カテゴリ:マラソン( 91 )

留学生の背中を見て走ること

7月末にある研修会に参加したときのこと。となりの席に、はるばる大分市から参加した女性がいた。ちょうど大分県を始めとする北九州地域でインターハイが始まったばかりだったので、町の雰囲気はどうかと聞いてみた。
 - 昨日も隣近所で飾りつけなど歓迎の準備で大忙しでした -
大分市では、4種目が開催されるそうで、まるでお祭り気分のようだと、その人は話してくれた。

さて、そのインターハイ。私は、2日目と3日目の決勝種目をビデオで見た。いずれも桐生祥秀選手の出場する種目があったので、放映されたのかもしれない。でも、4日目の男子5000m決勝や女子3000mの決勝などの長距離種目も中継で見せてほしかった。戦前の予想では、いずれの種目もケニア人留学生が上位を占めるだろうと報じられていた。そんな中で、日本の高校生たちはどこまで粘り強く食い下がることができるか、そこに注目していたので。

結果は、男子が1位の留学生と日本人トップの選手とでは約30秒の開きが、女子も同様に約18秒の開きがあった。男子の30秒は距離でいうと160mくらいだろうか。トップの選手がゴールしたときに、まだ第4コーナーにさしかかろうかというところである。この種目は、5年前の埼玉インターハイで見たときよりも、さらに水が開いたように思える。これが現実で、日本と世界の力の差だ。

実力差が大きい留学生と、果たしてインターハイという同じ土俵で戦う意味はあるのか。私は、大いにある、と答えたい。というのは、若いときから世界を見ながら走れたという経験は、後の成長に与える影響は計り知れないと考えるからだ。日本選手権で優勝したり、五輪代表になったからといってそれだけで満足したり、舞い上がったりしない高い意識と謙虚な姿勢を身につけることが可能な気がする。

世界を追うモチベーションがないと、今年の日本選手権男子1500mのようなレースになってしまいそうだ。2日目の男女1500mを見て、ニッポンランナーズ代表の金哲彦さんが毎日新聞のコラム欄にこんなことを書いていた。「入賞者のすべての記録と実力、はっきり言えば、全国高校総体の方が日本選手権よりも明らかに競技レベルが勝っていた--」。激しいラストスパートの勝負は見ていて面白いが、記録のレベルが伴わない戦いはどこか物足りない。きっと、走る選手も燃えきれない虚しさのような感覚を持ったかもしれない。

ケニア人留学生の背中を見ながら走ることで、目標を高く持てたとしたら、こんな素晴らしいコーチはいない。日本の高校生は、国内にいながら世界のトップの力を借りることができることの幸運を感じるべきではないか。
[PR]
by hasiru123 | 2013-08-07 23:55 | マラソン

私の合宿総括

恒例の若葉グリーンメイトの夏季合宿に行ってきた。場所は、新潟県越後湯沢町。雨模様を知らせる天気予報が出ていたので、昨年のような荒天が心配されたが、大丈夫だった。1泊2日で4度走ったが、いずれも練習中は雨に遭うことがなく、この時期としては涼しい中を走ることができたのは幸運だった。
c0051032_22443277.jpg

天候が幸いしてか、自分としてはいい練習がやれたと思っている。
 - 合宿は何のために走るのだろう -
これはいつも参加するときに考えることである。
 - ふだんから走っているのに -

参加の目的は人ぞれぞれだろう。昨今、小クラブの合宿参加者数が伸び悩んでいる。そこで、事務局の提案で合宿の看板からいつもの「強化」という2文字を外して「懇親」に置き換えた。だから、今回は「強化」を目的としない人も少なからず、というか相当数含まれているはずである。残念ながら、参加者数は昨年を下回ってしまったが、この方向は間違っていないと思う。
c0051032_22523624.jpg

さて、こここらは私ごとになるが、
 - 私は、何のために参加したのか -
と考えると、これは昨年の、そして一昨年の夢の続きを見るためであるということになりそうだ。2年連続でマラソン大会を欠場してしまったので、今年こそスタートラインに立って、目標の記録をクリアしたい。

5月から、少しネジを巻いて練習するようになった。現在の基本的な走力がどの程度までついてきたのか、そして「弱み」というか「課題」は何かを発見すること。この2つを押さえたかった。

