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夢のマラソン

カテゴリ:マラソン( 85 )

二十四節気の一つに「雨水」がある。冬に雪だったのが雨に変わり、氷が解けて水に変わることをいう(平凡社「気象の事典」)。 その雨水から6日がたつが、冬将軍はまだ居座り続けている。今朝のマイトレーニングでは、毛の手袋をつけていても指先が痛くなる寒さだった。 今日開催された東京マラソンは、選手にとって寒さが堪えたレースではなかっただろうか。

男子はデニス・キメット(ケニア)が2時間6分50秒で優勝した。キメットは年齢こそ29歳とそれほど若くはないが、昨年のベルリンマラソンに続く2度目の新人ランナーだった。ベルリンでは、2時間4分16秒をマークして2位に入り、初マラソンでは世界最速、そして世界歴代5位の快記録であった。

前田和浩(九電工)が4位の2時間8分0秒でゴールし、日本人トップだった。今年8月にモスクワで開催される世界陸上の、即内定の条件である「日本人トップで2時間7分59秒以内」には1秒届かなかった。

レースが動いたのは30キロ過ぎだった。それまでは風の影響で、5キロが15分を超えるスローペースで進んでいたが、ペースメーカーが外れるとジェームズ・クワンバイ(ケニア)が一気にペースを上げた(注)。先頭集団はケニア勢5人に絞られた。前田が追い、やや遅れて今井正人(トヨタ自動車九州)と佐藤悠基(日清食品グルーフ)が並走して追う。前田の好走のポイントはここにあったと思う。

優勝したキメットは35キロまでの5キロは14分25秒と驚異的なペースに上げた。そんな中で、日本人では前田だけがケニア勢に食らいついて、トップが見える位置で追い続けた。これまでの主要な大会で上位に入った日本人選手は、トップが急激にペースアップしたときには自分のペースをきっちり守って後半に備え、前から落ちてくる選手を拾う戦術を取ることが多かった。このやり方は大崩れしないで確実に走り切れるメリットがあるが、これだといつまでたっても世界との差は縮まらない。

結果的には前田はトップと1分10秒の差をつけられたが、多少無理でも集団の流れに対応していく積極的な戦い方を高く評価したい。一方、戦前から好調が伝えられた今井には、前田のような「挑戦」する姿が見られなかった。元旦の実業団駅伝では最長区間を走って区間新記録を打ち立て、成長の跡を見せくれたのに。

今日のレースをテレビで見ていて、今井は前半先頭集団から脱落してしまったのではないかと心配になるくらい、目立たない位置をキープしていた。それだけ無駄な動きが少なかったということだ。マラソンの集団で効率的に走るお手本みたいな走りができていたので、終盤に期待をかけていた。マラソン人生で何度もない好機を逃してしまったのではないかと、惜しまれる。


(注)集団の「規模」(先頭と後続との時間差)と選手の「数」は以下のとおり。
15キロ  5秒以内 34人
20キロ  3秒以内 31人
25キロ  5秒以内 24人
30キロ  11秒以内 19人
35キロ  集団なし
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by hasiru123 | 2013-02-24 19:44 | マラソン

今年はいつもより早めにマラソン練習を開始し、11月の大会に備えてきた。自分の弱みであるスタミナをつけるために、4月下旬から練習内容を距離と時間にウエイトをおいたランニングに切り替えた。一昨年の大田原で経験したような30キロ以降の落ち込みを、少しでも低減させたいという思いからだった。

目標は、3時間を切ること。そのための条件として、大田原は気候的にも、そしてレースのレベルや大会規模においてぴったりだったので、最初からこの大会に照準をあててきた。ところが、練習の途上で大きなミスがあった。

この大会の申し込み者が増えて、これまでよりも早く定員に達し、締め切られてしまったのである。例年締切は8月末日だったので、前回までは7月上旬に行なっているWGMの合宿を過ぎてから申し込んでも十分間に合っていた。合宿の帰りのバスの中で、会員からその話を耳にしたときは、思わず力が抜けてしまったものだ。

