駅伝、マラソン、競歩

c0051032_19402519.jpg奥むさし駅伝を走ってきました。WGM関連団体から3チームが出場し、各チームとも確実にタスキをつなげました。中でも若葉グリーンメイトは、予想タイムよりおよそ4分早い記録(手元の時計)でしたので、後日発表される正式記録が楽しみです。

私が出場したのは、予想タイムでは真ん中のチームの第6区(アンカー、約9.1km)で、白タスキでの繰り上げスタートとなりました。ゴール地点のある飯能市街に入ると、にぎやかな応援を受け、足の故障を忘れて真剣に走ってしまいました。

スタート地点の気象コンディション(9時、飯能市)は、気温2度、北の風4m。その後、温度は6度まで上がったものの風が強まり、体感温度は数値以上に低く、寒い一日でした。正式記録に基づいて、稿を改めたいと思います。

ところで、恒例の「ぬまうどん」での昼食時にテレビで見た大阪国際女子マラソンは、福士加代子選手の独走でした。しかし、30キロ過ぎから失速し、終盤はふらふらでゴール。きっと長い距離の練習が足りなかったのだと思います。どの位の距離を踏んだかは定かではありませんが、しっかりスタミナをつけた上で持ち前のスピードを活かしてほしかった。残念です。初マラソンの失敗で、マラソンが嫌いになるような福士さんではないでしょうから、再起に期待しています。

もう一つのレース。北京五輪代表選考を兼ねた陸上の日本選手権20キロ競歩で、男子は山崎勇喜選手(長谷川体育施設)が、北京五輪参加標準A(男子1時間23分0秒)を突破して優勝しました。同選手は、昨年の世界陸上で5位でゴールしながら、審判の誘導ミスで棄権扱いとなり、大変残念なことですが、何とか出直してほしいと願っていました。今日のレースで、五輪代表の座が濃厚となりました。とてもうれしいニュースです。

(写真) 混雑する奥むさし駅伝の第1中継所
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by hasiru123 | 2008-01-27 19:43 | 話題

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去る1月20日に行われた埼玉県駅伝大会で、坂戸陸協(今回は全員WGMメンバーで編成)は5度目の出場で念願の10位入賞を果たしました。10位以内は当初からの目標で、、なかなかクリアすることができなかったハードルでした。以下、大会本部より公表された成績です。すでに21日付け読売新聞(埼玉版)で氏名等が公表されていることから、実名で表記します(区間、距離、選手名、区間記録、前年とのタイム差 区間順位の順)。

1区 11.3km 志和 宏昭 38'51" ↓1'31" 13位
2区 7.6km 志和 芳郎 25'33" ↑0'07"  8位
3区 4.0km 鈴木 信男 14'15" 初出場  14位
4区 3.8km 大崎 貴幸 13'16" ↓0'10"  9位
5区 9.4km 高橋 輝行 32'08"  -   10位
6区 5.6km 寺西 直樹 19'09" 初出場   8位
総合 41.7km 坂戸陸協 2.23'12" ↓1'23" 10位

出場した各選手について、私から1行だけコメントをさせたいただくと---。
志和(宏)さん 福岡後に故障した膝が万全ではなかったのが残念!
志和(芳)さん 記録、順位とも前回を越えました
鈴木さん 初めてのコースで、ほぼ予定どおりでした
大崎さん 半年間のブランクを感じさせない走りでした
高橋さん 昨年と同タイム同順位で、うまくつなげました
寺西さん 昨年の後口さんの記録から1'30"以内に抑える好走でした

今回は、エースの後口さんを欠いたことから、「前回の記録と順位を少しでも越えよう」という控え目な目標をたてました。結果として、入れ替わったメンバーでその穴をしっかり埋めてくれました。そして、入賞ライン到達というプレゼントつきで。入賞するにはあと2年先と思っていただけに、正直なところ少し驚いています。始めは信じられず、翌朝の読売新聞を見て実感できたという次第です。

今回入賞のヒーローはもちろん各区間のタスキをしっかりつないだ選手たちです。それと、選手に何かあったときにすぐに替わって走れるように準備してくれた補欠選手の存在も欠かせません。まさかの時に何とか火災、です(古いね)。市民ランナーチームの場合に、補欠にしっかりした選手をおくことが大変難しいのです。今回は、2名の補欠選手にお世話になりましたが、特にTさんには、中継所でのサポートと併せてお願いしました。この「安心」もわがチームの強みであったと思います。

