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狭き門

2月に開催される東京マラソンは、来年で12回目を迎える。一般参加の部門での出場は、抽選で決められている。初回は3.1倍だった競争率が回を重ねるごとに高くなった。第7回には10倍を超え、現在では12倍を超えるようになっている。12人に1人が当選するという、かなりの狭き門である。

インターネットで申し込んだ今年の抽選結果は、9月25日に発表された。私の記憶では、昨年までに9回申し込んでいるが、1度も当たっていない。競争率の数字から、今年あたりはそろそろ当選通知が来てもいいころだなと、淡い期待を抱いていたが、見事に落選した。

私の知り合いには連続して当選した人もいたりするから、くじ運というのはたしかにあるのだな、と改めて実感した次第である。何度応募しても確率が高まるわけではないので、毎年12分の1(約8パーセント)位の確率に期待してチャレンジするしかない。

ということで、今のところ来春に走るレースの予定はない。したがって、当面の目標は今年の11月末に開催される小江戸川越ハーフマラソン(埼玉県川越市)になる。レースへの参加は2年ぶりだ。東京マラソンの半分の距離とはいえ、しっかりスタミナをつけて臨まないと、終盤に苦しむことになるだろう。

昨年来、故障とその回復を繰り返してきたが、6月頃から走る距離を伸ばしたり、スピードの変化(といっても若干です!)をつけたりしても、足に変調を来すようなことはなくなった。幸いに、7月下旬以降は猛暑に見舞われることもなかったので、体に夏の疲れは残っていない。あと2か月間、休養のローテーションを守りながら、調子を上げていきたい。


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by hasiru123 | 2017-10-01 19:05 | マラソン

江國香織さんの「支度」と題したエッセイに、「かなり幸福だ、と思う時間に、出かける支度をしている時間、がある」というくだりがある。

着るものを選び、身に着け、その間に鞄や靴を頭の中で決め、その日の予定に思いをめぐらせ、電車に乗ったり喫茶店で人を待ったりするようなら本をもっていかなくてはと考え、本の入る鞄でなくてはと考え、香水を選んでふきつけ、化粧をし、同時にその日に会う人の顔を思い浮かべ、・・・と、さらに8行ほど続いて、準備完了、となる。

「夜ごはんの約束のために夕方支度をしている、という状況はとりわけ幸福だ」。そして、「おもしろいのは、時間に追われることが大事だという点だ」とも書いている。

こうした経験は、だれにでもきっと、ある。若いときだったら、スキーに行くときの支度や、登山をするための準備などは、この気分にぴったりである。先に、何か面白そうなことが待っていれば、そのための支度はとるにたらないものであれ、忙しいことであれ、幸福感に満ちている。

支度に時間を費やすことを意図的に利用する手もある。

たとえば、マラソン大会の出場を翌日に控えて、遠征先へ持っていく荷物を確認するときだ。

移動に交通機関を使う場合の本は何を持っていこうか、夕食時に飲むビールは何にしようか、そもそもビールはやめておこうか、宿泊先でゆっくり休むにはどんなナイトウエアがいいだろうか(備え付けの浴衣は脚が開けて安眠を妨げるので)、朝食は何時にしようか、朝食後にトイレを快適に済ませるためにはどんなものを食べたり飲んだりすればいいか、ウォーミングアップ前にお腹にはどんな軽食を入れたらいいか、スペシャルドリンクには何を使おうか、などを検討する。さらに、ウォーミングアップ時とスタート前、ゴール後の着替えを決め、宿泊先から会場までの交通手段を調べる、当日の起床からスタートまでのToDoリストのようなものを作り、最後に前日までの仕上がりからどんなレースをしたいか方針を決め、5キロごとのラップを設定し、ウォッチに記憶させる。

これらの支度をだらだらと進めてはだめで、ある程度てきぱきと行う。「ある程度」というのが肝である。また、細部にわたる検討は必要だが、ち密な計画はやめたい。あくまでも、支度を楽しむ心のゆとりが必要だ。このことによって、レース前のプレッシャーを幸福な気分に変えることができるからだ。

エッセイの著者は、こう締めくくっている。「この場合、ある種のあわただしさが、決めてなのだ」。


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by hasiru123 | 2017-06-06 06:30 | マラソン