これまで、マラソンに出るときは申し込み状況を見ながら、あとの方からエントリーすることが多かった。というのは、マラソンは練習が進むに従って故障リスクが高くなり、これまでも直前で出場を諦めることが少なくなかったという苦い経験による。昨年も、大会3週間前に故障で断念している。だから、ある程度走れそうだという感触をつかんでから手続きをするのである。しかし、これからはそんなのんびりした行動は通用しそうにない。早めの計画、そして速やかな手続きが必要な時代になった。マラソン人口の急増で、マラソン大会の絶対数が足りなったからだ。

大田原を目指して練習計画を立て、走り込みを進めてきたので、何としても11月を外したくなかった。それに替わる他の大会はどうか。11月は、私の住んでいる首都圏でマラソン大会が多く組まれている。特に、11月最終日曜日はつくば富士山(旧河口湖日刊スポーツ)というビッグなマラソン大会があった。ただし、この日は今年で3回目を迎える小江戸川越マラソンの役員をすることが決まっていたので、それ以前の大会から選択するとなると、福知山マラソンしかなかった。

福知山は、大会規模や競技水準において大田原と共通するものがあったので、少し遠いが出場を即決した。この大会は、関西地方では篠山ABCマラソンと並んで人気のある大会で、歴史もある。コースは比較的フラットなようだったので、記録的な楽しみもあった。

しかし、残念ながら大会直前に母を亡くし、出場は叶わなかった。96歳だった。だから、来年もう一度福知山でチャレンジしようと思う。今度は、もっと早めに計画して、速やかな手続きで、安心して大会を迎えよう。
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by hasiru123 | 2012-12-10 21:26 | マラソン

8合目

石原慎太郎東京都知事が突然の辞職表明をした。2020年の夏季五輪の誘致活動もこれからが本番というところだったので、少し気になった。新聞にはこんな記事が載っていた。「「強烈な存在感のあった石原さんがいなくなることで、国民の関心が薄れないだろうか」。招致関係者の間には重たい空気が流れた」(10月27日読売新聞)。

五輪招致の是非はさておき、東京都にとって、そして日本にとっても五輪は大事業だ。8合目まできたところで、交代というのはいかがなものだろうか。石原さんは大衆にインパクトを与える力は絶大だが、実績をコツコツと積み上げて何がしかを成し遂げるという粘りというか執着心みたいなところが弱い、と感じた。そういう意味で、後世の歴史に評価される政治家とは言いがたいのではないか。

何が言いたかったかというと、この粘りとか執着心がマラソンにとっては重要で、素質や方法、技術などよりも圧倒的に上位にくる選手の要件であるということだ。8合目をどう乗り切るかが難しい。

マラソンの8合目とは何か。長いレンジで見れば、「スピード磨いて、持久力をつけて、ようやくマラソンに取り組める体になった」というのも、長距離の競技者にとっては8合目だろう。また、マラソンをやろうと思って練習に取り組み、故障なく走れて、スタミナがしっかりついてきたなと実感できたところもそうかもしれない。スタートして35キロを過ぎ、足が重たくなってきたころも、レースの8合目だ。

いずれの8合目も、あきらめればゴールは遠くなる。ゴールがないこともあるだろう。石原さんのように、五輪招致に再挑戦する最中に任期を2年以上残して都政を去るのは、棄権としか思えない。身体的なコンディションに支障をきたす場合は別として、最後まで結果に固執してほしい。私はそう思う。
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by hasiru123 | 2012-10-28 20:32 | マラソン

先ごろ、エスビー食品陸上部が廃部になるというニュースを聞いた。故中村清監督を中心として、瀬古利彦氏を始めとする名ランナーを輩出した実業団チームだ。駅伝中心の他社チームと異なって、世界に通用するオリンピック選手を育てることを主眼とする戦略をとっていた。今の企業環境の厳しさを考えると、やむを得ぬことかもしれない。大変残念な思いである。

