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夢のマラソン

カテゴリ:マラソン( 85 )

10月から12月にかけて、全国各地でフルマラソン大会が開催された。年末年始は大きなマラソン大会がないため、ちょうどこの時期(12月)は冬のマラソンシーズンの折り返し点といえるだろう。持久力にまだ自信を持てない人のために、マラソンの終盤の苦しみを少しでも取り除く方法はないものだろうか。この秋に少しずつマラソンを走る準備を進め、年明けにはマラソンに挑戦しようという人。また、この秋にマラソンを走って、今シーズンにもう一度走ってみようという人。そんなランナーのために、30キロ以降に失速しないためにはどのような工夫があれば有効か。自戒の念もこめて、頭の中を整理してみた。

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それが、以下に挙げる「苦しまずに42.195キロを走る5ヶ条」だ。

第1条 30キロを走ったら35キロ、そして40キロと段階を踏んでに走り込みの距離を伸ばす
第2条 練習で、エネルギーが枯渇する体験を踏む
第3条 毎日10キロずつ走る月間300キロよりも、5キロの日もあれば30キロの日もある月間300キロの方が効果が高い
第4条 本番の数か月前には、起伏の富んだコースを走って脚筋力を高める
第5条 ペースの変化に対応する力を身につける

まず、「第1条 30キロを走ったら35キロ、そして40キロと段階を踏んでに走り込みの距離を伸ばす」について。

「10キロくらいの練習を何回繰り返しても、マラソンに必要な超持久力はなかなかつかない。10キロの練習では、10キロまでしか走れない。1回でハーフ以上の長距離走を何回か繰り返すことで、徐々に持久係数が上がってくる。今日25キロを一人でゆっくり走ることができたら、1週間後は少し距離を伸ばして28キロ位に挑戦してみる。次は30キロを走ってみる。さらに、33キロ、36キロ、・・・という具合に少しずつ距離を伸ばしていく。そうすると、練習の過程で、きっと空腹感やガス欠を経験するに違いない。お腹がすいて走る力がなくなってくるのである。言い換えると、その距離までの持久力しか持ち合わせていなかったということだ。

例えば、30キロ走をやった時に27キロ地点あたりで急に空腹を感じたとしよう。しかし、いつも27キロ地点に来ると空腹を感じるのかというと、そんなことはない。次に走ったときは、30キロまで大丈夫だったとか、その次は32キロまで持ったとか、少しずつ空腹になる地点が先に伸びてくる。これが、すなわち持久力がついてきたということである。

これを繰り返していくうちに、40キロまで走っても空腹を感じなくなるだろう。そこまでくれば、しめたものである。ゆっくりであれば「いつでも40キロくらいは走れる」という感覚がマラソンへの自信につながる。

こういった練習の繰り返しと持久係数のアップは相関関係がとても深い。そして、ステップアップが緩やかであるほど、楽に距離を伸ばすことができる。先を急がないことである。


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by hasiru123 | 2013-12-16 21:08 | マラソン

旅の途中に

数々の警句で知られるサミュエル・ジョンソが残した言葉に「幸福とは旅の終わりに行き着くものではない。むしろ、旅の途中のことである」と言うのがある。これを読んだ私はこう言い換えてみた。「走る喜びとはレースの結果に行き着くものではない。むしろ、日々走る途中のことである」と。プロとアマとを問わず、走った結果にから生まれた記録よりも、結果を生み出した過程に意味があり、振り返えったときにわくわくするのはこちらの方である。

記録の満足は一時的で、他者の記録と比較することによって簡単に陳腐化してしまう。しかし、過程(旅の途中)の満足は持続性があり、想像力を働かせることによって拡大再生産される可能性も十分にある。そして何よりも、どんな過程であっても一人ひとり違う満足がある。日ごろ走り続けることができるのは、このような満足に支えられているからではないだろうか。

走ることはとの過程を楽しむこと。そう、何か、人生と似ていないだろうか。

昨日と今日は、全国で多くのランニング大会が開かれた。RUNNETから集計したみたら、この2日間で41大会あって、そのうちフルマラソン(リレー方式を含む)は12大会あった。来週の12月1日も34大会あって、フルマラソンが4大会。