越後湯沢の地は起伏に富んでいて、マラソンに必須の脚筋力と持久力をつけるのに格好のコースが揃っている。例年とほぼ同じコースで、2日間で合計63キロを走った。苦手の下りをリラックスして走り、上りで体幹を前面に押し出して走ることができた。
 - スタミナがついてきたな -
と実感できたことは大きな収穫だった。
c0051032_22461228.jpg

それでは、これでよかったのかというと、そうではない。先にも書いたように「弱み」や「課題」が見えていないことに気づくべきでなのだ。このまま夏を乗り切り、秋の走り込み期を迎えたら、必ずといっていいくらい故障が待っている。今の私が、マラソンの30キロ以降に大きく崩れる原因は、秋の走り込み期にしっかり走れていないことだと考えている。故障しない体を作ること。これが、喫緊のテーマである。

合宿の内容をよく点検して、課題を見つけたい。


(写真上)宿泊所の高野屋さん
(写真中)夕食に出た高野屋さん特性のナスとキウリの塩漬け
(写真下)朝食(これに味噌汁がつく)
[PR]
by hasiru123 | 2013-07-08 22:48 | マラソン

トラック競技への挑戦

数年ぶりの5000m走だった。6月1日(土)に東松山陸上競技場で開かれた東松山市長距離記録会のことである。

坂戸陸協から出場した2名の応援のつもりで参加したものである。エントリーしていた一般・高校男子の1組のスタートは12時40分。大会本部発表によると、正午の気温は30度まで上がっていた。まだ暑さに慣れていないため、控えめなスタートになった。中盤でペースが落ちることなく、かといって終盤伸びるでもなく、結果としてはほぼイーブンペースで走り切ることができた。

イーブンで行けたのならうまく走れたのかというと、そうではない。実は、最近はイーブンペースで走るのが一番楽なのである。ペースの変化に弱くなった、というか臆病になったと言った方が的確かもしれない。だから、どうしてもペースの上げ下げを嫌うようになってきた。レースでも、練習でも。

この日は、「大台を越えないで走る」ことが目標だったので、まずまずの結果である。「大台」の中身については、ここでは書かないが、キリのいいタイムという程度の意味である。しかし、今秋に予定しているマラソンのことを考えると、大台云々に満足していてはいけない。5000mの走力が上がれば、マラソンのラップを刻む上で、その分余裕が生まれ、後半のねばりにつながって、記録に大きく影響してくる。これは、マラソンの教科書に書かれているセオリーでもある。したがって、5000mをしっかり走ることはシリアスなランナーだけでなく、一般市民ランナーにとっても走力の確認ができるという点で、意味のあるエクササイズなのである。
c0051032_21202631.jpg

そのためには、苦手なことにもチャレンジしなくてはいけない。私にとっての苦手といえば、下りを走ること、そして近頃は上りも必ずしも得意科目とはいえなくなってきた。スピードに変化をつけて走ることも億劫である。それでも、マラソンのゴールで微笑むためには、そういった多少のつらい練習を行うことも必要だ。5000mを走って確認できたことは、こういうことだった。
c0051032_2121878.jpg

市民ランナーには、トラックの競技にはあまりなじみがないと思うが、陸協登録をしておくと、都道府県陸協などが主催する競技会に接する機会が増えて、出場すれば公認記録を取得するという楽しみもある。春から秋にかけては、トラック競技が盛んに行われている。この日の5000mのレースのように、速い組からゆっくり走る人のための組まで用意されていることが多い。トラック競技は、決して専門の競技者のためだけの大会ではない。ぜひ、練習のつもりでチャレンジしてみてはいかがだろうか。


(写真上)3組のトップ集団
(写真下)最終4組の1周目
[PR]
by hasiru123 | 2013-06-02 21:20 | マラソン

すでに走り出している -ボストンテロ以後-

スタートして約4時間18分。多くのランナーが次々とゴールする時間帯に突然、轟音が鳴り響き、多くの死傷者を出す連続爆破事件が起きた。狙われたのはボストン・マラソン。

ボストン・マラソンは、米国の歴史の原点ともいえる大会であり、地域の住民と世界の人々が走る喜びを分かち合う祭りでもある。無防備なランナーや観戦者の命を無差別に奪う行為は卑劣としか言いようがない。容疑者の死亡した26歳の兄と捕まった19歳の弟が、何を考えてことに及んだのかまだはっきりしない。真相の解明を待ちたい。