この結果の意味するものは、実業団チームを支える企業の成長が右肩下がりだということにとどまらず、若い長距離選手の成長が必ずしも順調に進んでいないという問題をはらんでいる。というのは、最近の男子高校生の5000メートルや1万mのレベルの向上には目を見張るものがあるが、そのスピードがその後の成長に生かされていないからだ。

駅伝で上位を占める高校の選手たちは、箱根駅伝の上位チームの大学選手たちと遜色のないスピードを持っている。経験がものをいう長距離走は、かつては高校、大学、実業団と段階を経るにしたがって力がついてくるのが常だった。ところが、その成長が早い段階で鈍化するか止まってしまうことが目立つようになった。

「5000メートル、1万メートルのスピードが大切と言いますが、そのスピードを出す前の土台ができていない選手は多い」「力を熟成させる練習を1年、2年、3年と積み重ねた延長上にマラソンはあります」。91年東京の世界選手権で優勝した谷口浩美さんは、毎日新聞の<転んでも立ち上がれ>というコラムでこう書いている。また、男子マラソンは根本的な土台に目を向け、土台を築けばスピードも出るはずという。

マラソンの走力が向上することによって、トラック競技で自己記録を更新できるようになったという事例は多い。例えば、かつて女子マラソンで活躍した浅井えり子さんは、マラソンで2時間30分を切ってから、これまで苦手としていた1万メートルや5000メートルで自己記録を塗り替えている。

元横綱千代の富士(現在千代の富士親方)の言葉に、こういう名言がある。「今強くなる稽古と、3年先に強くなるための稽古と、両方しなくちゃならない」。マラソンの練習でも、そっくりあてはまる言葉だと思う。今の段階で行うべき練習が、直近のマラソン本番に向けてどのように生かされ、そして2年後、3年後の練習をどうすべきかを踏まえて実行できるのとそうでないのとでは、成長に大きな差が出てくるだろう。所期の目的を達成した後に、その後のステップアップを図るために現在の練習がどのように役に立つのかも意識されれば、それはすばらしいことではないかと思う。

かくいう私も、今シーズンのマラソンに向けて走り込みを行なっているが、3年先のための練習と、両方をにらんだ戦略ができているだろうか。はなはだ、心もとない。
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by hasiru123 | 2012-09-30 22:39 | マラソン

考えるヒント

マラソンの君原健二さんは、64年東京五輪で8位となり、続く68年メキシコ五輪で銀メダル、そして72年ミュンヘン五輪では5位に入っている。文字どおり五輪に賭けた人生だったのではないかと思うが、ご本人は「あのとき、こうしておけば良かったと考えることはない。3度とも、悔いはないからだ」と日本経済新聞で8月1日から連載中の「私の履歴書」に書いている。

初マラソンで日本最高記録を出すなど、走るごとに周囲の期待を膨らませて臨んだ東京五輪では、自己ベストタイムから4分近く及ばない8位だった。このときは、円谷幸吉が銅メダルに輝いている。君原さんは振り返って、「それでも私は、それぞれがその時点の自分の実力だと受け入れた」と心境を語っている。「私に誇る何かがあるとしたら、フルマラソンの途中棄権が1度もないことかもしれない」。競技者として引退するまでの12年間に35回のフルマラソンを走り、すべて完走しているからだ。

ロンドン五輪がもうすぐ終わろうとしている。期待通りの活躍を見せて見事メダルに輝いた選手がいれば、持てる力を発揮し切れずに敗れた選手もいる。メダルを取れても、金でなかったことを悔いる選手も少なからずいた。確かに、1位以外の選手は、最後には敗者となる。一人の勝者とその他の敗者だ。ということであれば、五輪に出場した99%以上の選手が何らかの意味で涙をのんでいることになるかもしれない。

