夢のマラソン

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すでに走り出している -ボストンテロ以後-

スタートして約4時間18分。多くのランナーが次々とゴールする時間帯に突然、轟音が鳴り響き、多くの死傷者を出す連続爆破事件が起きた。狙われたのはボストン・マラソン。

ボストン・マラソンは、米国の歴史の原点ともいえる大会であり、地域の住民と世界の人々が走る喜びを分かち合う祭りでもある。無防備なランナーや観戦者の命を無差別に奪う行為は卑劣としか言いようがない。容疑者の死亡した26歳の兄と捕まった19歳の弟が、何を考えてことに及んだのかまだはっきりしない。真相の解明を待ちたい。

日本では、翌週の21日(日)には各地でマラソン大会が開かれた。長野を始め、かすみがうら、徳島などフルマラソンが7ヶ所、フルマラソン以外も含めると36ヶ所に及んだ(注)。各地とも警備が強化された中での開催だったが、中止となったところはないようで、無事に終了したことを知って、ほっとした。余談だが、この日の大会数の多さは特異日といってよい。昨年11月25日(日)のフルマラソン6ヶ所、フルマラソン以外も含めて29ヶ所という日が、これに次ぐ。どちらも気候がマラソンレースに適していることが、最も集中した理由ではないか。

マラソン大会の警備は、体育館や競技場のように入場時に持ち物検査をするなどのやり方が通用しない。また、コースのすべての建物や観戦者を調べ尽すこともできない。警備員が何人いても足りないだろう。私自身、このような事態に直面し、戸惑っている。それでも(マラソンを)やるのか、と。

私は、18日の犠牲者を追悼する式典でのオバマ大統領のメッセージに賭けたい。

聖書の言葉を引用して「あなたはまた、走るだろう」「自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こう」。また、「テロによって我々をおびえさせようとしたのなら、犯人は間違った場所を選んだ」「こんなことで、我々は立ち止まらない」と呼びかけた。

私も、今秋のマラソンに向けてすでに走り出している。


(注)RUNNETを使用してカウントした。
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by hasiru123 | 2013-04-29 17:37 | マラソン

2013年名古屋ウイメンズマラソンを見て

8月に開催される陸上世界選手権(モスクワ)の選考会を兼ねた名古屋ウィメンズマラソンが10日、名古屋市のナゴヤドームをスタート・ゴールとするコースで行われた。私は、当日の午後、ビデオ観戦で応援した。
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近年になく、手に汗を握る見ごたえのあるレースだった。木崎良子(ダイハツ)が2時間23分33秒(テレビ表示タイム)で優勝し、代表内定の基準記録「2時間23分59秒以内」をクリアして世界選手権代表が決まった。
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昨年から今年にかけての代表選考レースで、終了後に即内定したのは、男女と通じて木崎が初めてである。これまでの基準記録を大幅に引き上げたことが影響してか、男女とも内定者がいなかった。女子の場合は、前回の大邱大会(韓国)の条件である「2時間25分59秒以内」から2分ハードルを上げた。記録は、気象コンディションやレース展開の影響を受けるので、この2分の引き上げは、代表を目指す選手にとっては大きなプレッシャーだったと思う。まずは、この関門をクリアしたことを讃えたい。

レースは、30キロを過ぎて木崎と野口みずき(シスメックス)、ベルハネ・ティババ(エチオピア)の3人の競り合いとなった。3人が交互に引っ張るかたちとなり、しばらくこの展開が続く。35キロ地点を通過した直後に野口が徐々に遅れだし、木崎とティババとのマッチレースとなった。テレビでは有森裕子さんが、木崎の方がトラックのスピードは上なので、できるだけ最後までスパートする余力を残しておく方がいいと、解説していた。私もそういう展開になることを願っていた。

たしかに、ティババは若干19歳でマラソン経験が浅いことから、まだマラソンのスタミナがしっかりついていないように見えた。大きな動作で後方を振り返るなど、無駄なエネルギーを使っていた。しかし、肘を抱え込むような特徴的な腕の振り方としなやかなフォーム、そして起伏地で走り込んだ走力は侮れない。ちょっとした揺さぶりには動じそうもない。どこで勝負をかけるか難しいが、とにかく思い切りのいいスパートで決めてほしい、それも1回で。そう祈っていた。