日本では、翌週の21日(日)には各地でマラソン大会が開かれた。長野を始め、かすみがうら、徳島などフルマラソンが7ヶ所、フルマラソン以外も含めると36ヶ所に及んだ(注)。各地とも警備が強化された中での開催だったが、中止となったところはないようで、無事に終了したことを知って、ほっとした。余談だが、この日の大会数の多さは特異日といってよい。昨年11月25日(日)のフルマラソン6ヶ所、フルマラソン以外も含めて29ヶ所という日が、これに次ぐ。どちらも気候がマラソンレースに適していることが、最も集中した理由ではないか。

マラソン大会の警備は、体育館や競技場のように入場時に持ち物検査をするなどのやり方が通用しない。また、コースのすべての建物や観戦者を調べ尽すこともできない。警備員が何人いても足りないだろう。私自身、このような事態に直面し、戸惑っている。それでも(マラソンを)やるのか、と。

私は、18日の犠牲者を追悼する式典でのオバマ大統領のメッセージに賭けたい。

聖書の言葉を引用して「あなたはまた、走るだろう」「自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こう」。また、「テロによって我々をおびえさせようとしたのなら、犯人は間違った場所を選んだ」「こんなことで、我々は立ち止まらない」と呼びかけた。

私も、今秋のマラソンに向けてすでに走り出している。


(注)RUNNETを使用してカウントした。
[PR]
by hasiru123 | 2013-04-29 17:37 | マラソン

2013年名古屋ウイメンズマラソンを見て

8月に開催される陸上世界選手権(モスクワ)の選考会を兼ねた名古屋ウィメンズマラソンが10日、名古屋市のナゴヤドームをスタート・ゴールとするコースで行われた。私は、当日の午後、ビデオ観戦で応援した。
c0051032_19542042.jpg

近年になく、手に汗を握る見ごたえのあるレースだった。木崎良子(ダイハツ)が2時間23分33秒(テレビ表示タイム)で優勝し、代表内定の基準記録「2時間23分59秒以内」をクリアして世界選手権代表が決まった。
c0051032_19544899.jpg

昨年から今年にかけての代表選考レースで、終了後に即内定したのは、男女と通じて木崎が初めてである。これまでの基準記録を大幅に引き上げたことが影響してか、男女とも内定者がいなかった。女子の場合は、前回の大邱大会(韓国)の条件である「2時間25分59秒以内」から2分ハードルを上げた。記録は、気象コンディションやレース展開の影響を受けるので、この2分の引き上げは、代表を目指す選手にとっては大きなプレッシャーだったと思う。まずは、この関門をクリアしたことを讃えたい。

レースは、30キロを過ぎて木崎と野口みずき(シスメックス)、ベルハネ・ティババ(エチオピア)の3人の競り合いとなった。3人が交互に引っ張るかたちとなり、しばらくこの展開が続く。35キロ地点を通過した直後に野口が徐々に遅れだし、木崎とティババとのマッチレースとなった。テレビでは有森裕子さんが、木崎の方がトラックのスピードは上なので、できるだけ最後までスパートする余力を残しておく方がいいと、解説していた。私もそういう展開になることを願っていた。

たしかに、ティババは若干19歳でマラソン経験が浅いことから、まだマラソンのスタミナがしっかりついていないように見えた。大きな動作で後方を振り返るなど、無駄なエネルギーを使っていた。しかし、肘を抱え込むような特徴的な腕の振り方としなやかなフォーム、そして起伏地で走り込んだ走力は侮れない。ちょっとした揺さぶりには動じそうもない。どこで勝負をかけるか難しいが、とにかく思い切りのいいスパートで決めてほしい、それも1回で。そう祈っていた。

レースが動いたのは、40キロ過ぎの給水所だった。ティババが水を摂っているわずかの隙をついて、木崎が一気にスピードを上げたのだ。スピードの変化が鋭かったことと、その後一度もペースを落とさなかったことが奏功して、ティババの追走を許さなかった。1キロあたりのペースで3分16秒位だ。この頑張りで、優勝をもぎ取った。

日本の女子マラソンで久しぶりの優勝者が出た。しかも、ケニヤやエチオピア勢を抑えての勝利である。今後のレースに向けて大きな糧となるだろう。また、野口は2時間24分6秒で3位に入り、往年の力を取り戻しつつあることも、明るい材料だ。


(写真上)本郷界隈で見た臘梅(2月上旬、東京都文京区)
(写真下)見ごろを迎えたわが家の梅
[PR]
by hasiru123 | 2013-03-10 19:56 | マラソン