この2週間、「悔し涙」を流すシーンは何回となくテレビの画面で見てきた。例えば、男子110メートル障害予選。スタート直後、1台目の障害を超えるときににアキレス腱を痛めて、障害を引っかけて転倒した劉翔(アテネ五輪金メダシスト、中国)がいる。忘れられないシーンの一つだ。勝負に対する真剣さと敗北の無念さ。わずかなミスや不調が勝敗を分ける非情さ。そうした選手の一挙手一投足に、片時も目を離せなすことができなかった。

君原さんのことに話を戻すと、もっとよく知りたいと26年前に出版された『君原健二のマラソン』(ランナーズ発行)を読んでみたら、こんな件(くだり)が眼に止まった。「そこ(選手村)を私はなんとも言えない解放感に満たされて走っていました。手足が不思議なほどのびのびと自由に動きました、それまでの陸上競技生活では味わったことのない楽しい、さわやかなジョッグでした。ランニングを始めて十年目に走る喜びを知ったとき、(東京)オリンピックが終わっていました」

五輪から解放された選手は、こうした先達の声に耳を傾けてみるのも、明日を考えるヒントになるのではないだろうか。
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by hasiru123 | 2012-08-12 17:19 | マラソン

五輪の企画番組から学ぶ

五輪における選手の活躍ぶりを予想するのは難しい。しかし、より多くの情報から読み解くことは、競技を深く知るためにも、そして選手を応援するためにも極めて重要である。そのことを考えさせてくれる番組に出会った。いずれもマラソンに関するものである。

まず、男子マラソンの藤原新(ミキハウス)に焦点を当てた7月9日放映(以下NHK)の「クローズアップ現代」<常識を超えろ~男子マラソン~藤原新/ロンドン五輪への挑戦>がある。バルセロナ五輪の森下光一(92年、2位)以降はメダルがなく、近年の世界記録は更新がめざましい。加えて、北京五輪(08年)の高速化(1位のワンジェロが2時間06分32秒で優勝)である。夏行われることが多く、勝負重視の五輪だが、後半追い上げる耐久レースからスピードレースに進化している。ロンドン五輪も必ずスピードレースになると読んで練習に取り組んでいるのが藤原だ。

スピード力とは1キロ3分以内のペースを持続させることで、そのために行っているのが「20キロから30キロの長い距離を全力で走ること」だという。言うは易しだが、代表決定からレースまでが半年しかないという期間的な制約を考えると、一筋縄ではいきそうにない。そして、日本人選手にとっては超えたことのない記録の壁に挑戦するという意味では、身体的、心理的な負荷が大きく、多くのリスクを伴う。その挑戦を後押ししたのが川内優輝(埼玉県庁)の走りだったと、藤原のインタビューで知った。プロというインセンティブの高さがそうさせたのかもしれない。

ロンドン五輪のコースは、市街地の急カーブと一部の細い道が特徴であるが、この対策はどう考えているのか。藤原が調整で出場したロンドンでの10キロレースで、早速貴重な体験に出会っている。先頭グループについて行ったら、途中の狭い道で中継車に阻まれて減速を余儀なくされた。また、カーブを曲がるときには多くの選手が内側に集まりやすいことも知った。藤原は、カーブでは混雑に紛れこまないよう外側を走ることに徹して、25キロ過ぎまで上位でいられるようにしたいと語っている。

カーブ対策については、7月23日放映の「アスリートの魂・粘っこく走り抜け」<女子マラソン 重友梨佐~メダルへの課題~>でも触れていた。カーブの多いコースは、ピッチ走法の重友梨佐(天満屋)には有利だと語るのは、武富豊監督(天満屋)だ。「減速と加速を繰り返すコースでは、ストライド走法の選手には脚に負担がかかり、結果としてスタミナを消耗する」「鍵は3週目だ。(ペースを)落とさずにどう走れるか。その時までに余力を持っていれば、上位の選手を食うこともできるかもしれない」。2時間21分から22分の争いになるだろう、と予想する。

