『リディアードのランニング・バイブル』(小松美冬訳、大修館書店)を再読した。読みながら、新鮮な思いに浸った。そして、中長距離走とはこうでなくっちゃ、と膝をたたいてうなずいた。ということは、以前に読んだ内容をすっかり忘れているということだ。走力の低下みならず、記憶力の減退はここにも現れている。

とはいえ、2度充実感を味わえたという意味では幸せというべきかもしれない。同書を読み返したのは、ニュージーランドの名コーチである著者、故アーサー・リディアード氏の優等生であったピーター・スネル氏が来日し、講演することになっていたからである。タイトルは「ランニングの栄光と科学:金メダリストの歩んだ道」(第20回ランニング学会大会の海外招待講演で)。

スネル氏は1964年、東京オリンピックで800m、1500mの2冠を獲得した栄えある選手だ。100余年の五輪史上、800、1500のクラシック・ダブルを達成した選手は、第1回アテネ大会からたった5人、第二次大戦後ではスネル氏1人しかいない。また、たった2人しかいない五輪800mの2連勝を成し遂げたうちの1人でもある。

リディアードの指導を受けたスネル氏は、スポーツ生理学者と指導者の立場から、中長距離走を「スタミナづくりは疲れを知らない体力をつけること、スピードはスタミナから生まれる」という実践と科学に基づいた哲学を築いた。「スピードが足りなくてもスタミナがあればよい結果が出せる。(東京)五輪では決勝に進出したどの選手よりも200mのスピードが劣っていた」「練習のほとんどは有酸素トレーニングに費やされるべきである」。

c0051032_7411522.jpg「200mが22~23秒で走る力があれば、800mを1分46~48秒で走れるはず」だという。「持久力があれば」というただし書きがつくが。走りこみ期には、週に100マイル(160km)をこなすこともあったそうで、いずれも日曜の22マイル走をしっかりやるために組み立てられている。


(写真)講演するスネル氏

「中長距離走」を「マラソン」と置き換えても不自然ではないほどの豊富な練習量だ。マラソントレーニングのメニュー作りにも大変参考になるだろう。現に、リディアードから学んで実績をあげた長距離ランナーがスネル氏以外にも多数いる。デイック・クアックスをはじめスティーブ・ジョンソン、女性ではロレイン・モラー、イングリッド・クリスチャンセンなどだ。

講演後のワークショップで行われた質疑で、選手の育成についてこんなことを語っていた。「リディアードの走り込みをして、焼ききれた人はいない。失敗した人は、応用をせずに、そのまま受け入れた人だ」。リディアード方式のコピーではなく、選手の持っている能力や環境、これまでの練習プロセスなどの個別的な応用や改善が図られてこそ生きてくる。

多くの質問が飛び交ったが、私もぜひ伺いたかったことがある。それは、スネル氏ほどのスピードと持久力を持ってすれば、5000mや10000mでも世界のトップに立つことができたのではないかということだ。長距離に取り組んだということは聞かないが、そういうifを考えたことはなかったかだろうか。この質問は、またの機会にしたい。

日本にもリディアードから直接学んだ指導者が多くいる。残念ながら、わが国の男子中距離界は、世界から2週も3週も取り残されている。その影響が長距離やマラソンにも及んでいる現状がある。リディアード方式の学びな直しが、日本のキャッチアップにつながればうれしい。

スネル氏には「学業を志すのに遅すぎることはない」という有名な言葉がある。競技生活を終えた後、34歳で米国に移住し、第2の人生を始める。高校の卒業資格しかなかった彼は、カリフォルニア大学に入学、その後ワシントン州立大学で運動生理学の博士号を獲得した。遅咲きの学業面での業績は、ランニングでのそれをしのぐほどの偉業だ。市民ランナーにとってみれば「マラソンを志すのに遅すぎることはない」と読み替えることもできるのではないか。

  * * * * *

今回の講演では、橋爪伸也氏というランニングに詳しい名通訳がいて、多くの周辺情報を提供してくれた。同氏は、米国でリディアード・ファウンデーションを組織していて、リディーアード方式をわかりやくく伝えることを仕事として世界中で活動している人だ。

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(写真)筆者がスネル氏からいただいたサイン
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by hasiru123 | 2008-03-31 07:52 | 練習

08年度練習計画

J1浦和の日本代表MF小野をはじめとして、花粉症に苦しむ選手が続出しているという記事がスポーツ紙に載っていた。一度かかると毎年、症状に悩まされるのが花粉症。今や5~10人に1人が発症していると言われている。

ランナーだから花粉症には強いということはない。今朝参加した練習会では、4名の走友がマスクをしていた。ランニングのような呼吸器官を酷使する運動にはことのほか厳しいようだ。

スギ花粉の蔓延するこの季節は、私が所属しているランニングクラブの年間スケジュールを作成する時期でもある。というのは、毎年4月の総会で新年度の計画を確認し、スタートを切るからである。

年間スケジュールには、定番の練習メニューやイベントとともに、会員の参加が多い大会も組み込んでいる。東京荒川市民マラソンや奥むさし駅伝などは会を挙げて参加している代表的な大会だ。また、近年は別大マラソンや福岡国際マラソンといった国内の主要な大会もスケジュール表に書き込めるようになったことはうれしい限りである。