2013年びわ湖毎日マラソンを見て

びわ湖毎日マラソンを見た。陸上世界選手権の男子代表選考会を兼ねた国内最後の大会だ。日本人のトップは藤原正和(Honda)で、4位の2時間8分51秒だった。藤原は10年前の同大会で2時間8分12秒で走り、学生の日本最高記録をマークしたことで記憶に残る選手だった。当時の記録はまだ破られていない。

その後、故障などで必ずしも順調ではなかった。ようやく復調の兆しが見えたのが2010年の東京での優勝だ。その藤原が、大学の後輩でもあるロンドン五輪代表の山本亮(佐川急便)を退けて4位に入ったのは立派というほかない。

テレビで見ているとよくわからないが、北西からの冷たい風が選手のペース配分に影響を及ぼしたようである。25キロまでの5キロごとのペースは15分10秒前後で推移していたが、1キロごとのペースは上げ下げが激しかった。特に20キロから25キロの1キロごとのペースは2分52秒から3分10秒まで18秒の幅があった。ペースメーカー泣かせの気象コンディションだったといえるだろう。

10位に入った日本選手6名のうち招待選手は山本だけで、あとは一般参加だったことからも、厳しいレースだったことがうかがい知れる。たしかに1位から3位までは外国人選手が占めた。しかし、トップから藤原までの差が17秒の間におさまっていたことは、将来にある意味で期待を抱かせた。それは、日本選手の今後の戦い方しだいで、トップに近づくことは不可能ではないということを示せたからだ。

私は、ロンドン五輪代表の山本と大学3年生で初マラソンの窪田忍(駒大)の走りに注目していた。山本はロンドン五輪で40位と振るわなかったが、今回その雪辱を果たしてくれるのではないかという期待があった。また、窪田は全日本大学駅伝などを見ていて、長距離のロードを走るセンスを持った選手だと思っていた。そして、インタビューなどからも、志の高さが感じられる。どんな展開になったにせよ、次のマラソンにつながるものを引き寄せてほしいと願っていた。

7人の先頭集団の中で、その二人が30キロすぎに見せた表情は好対照だった。集団の中で安定した走りに徹していた山本の顔が少しゆれ、厳しい表情となって、藤原や石川末廣(Honda)から離れ始めた。それよりも少し前に、精悍な表情だった窪田は顔をしかめるようになり、ズルズルと順位を落とした。

ところが、山本は遅れ始めてからが強かった。粘りにねばって、藤原の後を追った。窪田は大きく遅れ、ゴール時には28位まで後退した。優勝争いから脱落したとしても、最後まで粘ることが、次のレースにつながる。この二人の対決は、今後も何度かあるだろう。成長の跡を見たいと思う。
[PR]
by hasiru123 | 2013-03-03 23:57 | マラソン

2013年東京マラソンを見て

二十四節気の一つに「雨水」がある。冬に雪だったのが雨に変わり、氷が解けて水に変わることをいう(平凡社「気象の事典」)。 その雨水から6日がたつが、冬将軍はまだ居座り続けている。今朝のマイトレーニングでは、毛の手袋をつけていても指先が痛くなる寒さだった。 今日開催された東京マラソンは、選手にとって寒さが堪えたレースではなかっただろうか。

男子はデニス・キメット(ケニア)が2時間6分50秒で優勝した。キメットは年齢こそ29歳とそれほど若くはないが、昨年のベルリンマラソンに続く2度目の新人ランナーだった。ベルリンでは、2時間4分16秒をマークして2位に入り、初マラソンでは世界最速、そして世界歴代5位の快記録であった。

前田和浩(九電工)が4位の2時間8分0秒でゴールし、日本人トップだった。今年8月にモスクワで開催される世界陸上の、即内定の条件である「日本人トップで2時間7分59秒以内」には1秒届かなかった。

レースが動いたのは30キロ過ぎだった。それまでは風の影響で、5キロが15分を超えるスローペースで進んでいたが、ペースメーカーが外れるとジェームズ・クワンバイ(ケニア)が一気にペースを上げた(注)。先頭集団はケニア勢5人に絞られた。前田が追い、やや遅れて今井正人(トヨタ自動車九州)と佐藤悠基(日清食品グルーフ)が並走して追う。前田の好走のポイントはここにあったと思う。