レースが動いたのは、40キロ過ぎの給水所だった。ティババが水を摂っているわずかの隙をついて、木崎が一気にスピードを上げたのだ。スピードの変化が鋭かったことと、その後一度もペースを落とさなかったことが奏功して、ティババの追走を許さなかった。1キロあたりのペースで3分16秒位だ。この頑張りで、優勝をもぎ取った。

日本の女子マラソンで久しぶりの優勝者が出た。しかも、ケニヤやエチオピア勢を抑えての勝利である。今後のレースに向けて大きな糧となるだろう。また、野口は2時間24分6秒で3位に入り、往年の力を取り戻しつつあることも、明るい材料だ。


(写真上)本郷界隈で見た臘梅(2月上旬、東京都文京区)
(写真下)見ごろを迎えたわが家の梅
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by hasiru123 | 2013-03-10 19:56 | マラソン

2013年びわ湖毎日マラソンを見て

びわ湖毎日マラソンを見た。陸上世界選手権の男子代表選考会を兼ねた国内最後の大会だ。日本人のトップは藤原正和(Honda)で、4位の2時間8分51秒だった。藤原は10年前の同大会で2時間8分12秒で走り、学生の日本最高記録をマークしたことで記憶に残る選手だった。当時の記録はまだ破られていない。

その後、故障などで必ずしも順調ではなかった。ようやく復調の兆しが見えたのが2010年の東京での優勝だ。その藤原が、大学の後輩でもあるロンドン五輪代表の山本亮(佐川急便)を退けて4位に入ったのは立派というほかない。

テレビで見ているとよくわからないが、北西からの冷たい風が選手のペース配分に影響を及ぼしたようである。25キロまでの5キロごとのペースは15分10秒前後で推移していたが、1キロごとのペースは上げ下げが激しかった。特に20キロから25キロの1キロごとのペースは2分52秒から3分10秒まで18秒の幅があった。ペースメーカー泣かせの気象コンディションだったといえるだろう。

10位に入った日本選手6名のうち招待選手は山本だけで、あとは一般参加だったことからも、厳しいレースだったことがうかがい知れる。たしかに1位から3位までは外国人選手が占めた。しかし、トップから藤原までの差が17秒の間におさまっていたことは、将来にある意味で期待を抱かせた。それは、日本選手の今後の戦い方しだいで、トップに近づくことは不可能ではないということを示せたからだ。

私は、ロンドン五輪代表の山本と大学3年生で初マラソンの窪田忍(駒大)の走りに注目していた。山本はロンドン五輪で40位と振るわなかったが、今回その雪辱を果たしてくれるのではないかという期待があった。また、窪田は全日本大学駅伝などを見ていて、長距離のロードを走るセンスを持った選手だと思っていた。そして、インタビューなどからも、志の高さが感じられる。どんな展開になったにせよ、次のマラソンにつながるものを引き寄せてほしいと願っていた。

7人の先頭集団の中で、その二人が30キロすぎに見せた表情は好対照だった。集団の中で安定した走りに徹していた山本の顔が少しゆれ、厳しい表情となって、藤原や石川末廣(Honda)から離れ始めた。それよりも少し前に、精悍な表情だった窪田は顔をしかめるようになり、ズルズルと順位を落とした。

ところが、山本は遅れ始めてからが強かった。粘りにねばって、藤原の後を追った。窪田は大きく遅れ、ゴール時には28位まで後退した。優勝争いから脱落したとしても、最後まで粘ることが、次のレースにつながる。この二人の対決は、今後も何度かあるだろう。成長の跡を見たいと思う。
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by hasiru123 | 2013-03-03 23:57 | マラソン

2013年東京マラソンを見て

二十四節気の一つに「雨水」がある。冬に雪だったのが雨に変わり、氷が解けて水に変わることをいう(平凡社「気象の事典」)。 その雨水から6日がたつが、冬将軍はまだ居座り続けている。今朝のマイトレーニングでは、毛の手袋をつけていても指先が痛くなる寒さだった。 今日開催された東京マラソンは、選手にとって寒さが堪えたレースではなかっただろうか。

男子はデニス・キメット(ケニア)が2時間6分50秒で優勝した。キメットは年齢こそ29歳とそれほど若くはないが、昨年のベルリンマラソンに続く2度目の新人ランナーだった。ベルリンでは、2時間4分16秒をマークして2位に入り、初マラソンでは世界最速、そして世界歴代5位の快記録であった。