番組では「重友が後半まで粘れる秘密はフォームにある」として、ハイスピードカメラで撮ったビデオを紹介していた。確かに、重友のフォームは上下動が少なく、肩の位置が水平に保たれている。蹴り出した脚の力が上方向へ向かずに前へ向いている。これが、スタミナが後半まで持続する省エネ走法だと説明している。高校時代(興譲館)から、フォームを安定させるために競歩の練習を取り入れていた、というだけのことはある。「疲労度の少ない走りをしてきたので、もっと伸びる」と武富監督は期待する。

女子も世界のトップランナーとは水をあけられていて、ロンドン五輪代表で最も速い記録(L.ショロブホア)と重友の記録とでは約5分の差がある。カーブがのべで100か所もあるこのコースは、いわゆるスピードランナーには不向きで、持ちタイムの差を埋める好機かもしれない。陸連が行った米国での高地トレーニングに加えて、菅平での起伏のあるコースで走り込む様子も紹介されていた。下りでは、前脚の腿の筋肉を鍛えてることでカーブでの減速の練習になり、上りでは腿の裏やふくらはぎの筋肉を鍛えることでカーブを曲がった後の加速の練習になるとの考えからであった。

もう一つは、7月16日放映の「ミラクルボディー」<第3回マラソン最強軍団~持久力の限界に臨む~>があった。現在の男子で2時間3分台で走った選手は、H.ゲブレセラシエとP.マカウ、W.キプサングの3人だけだ。3人はなぜ3分台で走れるのか。さまざまな角度から医学的な成果を駆使し、次の3点をその要因に挙げている。まずマカウが「つま先着地」である点に着目し、次に「高地での豊富な練習量と子供のころからはだしで走っていること」を挙げ、さらにゲブレセラシエとマカウの「血液と強力なポンプ(心臓)」に触れている。

「つま先着地」は、蹴り出した足が踵から入らないでつま先から入るような形で足裏全体で着地をする方法である。スポーツ科学センターの実験によれば、着地したときに身体が受ける衝撃は、マカウが93kgで体重の1.6倍だったのに対して、日本の代表選手の山本亮(佐川急便)は132kgで同2.2倍だった。衝撃力の小さいことが安定したフォームにつながっている。これも、超スローの映像で見ると重友の肩位置が水平に保たれている走法と共通するものがある。

筋電計を使って筋肉の使用状況を調べると、マカウはもっとも体重が乗ったとき、全力で出せる筋肉の48%しか使っていないのに対し、山本は81%を使っていた。マカウは山本より30%も少ない筋肉で走っていることになる。「疲れを知らない走り」の一つの要因はここにある。

なぜ、つま先着地で走るようになったのだろうか。Y.ピツラディス博士(イギリス・グラスゴー大学)はこう説明する。「はだしで山道を走るときは、より衝撃の少なくするために、本能的につま先着地になる。子どもたちは、その結果足の指を曲げる筋肉や土踏まずを支える筋肉が鍛えられる」。

MRIで脚の筋肉の断面を調べてみると、深部庭屈筋群という脚の指を曲げたり、脚の筋肉を支えたりする部分の面積は、マカウの山本よりも37%大きいことも分かった。マカウも、子供のころははだしで生活していたという。

心臓の左心室は、ゲブレセラシエがは一般の同年齢の男性平均と比べると容積で約1.6倍、筋肉重量で約1.3倍大きいことも分かった。通常の人だと、大きくなっても平時の1.2倍くらいまでだ(B.D.レビン教授(サウスウエスター医学センター)のインタビューから)。ゲブレセラシエの心臓は、多量の血液をもらうことで全身の筋肉に十分な酸素を供給することができるのだ。さらに、赤血球の数が多いことにも、さまざまな研究者のインタビューを交えて紹介している。

