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気分だけは「ケセラセラ」

明けましておめでとうございます。

大晦日は近くの神社のお焚き上げを手伝わせていただいたが、年が明けるかどうかというところで突然の強風に見舞われた。そのため、年明け早々に火消しに回るという想定外の出来事はあったが、私の住む地域の年末年始はおおむね穏やかな天候だった。皆様のお正月はいかがだったでしょうか。

私の方は年末年始の黄金週間も終わって、普通の生活に戻った。今年は少し遠出をしたので、ニューイヤー駅伝の熾烈なトップ争いも箱根駅伝の青学大のぶっちぎりの初優勝も見ることができなかった。それらのことは稿を改めることにしたい。

ところで、記憶に残っている歌が、何かのはずみでよみがえってくる、ということがことがよくある。

昨年観た映画で「アナと雪の女王」というのがあった。その映画の主題歌が「Let It Go」(ありのままで)。とても印象に残っているフレーズで、私は好きだ。私たちは、どうしても「がんばろう」とか「いいところを見てほしい」とか思って背伸びをするが、時として疲れることがある。そう思いませんか。そんなときは、「Let It Go」。

この歌を聴いて、子供のころに街を流れていた「ケセラセラ」を思い出した。「なるようになる、先のことなど解らない」というような意味だ。雪村いずみが日本語で歌っていたのをよく覚えている(古いね!)。

人口減少が始まり、先行きがよく見えない時代。1月8日の新聞各紙には、厚生労働省の推計で認知症の人の数が10年後の2025年に最大で約730万人に上ると報じられていた。12年時点で約460万人で、65歳以上の7人が1人にあたるが、25年には5人に1人に増加するともあった。

今読んでいる本は、増田寛也編著の『地方消滅-東京一極集中が招く人口急減』(中公新書)。地方が消滅し、三大都市圏、特に東京圏のみが生き残る「極点社会」に持続可能性はあるのか、と問うている。巻末につけられた「全国市町村別の将来推計人口」を見て驚いた。都道府県別に、若年女性(20~39歳)人口の減少率(2010年~2040年)が高い順に並べられていて、5割を超える(推計)896自治体が「消滅可能性都市」としている。さらに、2040年に人口1万人未満(推計)の532自治体については「消滅可能性が高い」として網掛けがほどこされている。私の住む県は東京圏に属するが、およそ3分の1の市町村が「消滅可能性都市」で、9町村が「消滅可能性が高い」になっている。

地方消滅 - 東京一極集中が招く人口急減 (中公新書)

増田 寛也 / 中央公論新社


「人口減少」という近い将来の危機にどう向き合うか。私たちに残されている時間は少ない。だからといって、悲観論に陥ることは弊害をたくさん生むばかりで、良いことは一つもない。限られた地域の中ではあるが、多くの人たちと知恵を出し合い、行動に移す一年にしたい。

気分だけは、「ケセラセラ」で行こうと思っている。
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by hasiru123 | 2015-01-11 20:31 | その他

スカウト力と育成力

箱根駅伝でこの6年間に4回の優勝を果たした東洋大学は、高校長距離界のトップクラスではなく素質を重視した選手獲得で奏功した。将来性のある選手を獲得するスカウト力とその後の選手の育成力はつとに有名である。今年は1万メートルで28分台の選手が6名エントリーしていると聞く。連覇に期待がかかるところだ。

ところで、プロ野球にも東洋大と同様にスカウト力と育成力に定評のあるチームがある。広島東洋カープだ。ともに「東洋」がつくのは単なる偶然だ。12球団の中で最も平均年俸が低いチームでありながら、2年連続で3位を確保したことからもその力は確かなものがある。

その広島に「年俸15億円減で黒田が電撃復帰 広島オーナー「驚き」」という見出しが今朝の新聞に載っていた。大リーグのヤンキースからフリーエージェントとなった黒田博樹投手が、8季ぶりに広島に復帰することが27日に決まったというのである。