マラソンの保険

かつてスポーツ障害保険に加入したことがあった。ある携帯電話会社が提供する保険で、月々の掛け金にそれほど負担を感じなかったためだった。その補償概要は以下のようなものであった。

1 熱中症、テニス、スキー、ゴルフのケガをカバー。日常のケガや自転車事故もOK。
2 日常生活中はもちろん、スポーツ・レジャー中に法律上の損害賠償責任を負った事故も補償がつく。すべてのコースで最大1億円を補償(個人賠償責任補償)
3加害者になってしまった時、お客さまに代わって相手側と交渉する「示談代行サービス 」付き(賠償事故解決特約)
4 シルバーコース以上なら携行中の持ち物の破損や盗難などの損害も補償

この保険は、補償の範囲が広く、ランニングを目的とした保険として使うのは少しもったいない気がして、今は契約していない。

スポーツの種類を限定してケガを補償する損害保険としては、ゴルファー保険、スキー・スケート保険、テニス保険スキー・スケート保険、山岳保険などがある。しかしながら、マラソンに限定した保険は、ない。ただし、マラソン大会当日に参加できなくなった場合に備えての参加料を一部補償する保険は、いくつかの大会で用意しているようではあるが。

一般的に、マラソン大会や個人での練習ではどんな障害が多いのだろうか。調べてみたら、こんなデータがあった。

東京マラソンの過去4回の大会で参加した約14万人の選手のうちで、救護所以外でコース上の救護スタッフによって応急処置を受けた約310名のランナーの集計結果だ。東京マラソン2012 のサイトにある「MEDICAL+マラソンマンの耳寄り情報」によれば、以下のようになっていた。

1.足の筋肉痛・関節痛   64.7%
2.低体温  13.9%
3.靴ずれ・転倒・まめなどの擦り傷(皮膚のケガ)  11.2%
4.脱水症状  6.6%
5.心肺停止 1.0%6.その他 2.6%
(以上、自転車救護チームによって応急処置を受けた東京マラソンのランナーの症状)

これらの障害は、長い時間をかけて身体がダメージを受けることによる場合が多く、急激に発症するものではい。傷害保険の保険金の支払い対象となる傷害は「急激かつ偶然な外来の事故」によって身体に傷害を被った場合に限られており、急激性を欠く場合は、補償対象にならない可能性が高い(日本損害保険代理業協会のサイトを参照)。

マラソン大会へ参加したときのケガや、個人で練習中のケガでは補償の対象が限られる。利用に際しては、各種損害保険の重要事項と照らすなどして、慎重な検討が必要だ。


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by hasiru123 | 2017-05-30 06:57 | マラソン

2020年東京五輪のマラソン代表選考方法が決まった。日本陸上競技連盟は、これまでの協議による選考から、同一レースで競う方法に改めた。

19年9月以降に開催する「マラソングランドチャンピオンレース(MCGレース)」から男女各2人の代表を決め、残り1枠は19年秋~20年春の国内3大会から記録最上位者を選ぶ。

「主観がなくなり、客観性のみになったことで、より明快になった」と評価するのは、バルセロナ大会とアトランタ大会のメダリスト有森裕子さんだ(5月6日の毎日新聞「時評・点描」)。代表選考をめぐるトラブルの渦中にあった人の発言だけに、日本のマラソンは基準を巡って大きな一歩を踏み出したといえるだろう。

陸連が4月18日に公表した「東京2020オリンピックマラソン日本代表選手選考方針」※を整理すると、以下のようになる。

MGCレース
1人目 優勝者 → 即内定
2人目 2位で期間内に「MGCレース派遣設定記録」を突破 → 即内定。3位で「MGCレース派遣設定記録」を突破し、2位の選手がこの記録を突破していない場合 → 即内定
3人目 MGCファイナルチャレンジで「MGCファイナルチャレンジ派遣設定記録」を突破した記録最上位者 
   ⇓
上位2人は自動内定(ただし、2人目の選手には内定条件がつく)
MGCレースの出場資格
1 MGCシリーズ(17年夏~19年春の指定5大会)で設定記録や順位をクリア
   または
2 ワイルドカードとして、①17年8月1日~19年4月30日の国際陸連公認の競技会で設定記録を突破、②17年世界陸上で8位入賞、③18年アジア大会で3位入賞、④MGCシリーズでMGCレースの出場資格者がゼロだった場合は強化委員会が出場資格相当と判断
MGCファイナルチャレンジ
19年秋~20年春の指定3大会で設定記録を突破し、3大会の記録最上位者