 

私の住む川越市でも、今日は第4回川越小江戸マラソン大会が開かれ、1万人のランナーが蔵造りの街並みを走り抜けた。いつもなら、大会運営のお手伝いをさせていただくところだが、23日に福知山マラソン(今年は中止)への出場を予定していたため、今回は失礼させていただいた。旅の途中に、少し寄り道。 

秋たけなわ、大会ラッシュの季節でもある。


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by hasiru123 | 2013-11-24 23:45 | マラソン

市民マラソンの活用

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11月17日(日)に、第13回坂戸市民チャリティマラソン大会が坂戸市市民総合運動公園を発着点として行われた。この日の気温は約15度、無風に近く、ランニングには絶好のコンディションとなった。10キロをはじめとする5種目で合わせて約2600名のランナーたちが汗を流した。

私の所属している若葉グリーンメイトや坂戸陸協の選手たちも多くこれに参加し、中には優勝した選手もおられた。今年の特徴は、多くの大会記録が生まれたことだ。ロードレースシーズンンは開幕したばかりである。来年の4月上旬位までは、各地で市民マラソン大会や駅伝大会が開催される。楽しく、そして安全にこの半年間を乗り切っていただきたい。

例年この大会は役員として参加しているが、今回は決勝審判員を務めさせていただいた。同じ決勝審判員としてご一緒したある役員は、地元の高校で教鞭をとっておられる方だった。その学校では、毎年校内ロードレース大会としてこの大会を利用しているそうだ。なかなかうまい方法だと思う。

町なかの学校は、交通事情で独自のロードレース大会を行うのが難しくなっている。道路を使用するからには警察の協力を仰がなくてはならないし、先生たちも準備や安全対応に追われ、大変である。既存の大会を利用できれば、交通の安全問題は解消できる。そして、校外のランナーと一緒に走ることにより、日頃走っていない生徒にとっては、長距離レースに親しむいい機会となるだろう。長距離を専門にやっている生徒にとっては、力試しにもなる。

何千人ものランナーが一斉にスタートするビッグな大会は、この趣旨に応えることは難しいと思うが、坂戸マラソン程度の中小規模の大会は好都合だ。これをきっかけに走る楽しさを発見し、生活の一部になってもらえればうれしい。

町のロードレース大会は、たいてい5キロ前後の比較的短い距離の部門を設けていることが多い。大いに活用して、マラソンの雰囲気を満喫してもらいたい。


(写真)10キロ部門のゴール
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by hasiru123 | 2013-11-19 07:09 | マラソン

8月18日でモスクワの世界陸上が終わった。暑い日があり、肌寒い日がありで、選手たちにとってはコンディション作りに相当苦労したのではないかと思う。寒暖の差が大きく影響するマラソンは、女子が30度を超える猛暑だったし、男子は22度ではあったが直接日差しを受けた選手たちには、これまた暑いレースだったようだ。

日本の選手たちの活躍ぶりは毎日のテレビを通して見させてもらった。全体としては、女子マラソンで福士加代子が銅メダルを獲得し、木崎良子が4位に入り、女子1万メートルで新谷仁美が5位入賞したのが光った。男子マラソンも、女子の活躍に刺激を受けてか、中本健太郎が5位入賞を果たした。

女子マラソンは、昨年のロンドン五輪で入賞者ゼロという大惨敗を喫したことを受けて、今大会では復活を期すべく、参加可能出場枠である5枠を使わず、「入賞を狙える精鋭」3人が選ばれた。女子1万メートルの方は、選考会である日本選手権で新谷の圧勝で、それに続く選手が見当たらず、これも参加可能出場枠の3枠を使えなかった。それがどんな結果をもたらすのかと期待もし、不安な点でもあった。

フタを開けてみれば、不安を晴らす活躍ぶりだった。福士はこれまでトラックで五輪3回、世界選手権も4回出場しているが、2009年世界選手権1万メートルの9位が最高だった。5000メートル、ハーフマラソンの日本記録保持者だが、国内のマラソンではなかなか結果を出すことができなかった。世界のマラソンに初めて挑戦し、念願の初メダルをつかんだ。