前田和浩(九電工)が4位の2時間8分0秒でゴールし、日本人トップだった。今年8月にモスクワで開催される世界陸上の、即内定の条件である「日本人トップで2時間7分59秒以内」には1秒届かなかった。

レースが動いたのは30キロ過ぎだった。それまでは風の影響で、5キロが15分を超えるスローペースで進んでいたが、ペースメーカーが外れるとジェームズ・クワンバイ(ケニア)が一気にペースを上げた(注)。先頭集団はケニア勢5人に絞られた。前田が追い、やや遅れて今井正人(トヨタ自動車九州)と佐藤悠基(日清食品グルーフ)が並走して追う。前田の好走のポイントはここにあったと思う。

優勝したキメットは35キロまでの5キロは14分25秒と驚異的なペースに上げた。そんな中で、日本人では前田だけがケニア勢に食らいついて、トップが見える位置で追い続けた。これまでの主要な大会で上位に入った日本人選手は、トップが急激にペースアップしたときには自分のペースをきっちり守って後半に備え、前から落ちてくる選手を拾う戦術を取ることが多かった。このやり方は大崩れしないで確実に走り切れるメリットがあるが、これだといつまでたっても世界との差は縮まらない。

結果的には前田はトップと1分10秒の差をつけられたが、多少無理でも集団の流れに対応していく積極的な戦い方を高く評価したい。一方、戦前から好調が伝えられた今井には、前田のような「挑戦」する姿が見られなかった。元旦の実業団駅伝では最長区間を走って区間新記録を打ち立て、成長の跡を見せくれたのに。

今日のレースをテレビで見ていて、今井は前半先頭集団から脱落してしまったのではないかと心配になるくらい、目立たない位置をキープしていた。それだけ無駄な動きが少なかったということだ。マラソンの集団で効率的に走るお手本みたいな走りができていたので、終盤に期待をかけていた。マラソン人生で何度もない好機を逃してしまったのではないかと、惜しまれる。


(注)集団の「規模」(先頭と後続との時間差)と選手の「数」は以下のとおり。
15キロ  5秒以内 34人
20キロ  3秒以内 31人
25キロ  5秒以内 24人
30キロ  11秒以内 19人
35キロ  集団なし
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by hasiru123 | 2013-02-24 19:44 | マラソン

マラソンのエントリーは計画的に

今年はいつもより早めにマラソン練習を開始し、11月の大会に備えてきた。自分の弱みであるスタミナをつけるために、4月下旬から練習内容を距離と時間にウエイトをおいたランニングに切り替えた。一昨年の大田原で経験したような30キロ以降の落ち込みを、少しでも低減させたいという思いからだった。

目標は、3時間を切ること。そのための条件として、大田原は気候的にも、そしてレースのレベルや大会規模においてぴったりだったので、最初からこの大会に照準をあててきた。ところが、練習の途上で大きなミスがあった。

この大会の申し込み者が増えて、これまでよりも早く定員に達し、締め切られてしまったのである。例年締切は8月末日だったので、前回までは7月上旬に行なっているWGMの合宿を過ぎてから申し込んでも十分間に合っていた。合宿の帰りのバスの中で、会員からその話を耳にしたときは、思わず力が抜けてしまったものだ。

これまで、マラソンに出るときは申し込み状況を見ながら、あとの方からエントリーすることが多かった。というのは、マラソンは練習が進むに従って故障リスクが高くなり、これまでも直前で出場を諦めることが少なくなかったという苦い経験による。昨年も、大会3週間前に故障で断念している。だから、ある程度走れそうだという感触をつかんでから手続きをするのである。しかし、これからはそんなのんびりした行動は通用しそうにない。早めの計画、そして速やかな手続きが必要な時代になった。マラソン人口の急増で、マラソン大会の絶対数が足りなったからだ。

大田原を目指して練習計画を立て、走り込みを進めてきたので、何としても11月を外したくなかった。それに替わる他の大会はどうか。11月は、私の住んでいる首都圏でマラソン大会が多く組まれている。特に、11月最終日曜日はつくば富士山(旧河口湖日刊スポーツ)というビッグなマラソン大会があった。ただし、この日は今年で3回目を迎える小江戸川越マラソンの役員をすることが決まっていたので、それ以前の大会から選択するとなると、福知山マラソンしかなかった。

福知山は、大会規模や競技水準において大田原と共通するものがあったので、少し遠いが出場を即決した。この大会は、関西地方では篠山ABCマラソンと並んで人気のある大会で、歴史もある。コースは比較的フラットなようだったので、記録的な楽しみもあった。