MGCシリーズは予選にあたり、MGCレースは決勝という位置づけだ。調整力や安定感が求められる。そして、MGCファイナルチャレンジはスピードを重視した選考といえよう。ただし、設定記録の突破者がいない場合は、MGCレースから3枠すべてが選考される。

MGCレースの2人目を決める際に使われる「MGCレース派遣設定記録」は、相当にレベルが高い。男子だと17年8月1日~19年4月30日に2時間5分30秒、女子は同じ期間に2時間21分0秒となっている。男子の記録は日本記録より46秒速く、女子は国内では出ていない記録にあたる。したがって、事実上男女とも3枠の代表者のうち2人は自動的に内定するといえよう。

また、「MGCファイナルチャレンジ派遣設定記録」は、19年5月に発表される予定である。

陸連が発表した「方針」を見て気づいたのは、選考の透明性や明確さ以外に、以下の2つの視点だった。

一つは「世界との距離を縮める」こと。「方針」に、法令の前文にあたる「編成方針」という項がトップにある。そこには、<目標>として「メダル獲得を目指す」が、<代表の条件>として「最大限持てる力を発揮する調整能力」と「世界と戦うスピードを有する競技者」が書かれている。競技能力と記録を高めることで少しでも世界に近づけたいという意図がくみ取れる。

MGCシリーズの各レースでは、大会ごとにMGCレースへの出場資格要件を変えているのは興味深い。たとえば、福岡国際マラソンは日本人順位1-3位が2時間11分以内、4-6位が2時間10分以内という具合に、1-3位よりも4-6位の方が厳しい基準を設けている。したがって、福岡で2時間11分超の記録で3位以内に入ってもMGCレースへの出場資格が得られないことが起こりうる。

MGCレースは競争重視だが、3枠目としてMGCファイナルチャレンジを設けて、スピードのある選手にチャンスを与えている。派遣設定記録が決まるのは2年後だが、おそらくワイルドカードの基準に近い記録が設定されるものと思われる。

二つ目は「事業性を限りなく追及する」ことだ。MGCシリーズの各レースは、2年間にわたり男子は10回、女子は8回の挑戦機会を経て、いわば決勝といえるMGCレースを迎える。これらの大会の視聴率を落とさない工夫がされている。

また、MGCレース終了後のファイナルチャレンジ。敗者復活戦に相当するが、男女とも3回ずつの大会がある。最後の1枠が決まるまで、いやがうえにもマラソンの関心をひきつけずにはおかないであろう。主催新聞社やテレビ局などに配慮した心憎い作戦だ。

これまで混乱の続いた代表選手の選考である。過去の失敗を学習し、主観的な要素を排した透明性の高い方法であると評価できる。あとは、本気でマラソンに取り組む若い選手が輩出して、長期にわたる各大会で自分がテレビに釘付けになる夢を見るとしよう。

※ 陸連のホームページからPDFファイルを開くことができる。 → http://www.jaaf.or.jp/files/article/document/10127-0.pdf

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by hasiru123 | 2017-05-17 20:34 | マラソン

読売新聞のコラム「編集手帳」は、ホリプロの社長・堀威夫氏の自伝を引いてこう書いた。<人気の瞬間風速ではなく、「人気×歳月」の総量を追うのが、前途ある若い人を預かる経営者の責任である>(2012年7月12日)

マラソン選手についても同じことが言えるだろう。指導者には「記録」と「歳月」の掛け算で前途ある若い選手を育てる責任がある、と。そう応援したくなるくらいの活躍だった。ボストンマラソンで3位に入った大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)のことである。