これからは、10位以内をキープするすることが目標になるかと思います。11位以降が小差で続いていますので、各区間でもう一段のレベルアップが必要です。同時に、選手の強化策にも真剣に取り組まないといけません。入賞したことで、課題も見えてきました。坂戸陸協みなさんといっしょに、より強いチームを目指していきたいと考えています。

それから、伝統ある埼玉県駅伝の大会運営について、改善していただきたいことが一つあります。それは、競技規則にある「各中継所において男子先頭より10分経過した場合には、繰り上げスタートとする」という規定です。先頭というのは実業団や大学のトップチームになりますが、そこから10分を越えると白タスキになってしまうのです。それも終盤ではなく、早い段階から頻繁なる繰り上げスタートでは、駅伝の興味が半減してしまうというものです。旧中山道を始めとする主要道路を使用しているという交通事情はよく理解できるのですが、これでは一般市民ランナーの参加を妨げ、ランニングの普及とは逆行しているように思えます。ぜひ、一考いただけないものでしょうか。
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                  (写真上) 市町村男子の部・高校男子の部のスタート
                  (写真下) レース終了後の慰労会での余興から
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by hasiru123 | 2008-01-26 19:46 | 駅伝

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第75回埼玉県駅伝の速報です。
坂戸陸協が出場5回目で、念願の入賞(10位以内)を果たすことができました。
結果 10位 2時間23分12秒 (第2部<市町村男子>)
これはひとえに、各区間の役割をきっちり果たしてくれた選手のがんばりと、非常事態をカバーべく最後までスタンバイしていただいた補欠選手の労苦、そして走りやすい環境を準備してくださったサポートのみなさまのご支援の賜物であり、心から御礼を申し上げます。お疲れまでした。
詳しくは、大会本部より正式に発表される情報に基づいて、後日ご報告いたします。後日談もそのときに。
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by hasiru123 | 2008-01-20 22:08 | 駅伝


走ることについて語るときに僕の語ること
村上 春樹 / / 文藝春秋
ISBN : 416369580X
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目標のレースに向けて走り込んでいるときも、そして日々ジョグを繰り返してじっと体調が上向くのを待つときにも、気になるのは自分の過去の走りとの対比である。それは、1年前の同じ季節に刻んだ練習時のタイムであったり、数年前の同時期の練習メニューのトレンドであったりする。ちょうど、街中を走っているときに、店のウィンドウに映った自分のフォームや走る前方に見えた影を確認するのに似ている。

記録(と記憶)を呼び込む手がかりとなるのは、1984年からつけているランナーズダイアリー(雑誌「ランナーズ」の別冊付録を使用)だ。特別の事情がない限り文章化されているわけではないが、時系列で書かれている練習についての断片的なメモを見ると、忘れていた練習メニューや出場したレース内容、そしてそのときの走りの息づかいまでがよみがえってくるのである。かつての自分を追い越そうとか、何か違うことをやってみようとか明確な目標があるわけではないが、何か気になるのである。競走だったら人に負けるのは仕方ないが、今までの自分にはそう簡単に負けないぞ、といった自負心みたいな気持ちがあるのかもしれない。だからというわけではないが、毎日のランニングをしっかり文字に刻んでおくことは意味がある。

今回は、練習日誌を書き続ける意義を述べることが目的ではない。日記は書き続けられないが、ランニングの日誌だけは丁寧につけている、と言っている人のことだ。ちなみに、それは私ではない。作家の村上春樹氏である。

村上春樹は『僕が走ることについて語るときに僕の語ること』の中で、走ることの意味について、次のように記している。「昨日の自分とわずかにでも乗り越えていくこと、それがより重要なのだ。長距離走において勝つべき相手がいるとすれば、それは過去の自分自身なのだから」。村上氏を理解できたよい読者とはいえない私ではあるが、ランニング日誌をめぐる思いについてはと大いに共通するものがある。