しかし、残念ながら大会直前に母を亡くし、出場は叶わなかった。96歳だった。だから、来年もう一度福知山でチャレンジしようと思う。今度は、もっと早めに計画して、速やかな手続きで、安心して大会を迎えよう。
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by hasiru123 | 2012-12-10 21:26 | マラソン

8合目

石原慎太郎東京都知事が突然の辞職表明をした。2020年の夏季五輪の誘致活動もこれからが本番というところだったので、少し気になった。新聞にはこんな記事が載っていた。「「強烈な存在感のあった石原さんがいなくなることで、国民の関心が薄れないだろうか」。招致関係者の間には重たい空気が流れた」(10月27日読売新聞)。

五輪招致の是非はさておき、東京都にとって、そして日本にとっても五輪は大事業だ。8合目まできたところで、交代というのはいかがなものだろうか。石原さんは大衆にインパクトを与える力は絶大だが、実績をコツコツと積み上げて何がしかを成し遂げるという粘りというか執着心みたいなところが弱い、と感じた。そういう意味で、後世の歴史に評価される政治家とは言いがたいのではないか。

何が言いたかったかというと、この粘りとか執着心がマラソンにとっては重要で、素質や方法、技術などよりも圧倒的に上位にくる選手の要件であるということだ。8合目をどう乗り切るかが難しい。

マラソンの8合目とは何か。長いレンジで見れば、「スピード磨いて、持久力をつけて、ようやくマラソンに取り組める体になった」というのも、長距離の競技者にとっては8合目だろう。また、マラソンをやろうと思って練習に取り組み、故障なく走れて、スタミナがしっかりついてきたなと実感できたところもそうかもしれない。スタートして35キロを過ぎ、足が重たくなってきたころも、レースの8合目だ。

いずれの8合目も、あきらめればゴールは遠くなる。ゴールがないこともあるだろう。石原さんのように、五輪招致に再挑戦する最中に任期を2年以上残して都政を去るのは、棄権としか思えない。身体的なコンディションに支障をきたす場合は別として、最後まで結果に固執してほしい。私はそう思う。
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by hasiru123 | 2012-10-28 20:32 | マラソン

スピードのための土台を作る

先ごろ、エスビー食品陸上部が廃部になるというニュースを聞いた。故中村清監督を中心として、瀬古利彦氏を始めとする名ランナーを輩出した実業団チームだ。駅伝中心の他社チームと異なって、世界に通用するオリンピック選手を育てることを主眼とする戦略をとっていた。今の企業環境の厳しさを考えると、やむを得ぬことかもしれない。大変残念な思いである。

この結果の意味するものは、実業団チームを支える企業の成長が右肩下がりだということにとどまらず、若い長距離選手の成長が必ずしも順調に進んでいないという問題をはらんでいる。というのは、最近の男子高校生の5000メートルや1万mのレベルの向上には目を見張るものがあるが、そのスピードがその後の成長に生かされていないからだ。

駅伝で上位を占める高校の選手たちは、箱根駅伝の上位チームの大学選手たちと遜色のないスピードを持っている。経験がものをいう長距離走は、かつては高校、大学、実業団と段階を経るにしたがって力がついてくるのが常だった。ところが、その成長が早い段階で鈍化するか止まってしまうことが目立つようになった。

「5000メートル、1万メートルのスピードが大切と言いますが、そのスピードを出す前の土台ができていない選手は多い」「力を熟成させる練習を1年、2年、3年と積み重ねた延長上にマラソンはあります」。91年東京の世界選手権で優勝した谷口浩美さんは、毎日新聞の<転んでも立ち上がれ>というコラムでこう書いている。また、男子マラソンは根本的な土台に目を向け、土台を築けばスピードも出るはずという。

マラソンの走力が向上することによって、トラック競技で自己記録を更新できるようになったという事例は多い。例えば、かつて女子マラソンで活躍した浅井えり子さんは、マラソンで2時間30分を切ってから、これまで苦手としていた1万メートルや5000メートルで自己記録を塗り替えている。

