夢のマラソン

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ビール工場見学

ビールを注がれたときに、ついグラスを傾けてしまう。注いだ勢いで泡が立ちすぎないために、思わずそうしてしまう。その方がよりたくさんのビール(黄金色の部分)が入るからということもあるかもしれない。この注ぎ方(注がれ方)は、正しいだろうか。

結論から言うと、「ビールと泡が7対3」が理想だそうである。そのためには、始めにグラスをまっすぐに立て、グラスの底の中央部に向けて徐々にビールを高い位置に上げながら注いで、きめ細かい泡をつくる。グラスの半分くらいまで泡をつくり、上のほうの大きな泡が落ち着いたら、2回目はグラスを45度くらいに傾けて、グラスの側面を伝わらせて注ぐ。泡をグラスの縁から約1.5センチ盛り上げたら完成。
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なお、使用するグラスはよく洗い、自然乾燥させたものを、とのことだった。

先ごろ、ある消費者団体の定例会で都内のビール工場を見学した際に教わったものである。難しい顔をつき合わせた会議から抜け出して、「たまには街に出て、ものつくりの現場を見よう」という試みである。
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飲んでみると、たしかにうまい。細かい泡がほどよく口のまわりに触れ、ソフトクリームのような滑らかさだった。さすがはプロフェッショナルに注いでいただいたビールだけのことはある。
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試飲の前に、このビール工場で稼働中の製造現場を見せていただいた。製麦から、仕込、発酵、貯酒、ろ過、缶・樽詰の6つの工程である。
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ビールに仕込まれる水はすべて天然水で、水はビールの90%を占めると伺った。自然の地層によってろ過されたきれいな深層地下水。日本は自然に恵まれた森林の国だ。とはいっても、深層水には限りがあろう。いつまで、いい水でビールを作り続けることができるのだろうかと、何世代か先のことを遠目で眺めてみる。
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by hasiru123 | 2014-08-26 21:20 | その他

中止には高い志が

毎朝のように、走っている。暑い日も雨模様の日も、そして冷たい季節風が吹きつける日も、走る。果たして、これはモチベーションのなせる業なのか、それともただの惰性なのか。ふと、そんな疑念が脳裏をよぎった。

何事かをなしうるには、モチベーションが大事である。これは、これまでに一貫して言われ続けてきた言葉である。学生時代には教師から、会社では先輩諸氏から。そして、陸上競技のトレーニングにおいては、私自身も時々言ったりする。

学習を開始したばかりのビギナーならともかく、一定の経験を踏んだ者には、なくてもいい言辞ではないかと思うようになった。というのは、私自身の習慣的なランニングがモチベーションによって支えられているとは思えないからである。やる気があるかないかにかかわらず、多少の悪天候でも走れたりする。ちなみに、一昨日の大型台風11号の大雨の中でも、何とかジョグを行うことができた。もちろん、秋に控えたマラソン大会という目標があって、「それに向けて持久力をつけなくては」というのが練習の動機づけになっていることは事実だが、それだけではないような気がする。

つまり、30年間走り続けてきた中で知らず知らずのうちに身についた”習性”というか、”慣性”のようなものが、たしかにある。そのためか、「今日は天候が荒れているので、中止しよう」とか、「連日の暑さによる疲労が感じられるので、少し抑えておこう」といったブレーキが利きにくくなっている。

走り出すには、初動のためのエネルギーが必要である。一方、いったん走り出して、リズムに乗ったときに中止する場合にも、相当のエネルギーが要る。初動が”習性”のような力に支えられているとしたら、中止のほうがより質の高いモチベーションや管理能力、判断力が求められるのではないだろうか。止めることを決断することのほうが難しいのである。

話は変わるが、終戦直前の昭和20年4月に本土決戦の作戦準備がまとめられていたことをノンフィクション作家の保阪正康さんが書いている(毎日新聞8月9日夕刊)。作戦の要綱には「絶体絶命の一戦」に際して「特攻」作戦で臨むべきだという主張がある。保阪さんは、ポツダム宣言が発せられてからもなお、本土決戦に血筋をあげる軍部があったことにも言及している。著しいモチベーションの欠如としか言いようがない。

戦争を止める時期を逸して、泥沼に陥るのは数多の歴史が語っているところだろう。「中止するには高い志が必要である」と気づかされた8月である。
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by hasiru123 | 2014-08-12 18:01 | その他

ごみ出しで気づいたこと

環境省の調べによると、ごみの年間排出量は昭和61年度には4,296万トンだったものが、平成10年度には5,160万トンになっている。ごみが増えた原因はいろいろ考えられるが、耐久消費財の頻繁な買換え、使い捨て型の商品や容器の普及、あるいはオフィスのOA化に伴う紙ごみやプラスティックごみなどの増加などがあげられよう。