優勝したキメットは35キロまでの5キロは14分25秒と驚異的なペースに上げた。そんな中で、日本人では前田だけがケニア勢に食らいついて、トップが見える位置で追い続けた。これまでの主要な大会で上位に入った日本人選手は、トップが急激にペースアップしたときには自分のペースをきっちり守って後半に備え、前から落ちてくる選手を拾う戦術を取ることが多かった。このやり方は大崩れしないで確実に走り切れるメリットがあるが、これだといつまでたっても世界との差は縮まらない。

結果的には前田はトップと1分10秒の差をつけられたが、多少無理でも集団の流れに対応していく積極的な戦い方を高く評価したい。一方、戦前から好調が伝えられた今井には、前田のような「挑戦」する姿が見られなかった。元旦の実業団駅伝では最長区間を走って区間新記録を打ち立て、成長の跡を見せくれたのに。

今日のレースをテレビで見ていて、今井は前半先頭集団から脱落してしまったのではないかと心配になるくらい、目立たない位置をキープしていた。それだけ無駄な動きが少なかったということだ。マラソンの集団で効率的に走るお手本みたいな走りができていたので、終盤に期待をかけていた。マラソン人生で何度もない好機を逃してしまったのではないかと、惜しまれる。


(注)集団の「規模」(先頭と後続との時間差)と選手の「数」は以下のとおり。
15キロ  5秒以内 34人
20キロ  3秒以内 31人
25キロ  5秒以内 24人
30キロ  11秒以内 19人
35キロ  集団なし
[PR]
by hasiru123 | 2013-02-24 19:44 | マラソン

マラソンのエントリーは計画的に

今年はいつもより早めにマラソン練習を開始し、11月の大会に備えてきた。自分の弱みであるスタミナをつけるために、4月下旬から練習内容を距離と時間にウエイトをおいたランニングに切り替えた。一昨年の大田原で経験したような30キロ以降の落ち込みを、少しでも低減させたいという思いからだった。

目標は、3時間を切ること。そのための条件として、大田原は気候的にも、そしてレースのレベルや大会規模においてぴったりだったので、最初からこの大会に照準をあててきた。ところが、練習の途上で大きなミスがあった。

この大会の申し込み者が増えて、これまでよりも早く定員に達し、締め切られてしまったのである。例年締切は8月末日だったので、前回までは7月上旬に行なっているWGMの合宿を過ぎてから申し込んでも十分間に合っていた。合宿の帰りのバスの中で、会員からその話を耳にしたときは、思わず力が抜けてしまったものだ。

これまで、マラソンに出るときは申し込み状況を見ながら、あとの方からエントリーすることが多かった。というのは、マラソンは練習が進むに従って故障リスクが高くなり、これまでも直前で出場を諦めることが少なくなかったという苦い経験による。昨年も、大会3週間前に故障で断念している。だから、ある程度走れそうだという感触をつかんでから手続きをするのである。しかし、これからはそんなのんびりした行動は通用しそうにない。早めの計画、そして速やかな手続きが必要な時代になった。マラソン人口の急増で、マラソン大会の絶対数が足りなったからだ。

大田原を目指して練習計画を立て、走り込みを進めてきたので、何としても11月を外したくなかった。それに替わる他の大会はどうか。11月は、私の住んでいる首都圏でマラソン大会が多く組まれている。特に、11月最終日曜日はつくば富士山(旧河口湖日刊スポーツ)というビッグなマラソン大会があった。ただし、この日は今年で3回目を迎える小江戸川越マラソンの役員をすることが決まっていたので、それ以前の大会から選択するとなると、福知山マラソンしかなかった。

福知山は、大会規模や競技水準において大田原と共通するものがあったので、少し遠いが出場を即決した。この大会は、関西地方では篠山ABCマラソンと並んで人気のある大会で、歴史もある。コースは比較的フラットなようだったので、記録的な楽しみもあった。

しかし、残念ながら大会直前に母を亡くし、出場は叶わなかった。96歳だった。だから、来年もう一度福知山でチャレンジしようと思う。今度は、もっと早めに計画して、速やかな手続きで、安心して大会を迎えよう。
[PR]
by hasiru123 | 2012-12-10 21:26 | マラソン

8合目

石原慎太郎東京都知事が突然の辞職表明をした。2020年の夏季五輪の誘致活動もこれからが本番というところだったので、少し気になった。新聞にはこんな記事が載っていた。「「強烈な存在感のあった石原さんがいなくなることで、国民の関心が薄れないだろうか」。招致関係者の間には重たい空気が流れた」(10月27日読売新聞)。