黒田はもともと広島が好きで、球団も背番号「15」を空けてラブコールを送っていたくらい黒田にぞっこん惚れているという関係である。黒田がもしかして広島に戻るのではないかということは、うすうす感じていた。それは、この秋の「週刊現代」に「最後は広島カープで」という黒田の気持ちを伝えるルポを目にしたからである。そこには、「カープはFAで選手が出て行くばかりで、帰ってきてくれる選手なんていない。それだけに、黒田が帰ってきてくれたら涙が出るくらい嬉しい」という松田オーナーのメッセージが紹介されていた。年俸ではなく心で動く男。彼ならきっと、カープに帰ってきてくれるだろう。これを読んで、そう確信した。

出身の上宮高校(大阪府)ではエース投手ではなかったようだし、進学先の専修大学はそのころ東都大学リーグの2部だった。そんな中で黒田の才能に目をつけたスカウトの眼力も大したものだが、入団後しばらく結果が出なかったにもかかわらずじっくり育てた広島の首脳陣も偉かった。こんな懐の広い球団もそうないだろう。前週書いたブログに続けて、黒田と広島カープに「あっぱれ!」と言いたい。

来季は、前田との二枚看板でファンを沸かせてほしい。できれば、優勝も--。
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by hasiru123 | 2014-12-28 19:34 | その他

学び直そう 三芳野神社の今昔

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「遊歴雑記」という江戸時代後期の地誌がある。江戸市中、近郊のほか常陸、下総、安房、武蔵、相模、伊豆、駿河、遠江、三河、尾張といった地域を実地踏査したいわばルポルタージュである。この中に川越市の三芳野神社についての記述があることを埼玉大学名誉教授の山野清二郎氏による講演会から教わった。

江戸から何日もかけて参詣にやってきた著者の隠居の僧十方庵大浄敬順は、こう書いている。

「僅かに宮居幅弐間奥行三間余見えたれども 朱塗のいろあざやかに扉を初め惣体の彫りもの美麗にして 金具又今と異也 厚さおのおの三四分づつもあらんかし 内陣の壮厳又きらびやかに 時既に辰の半刻にも及ばん」

来年度から塗装改修工事が行われようとしているその社殿について、江戸時代の様子を伝える記述がここにあった。

また、講演の中では三芳野神社へ奉納した「河越千句」(第壱朝何賦物)という連歌にも触れ、その発句に「梅園に草木をなせる匂いかな」(心敬)というのがあったという。江戸時代の三芳野神社には、「梅園」と呼べるほどの梅ノ木が植林されていたことをうかがわせる記録といえるだろう。実は、社殿の南側にある大木(楠2本と白樫1本)が建物の保護のため伐採されることが決まっている。一部の緑が消失することは残念だが、これを機に社殿に影響を及ぼさない範囲で境内とその周辺に梅の木を植えていってはどうだろうか。天神様には梅がふさわしいように思う。

ところで、この講演会は「学び直そう三芳野神社の今昔」と題して、三芳野神社の氏子総代と地元の3つの自治会が共催したものだ。長く自治会活動に携わっているある役員によると、3つの町は氏子総代として常に活動を共にしてきたが、これらの自治会が協同で事に当たることはなかったという。画期的なことだと思う。


(写真)講演する山野清二郎氏(川越市立博物館で)
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by hasiru123 | 2014-11-09 20:34 | その他

健康寿命

最近、「健康寿命」が話題になることが多い。寿命を伸ばすだけでなく、いかににして健康に生活できる期間を伸ばすか、ということに関心が高まっているからだろう。2000年にWHO(世界保健機関)が健康寿命を提唱したことに端を発したと言われる。

平均寿命は人がなくなるまでの期間をいうが、健康寿命は「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義されている(厚生労働省)。また、平均寿命と健康寿命との差は、日常生活に制限のある「健康ではない期間」を意味する。同省の調査によると、2010年においてこの差が男性9.13年、女性12.68年だった。