タイムは2時間10分18秒。トラックで著しい成長を遂げてきた選手としては、「驚くほどの好記録ではないな」というのがこの第1報に接したときの正直な感想だった。

しかし、後から伝えられた情報によると、レース当日は20度近くまで温度が上昇していて、2時間3分から4分のベスト記録を持つ東アフリカ勢やリオ五輪のメダリストたちとほぼ互角に闘い上位に食い込んだとのことだった。そして、アップダウンの多い厳しいコースにもかかわらず、35キロから40キロを15分7秒でカバーしたことなどを考えると、相当にタフなレースをこなしたといえるのではないか。

マラソンの成長で大事なのは記録ではない。また、順位でもない。優勝を目指してしのぎを削るレースの中で、ライバルたちと四つに組み、どう挑むことができたかである。数字に表わすことのできないアナログ的な成果といえるだろう。そこから、次の大会に向けてつながるものが得られたとすれば、大きな収穫である。

今回の結果が瞬間風速に終わることなく、さらなる高みに向かう一里塚になることを願う。

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by hasiru123 | 2017-04-20 07:43 | マラソン

2月26日に行われた東京マラソンの男子は、ウィルソン・キプサング(ケニア)がマラソン国内最高記録の2時間3分58秒で優勝した。そして、井上大仁(MHPS)が2時間8分22秒で日本人トップ、総合8位に入り、世界陸上ロンドン大会の有力な代表候補にに名乗りをあげた。

8人の先頭ランナーが、最初の5キロを14分14秒から16秒で通過した。まれにみるハイペースである。ちなみに、世界的な大会で最初の5キロが最も速かったのは、2009年ロンドンマラソンで走ったサムエル・ワンジル(故人、ケニア)の14分8秒だそうである。ただし、このときのワンジルは終盤に大きく崩れて世界記録にはならなかった。

東京マラソンでは、ケニアの選手たちもペースメーカーの速い入りに引っ張られるかのようにラップを刻んでいた。無理をしている様子は全く見られない。こういうときは、好記録が生まれやすい。テレビ中継のアナウンサーも「2時間を切るハイペース」と絶叫していた。たしかに、速かった。

ただし、驚異的なハイペースだったかというと、そうでもない。というのは、この大会は前半にハイペースで展開することが多いのである。なぜなら、初めの6キロで40メートル近く下るからだ。井上大仁や11位の設楽悠太(Honda)も最初の5キロが14分31秒だったが、これも冒険的ではあるが無謀とはいえないくらいの速さだった。二人は、次の5キロも14分40秒台をキープした。

設楽の走りで私が評価したいのは、15キロまでの5キロをキプサングよりも12秒速い14分32秒に上げたことである。この追い上げで先頭との差を10秒に縮めた。もし、その次の5キロで8人の集団に追いつくことができたとしたら、と期待を膨らませながらテレビに見入った。単独で先頭を追うよりもずっと楽に走れただろうし、後半の減速を抑えることにつながれば日本最高記録もついてくるのではないか、と。

さすがのキプサングらは、15キロ以降の5キロを14分30秒前後に上げ、設楽は少しずつ離れ始めた。設楽の世界トップへの挑戦は、ここで終わった。しかし、20キロまでは先頭の背中が見えるところでレースをしたという経験は大きな意味を持つ。それによって、次は30キロまで、そして35キロまでと、サバイバルレースができる距離を伸ばしていこうという気持ちが生まれてくるからだ。

東京マラソンの直前には、アメリカでトレーニングを積んでいる大迫傑(ナイキ・オレゴンプロジェクト)がボストンマラソンに出場するという記事を目にした。大迫は、昨年の日本選手権で5000mと10000mを制し、リオデジャネイロ五輪に出場したスピードランナーである。

設楽や大迫らの若いマラソンランナーの台頭が待たれる。

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by hasiru123 | 2017-03-02 20:05 | マラソン

レースをメチャクチャに

日本のマラソンは、長いトンネルから抜け出せないでいる。男子は14年間、女子は11年間日本記録が更新されていない。五輪でも、男子は1992年(森下広一が2位)、女子は2004年(野口みずきが優勝)以来3位以内から遠ざかっている。

そんな中で、少しだけ出口が見えてきそうな兆しがある。先の大阪国際女子マラソンで重友梨佐(天満屋)が、別府毎日マラソンでは中本健太(安川電機)が優勝を飾ったからだ。両選手とも2017年世界陸上の派遣設定記録には届かなかったが、まずはトップでゴールテープが切れたことを喜びたい。