女子1万メートルの新谷の走りは、見事だった。ラスト500メートまで集団を引っ張り続けるレース展開には、これまでの日本人選手にはなかった積極さにあふれるものがあった。東アフリカ勢の選手に追いつくにはこれしかないというお手本を見せてもらったような気がする。4人のアフリカ勢にはかわされはしたが、新谷に振り落とされた選手が14人いたということだ(出場者数が19名だったので)。

日本人選手はスピードやスプリントにおいて、世界のトップとは大きな開きがあるのは歴然とした事実である。その土俵で戦うには、ついて行けるところまでつくしかない。そこから先は、つけるようになった段階で戦術を考えればいいことだ。今回の結果から、がんばり次第でラスト500メートまではつけることが分かった。これもまた事実である。

新谷へのインタビューで「メダルが取れなければ、この世界にいる必要がない」というコメントが紹介されていたが(8月12日付毎日新聞)、悲観するには当たらない。出口はまだ先かもしれないが、新谷の走りは将来の日本の長距離界に光をあてたという意味で、その功績は大きい。
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by hasiru123 | 2013-08-19 18:58 | マラソン

7月末にある研修会に参加したときのこと。となりの席に、はるばる大分市から参加した女性がいた。ちょうど大分県を始めとする北九州地域でインターハイが始まったばかりだったので、町の雰囲気はどうかと聞いてみた。
 - 昨日も隣近所で飾りつけなど歓迎の準備で大忙しでした -
大分市では、4種目が開催されるそうで、まるでお祭り気分のようだと、その人は話してくれた。

さて、そのインターハイ。私は、2日目と3日目の決勝種目をビデオで見た。いずれも桐生祥秀選手の出場する種目があったので、放映されたのかもしれない。でも、4日目の男子5000m決勝や女子3000mの決勝などの長距離種目も中継で見せてほしかった。戦前の予想では、いずれの種目もケニア人留学生が上位を占めるだろうと報じられていた。そんな中で、日本の高校生たちはどこまで粘り強く食い下がることができるか、そこに注目していたので。

結果は、男子が1位の留学生と日本人トップの選手とでは約30秒の開きが、女子も同様に約18秒の開きがあった。男子の30秒は距離でいうと160mくらいだろうか。トップの選手がゴールしたときに、まだ第4コーナーにさしかかろうかというところである。この種目は、5年前の埼玉インターハイで見たときよりも、さらに水が開いたように思える。これが現実で、日本と世界の力の差だ。

実力差が大きい留学生と、果たしてインターハイという同じ土俵で戦う意味はあるのか。私は、大いにある、と答えたい。というのは、若いときから世界を見ながら走れたという経験は、後の成長に与える影響は計り知れないと考えるからだ。日本選手権で優勝したり、五輪代表になったからといってそれだけで満足したり、舞い上がったりしない高い意識と謙虚な姿勢を身につけることが可能な気がする。

世界を追うモチベーションがないと、今年の日本選手権男子1500mのようなレースになってしまいそうだ。2日目の男女1500mを見て、ニッポンランナーズ代表の金哲彦さんが毎日新聞のコラム欄にこんなことを書いていた。「入賞者のすべての記録と実力、はっきり言えば、全国高校総体の方が日本選手権よりも明らかに競技レベルが勝っていた--」。激しいラストスパートの勝負は見ていて面白いが、記録のレベルが伴わない戦いはどこか物足りない。きっと、走る選手も燃えきれない虚しさのような感覚を持ったかもしれない。

ケニア人留学生の背中を見ながら走ることで、目標を高く持てたとしたら、こんな素晴らしいコーチはいない。日本の高校生は、国内にいながら世界のトップの力を借りることができることの幸運を感じるべきではないか。
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by hasiru123 | 2013-08-07 23:55 | マラソン

私の合宿総括

恒例の若葉グリーンメイトの夏季合宿に行ってきた。場所は、新潟県越後湯沢町。雨模様を知らせる天気予報が出ていたので、昨年のような荒天が心配されたが、大丈夫だった。1泊2日で4度走ったが、いずれも練習中は雨に遭うことがなく、この時期としては涼しい中を走ることができたのは幸運だった。
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天候が幸いしてか、自分としてはいい練習がやれたと思っている。
 - 合宿は何のために走るのだろう -
これはいつも参加するときに考えることである。
 - ふだんから走っているのに -