最近ある会報に、ごみ出しで気づいたことについて書かせていただいた小文があるので、採録する。

* * * * *

家庭ごみの回収で、ときどきルール違反のごみに出会うことがある。可燃ごみの日なのに不燃ごみが出してあったり、薬品など出してはいけないごみが出ていたりするいわゆる「うっかりミス」だ。

実は、私も失敗したことがある。あと出しごみ以外のルール違反に対してはごみに「違反シール」を貼られる。正しく分別するなどして、後日出し直す必要がある。

ところで、最近悪質なルール違反を目撃した。夜、車で乗り付けてタバコの吸殻や不燃ごみなどを家庭ごみの集積所へ捨てていくのだ。いわゆる不法投棄である。この場合には、個人で対応することは危険なので、自治体のごみ収集部門へ相談してほしい。

そして、もう一つ。ルール違反ごみには、うっかりミスと不法投棄以外に、見守りを必要としている人のシグナルにもなることに気がついた。一人暮らしの高齢者には、ごみの分別が難しかったり、日程を勘違いしたり、集積所までの持ち運びが大変だったりする。異変に気がついたら、速やかに自治会役員や民生委員、行政などにつなげることが大切だ。

また、一人暮らし高齢者・身体障害者のうち、自分でごみ等を集積所に持ち出すことが困難で、身近な人の協力を得られない方を対象に、自宅に直接出向いてごみ等を回収するサービスがある。自治体によって運用内容が異なるので、問い合わせ先や相談は、これも自治体のごみ収集部門へ。
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by hasiru123 | 2014-07-20 23:43 | その他

1年の折り返し地点

夏越の大祓が埼玉県川越市の三芳野神社神社で行われた。境内へ向かう通称「とおりゃんせのほそみち」にある鳥居には、茅で作られた大きな輪が飾られた。1年のちょうど真ん中に当たる6月30日は、これまでの半年間を無事に過ごせたことへの感謝とあと半年の無病息災を祈って、全国各地の神社で同種の行事が開催される。

大雨が続く関東地方。昨日の茅の輪作りと今日の大祓では、何とか天気が持ってほしいと茅の輪に祈るような気持だったが、幸運なことに、一雨も遭うことがなかった。

今年は、5月から新しい神職が就き、境内は見違えるようにきれいになった。また、お札やおみくじなども社務所で頒布できるようになった。地元住民の神社への関心も高まってきたように思う。あとは、観光客にもっと関心を持っていただいて、神社に立ち寄っていただけるとうれしい。

地元のケーブルテレビでは、18時のニュース番組で茅の輪くぐりの模様が放映され、生放送でインタビューも受けた。その中では、上記のことをお話しさせていただいた。

1年の折り返し地点に立ってみると、もうそんなにたったのかという思いがする。それでも、学校のステージでいえば、まだ1学期の終盤だ。会社などの期間区分では第1四半期が終わったところ。暦年と年度の併用は不便だと感じる一方で、この3ヶ月のずれはモチベーションを持続させるのにはうまくできた仕組みだと感心させられる。

今シーズンの私のマラソン練習もまだ序盤戦だ。ただ、ここ数年は暑い夏を乗り切った後がいけない。本来なら走りやすいはずの気温の下がる頃になると、いろいろな故障に見舞われて、目標の大会をキャンセルすることが多くなった。夏越の大祓では、半年間の無事に感謝するとともに、残りの半年間を故障なしに乗り切れることを祈った。

木天蓼の風のまぶしき夏越かな(山尾玉藻)

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by hasiru123 | 2014-06-30 22:50 | その他

再び、スポーツマンシップ

これもまた英国のカレッジの話。

ある朝、礼拝堂の美しい塔の頂点に白い便器が懸けられていた。地上何十メートルもあるところに誰がどうやって運んだものか。群衆はそれを見上げ、笑い、怪しむ。学校当局には取り除く方法を諮ったが、危険を恐れてだれも応じない。面白半分に新聞が書き立て、下院でも緊急質問が出た。

掲示が出た。犯人のユーモアに敬意を払いつつ、「時間的限度があり、これを超えるとあくどい悪ふざけに堕する恐れがある。盟友は部隊を退く潮時に配慮するものであることを記憶されたい」と。しかし、何の進展もなかった。