これらの番組で紹介された内容は、一般のランナーにとってはすでに常識として知られていることもある。例えば、つま先着地が脚への衝撃を緩和する役目を果たし、長くスピードを維持することが可能な効率的な走法であることを教えられた市民ランナーは少なくないだろう。しかし、具体的な実験結データや映像で確かめると、改めて走ることの原理について考えさせられる。また、そこから派生して新たな疑問点も浮かび上がってくる。

たとえば、ゲブレセラシエの多量の血液を送り続ける心肺機能は、短距離や中距離のトップランナーと比較するとどうちがうのだろうか。また、マラソンが本来多くのエネルギーを必要とされる競技であることから、エネルギーを生み出す血液はどのような過程を経て生成されているのか。踵着地からつま先着地を意識した走りへ切り替えるのに、身体バランスを崩さずにうまく進めることはできるのか。また、身体的なリスクはないのだろうか。こうした素朴な疑問を顕在化させたという意味で、これらの番組は力作であった。

藤原の挑戦や重友の課題から、ともに世界が見えるところで勝負しようという意気込みが伝わってきて、応援にも熱が入る。ロンドン市街地でどんなドラマが控えているのか、開幕ベルが待ち遠しい。
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by hasiru123 | 2012-07-29 20:10 | マラソン

前年度にフルマラソンを完走した人の数は約25万人で、1年前に比べ4割増えた。また、完走者に占める女性比率は21%で、同様に2.5ポイント高くなったそうだ。男女とも完走者数は大幅に増加しているが、女性の伸長が著しい。雑誌「ランナーズ」が毎年行なっている「全日本マラソンランキング」(旧・フルマラソン1歳刻みランキング)のデータからわかった。

「ランキング」のタイム分布によると、1年前と比べて5時間以上かけて走った人の比率が高くなっているのに対して、5時間未満では各時間帯ごと(4時間台は30分刻み、3時間未満は15分刻み)の分布でその比率を落としている。そのために、平均タイムで男子が4分37秒、女子が2分29秒落ちた。ちなみに、完走者の平均タイムは男性が4時間38分25秒、女性が5時間10分04秒である。

これは、ランナーの記録が低下したわけではなくて、5時間以上かけてゆっくり走るビギナーが急増したことが影響している。なぜビギナーが急に増えたかというと、新設された9つの大会の制限時間(出場資格)がすべて7時間と、フルマラソンに出場するためのハードルが大きく緩和されたからだ。新設された大会の中には、大阪マラソンを始めとする1万人以上の規模のものが4つある。

初めてのマラソンは、果たして制限時間内に最後まで走り切れるだろうかと不安なものだ。しかし、7時間以内なら無理をしないでも、必要に応じてウォーキングと組み合わせれば、だれにでも完走のチャンスがある。「ランキング」には出ていないが、全体の完走率は格段に上がっているはずである。ただし、これもデータにはないが、ウォーキングを入れないで完走した人の比率の方はむしろ落ちているかもしれない。

一方で、前年度行われなかった大会が3つあった。いずれも4月と5月に実施予定だった大会で、震災の影響で中止を余儀なくされたものだ。これらは、今年度に復活しているので、来年に見る「ランキング」ではさらに多くの完走者数が予想される。
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by hasiru123 | 2012-07-15 22:02 | マラソン

ごみゼロとランニング

フルマラソンよりも長い距離を走るウルトラマラソンやトレイルランが盛んである。自然や人との触れ合いを楽しめることに惹かれての急増と思われる。たしかに、「自然の中で行うランニングはエコである」というイメージが一般にはある。

しかし、東京マラソン2012のホームページに掲載されていたランナーのマナーについての注意書きにはこうあった。「自ら持参するサプリメント、食べ物などのゴミを道路や歩道に捨てないでください。給水の紙コップやペットボトルはそれぞれの給水所にあるゴミ箱を利用してください。その他の手持ちのゴミは、持ち帰ってください」

私が応援に行った時の東京マラソンでは、半数を超えるランナーが通過するころには、各エイドステーションの周辺は紙コップのゴミの山となっていた。ゼネラルドリンクや給食類がこぼれ落ちて、滑りやすくなっている。コース上でつばを吐くランナーも少なくない。