参加の目的は人ぞれぞれだろう。昨今、小クラブの合宿参加者数が伸び悩んでいる。そこで、事務局の提案で合宿の看板からいつもの「強化」という2文字を外して「懇親」に置き換えた。だから、今回は「強化」を目的としない人も少なからず、というか相当数含まれているはずである。残念ながら、参加者数は昨年を下回ってしまったが、この方向は間違っていないと思う。
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さて、こここらは私ごとになるが、
 - 私は、何のために参加したのか -
と考えると、これは昨年の、そして一昨年の夢の続きを見るためであるということになりそうだ。2年連続でマラソン大会を欠場してしまったので、今年こそスタートラインに立って、目標の記録をクリアしたい。

5月から、少しネジを巻いて練習するようになった。現在の基本的な走力がどの程度までついてきたのか、そして「弱み」というか「課題」は何かを発見すること。この2つを押さえたかった。

越後湯沢の地は起伏に富んでいて、マラソンに必須の脚筋力と持久力をつけるのに格好のコースが揃っている。例年とほぼ同じコースで、2日間で合計63キロを走った。苦手の下りをリラックスして走り、上りで体幹を前面に押し出して走ることができた。
 - スタミナがついてきたな -
と実感できたことは大きな収穫だった。
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それでは、これでよかったのかというと、そうではない。先にも書いたように「弱み」や「課題」が見えていないことに気づくべきでなのだ。このまま夏を乗り切り、秋の走り込み期を迎えたら、必ずといっていいくらい故障が待っている。今の私が、マラソンの30キロ以降に大きく崩れる原因は、秋の走り込み期にしっかり走れていないことだと考えている。故障しない体を作ること。これが、喫緊のテーマである。

合宿の内容をよく点検して、課題を見つけたい。


(写真上)宿泊所の高野屋さん
(写真中)夕食に出た高野屋さん特性のナスとキウリの塩漬け
(写真下)朝食(これに味噌汁がつく)
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by hasiru123 | 2013-07-08 22:48 | マラソン

トラック競技への挑戦

数年ぶりの5000m走だった。6月1日(土)に東松山陸上競技場で開かれた東松山市長距離記録会のことである。

坂戸陸協から出場した2名の応援のつもりで参加したものである。エントリーしていた一般・高校男子の1組のスタートは12時40分。大会本部発表によると、正午の気温は30度まで上がっていた。まだ暑さに慣れていないため、控えめなスタートになった。中盤でペースが落ちることなく、かといって終盤伸びるでもなく、結果としてはほぼイーブンペースで走り切ることができた。

イーブンで行けたのならうまく走れたのかというと、そうではない。実は、最近はイーブンペースで走るのが一番楽なのである。ペースの変化に弱くなった、というか臆病になったと言った方が的確かもしれない。だから、どうしてもペースの上げ下げを嫌うようになってきた。レースでも、練習でも。

この日は、「大台を越えないで走る」ことが目標だったので、まずまずの結果である。「大台」の中身については、ここでは書かないが、キリのいいタイムという程度の意味である。しかし、今秋に予定しているマラソンのことを考えると、大台云々に満足していてはいけない。5000mの走力が上がれば、マラソンのラップを刻む上で、その分余裕が生まれ、後半のねばりにつながって、記録に大きく影響してくる。これは、マラソンの教科書に書かれているセオリーでもある。したがって、5000mをしっかり走ることはシリアスなランナーだけでなく、一般市民ランナーにとっても走力の確認ができるという点で、意味のあるエクササイズなのである。
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そのためには、苦手なことにもチャレンジしなくてはいけない。私にとっての苦手といえば、下りを走ること、そして近頃は上りも必ずしも得意科目とはいえなくなってきた。スピードに変化をつけて走ることも億劫である。それでも、マラソンのゴールで微笑むためには、そういった多少のつらい練習を行うことも必要だ。5000mを走って確認できたことは、こういうことだった。
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市民ランナーには、トラックの競技にはあまりなじみがないと思うが、陸協登録をしておくと、都道府県陸協などが主催する競技会に接する機会が増えて、出場すれば公認記録を取得するという楽しみもある。春から秋にかけては、トラック競技が盛んに行われている。この日の5000mのレースのように、速い組からゆっくり走る人のための組まで用意されていることが多い。トラック競技は、決して専門の競技者のためだけの大会ではない。ぜひ、練習のつもりでチャレンジしてみてはいかがだろうか。