再度の掲示で、「今夜中、陶器が取り除かれない場合、当局は校僕に命じてそれを行わせるであろう。その校僕は家族系累のないものから選ばれるであろうが、この高塔に登る技術をもつものがいるかどうか疑問とされる。ケムブリッジ大学が貴下のスポーツマンシップに呼びかける所以である」。翌朝、塔から白い鳩が飛び去って行ったという、ただそれだけの話。

以上、池田潔著『自由と規律』(岩波新書)からの孫引きである。ここでもスポーツマンシップに触れている。「相手が生活のため校僕を業としているものであれば忽ちこれに譲るのも、要するにこの精神に外ならないのである」と池田は書いている。英国人の生活には切っても切り離せない深い関係を持っているようだ。人はその香に気がつかないかもしれないが、「一旦その社会を離れてみると、なんとその香の強烈なことか」とも記している。

その「香」がまったく感じられないのが、東京都議会である。本会議で下村文夏議員が女性蔑視のヤジを浴びせられた問題で自民党の鈴木章浩議員が「早く結婚したほうがいい」と発言したことを認め、謝罪したことが報じられている。

問題のヤジがあってから5日目のことだ。鈴木氏は名乗り出なかった理由を聞かれて「話す機会を逸した」。3日目には「寝耳に水でびっくりした」とヤジへの関与を否定していた。ヤジの真意について報道陣から聞かれると、「少子化、晩婚化の中で、早く結婚をしていただきたいという思いがあった」。「あくどい悪ふざけ」ではないだろうか。

人は突然個人のプライバシーを傷つけたり、弱い立場の人を攻撃したりする議員になったりはしない。日頃から都議会の中に誹謗や中傷を空気のように投げ合う風土があったのではないか。鈴木氏だけの問題ではなく、家庭が、学校が、地域が、こうした女性の声が届かない風土を変えていくしかない。
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by hasiru123 | 2014-06-25 19:44 | その他

スポーツマンシップ

かの英国には、こんなエピソードがある。

パリのオリムピックの100米に優勝したハロード・エーブラハムスが、10碼(ヤード 約9.1メートル)ほど逃げてブルドッグに捕ったことがあった。しかも、ブルドッグの頭上のシルクハットは微動もしなかったという。「次回オリンピックにはこのブルを送れ。」翌週の学生雑誌の社説である。隠密には忍び歩かない捕り手と、足が早いからこそ校僕の立場に花をもたせてムキには走らない犯人と・・・。

これは、英国のパブリック・スクールの教育システムについて描いた池田潔著『自由と規律』(岩波新書)からの引用だ。「スポーツの真の精神を身につけた人間の間にのみ娯しまれる遊戯であろう」と書いている。ここでいう「ブルドッグ」とは、イギリスのケンブリッジ・カレッジで学生を監視する職員の後に控える校僕のことだ。

また、こんな話もある。ケンブリッジの学生は日没後外出するとき、房のついた角帽と黒ガウンを着なければならず、ガウンを着てタバコを喫うことは許されない。職員が辻々を巡回して違反者の所属や姓名をとり、翌朝その不心得者は職員の部屋に出頭してコーヒーとタバコをご馳走になった後、6シリング8ペンスの罰金を支払うことになっている。封建的非民主的学校当局に対し、非難のビラがべたべた貼られることはなかったという。

池田は、これをケンブリッジだけでなく、英国人に広く形成された精神ととらえている。「彼我の立場を比べて、何かの事情によって得た、不当に有利な立場を利用して勝負することを拒否する精神、すなわち対等の条件でのみ勝負に臨む心掛」が、スポーツマンシップだと。

サッカーW杯が始まった。国内で見られる親善試合とは異質の、ピリピリした雰囲気が伝わってくる。何試合か見ていたら、手を使ってはいけないはずの手で、相手選手の手や身体を捕まえたり、押したりするシーンが随所に見られた。たいていは危険行為とみなされないためか、反則(ファウル)をとられることはない。サッカーのルールでは、「プッシング」(手などをつかって相手を押す)や「ホールディング」(相手の手やユニフォームを掴んだりして相手の動きを抑える)、「ハンドリング」(GK以外のプレーヤーが手を使う、もしくはGKがペナルティーエリア外で手を使う)などは反則とされている。

審判に見破られない範囲で手は使ってもよいと、ルールの変更解釈が行われたのか思いたくなる試合振りだ。とうてい「スポーツの真の精神を身につけた人間の間にのみ娯しまれる遊戯」とは言い難い。不正行為を行わない勇気が、スポーツを楽しいものにする、そう思いませんか。
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by hasiru123 | 2014-06-17 11:36 | その他