今後、平均寿命が延びるにつれてこの差が拡大すれば、健康上の問題だけではなく、医療費や介護費の増加による家計へのさらなる影響も心配だ。反対に、平均寿命の延びよりも健康寿命の延びがが上回るようになれば、医療費や介護費を低く抑えられて、生活の質を高めることが可能となる。

どうしたら健康寿命を延ばすことができるか、に大きな関心が寄せられる所以である。同省のデータを見ると、健康寿命にはかなりの地域格差があることも分かった。最長と最短の差は、男性で2.79年、女性が2.95年となっていて、最も長いのが男性で愛知県、女性が静岡県、もっとも短いのが男性が青森県で、女性が滋賀県となっている。ちなみに、埼玉県は男性が19位で、女性が38位だった。地域格差の要因はよく分かっていないらしい。

私の母は96歳で泉下の客となったが、日常生活に制限のある「健康ではない期間」は女性の平均よりもかなり短かった。よく食べ、よく睡眠をとっていたことは確かだが、特に健康によいことをやっていたとは思えない。家に長いこと一人でいると落ち込むこともあったが、外へ出て人と会ったり話をしたりした時は快活だった。心の持ち方と健康とは大いに関係がありそうだ。

日野原重明さんや三浦敬三さんのようなスーパー老人を引き合いに出すまでもなく、「男性9.13年、女性12.68年」という差を少しでも縮めることは不可能ではないような気がする。あくまでも私見だが、健康寿命を長くするためには食事のバランスや適度な運動を行うなど健康管理面に気をつけることに加えて、楽しいことを考えたり、楽しいことをしたり、そしてそういうことを続けることが大切なのではないか。

もっともこれは理想であって、本当は苦痛で泣きたいことや健康への不安、対人関係の悩みなど笑えないことばかりが人生かもしれないが、「つとめて」楽しいことを考える自覚は持ち続けたいものだ。母の三回忌に、ふとそんなことを考えた。
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by hasiru123 | 2014-11-01 22:49 | その他

川越祭り2014

小江戸・川越の恒例の秋の祭りである「川越まつり」が昨日(10月18日)から、川越市内で始まった。

この川越祭りは慶安元年(1649)に当時の川越城主の松平信綱が氷川神社へ神輿や獅子頭を寄進し、祭礼を奨励したのが起源といわれている※。現在では、江戸の天下祭りを引き継いだ祭りとされ、市を挙げてのビッグイベントとして定着している。
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川越祭りの二重鉾台型の山車(だし)による行列はじつに華麗で、勇壮である。高さが8メートルにも及ぶ豪華な山車がずらりと並ぶ「山車ぞろい」や山車同士が祭りばやしを奏でる「曳(ひ)っかわせ」などがあり、多くの観光客を呼ぶようになった。

ところで、現在の川越祭りは江戸時代の氷川祭礼とはかなり様子が違っているようである。江戸時代の山車は、四角形の箱を台にして4人で担ぐ程度の大きさで、箱に竿を立てて上には大黒の人形が取り付けられていた。その後ろに盆栽を載せた花駕籠と飾り立てた母衣(ほう)武者が続く。きわめてシンブルな姿である。
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このことを伝える絵図はニューヨークにあった。ニューヨーク・パブリック・ライブラリーに保存されていたのである。このことを教えていただいたのは、平成9年に川越市立博物館で開催された「川越氷川祭礼の展開」という企画展の折に講演をされた東京大学史料編纂所所長(当時)の黒田日出男先生からであった。