(写真上)3組のトップ集団
(写真下)最終4組の1周目
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by hasiru123 | 2013-06-02 21:20 | マラソン

スタートして約4時間18分。多くのランナーが次々とゴールする時間帯に突然、轟音が鳴り響き、多くの死傷者を出す連続爆破事件が起きた。狙われたのはボストン・マラソン。

ボストン・マラソンは、米国の歴史の原点ともいえる大会であり、地域の住民と世界の人々が走る喜びを分かち合う祭りでもある。無防備なランナーや観戦者の命を無差別に奪う行為は卑劣としか言いようがない。容疑者の死亡した26歳の兄と捕まった19歳の弟が、何を考えてことに及んだのかまだはっきりしない。真相の解明を待ちたい。

日本では、翌週の21日(日)には各地でマラソン大会が開かれた。長野を始め、かすみがうら、徳島などフルマラソンが7ヶ所、フルマラソン以外も含めると36ヶ所に及んだ(注)。各地とも警備が強化された中での開催だったが、中止となったところはないようで、無事に終了したことを知って、ほっとした。余談だが、この日の大会数の多さは特異日といってよい。昨年11月25日(日)のフルマラソン6ヶ所、フルマラソン以外も含めて29ヶ所という日が、これに次ぐ。どちらも気候がマラソンレースに適していることが、最も集中した理由ではないか。

マラソン大会の警備は、体育館や競技場のように入場時に持ち物検査をするなどのやり方が通用しない。また、コースのすべての建物や観戦者を調べ尽すこともできない。警備員が何人いても足りないだろう。私自身、このような事態に直面し、戸惑っている。それでも(マラソンを)やるのか、と。

私は、18日の犠牲者を追悼する式典でのオバマ大統領のメッセージに賭けたい。

聖書の言葉を引用して「あなたはまた、走るだろう」「自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こう」。また、「テロによって我々をおびえさせようとしたのなら、犯人は間違った場所を選んだ」「こんなことで、我々は立ち止まらない」と呼びかけた。

私も、今秋のマラソンに向けてすでに走り出している。


(注)RUNNETを使用してカウントした。
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by hasiru123 | 2013-04-29 17:37 | マラソン

8月に開催される陸上世界選手権(モスクワ)の選考会を兼ねた名古屋ウィメンズマラソンが10日、名古屋市のナゴヤドームをスタート・ゴールとするコースで行われた。私は、当日の午後、ビデオ観戦で応援した。
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近年になく、手に汗を握る見ごたえのあるレースだった。木崎良子(ダイハツ)が2時間23分33秒(テレビ表示タイム)で優勝し、代表内定の基準記録「2時間23分59秒以内」をクリアして世界選手権代表が決まった。
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昨年から今年にかけての代表選考レースで、終了後に即内定したのは、男女と通じて木崎が初めてである。これまでの基準記録を大幅に引き上げたことが影響してか、男女とも内定者がいなかった。女子の場合は、前回の大邱大会(韓国)の条件である「2時間25分59秒以内」から2分ハードルを上げた。記録は、気象コンディションやレース展開の影響を受けるので、この2分の引き上げは、代表を目指す選手にとっては大きなプレッシャーだったと思う。まずは、この関門をクリアしたことを讃えたい。

レースは、30キロを過ぎて木崎と野口みずき(シスメックス)、ベルハネ・ティババ(エチオピア)の3人の競り合いとなった。3人が交互に引っ張るかたちとなり、しばらくこの展開が続く。35キロ地点を通過した直後に野口が徐々に遅れだし、木崎とティババとのマッチレースとなった。テレビでは有森裕子さんが、木崎の方がトラックのスピードは上なので、できるだけ最後までスパートする余力を残しておく方がいいと、解説していた。私もそういう展開になることを願っていた。