1月15日の日経新聞に掲載された瀬古利彦氏(DeNAランニングクラブ総監督)と高岡寿成氏(カネボウ陸上競技部監督)へのインタビュー記事「マラソン日本 復活させるには」を読んだ。そこには、日本のマラソンの復活はあながち夢ではないと感じさるものがあった。

瀬古氏は「東京五輪の開催が決まったことでマラソンをやりたいという学生が増えた」、「マラソン強化のいいきっかけになった」と最近の動きに前向きの評価をし、高岡氏も「2時間11分でもいいレースをしたといえるものはある」語っていた。ただし、いまのマラソンの現状や選手の問題点については「選手の練習量が極端に落ちている」(瀬古氏)」、「ペースメーカーが30キロまで引っ張ってくれるので、そこからいかに落ちずに粘るかだけのレースをしている」(高岡氏)と手厳しい。

たしかに、最近の国内の主要マラソン大会にはペースメーカーがつくので、選手たちは安心して前半をカバーすることができる。一方では、選手の創意工夫や戦略性が見られず、面白みに欠ける。これだと、駆け引きをしながら競う五輪や世界選手権などには対応できそうにない。

しかし、四半世紀前に世界の高みを目指してマラソンに取り組む選手がいたことに気がついた。日本記録を更新したことのある中山竹通氏である。「自分にみたいに能力のない選手が勝つにはレースをメチャクチャにして他の選手にパニックを起こさせるしかない」。ノンフィクションライターの折山淑美氏が書いた『日本のマラソンはなぜダメになったのか』(文芸春秋)にあった。

所属先のダイエーが目指すのは1番で、2番や3番はいらないという会社だったから、2時間テレビ画面を独占することがマラソンで生きていく方法だった、と。

30キロくらいまでは集団のできるだけ目立たない位置で省エネに徹し、勝負所で初めてサバイバルレースに参加するというのが、これまでのマラソンのセオリーだった。高い身体能力を持った東アフリカ勢ならこのセオリーが最適だと思う。しかし、挑戦者の立場にある日本選手に求められるのは、中山氏のような高いモチベーションと大胆な戦略性ではないか。

面白いレースを見せてくれる選手の出現が待たれるところだ。

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by hasiru123 | 2017-02-16 17:40 | マラソン

小江戸川越マラソン

ネットの天気予報では、川越地方の午前9時ころは雨で9度、北北東2mと報じられていた。実際には、雨はなくときおり薄日の差す天気だった。走る選手にとっては絶好のコンディションだったといえよう。公認大会として3年目を迎えた、2016小江戸川越ハーフマラソンである。

この夏に、今年のメインレースはフルマラソンではなく、小江戸川越ハーフと決めていた。ところが、先にも書いたように足の状態が思わしくないため、欠場することにした。したがって、今日は選手たちの快走ぶりを写真に収めることに集中することにした。

私が選手たちを待ち構えていたのは、スタート地点から約1.2キロの交差点だった。まず、8時30分スタートの10キロだ。ズームアップした望遠レンズを覗くと、小高い坂の上から先導車と、それにつ続く2台の白バイが見えた。向かって左側に黄色のユニフォームがかすかに見える。数回シャッターを切ったところで、カメラの液晶モニターを見ると、3名の先頭グループが確認できた。黄色のユニフォームは、わが陸協に所属するY選手であることが分かった。あとで大会本部が発表するリザルトを見たら、3位入賞とあった。この場を借りて、Y選手の健闘を祝福する。

さて、8時55分にハーフがスタートした。5分後に姿を現したのは、白バイに続いて東洋大をはじめとする学生の一団だった。レンズがとらえた映像からは、箱根を目指す選手たちの厳しい表情がうかがえた。そして、第2集団が見えた。あとで撮った写真から分かったのは、集団にしっかりついている地元走友のF選手だった。リザルトで確認ところ、年代別のクラスで優勝とあった。その他にも何人かの知人が上位に入っていた。うれしい限りである。

来年も、ぜひ雄姿を見せてほしいと願っている。そして、私も来年こそはスタートラインに立てるよう体調を整えて、臨みたい。

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          ハーフを走る選手たち

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          10キロの先頭集団につくY選手

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          ハーフの先頭集団
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by hasiru123 | 2016-11-28 21:14 | マラソン