東京マラソンでかりに一人のランナーが5キロごとに8回給水したとすると、およそ25万個の紙コップが消費される計算になる。このマラソンには、ごみを減らし、循環型社会を構築していくためのキーワード(3R)で一番大切なはずの「リデュース(ごみの発生抑制)」が抜け落ちているのではないか。ゴミを出さないためにランナーにできることは何か、ごみゼロ運動に参加しながらそんなことを考えた。

川越市では、今日一斉に各地域でごみゼロ運動が行われた。私が住む町の自治会が行なったのは三芳野神社と初雁公園周辺の清掃だったが、その近くを新河岸川が流れている。私が最近気になっているのは、一時期に比べて新河岸川の水が浄化されたといわれるが、それでも生活ゴミが散見されるのである。ペットボトルをはじめとして食品の空き箱やレジ袋など。川を流れるゴミはいくつかの川に合流して、最終的には海へ流出される。この辺なら東京湾である。ゴミは、さらに暖流や寒流に乗って世界各地に流される。
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北西ハワイ諸島には数少ないコアホウドリが生息している。コアホウドリは雛に餌を与えるために海から餌を採っているが、その中には親が誤って漂流したプラスチック製のゴミ(たとえば百円ライターなどの破片)を採って雛に与えてしまうケースがある。ゴミで雛が内蔵を傷つけられて死んでしまうこともあるという。ゴミの中身を調べると、日本を含む東アジアで捨てられたと思われるものが多いのだそうだ。
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これは、昨日開かれたかわごえ環境ネットの総会で、ある部会長からの報告の聞きかじりである。捨てられたゴミが遠く離れた無人島の海鳥たちに影響を及ぼしていることは、不明ながら驚きだった。日本の近海に浮かぶゴミが北西ハワイ諸島に流れ着くということは、その逆もアリだろう。ゴミを、うかつに捨ててはなるまいぞ、そいう気持ちを強くした。


(写真上)三芳野神社の境内にある広場での清掃風景
(写真下)「とうりゃんせの細道」でゴミ拾いをする自治会員
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by hasiru123 | 2012-05-27 22:18 | マラソン

3月11日に行われた名古屋ウィメンズマラソンで、今シーズンの主要マラソン大会が終了した。昨年から今年にかかて実施された男女マラソンのロンドン五輪選考会では、川内優輝(埼玉県庁)を始めとする企業に属しない市民派ランナーの台頭がクローズアップされた。

ただし、日本男子は世界のトップとの差は一向縮まらず、女子はむしろその差が開いたのではないかとさえ感じられる。かつては世界を席巻した日本の男子マラソンだが、これほどまでに東アフリカ勢に水をあけられたのはなぜか。雑誌「東洋経済」の3月10日号に「駅伝変調が招いた/日本マラソンの凋落」という記事があった。この遠因は「駅伝」という日本固有の問題にあるという(記者はこれを”ガラパゴス化” 現象と形容)。

「42.195キロを走り抜くマラソンで結果を出すには、専用の練習を重ねなければならない」
「駅伝は最も長い距離でも1区間20キロメートル前後。スピードを重視するなど、マラソンとは練習の質が違う。特に駅伝直前1ヵ月はそれに重きがおかれるため、前後に控えるマラソンは準備不足になる」
「世界の強豪は恵まれた体格を持つうえ、マラソン専用の練習を積んでいる」

こういった駅伝の”ガラパゴス化”批判はよ聞くが、素直には首肯しがたいものがある。というのは、駅伝重視の練習がマラソンに不向きだとしても、5千メートルや1万メートルのトラックの長距離種目にはある程度有利に働いてもいいのではない思うからだ。トラックの走法と駅伝のようなロードレースの走法はかなり異なり、向き不向きもある。それでも、10キロのロードのスピードを持った選手は、トラックの1万メートルを走らせてもそれなりに強いのではないか。ところが、日本はマラソンよりもトラック競技の方が世界から大きく遅れをとっている。

