優勝者は、山田敬蔵である。

【問題6】世界の男子マラソンで初めて2時間10分の壁を破ったのは、カナダのドレイトンである。



   ――――― 解 答 ――――――

【問題1】正解 × 
 1924年パリ大会でのパーボ・ヌルミ(フィンランド)以来、80年振りのことである
【問題2】正解 ○
【問題3】正解 ×
 佐藤秀和(仙台育英高校)。佐藤悠基は14分06秒62の4位
【問題4】正解 ○
 グリコーゲンの枯渇状態をトレーニングの中でくり返していくことで、脂肪が減っていく。
【問題5】正解 ×
 田中茂樹。1951年に2時間27秒45。山田敬蔵の優勝は1953年で、2時間18分51秒。
【問題6】正解 ×
ディレク・クレイトン(オーストラリア)。1967年福岡国際マラソンでの2時間9分36秒。このとき一度も給水をしなかったことが話題に。                                
[PR]

by hasiru123 | 2005-02-07 00:12 | その他