村上春樹はどのくらい走るのか。「週に60キロ、1ヶ月におおよそ260キロという数字が、僕にとっては「まじめに走る」ことのいちおうの目安になる」と書いている。また、「1982年の秋から走り始め、以来23年近く走り続けてきた。ほとんど毎日ジョギングをし、毎年最低一度はフル・マラソンを走り(計算すると今までに23回走っている)、そのほか世界各地で数え切れないくらい、長短様々の距離のレースに出場した。長い距離を走ることはもともとの性格に合っていたし、走っていればただ楽しかった」とも。多いときには、月間320キロ走ることもあり、ランナーとしてのピークだったという40代後半まではフル・マラソンを3時間半の目安で走っていたそうである。

村上春樹のエネルギッシュなのは、フル・マラソンを多く走ることだけではなく、96年にはサロマ湖100キロウルトラマラソンを完走し、最近は夏になるとトライアスロンにも取り組んでいる。どこにそのエネルギーの源泉があるのだろうか。それは「我々自身の基礎体力の中に」あって、「より大柄な想像に向かうためには欠くことのできないものごとのひとつだ」といい、「真に不健康なものを扱うためには、人はできるだけ健康でなければならない」という逆説的なテーゼを持っているからにほかならない。村上が小説を書くのは、「峻険な山に挑み、岩壁をよじのぼり、長く激しい格闘の末に頂上にたどり着く作業だ」という。

村上の初期の作品である『風の歌を聴け』や『19703年のピンボール』などではおよそランナー的な生活とはかけ離れたシーンが多く見られる。例えば、作品中の<僕>や友人の<鼠>がたばこをくり返し吸い続けたり、ビールを8本も飲み干したりする。また、コーラやウィスキーを何杯も飲んだり、フライド・ポテトを食べたり。若いとはいっても、これでは身体が持たないのではないかと、思わず心配してしまう。作品中の人物と創作者は別の人間であるとしても、登場人物は何らかの形で創作者を映す鏡であるかのような錯覚に、読者は陥ってしまうことがある。一般的には、長い歳月をかけて作り上げられてきた<芸術家=不健康(退廃的)>というイメージがあるが、小説を書く者と健康との関係について村上は5ページを割いて考察しているのが面白い。

ウルトラ・マラソンを走った後に、「僕と「走ること」のあいだには、緩やかな倦怠期が訪れた」と書いている。払っただけの努力が報われないという失望感、開いているべきドアがいつの間にか閉ざされてしまったような閉塞感・・・。村上は、その緩やかな倦怠期のことを「ランナーズ・ブルー」と命名した。誰もが経験するであろう「ランナーズ・ブルー」について書きながら、走る。そして、また考える。それが、この「個人史(メモワール)」を支えるバックボーンとなっているように思える。

これからも、自分を戒めながら励まし、世界各地の町で走り続けるであろう。これだけはかなりの自信を持って断言できるとしてこう書く。「よし、今回はうまく走れた」という感銘を取り戻せるまで、僕はこれからもめげることなく、せっせとフル・マラソンを走り続けるであろう」。
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by hasiru123 | 2008-01-15 07:52 |

今年の箱根駅伝は、駒大の終盤(8区、9区)の粘りで、逆転優勝をもぎ取った。早大も、弱いといわれていた山登り(5区)を克服して2位に入った。

一方、両校の活躍の裏には、3校が途中棄権するという異常事態が発生した。複数校の棄権は96年の2校というケースがあった。前年優勝校が翌年の大会で途中棄権したのは、これも96年の山梨学院大以来のことだ。

今回途中棄権したのは、往路の順大と復路の大東大、東海大。順大と大東大は脱水症状が直接の原因で、東海大は10区の踏切で線路をまたいだ際の捻挫が原因だ。順大は一昨年の大会でも、トップでタスキを受けた9区で選手が脱水症状になり、4位に下がっている。

脱水症状は、調整不足や気象コンディションからだけでなく、過度の精神的なストレスからも起こるといわれている。箱根駅伝の沿道では、延々と多くの応援するファンの波が続く。選手として送り出してくれた母校はもとより、ふるさとの家族、友人、出身校などの熱心な応援は重圧となってのしかかってくる。そういった中で、心身のバランスを崩してしまう選手は多いのではないだろうか。平常心で走れ、というのは無理からぬことだと思う。