3つのR

5月25日(日)は、川越市で春のごみゼロ運動が行われ、私の住んでいる地域でも、近くの神社に集まって清掃とごみの収集に汗を流した。5月らしいすがすがしい朝を迎え、多くの町民が参加した。親子で、あるいは孫子で参加した人も多かった。

少しでもごみを出さない世の中にするには、子どもたちの世代が小さいときから環境のしくみについて考え、行動することが大切だと常々思っている。その意味では、幅広い世代の人たちが一堂に会して行うごみゼロ運動はよい機会である。

せっかくだから、集まった子どもたちには、環境について話題を提供するつもりでいた。ところが、今日のイベントには清掃活動に加えて、防災訓練としての炊き出しや、新しく神社に出向することになった神職の紹介など、ToDoリストに書き出した項目がたくさんあった。したがって、それはつぎの機会に譲ることにして、ここでは話そうと思っていたことについて書いてみたい。

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

「持続可能な社会」とよくいわれる。将来にわたって、環境問題だけでなく経済や社会の総合的な発展がバランスほどよく保たれた社会のことを指す。そのような社会を根本で支えるのは、個人の環境に対する意識や、知識に基づいた行動だ。環境を守るための活動や教育は、その意識と行動を後押しするためのものである。

つい10数年前までの20世紀は「大量生産・大量消費・大量廃棄の社会」だった。それに対して21世紀は、少し難しい言葉になるが、「循環する社会」と言われるようになった。私たちの豊かで便利な生活は、大量の資源やエネルギーを消費し、いろいろな製品を大量に生産して使用し、その後不要となったものを大量に廃棄するという一方通行のしくみによって成り立っている。

その結果、地球温暖化や酸性雨、オゾン層破壊、廃棄物問題、資源の枯渇などさまざまな環境問題が生じ、地球社会が壊れかかっている。これらの問題を解決するには、これまでの大量生産・大量消費・大量廃棄の「一方通行の社会」から、廃棄物を抑え、天然資源の消費を抑え、環境に負荷をかけないような「循環する社会」へ変えていかななければならない。この「循環する社会」に変える考え方が「3R」と呼ばれているものだ。

一つ目のRは、ごみを出さない(リデュースReduse)。二つ目は、使えるものは繰り返し使う(リユースReuse)。そして3つ目は、再使用できないものは原材料として利用する(リサイクルRecycle)。今日はぜひこの「3つのR」を覚えてほしい。そして、この3つのRを実現するにはどうしたらいいか、について考えてほしい。家に帰って調べたり、また学校に行って先生や友達に聞いたりして、自分で解決方法を探すことだ。3つのR。

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

清掃が終わった後には、自治会の役員さんが作ったけんちん汁が振る舞われ、舌鼓を打った。

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by hasiru123 | 2014-05-28 23:16 | その他

北国の春

高さといい、枝張りといい、そして幹周りも、見事と言うほかない。ちょうど訪れた4月22日と23日に、満開の時期を向かえた。福島県三春町の滝桜である。

最近の28年間の平均で見ると、開花が4月15日で、五分咲きが18日、満開が20日、散り始めが23日で、28日になると葉桜になってしまうそうだ(同町ホームページから)。地球温暖化や周辺の環境の変化などにより、各地の桜の開花が早まる傾向にある中で、今年の三春町はやや遅めの満開となった。

夜のライトアップと早朝の光の中で、時間を変えながら、位置を変えながらシャッターを切り続けた。できることならば、季節を変えて若葉の滝桜、深い緑の滝桜、紅葉、そして雪に覆われた滝桜もぜひ見てみたい。樹齢千年以上と言われるこの樹が、いつまでも生き延びてこれることを願いながら。

三春町は、その名のとおりそこかしこに桜の樹があって、春を呼んでいる。公園や寺、神社だけでなく民家の庭先にも桜が植えられている。

桜ばないのちいっぱいに咲くからに命をかけてわが眺めたり(岡本かの子)。

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       カメラ PENTAX  K5-Ⅱ
       レンズ DA 18-55mm F3.5-5.6AL
       シャッター速度 0.4秒
       絞り F5.6
       感度 ASA400
       現像 RAWからJPEG

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       カメラ PENTAX K5-Ⅱ
       レンズ DA 18-55mm F3.5-5.6AL
       シャッター速度 60分の1秒
       絞り F11
       ホワートバランス 太陽光
       感度 ASA400
       現像 RAWからJPEG

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       カメラ PENTAX K5-Ⅱ
       レンズ DA 50-200mm F4-5.6ED
       シャッター速度 100分の1秒
       絞り F13
       ホワートバランス 太陽光
       感度 ASA400
       現像 RAWからJPEG
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by hasiru123 | 2014-04-28 20:19 | その他