川越氷川祭礼についてこれまでに知られていた絵図で最も古いものは氷川神社蔵「文政9年(1826)氷川祭礼絵巻」だった。なぜニューヨークにあったのか。絵巻の構成と内容はどんなものか。そして、絵巻はいつ描かれたものか。謎の解明に興味は尽きない。歴史的にも、氷川祭礼の成立期を考える上では貴重な史料である。当時同博物館の学芸員だった田中敦子氏の「新発見の氷川祭礼絵巻」(「博物館だより」20号)と「川越氷川祭礼の展開」(同23号)、企画展の図録等で詳しく解説されている。川越祭りが開かれているこの時期に、ぜひあたってみることをお勧めしたい。
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※ 「榎本弥左衛門覚書」の「万之覚」で知ることができる。

(写真上)幸町の山車
(写真中)六軒町の山車
(写真下)元町一丁目の山車
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by hasiru123 | 2014-10-19 20:14 | その他

ビール工場見学

ビールを注がれたときに、ついグラスを傾けてしまう。注いだ勢いで泡が立ちすぎないために、思わずそうしてしまう。その方がよりたくさんのビール(黄金色の部分)が入るからということもあるかもしれない。この注ぎ方(注がれ方)は、正しいだろうか。

結論から言うと、「ビールと泡が7対3」が理想だそうである。そのためには、始めにグラスをまっすぐに立て、グラスの底の中央部に向けて徐々にビールを高い位置に上げながら注いで、きめ細かい泡をつくる。グラスの半分くらいまで泡をつくり、上のほうの大きな泡が落ち着いたら、2回目はグラスを45度くらいに傾けて、グラスの側面を伝わらせて注ぐ。泡をグラスの縁から約1.5センチ盛り上げたら完成。
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なお、使用するグラスはよく洗い、自然乾燥させたものを、とのことだった。

先ごろ、ある消費者団体の定例会で都内のビール工場を見学した際に教わったものである。難しい顔をつき合わせた会議から抜け出して、「たまには街に出て、ものつくりの現場を見よう」という試みである。
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飲んでみると、たしかにうまい。細かい泡がほどよく口のまわりに触れ、ソフトクリームのような滑らかさだった。さすがはプロフェッショナルに注いでいただいたビールだけのことはある。
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試飲の前に、このビール工場で稼働中の製造現場を見せていただいた。製麦から、仕込、発酵、貯酒、ろ過、缶・樽詰の6つの工程である。
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ビールに仕込まれる水はすべて天然水で、水はビールの90%を占めると伺った。自然の地層によってろ過されたきれいな深層地下水。日本は自然に恵まれた森林の国だ。とはいっても、深層水には限りがあろう。いつまで、いい水でビールを作り続けることができるのだろうかと、何世代か先のことを遠目で眺めてみる。
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by hasiru123 | 2014-08-26 21:20 | その他

中止には高い志が

毎朝のように、走っている。暑い日も雨模様の日も、そして冷たい季節風が吹きつける日も、走る。果たして、これはモチベーションのなせる業なのか、それともただの惰性なのか。ふと、そんな疑念が脳裏をよぎった。

何事かをなしうるには、モチベーションが大事である。これは、これまでに一貫して言われ続けてきた言葉である。学生時代には教師から、会社では先輩諸氏から。そして、陸上競技のトレーニングにおいては、私自身も時々言ったりする。

学習を開始したばかりのビギナーならともかく、一定の経験を踏んだ者には、なくてもいい言辞ではないかと思うようになった。というのは、私自身の習慣的なランニングがモチベーションによって支えられているとは思えないからである。やる気があるかないかにかかわらず、多少の悪天候でも走れたりする。ちなみに、一昨日の大型台風11号の大雨の中でも、何とかジョグを行うことができた。もちろん、秋に控えたマラソン大会という目標があって、「それに向けて持久力をつけなくては」というのが練習の動機づけになっていることは事実だが、それだけではないような気がする。

つまり、30年間走り続けてきた中で知らず知らずのうちに身についた”習性”というか、”慣性”のようなものが、たしかにある。そのためか、「今日は天候が荒れているので、中止しよう」とか、「連日の暑さによる疲労が感じられるので、少し抑えておこう」といったブレーキが利きにくくなっている。