元横綱千代の富士(現在千代の富士親方)の言葉に、こういう名言がある。「今強くなる稽古と、3年先に強くなるための稽古と、両方しなくちゃならない」。マラソンの練習でも、そっくりあてはまる言葉だと思う。今の段階で行うべき練習が、直近のマラソン本番に向けてどのように生かされ、そして2年後、3年後の練習をどうすべきかを踏まえて実行できるのとそうでないのとでは、成長に大きな差が出てくるだろう。所期の目的を達成した後に、その後のステップアップを図るために現在の練習がどのように役に立つのかも意識されれば、それはすばらしいことではないかと思う。

かくいう私も、今シーズンのマラソンに向けて走り込みを行なっているが、3年先のための練習と、両方をにらんだ戦略ができているだろうか。はなはだ、心もとない。
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by hasiru123 | 2012-09-30 22:39 | マラソン

考えるヒント

マラソンの君原健二さんは、64年東京五輪で8位となり、続く68年メキシコ五輪で銀メダル、そして72年ミュンヘン五輪では5位に入っている。文字どおり五輪に賭けた人生だったのではないかと思うが、ご本人は「あのとき、こうしておけば良かったと考えることはない。3度とも、悔いはないからだ」と日本経済新聞で8月1日から連載中の「私の履歴書」に書いている。

初マラソンで日本最高記録を出すなど、走るごとに周囲の期待を膨らませて臨んだ東京五輪では、自己ベストタイムから4分近く及ばない8位だった。このときは、円谷幸吉が銅メダルに輝いている。君原さんは振り返って、「それでも私は、それぞれがその時点の自分の実力だと受け入れた」と心境を語っている。「私に誇る何かがあるとしたら、フルマラソンの途中棄権が1度もないことかもしれない」。競技者として引退するまでの12年間に35回のフルマラソンを走り、すべて完走しているからだ。

ロンドン五輪がもうすぐ終わろうとしている。期待通りの活躍を見せて見事メダルに輝いた選手がいれば、持てる力を発揮し切れずに敗れた選手もいる。メダルを取れても、金でなかったことを悔いる選手も少なからずいた。確かに、1位以外の選手は、最後には敗者となる。一人の勝者とその他の敗者だ。ということであれば、五輪に出場した99%以上の選手が何らかの意味で涙をのんでいることになるかもしれない。

この2週間、「悔し涙」を流すシーンは何回となくテレビの画面で見てきた。例えば、男子110メートル障害予選。スタート直後、1台目の障害を超えるときににアキレス腱を痛めて、障害を引っかけて転倒した劉翔(アテネ五輪金メダシスト、中国)がいる。忘れられないシーンの一つだ。勝負に対する真剣さと敗北の無念さ。わずかなミスや不調が勝敗を分ける非情さ。そうした選手の一挙手一投足に、片時も目を離せなすことができなかった。

君原さんのことに話を戻すと、もっとよく知りたいと26年前に出版された『君原健二のマラソン』(ランナーズ発行)を読んでみたら、こんな件(くだり)が眼に止まった。「そこ(選手村)を私はなんとも言えない解放感に満たされて走っていました。手足が不思議なほどのびのびと自由に動きました、それまでの陸上競技生活では味わったことのない楽しい、さわやかなジョッグでした。ランニングを始めて十年目に走る喜びを知ったとき、(東京)オリンピックが終わっていました」

五輪から解放された選手は、こうした先達の声に耳を傾けてみるのも、明日を考えるヒントになるのではないだろうか。
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by hasiru123 | 2012-08-12 17:19 | マラソン

五輪の企画番組から学ぶ

五輪における選手の活躍ぶりを予想するのは難しい。しかし、より多くの情報から読み解くことは、競技を深く知るためにも、そして選手を応援するためにも極めて重要である。そのことを考えさせてくれる番組に出会った。いずれもマラソンに関するものである。

まず、男子マラソンの藤原新(ミキハウス)に焦点を当てた7月9日放映(以下NHK)の「クローズアップ現代」<常識を超えろ~男子マラソン~藤原新/ロンドン五輪への挑戦>がある。バルセロナ五輪の森下光一(92年、2位)以降はメダルがなく、近年の世界記録は更新がめざましい。加えて、北京五輪(08年)の高速化(1位のワンジェロが2時間06分32秒で優勝)である。夏行われることが多く、勝負重視の五輪だが、後半追い上げる耐久レースからスピードレースに進化している。ロンドン五輪も必ずスピードレースになると読んで練習に取り組んでいるのが藤原だ。