それに対して、国内の実業団に所属しているケニア人選手は、日本人選手と同様の環境下で駅伝を走りながら、マラソンでもいい結果を残しているケースが多い。走力や対応力に優れたケニア人選手と比較するのは酷かもしれないが、日本人選手にだけ特に、駅伝重視がマラソンにマイナスに働くとは考えにくい。

企業に雇用されるからには、マラソンだけでなくPR効果の高い駅伝に力を入れるのはやむを得ないところだろう。そこでは発想を切り替えて、駅伝を避けるのではなくて、積極的に駅伝をマラソンのために活用するプラス指向が必要ではないか。個人的には、日本の実業団制度は世界のクラブチームの中でもっとも優れた仕組みだと考えている。なぜならば、多くのファンから応援をもらいいながら、企業が経済面で支援し、なおかつその中で長距離走に必要なスピードが養えるからだ。

駅伝練習とマラソン練習とのバランスをうまくとる。選手には、駅伝で培ったスピードや競走力をマラソンに利用するというしたたかな面があってもいいのではないか。選手はもっと工夫して、と勝手に自分にはないものねだりをしている。
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by hasiru123 | 2012-03-18 23:55 | マラソン

レースに出場できるということは幸せなことだ、と実感した一日だった。今日出場したこの大会は、昨年は東日本大震災の2日後にあたり、中止となった。大会のために準備したドリンク類や参加賞などは石巻市の被災地に送ったそうだ。今年は、一昨年の参加者数よりも200名ほど少なかったと聞くが、それでもこうして多くのランナーたちがスタートラインに立てたことを喜びたい。

この大会には、私は40歳代のときに10キロの部に出場したことがあって、それ以来2回目のレースである。また、個人レースとしては一昨年11月の大田原マラソン以降1年4ケ月ぶりとなる。大田原で1度だけ使用したマラソンシューズはほとんど汚れがなく、新品そのものであった。果たしてゴールまで走り抜くだけの持久力があるだろうかと、心細いスタート前だった。

スポーツ競技はもともと数値のマイナスとか減少、後退というのは評価されないのが通常である。試験やビジネスの世界でもしかりである。体力を競う長距離走は加齢の影響を直接受けるので、記録の低下は避けて通ることができない。しかしながら、この日のように多くの老若男女のランナーがこぞって大会に参加するのは、記録以外のプラスアルファを期待するものがあるからに違いない。そのプラスアルファとは何かは、人それぞれだろう。

私の結果は、数年前の10キロの記録を1分近く上回るものだった。にもかかわらず、ゴールした後の満足度は高く、今後に希望をつなぐことができたレースだったと思っている。それは、これまでの自分のレースの展開は、5キロ走だと3キロあたりが、10キロ走の場合だと7キロあたりが鬼門で、ペースが落ち込む傾向が見られた。残り500m位になると元気をとりもどして、また頑張れるのだが。競走ということを度外視すれば、イーブンペースがベストパフォーマンスを実現する近道だと考えているからだ。

ところが、今日はスタート直後はやや速かったものの、全体を通してほぼイーブンのペースで進めることができた。過去のレースの中で、思い通りのペース配分で行けたのはあまり記憶にない。自分の描いた通りに展開できたという意味では、後退ではなく進化であった。失敗の経験が多少なりともペースをコントロールすることに生かせたのかなと、思う。

加えて、年代別のクラスで優勝することができた。望外の喜びである。そして、WGMメンバーも大活躍で、合計で2名の優勝者と4名の入賞者を出した。WGMからは来週、今シーズン最後のフルマラソンに出場する選手が何名かいる。ぜひ、今年度の有終の美を飾ってほしいと期待している。

大会のホームページはここ → http://www.city.hidaka.lg.jp/6,20091,24,105.html
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by hasiru123 | 2012-03-11 19:02 | マラソン