走り出すには、初動のためのエネルギーが必要である。一方、いったん走り出して、リズムに乗ったときに中止する場合にも、相当のエネルギーが要る。初動が”習性”のような力に支えられているとしたら、中止のほうがより質の高いモチベーションや管理能力、判断力が求められるのではないだろうか。止めることを決断することのほうが難しいのである。

話は変わるが、終戦直前の昭和20年4月に本土決戦の作戦準備がまとめられていたことをノンフィクション作家の保阪正康さんが書いている(毎日新聞8月9日夕刊)。作戦の要綱には「絶体絶命の一戦」に際して「特攻」作戦で臨むべきだという主張がある。保阪さんは、ポツダム宣言が発せられてからもなお、本土決戦に血筋をあげる軍部があったことにも言及している。著しいモチベーションの欠如としか言いようがない。

戦争を止める時期を逸して、泥沼に陥るのは数多の歴史が語っているところだろう。「中止するには高い志が必要である」と気づかされた8月である。
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by hasiru123 | 2014-08-12 18:01 | その他

ごみ出しで気づいたこと

環境省の調べによると、ごみの年間排出量は昭和61年度には4,296万トンだったものが、平成10年度には5,160万トンになっている。ごみが増えた原因はいろいろ考えられるが、耐久消費財の頻繁な買換え、使い捨て型の商品や容器の普及、あるいはオフィスのOA化に伴う紙ごみやプラスティックごみなどの増加などがあげられよう。

最近ある会報に、ごみ出しで気づいたことについて書かせていただいた小文があるので、採録する。

* * * * *

家庭ごみの回収で、ときどきルール違反のごみに出会うことがある。可燃ごみの日なのに不燃ごみが出してあったり、薬品など出してはいけないごみが出ていたりするいわゆる「うっかりミス」だ。

実は、私も失敗したことがある。あと出しごみ以外のルール違反に対してはごみに「違反シール」を貼られる。正しく分別するなどして、後日出し直す必要がある。

ところで、最近悪質なルール違反を目撃した。夜、車で乗り付けてタバコの吸殻や不燃ごみなどを家庭ごみの集積所へ捨てていくのだ。いわゆる不法投棄である。この場合には、個人で対応することは危険なので、自治体のごみ収集部門へ相談してほしい。

そして、もう一つ。ルール違反ごみには、うっかりミスと不法投棄以外に、見守りを必要としている人のシグナルにもなることに気がついた。一人暮らしの高齢者には、ごみの分別が難しかったり、日程を勘違いしたり、集積所までの持ち運びが大変だったりする。異変に気がついたら、速やかに自治会役員や民生委員、行政などにつなげることが大切だ。

また、一人暮らし高齢者・身体障害者のうち、自分でごみ等を集積所に持ち出すことが困難で、身近な人の協力を得られない方を対象に、自宅に直接出向いてごみ等を回収するサービスがある。自治体によって運用内容が異なるので、問い合わせ先や相談は、これも自治体のごみ収集部門へ。
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by hasiru123 | 2014-07-20 23:43 | その他

1年の折り返し地点

夏越の大祓が埼玉県川越市の三芳野神社神社で行われた。境内へ向かう通称「とおりゃんせのほそみち」にある鳥居には、茅で作られた大きな輪が飾られた。1年のちょうど真ん中に当たる6月30日は、これまでの半年間を無事に過ごせたことへの感謝とあと半年の無病息災を祈って、全国各地の神社で同種の行事が開催される。

大雨が続く関東地方。昨日の茅の輪作りと今日の大祓では、何とか天気が持ってほしいと茅の輪に祈るような気持だったが、幸運なことに、一雨も遭うことがなかった。

今年は、5月から新しい神職が就き、境内は見違えるようにきれいになった。また、お札やおみくじなども社務所で頒布できるようになった。地元住民の神社への関心も高まってきたように思う。あとは、観光客にもっと関心を持っていただいて、神社に立ち寄っていただけるとうれしい。