たしかに、ティババは若干19歳でマラソン経験が浅いことから、まだマラソンのスタミナがしっかりついていないように見えた。大きな動作で後方を振り返るなど、無駄なエネルギーを使っていた。しかし、肘を抱え込むような特徴的な腕の振り方としなやかなフォーム、そして起伏地で走り込んだ走力は侮れない。ちょっとした揺さぶりには動じそうもない。どこで勝負をかけるか難しいが、とにかく思い切りのいいスパートで決めてほしい、それも1回で。そう祈っていた。

レースが動いたのは、40キロ過ぎの給水所だった。ティババが水を摂っているわずかの隙をついて、木崎が一気にスピードを上げたのだ。スピードの変化が鋭かったことと、その後一度もペースを落とさなかったことが奏功して、ティババの追走を許さなかった。1キロあたりのペースで3分16秒位だ。この頑張りで、優勝をもぎ取った。

日本の女子マラソンで久しぶりの優勝者が出た。しかも、ケニヤやエチオピア勢を抑えての勝利である。今後のレースに向けて大きな糧となるだろう。また、野口は2時間24分6秒で3位に入り、往年の力を取り戻しつつあることも、明るい材料だ。


(写真上)本郷界隈で見た臘梅(2月上旬、東京都文京区)
(写真下)見ごろを迎えたわが家の梅
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by hasiru123 | 2013-03-10 19:56 | マラソン

びわ湖毎日マラソンを見た。陸上世界選手権の男子代表選考会を兼ねた国内最後の大会だ。日本人のトップは藤原正和(Honda)で、4位の2時間8分51秒だった。藤原は10年前の同大会で2時間8分12秒で走り、学生の日本最高記録をマークしたことで記憶に残る選手だった。当時の記録はまだ破られていない。

その後、故障などで必ずしも順調ではなかった。ようやく復調の兆しが見えたのが2010年の東京での優勝だ。その藤原が、大学の後輩でもあるロンドン五輪代表の山本亮(佐川急便)を退けて4位に入ったのは立派というほかない。

テレビで見ているとよくわからないが、北西からの冷たい風が選手のペース配分に影響を及ぼしたようである。25キロまでの5キロごとのペースは15分10秒前後で推移していたが、1キロごとのペースは上げ下げが激しかった。特に20キロから25キロの1キロごとのペースは2分52秒から3分10秒まで18秒の幅があった。ペースメーカー泣かせの気象コンディションだったといえるだろう。

10位に入った日本選手6名のうち招待選手は山本だけで、あとは一般参加だったことからも、厳しいレースだったことがうかがい知れる。たしかに1位から3位までは外国人選手が占めた。しかし、トップから藤原までの差が17秒の間におさまっていたことは、将来にある意味で期待を抱かせた。それは、日本選手の今後の戦い方しだいで、トップに近づくことは不可能ではないということを示せたからだ。

私は、ロンドン五輪代表の山本と大学3年生で初マラソンの窪田忍(駒大)の走りに注目していた。山本はロンドン五輪で40位と振るわなかったが、今回その雪辱を果たしてくれるのではないかという期待があった。また、窪田は全日本大学駅伝などを見ていて、長距離のロードを走るセンスを持った選手だと思っていた。そして、インタビューなどからも、志の高さが感じられる。どんな展開になったにせよ、次のマラソンにつながるものを引き寄せてほしいと願っていた。

7人の先頭集団の中で、その二人が30キロすぎに見せた表情は好対照だった。集団の中で安定した走りに徹していた山本の顔が少しゆれ、厳しい表情となって、藤原や石川末廣(Honda)から離れ始めた。それよりも少し前に、精悍な表情だった窪田は顔をしかめるようになり、ズルズルと順位を落とした。

ところが、山本は遅れ始めてからが強かった。粘りにねばって、藤原の後を追った。窪田は大きく遅れ、ゴール時には28位まで後退した。優勝争いから脱落したとしても、最後まで粘ることが、次のレースにつながる。この二人の対決は、今後も何度かあるだろう。成長の跡を見たいと思う。
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by hasiru123 | 2013-03-03 23:57 | マラソン