スピード力とは1キロ3分以内のペースを持続させることで、そのために行っているのが「20キロから30キロの長い距離を全力で走ること」だという。言うは易しだが、代表決定からレースまでが半年しかないという期間的な制約を考えると、一筋縄ではいきそうにない。そして、日本人選手にとっては超えたことのない記録の壁に挑戦するという意味では、身体的、心理的な負荷が大きく、多くのリスクを伴う。その挑戦を後押ししたのが川内優輝(埼玉県庁)の走りだったと、藤原のインタビューで知った。プロというインセンティブの高さがそうさせたのかもしれない。

ロンドン五輪のコースは、市街地の急カーブと一部の細い道が特徴であるが、この対策はどう考えているのか。藤原が調整で出場したロンドンでの10キロレースで、早速貴重な体験に出会っている。先頭グループについて行ったら、途中の狭い道で中継車に阻まれて減速を余儀なくされた。また、カーブを曲がるときには多くの選手が内側に集まりやすいことも知った。藤原は、カーブでは混雑に紛れこまないよう外側を走ることに徹して、25キロ過ぎまで上位でいられるようにしたいと語っている。

カーブ対策については、7月23日放映の「アスリートの魂・粘っこく走り抜け」<女子マラソン 重友梨佐~メダルへの課題~>でも触れていた。カーブの多いコースは、ピッチ走法の重友梨佐(天満屋)には有利だと語るのは、武富豊監督(天満屋)だ。「減速と加速を繰り返すコースでは、ストライド走法の選手には脚に負担がかかり、結果としてスタミナを消耗する」「鍵は3週目だ。(ペースを)落とさずにどう走れるか。その時までに余力を持っていれば、上位の選手を食うこともできるかもしれない」。2時間21分から22分の争いになるだろう、と予想する。

番組では「重友が後半まで粘れる秘密はフォームにある」として、ハイスピードカメラで撮ったビデオを紹介していた。確かに、重友のフォームは上下動が少なく、肩の位置が水平に保たれている。蹴り出した脚の力が上方向へ向かずに前へ向いている。これが、スタミナが後半まで持続する省エネ走法だと説明している。高校時代(興譲館)から、フォームを安定させるために競歩の練習を取り入れていた、というだけのことはある。「疲労度の少ない走りをしてきたので、もっと伸びる」と武富監督は期待する。

女子も世界のトップランナーとは水をあけられていて、ロンドン五輪代表で最も速い記録(L.ショロブホア)と重友の記録とでは約5分の差がある。カーブがのべで100か所もあるこのコースは、いわゆるスピードランナーには不向きで、持ちタイムの差を埋める好機かもしれない。陸連が行った米国での高地トレーニングに加えて、菅平での起伏のあるコースで走り込む様子も紹介されていた。下りでは、前脚の腿の筋肉を鍛えてることでカーブでの減速の練習になり、上りでは腿の裏やふくらはぎの筋肉を鍛えることでカーブを曲がった後の加速の練習になるとの考えからであった。

もう一つは、7月16日放映の「ミラクルボディー」<第3回マラソン最強軍団~持久力の限界に臨む~>があった。現在の男子で2時間3分台で走った選手は、H.ゲブレセラシエとP.マカウ、W.キプサングの3人だけだ。3人はなぜ3分台で走れるのか。さまざまな角度から医学的な成果を駆使し、次の3点をその要因に挙げている。まずマカウが「つま先着地」である点に着目し、次に「高地での豊富な練習量と子供のころからはだしで走っていること」を挙げ、さらにゲブレセラシエとマカウの「血液と強力なポンプ(心臓)」に触れている。

「つま先着地」は、蹴り出した足が踵から入らないでつま先から入るような形で足裏全体で着地をする方法である。スポーツ科学センターの実験によれば、着地したときに身体が受ける衝撃は、マカウが93kgで体重の1.6倍だったのに対して、日本の代表選手の山本亮(佐川急便)は132kgで同2.2倍だった。衝撃力の小さいことが安定したフォームにつながっている。これも、超スローの映像で見ると重友の肩位置が水平に保たれている走法と共通するものがある。

筋電計を使って筋肉の使用状況を調べると、マカウはもっとも体重が乗ったとき、全力で出せる筋肉の48%しか使っていないのに対し、山本は81%を使っていた。マカウは山本より30%も少ない筋肉で走っていることになる。「疲れを知らない走り」の一つの要因はここにある。