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早朝から深い霧に覆われたこの日、第16回坂戸市民チャリティマラソンが開催された。大会が行われた午前中は日差しがなく、この季節としては少し肌寒く感じられた。湿度は十分にあり、風はほとんどなかった。走る選手にとっては絶好の気象コンディションだったようだ。

今年の全体の参加者数は1,850人で、前年より約9%減少した。この日は、前週のさいたま国際と来週の小江戸川越ハーフに挟まれた上、上尾シティハーフと重なった。大会ラッシュの割を食ったといえるかもしれない。

開会式での大会会長の石川市長のあいさつで、近い将来にかつて開催されたのと同じ規模でハーフマラソン(過去に20回続いた坂戸毎日マラソンを指す)を検討している旨の表明があった。ハーフマラソンとなれば、近隣の大会との競合が熾烈となろう。開催時期や大会の特徴、規模などについて十分な検討を行い、埋没しないよう進めてほしい。

今回決勝審判を務めさせていただいて、気がついた点を二つ。一つ目は、フラフラの状態で入り、ゴール直後に倒れこむシーンが2回あった。途中で何らかの体調変化が起こったためかと思うが、無理を押してゴールまで走り続けずに、途中で休止する勇気と心の余裕を持ってほしいと思う。私は、これを「市民ランナーのセーフティ・プリンシプル」と呼んでいる。

二つ目は、例年ゴール付近は人垣が多く、コース内に立ち入らないよう規制することが役員の大きな役目でもある。今年は、その人垣が少なく感じられた。大会参加者の減少が影響していたかもしれない。それと、今回から大会参加者の駐車利用について事前申込制に変更されたが、私の勝手な想像かもしれないが、それが応援者の減少につながった可能性がないとはいえない。

二つ目の問題は、車を使わずに公共の交通機関を利用して会場に行けることが、ハーフマラソン実現への大きな試金石となるだろう。それは、参加選手の増加に加えて、多くの応援者に来訪してもらうことが、成功のカギになると考えるからだ。

(写真)10キロの部のスタートから 200m地点で
           

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by hasiru123 | 2016-11-20 17:24 | マラソン

マラソンランナーの死

「(中略)しかし自殺は逃避であると思います。彼は人生のレースで勝負することなく途中放棄したと私は思うのです」。こう書いてその死を惜しんだのはマラソンランナーの君原健二さんだ(『君原健二のマラソン』)。



自殺というのは、メキシコ五輪の年が明けた1月に命を絶った東京五輪のマラソン銅メダリスト円谷幸吉のことである。私がこの悲しい知らせを目にしたのは、高校の冬休みが明けて間もなくのことだった。ちょうど陸上競技に取り組んでいたときだったことから、よく記憶している。



最近になって、長年にわたってわからなかった日本のマラソンランナーの死の謎が浮かび上がってきた。東日本大震災で甚大な被害を受けた幸吉の長兄の家から、整理している中から幸吉の手紙の束が見つかったのである。

これまでに、東京五輪後に行った右足アキレス鍵と椎間板ヘルニアの手術がうまくいなかったことや、円谷の指導者であった教官が自衛隊体育学校長によって更迭されたこと、初恋の人との結婚が学校長の反対でうまくいかなかったこと。それに加えて、東京五輪以上の活躍が期待されていたことへのプレッシャーなど、様々な要因が言われていた。


これらの動機について、かなり鮮明な輪郭を描くことができたのが、雑誌「文芸春秋」10月号に掲載された「マラソン円谷/悲劇の謎が解けた」(松下茂典)と題するルポだった。数10通の手紙から、「かねてより取り沙汰された複数の動機が、図らずも幸吉直筆の手紙によって一つの真実となり、半世紀の長きに及んだ謎が解けた」。


このルポを読んで強く思ったのは、動機は一つではないとしても、一生に一度はだれもが抱くであろう怒りや嘆きが引き金となったのではないか、ということである。あれこれと深く言及することは、今後読まれる方の妨げになるといけないので、書かないことにする。




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by hasiru123 | 2016-09-18 18:59 | マラソン