ニッポンランナーズ理事長の金哲彦さんはアクシデント対策について、2年前の箱根駅伝が終わった直後の毎日新聞コラム「金曜カフェ」の中でこう書いている。「トレーニングの質と量が飛躍的に高度化している昨今、身体を鍛えるトレーニング以外にも、ストレスマネジメントを戦略のひとつとして取り入れる必要性が、真剣に議論される時代になるかもしれない」。2年前に起きたアクシデントがまた繰り返された。今こそ、この悲劇からしっかり学習する必要があるのではないか。

新聞各紙から拾った関係者のコメントはこうだ。「勝利至上ではなく、もっときめ細かく選手を育てるべきだ」(関東学連の青葉昌幸会長)。「原因を調査して突き止めないと、箱根駅伝が世間から信用されなくなる」(沢木啓祐顧問)。「どのチームもギリギリのところでトレーニングをやっている。その中での体調管理の難しさがある」(大東大の只隈伸也監督)。

問題は、トレーニングの技術的なことや精神論的なことではなく、選手の心理的な側面ににかかわる思われるだけに、各方面の専門家たちの力を借りて、長い目で見た改善プログラムを作ることが必要だ。これは私見だが、どうも選手を取り囲む空気が息苦しくなっているのではないかと思う。重たい一酸化炭素が部屋の下部に滞っているようだ。気持ちを軽くするために、少し空気を入れ換えてはどうだろうか。

途中棄権といった「暗」の部分が強調されがちだが、学連選抜が総合4位に食い込んだり、中央学院大が予選会組から3位入賞するなどの「明」の部分も見られた。中でも学連選抜の活躍には目を見張るものがあった。かつて、私は小ブログの中で、学連選抜方式について「選抜チームではモチベーションが上がらない。力のある選手でも、「なんとしてもチームのためにがんばる」という粘り強さにかけるため、力を発揮できていない」(2005年2月7日)と書いて、選手のモチベーションを向上させることにはならないのではないかと疑問を投げかけたことがあった。

前回から、学連選抜の記録が正式計時され、10位以内に入った場合には、翌年は予選会からの出場枠が1増えるように制度改正が図られた。その効果が発揮されたのだろうか、各選手とも好位置をキープするがんばりを見せた。他校のようにプレッシャーを受けずに、のびのびと走れたのも躍進の一因かもしれない。私の疑問は杞憂に終わったようだ。

関東学連のようにのびのびと走れる雰囲気がもっと広がれば、各校の選手たちのプレッシャーも少しは解消されるのではないかと思う。言うは易しだが、何かいい解決策はないものだろうか。その意味では、いろいろと選考方法を試験的に取り入れてみるといい。

例えば、選抜高校野球では「21世紀枠」という制度があって、秋季都道府県大会ベスト8以上(参加校数が128校以上の9都道府県はベスト16以上)の学校から、困難な条件の克服など戦力以外の特色を加味して選考する方法がある。箱根駅伝だったら、予選会をクリアできなかったけれど、一定の成績を収めたチームの中から特色ある学校を選抜するのだ。少ないメンバーでチームを編成して善戦したとか、毎年のように上位を伺う成績を出してはいるが一歩及ばす予選通過がならなかったなど、順位だけにこだわらない特色あるチームを発掘して箱根駅伝に送り込むのも面白い。

かつての伝統校に偏ったり、方法でトラブルが生じたりするなどの選考をめぐる弊害も出てくるかもしれない。本大会に出場してもいつも下位に低迷していたりするなど、レースの足を引っ張ることも心配される。問題があれば、必要に応じて修正していけばいい。「勝利至上主義」という重苦しい雰囲気に風穴をあけ、箱根駅伝の本来のねらいである学生ランナーの強化・育成に立ち戻ることが目的だ。
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by hasiru123 | 2008-01-07 07:16 | 駅伝


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今年は、北京オリンピックがあり、埼玉県では高校総体(インターハイ)が開催されます。

北京オリンピックの陸上では、ぜひ大阪世界陸上の雪辱を遂げてほしいと思います。また埼玉総体では、高校生たちが将来アスリートとして成長する踏み台になることを期待しています。埼玉総体の愛称は
   彩夏到来 08 埼玉総体
で、スローガンは
   限界を超え 飛び立つ君よ 永遠の風になれ
だそうです。

私も早く故障の状態から脱却して、ロードレースに臨める体調を作っていきたいと思います。

今年も走りながら、走ることについて考えてまいります。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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by hasiru123 | 2008-01-01 13:08 | その他