五輪招致の是非はさておき、東京都にとって、そして日本にとっても五輪は大事業だ。8合目まできたところで、交代というのはいかがなものだろうか。石原さんは大衆にインパクトを与える力は絶大だが、実績をコツコツと積み上げて何がしかを成し遂げるという粘りというか執着心みたいなところが弱い、と感じた。そういう意味で、後世の歴史に評価される政治家とは言いがたいのではないか。

何が言いたかったかというと、この粘りとか執着心がマラソンにとっては重要で、素質や方法、技術などよりも圧倒的に上位にくる選手の要件であるということだ。8合目をどう乗り切るかが難しい。

マラソンの8合目とは何か。長いレンジで見れば、「スピード磨いて、持久力をつけて、ようやくマラソンに取り組める体になった」というのも、長距離の競技者にとっては8合目だろう。また、マラソンをやろうと思って練習に取り組み、故障なく走れて、スタミナがしっかりついてきたなと実感できたところもそうかもしれない。スタートして35キロを過ぎ、足が重たくなってきたころも、レースの8合目だ。

いずれの8合目も、あきらめればゴールは遠くなる。ゴールがないこともあるだろう。石原さんのように、五輪招致に再挑戦する最中に任期を2年以上残して都政を去るのは、棄権としか思えない。身体的なコンディションに支障をきたす場合は別として、最後まで結果に固執してほしい。私はそう思う。
[PR]
by hasiru123 | 2012-10-28 20:32 | マラソン

スピードのための土台を作る

先ごろ、エスビー食品陸上部が廃部になるというニュースを聞いた。故中村清監督を中心として、瀬古利彦氏を始めとする名ランナーを輩出した実業団チームだ。駅伝中心の他社チームと異なって、世界に通用するオリンピック選手を育てることを主眼とする戦略をとっていた。今の企業環境の厳しさを考えると、やむを得ぬことかもしれない。大変残念な思いである。

この結果の意味するものは、実業団チームを支える企業の成長が右肩下がりだということにとどまらず、若い長距離選手の成長が必ずしも順調に進んでいないという問題をはらんでいる。というのは、最近の男子高校生の5000メートルや1万mのレベルの向上には目を見張るものがあるが、そのスピードがその後の成長に生かされていないからだ。

駅伝で上位を占める高校の選手たちは、箱根駅伝の上位チームの大学選手たちと遜色のないスピードを持っている。経験がものをいう長距離走は、かつては高校、大学、実業団と段階を経るにしたがって力がついてくるのが常だった。ところが、その成長が早い段階で鈍化するか止まってしまうことが目立つようになった。

「5000メートル、1万メートルのスピードが大切と言いますが、そのスピードを出す前の土台ができていない選手は多い」「力を熟成させる練習を1年、2年、3年と積み重ねた延長上にマラソンはあります」。91年東京の世界選手権で優勝した谷口浩美さんは、毎日新聞の<転んでも立ち上がれ>というコラムでこう書いている。また、男子マラソンは根本的な土台に目を向け、土台を築けばスピードも出るはずという。

マラソンの走力が向上することによって、トラック競技で自己記録を更新できるようになったという事例は多い。例えば、かつて女子マラソンで活躍した浅井えり子さんは、マラソンで2時間30分を切ってから、これまで苦手としていた1万メートルや5000メートルで自己記録を塗り替えている。

元横綱千代の富士(現在千代の富士親方)の言葉に、こういう名言がある。「今強くなる稽古と、3年先に強くなるための稽古と、両方しなくちゃならない」。マラソンの練習でも、そっくりあてはまる言葉だと思う。今の段階で行うべき練習が、直近のマラソン本番に向けてどのように生かされ、そして2年後、3年後の練習をどうすべきかを踏まえて実行できるのとそうでないのとでは、成長に大きな差が出てくるだろう。所期の目的を達成した後に、その後のステップアップを図るために現在の練習がどのように役に立つのかも意識されれば、それはすばらしいことではないかと思う。

かくいう私も、今シーズンのマラソンに向けて走り込みを行なっているが、3年先のための練習と、両方をにらんだ戦略ができているだろうか。はなはだ、心もとない。
[PR]
by hasiru123 | 2012-09-30 22:39 | マラソン