なぜ、つま先着地で走るようになったのだろうか。Y.ピツラディス博士(イギリス・グラスゴー大学)はこう説明する。「はだしで山道を走るときは、より衝撃の少なくするために、本能的につま先着地になる。子どもたちは、その結果足の指を曲げる筋肉や土踏まずを支える筋肉が鍛えられる」。

MRIで脚の筋肉の断面を調べてみると、深部庭屈筋群という脚の指を曲げたり、脚の筋肉を支えたりする部分の面積は、マカウの山本よりも37%大きいことも分かった。マカウも、子供のころははだしで生活していたという。

心臓の左心室は、ゲブレセラシエがは一般の同年齢の男性平均と比べると容積で約1.6倍、筋肉重量で約1.3倍大きいことも分かった。通常の人だと、大きくなっても平時の1.2倍くらいまでだ(B.D.レビン教授(サウスウエスター医学センター)のインタビューから)。ゲブレセラシエの心臓は、多量の血液をもらうことで全身の筋肉に十分な酸素を供給することができるのだ。さらに、赤血球の数が多いことにも、さまざまな研究者のインタビューを交えて紹介している。

これらの番組で紹介された内容は、一般のランナーにとってはすでに常識として知られていることもある。例えば、つま先着地が脚への衝撃を緩和する役目を果たし、長くスピードを維持することが可能な効率的な走法であることを教えられた市民ランナーは少なくないだろう。しかし、具体的な実験結データや映像で確かめると、改めて走ることの原理について考えさせられる。また、そこから派生して新たな疑問点も浮かび上がってくる。

たとえば、ゲブレセラシエの多量の血液を送り続ける心肺機能は、短距離や中距離のトップランナーと比較するとどうちがうのだろうか。また、マラソンが本来多くのエネルギーを必要とされる競技であることから、エネルギーを生み出す血液はどのような過程を経て生成されているのか。踵着地からつま先着地を意識した走りへ切り替えるのに、身体バランスを崩さずにうまく進めることはできるのか。また、身体的なリスクはないのだろうか。こうした素朴な疑問を顕在化させたという意味で、これらの番組は力作であった。

藤原の挑戦や重友の課題から、ともに世界が見えるところで勝負しようという意気込みが伝わってきて、応援にも熱が入る。ロンドン市街地でどんなドラマが控えているのか、開幕ベルが待ち遠しい。
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by hasiru123 | 2012-07-29 20:10 | マラソン

全日本マラソンランキング

前年度にフルマラソンを完走した人の数は約25万人で、1年前に比べ4割増えた。また、完走者に占める女性比率は21%で、同様に2.5ポイント高くなったそうだ。男女とも完走者数は大幅に増加しているが、女性の伸長が著しい。雑誌「ランナーズ」が毎年行なっている「全日本マラソンランキング」(旧・フルマラソン1歳刻みランキング)のデータからわかった。

「ランキング」のタイム分布によると、1年前と比べて5時間以上かけて走った人の比率が高くなっているのに対して、5時間未満では各時間帯ごと(4時間台は30分刻み、3時間未満は15分刻み)の分布でその比率を落としている。そのために、平均タイムで男子が4分37秒、女子が2分29秒落ちた。ちなみに、完走者の平均タイムは男性が4時間38分25秒、女性が5時間10分04秒である。

これは、ランナーの記録が低下したわけではなくて、5時間以上かけてゆっくり走るビギナーが急増したことが影響している。なぜビギナーが急に増えたかというと、新設された9つの大会の制限時間(出場資格)がすべて7時間と、フルマラソンに出場するためのハードルが大きく緩和されたからだ。新設された大会の中には、大阪マラソンを始めとする1万人以上の規模のものが4つある。

初めてのマラソンは、果たして制限時間内に最後まで走り切れるだろうかと不安なものだ。しかし、7時間以内なら無理をしないでも、必要に応じてウォーキングと組み合わせれば、だれにでも完走のチャンスがある。「ランキング」には出ていないが、全体の完走率は格段に上がっているはずである。ただし、これもデータにはないが、ウォーキングを入れないで完走した人の比率の方はむしろ落ちているかもしれない。

一方で、前年度行われなかった大会が3つあった。いずれも4月と5月に実施予定だった大会で、震災の影響で中止を余儀なくされたものだ。これらは、今年度に復活しているので、来年に見る「ランキング」ではさらに多くの完走者数が予想される。
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by hasiru123 | 2012-07-15 22:02 | マラソン