地元のケーブルテレビでは、18時のニュース番組で茅の輪くぐりの模様が放映され、生放送でインタビューも受けた。その中では、上記のことをお話しさせていただいた。

1年の折り返し地点に立ってみると、もうそんなにたったのかという思いがする。それでも、学校のステージでいえば、まだ1学期の終盤だ。会社などの期間区分では第1四半期が終わったところ。暦年と年度の併用は不便だと感じる一方で、この3ヶ月のずれはモチベーションを持続させるのにはうまくできた仕組みだと感心させられる。

今シーズンの私のマラソン練習もまだ序盤戦だ。ただ、ここ数年は暑い夏を乗り切った後がいけない。本来なら走りやすいはずの気温の下がる頃になると、いろいろな故障に見舞われて、目標の大会をキャンセルすることが多くなった。夏越の大祓では、半年間の無事に感謝するとともに、残りの半年間を故障なしに乗り切れることを祈った。

木天蓼の風のまぶしき夏越かな(山尾玉藻)

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by hasiru123 | 2014-06-30 22:50 | その他

再び、スポーツマンシップ

これもまた英国のカレッジの話。

ある朝、礼拝堂の美しい塔の頂点に白い便器が懸けられていた。地上何十メートルもあるところに誰がどうやって運んだものか。群衆はそれを見上げ、笑い、怪しむ。学校当局には取り除く方法を諮ったが、危険を恐れてだれも応じない。面白半分に新聞が書き立て、下院でも緊急質問が出た。

掲示が出た。犯人のユーモアに敬意を払いつつ、「時間的限度があり、これを超えるとあくどい悪ふざけに堕する恐れがある。盟友は部隊を退く潮時に配慮するものであることを記憶されたい」と。しかし、何の進展もなかった。

再度の掲示で、「今夜中、陶器が取り除かれない場合、当局は校僕に命じてそれを行わせるであろう。その校僕は家族系累のないものから選ばれるであろうが、この高塔に登る技術をもつものがいるかどうか疑問とされる。ケムブリッジ大学が貴下のスポーツマンシップに呼びかける所以である」。翌朝、塔から白い鳩が飛び去って行ったという、ただそれだけの話。

以上、池田潔著『自由と規律』(岩波新書)からの孫引きである。ここでもスポーツマンシップに触れている。「相手が生活のため校僕を業としているものであれば忽ちこれに譲るのも、要するにこの精神に外ならないのである」と池田は書いている。英国人の生活には切っても切り離せない深い関係を持っているようだ。人はその香に気がつかないかもしれないが、「一旦その社会を離れてみると、なんとその香の強烈なことか」とも記している。

その「香」がまったく感じられないのが、東京都議会である。本会議で下村文夏議員が女性蔑視のヤジを浴びせられた問題で自民党の鈴木章浩議員が「早く結婚したほうがいい」と発言したことを認め、謝罪したことが報じられている。

問題のヤジがあってから5日目のことだ。鈴木氏は名乗り出なかった理由を聞かれて「話す機会を逸した」。3日目には「寝耳に水でびっくりした」とヤジへの関与を否定していた。ヤジの真意について報道陣から聞かれると、「少子化、晩婚化の中で、早く結婚をしていただきたいという思いがあった」。「あくどい悪ふざけ」ではないだろうか。

人は突然個人のプライバシーを傷つけたり、弱い立場の人を攻撃したりする議員になったりはしない。日頃から都議会の中に誹謗や中傷を空気のように投げ合う風土があったのではないか。鈴木氏だけの問題ではなく、家庭が、学校が、地域が、こうした女性の声が届かない風土を変えていくしかない。
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by hasiru123 | 2014-06-25 19:44 | その他