乾通りを歩く

4月4日から4日間にわたって、天皇の傘寿を記念して、皇居の乾通りがり一般公開された。乾通りは、乾門から宮内庁方面への乾濠及び蓮池濠沿いの通りである。公開にあたっての進行のルールは、乾門からへ坂下門方面へという北上するコースのみである。

坂下門から乾門の約750mにはソメイヨシノが52本、サトザクラ5本、シダレザクラ3本、ヤマザクラ系12本、ヒガンザクラ4本の合計76本のさくらが植樹されているそうだ。コースマップや樹木名などの標識はほとんど見られないところが、一般の公園と違うところだ。

一般公開の最終日、乾通りには、多くの人が訪れた。ただし、新聞を読んだ限りでは前日の日曜日ほどではなかったようだ。こんな時でもないと見られないと思い、カメラをザックに詰めて、サクラから新緑に移り変わる皇居を撮ってきた。

乾通りは今秋も公開が予定されているので、今から紅葉の皇居を見るのが楽しみだ。

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by hasiru123 | 2014-04-25 06:39 | その他

埼玉の県民性

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「埼玉県人は、掴みどころがない。サツマイモのようだと形容する人がいるが、確かに県の形は似ているし、川越はサツマイモの名産地。サツマイモのはっきりしない味わいと、地味な特性のない存在とが埼玉に似ている」

民俗学者の故祖父江孝男氏が『県民性』(中公新書 昭和46年10月25日発行)に書いている。これといった特徴がなく没個性的で県民性が希薄という印象が強い。平凡でアッサリ。良くいえばおっとり、悪くいえば粘りもなく押しの強さもないと。

たしかに、埼玉県から日本を代表する政治家と言われる人物は輩出していないから、「権謀術数を必要とするより政治的なかけひきは苦手で、愚直といえるほど物事に真正面からとり組んでいく」と言われれば、そのとおりかもしれない。

私の住んでいる川越市は、江戸時代には川越藩と呼ばれていた。幕府の要職を務め、鎖国政策を推進した酒井忠勝を始め、「小江戸」川越の基盤を築き、その才知から多くの逸話が残る「智恵伊豆」松平信綱など21名の名だたる藩主が顔をそろえている。残念なことに、川越藩に限らず埼玉県内の諸藩は江戸への出世コースとされていたから、藩主たちは地元の住民に溶け込む前に次の任地へ赴任していった。個性の強い政治家が育たなかったゆえんだろう。

一方、岩中祥史さんの『県民性仕事術 ― 出身県でわかる仕事のできる人、できない人』(中公新書クラレ 平成18年7月10日発行)によれば、「北海道や鹿児島県のように郷土を愛してやまない県があるかと思えば、郷土への愛着がまったく感じられない県もある。埼玉県は後者の代表」とこき下ろしている。

なんとなく誇りを持てない気持ちにいっそう拍車をかけたのが「ダさいたま」で、江戸時代には2000余名の小規模の領主たちが支配していたため、もともと団結心や連帯意識が薄い。農業に従事する人が多かったため、勤勉、まじめ、保守的である、と。また、東京のベッドタウン化によって、上記の気質が一気に薄れていった。この時期に埼玉県に移り住んだ人々の多くは、最終目的地として選んだわけではなく、「とりあえず埼玉だが、いずれ東京へ」が合言葉だった。東京や神奈川へのあこがれが鬱屈となって蓄積されたともある。

埼玉県民のビジネス能力をレーダーチャートで示すと、「几帳面さ」「金銭感覚」「社交性」「忍耐力」「上昇志向」は並みで、「行動力」は平均以下。いま住んでいるとことが好きだと思う人の割合は、全国で47位で、お金は人間を堕落させると思う人の割合も47位だった。

祖父江本は日本が高度成長を謳歌している時期に書かれたものなので、過去の話と読み流していたら、21世紀に入って上梓された岩中本でも、埼玉県人はパッとしない。

昨年9月に総務省が発表した人口推計によると、埼玉県の高齢化率(65歳以上の人が占める割合)は22.0%と、全国で4番目に若い地域である。全国各地から人口が流入した結果がこの数値となって表れていると考えられる。江戸が、各地から移り住んできた人々で一気に人口が増え、独特の文化が形成されたことを思えば、埼玉県も個性的な何かが生まれて、上記の本が書き改められる日が来るかもしれない。

(写真) ソメイヨシノが開きかけた中院(川越市小仙波町5丁目)
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by hasiru123 | 2014-03-28 07:04 | その他