作りながら気づいたのは、来年度行われる大会では何点か変更が見られることである。東京マラソンが過去2回とも2月第3日曜だったのが、厳冬期は市民ランナーに厳しいという理由で3月第4日曜に変更された。それにともなって青梅マラソンが、東京マラソンが始まる前と同じ2月第3日曜に戻った。女性だけの公式レースとして79年から開催されてきた東京国際女子マラソンが、11月16日の第30回大会を最後に終了することになった。

市民マラソンとして人気の高い東京荒川市民は今年と同じ3月第3日曜で、2週連続で都内の大規模マラソンが行われることになった。北京五輪の開催でどうなるかと思っていた北海道マラソンは予定どおり8月最終日曜のようだ。また、わがクラブのことだが、昨年に試験的に参加した皇居周回全国0B・OG同好者駅伝は、今年から正式にスケジュールに入れることにした。

スケジュール表を改めてながめてみると、フルマラソンはつくばなど3大会が集中する11月下旬と、荒川、東京と続く3月に大会が集中する傾向がはっきりしてきた。走る側からすれば、身体コンディションさえよければどちらも出場することが可能で、計画が立てやすくなった。チャンスは2度与えられたといっていいのではないだろうか。

花粉症にかかりやすい人は3月を避けて11月の初冬を狙うといいのではないか。また、青梅30キロで持久力をつけてからマラソンに臨むには3月がちょうどいいかもしれない。スケジュール表には書かれていないが、海外マラソンに挑戦する人も増えてきた。次の1年間が、安全で楽しいシーズンであることを願う。
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by hasiru123 | 2008-03-23 22:33 | 練習

五輪マラソン代表決まる

名古屋国際女子マラソンの余韻が覚めやらぬ翌10日、北京五輪の男女マラソンの代表6選手が決まった。今回は選手選考をめぐって紛糾することもなく、すんなり代表が選ばれたようだ。本番では、持てる力を存分に発揮して、選手の皆さんはもとより、応援するマラソンファンともども美酒を味わいたいと願っている。

11日から12日にかけての新聞各紙の報道では、マラソンについての記事が多く見られた。社説と1面コラムで扱ったのは、6大紙の中で社説が3紙、コラムが5紙あった。マラソンの選手選考で、話題をにぎわすのはいつものことだが、加熱するようになったのはそれほど前のことではない。88年のソウル五輪のころからではないだろうか。

社説で、代表選考問題について踏み込んだ記述をしていたのが毎日である。「マラソンの代表選考を難しくしているのは、コースも気象条件も異なる複数の選考レースの中から最強の選手を選ぶことにある」とした上で、選考レースを一本化できない理由として以下の点を挙げている。「地域の人々に支えられ、歴史と伝統を刻んできたマラソン大会が各地に並立することで、多くのマラソンランナーが育ち、世界と戦える「マラソン王国」を築き上げた歴史もある。 これらを総合的に考えれば選考レースの一本化は必ずしもベストの方法とはいえない」

代表選考会の一翼を担っている主催新聞社の考え方としてはよく理解できるが、結論を急ぎすぎてはいないだろうか。わかりやすく、かつ透明性を確保するために、より知恵を絞りながら選考方法を模索していく積極性がほしいと思う。

東京はこう書いている。「今回は誰もが納得できる状況にあったというわけだ。ただ、陸上界はより合理的でわかりやすい選考方法の検討を怠ってはならない。その際、もっとも重視すべきなのは、主役である一線の選手たちの思いこそを生かすことだろう」

北京五輪は昨年夏の大阪世界陸上以上の暑さが予想される。産経は、「大気汚染という誰も経験したことがない“敵”とも戦わなければならない」と「環境」にも周到な準備が必要だと警鐘を鳴らしている。先ごろ、男子マラソンの世界記録保持者、ハイレ・ゲブレシラシエ選手(エチオピア)が、中国の汚染は健康に脅威だとして、マラソンに出場しないことを表明したばかりだ。「環境が改善される可能性が低いだけに、かつてない過酷な42・195キロになることを覚悟しなければならない」との主張はうなずける。

今回は残念ながら代表選考に絡めなかったが、高橋尚子選手の完走にエールを送っている。東京紙の「筆洗」はこうだ。「金に輝いたシドニー大会以来の五輪出場という高橋尚子選手の夢はスタートから十キロもいかないところで、あっけなくついえた。もし夢だけが、この天才ランナーの燃料なら、そこで止まってもおかしくはない。だが、彼女は走り続けた。「あきらめること」に抗(あらが)うように」

その後の報道によると、3月末には海外マラソンを目指して始動するそうだ。マラソンの面白さは五輪だけではない。これからもぜひ大きな花を咲かせてほしい。

ランニングブームといわれて久しいが、マラソンをテレビで観戦したり、新聞などで情報収集したりするのは楽しいことだ。しかし、実際に汗をかいて走ることはもっと楽しい。実は五輪マラソン代表の選考委員の1人である日本陸連強化委員の高野進さんは、雑誌Number2月号のインタビューでこんなことを述べていた。情報化社会の中で、パソコンの前から移動しないということが日常的になりつつあるが、「遅くてもいい、格好悪くてもいい。まずは走ろうとする意思を大切にしてほしい。挑戦的に体を動かそうとするのは本当に大切なことで、それは性別問わずいくつになってもできること。『今こそ、走ろう』とすべてのニッポン人に伝えたい」と。さあ、テレビを消して、茶の間を飛び出そう。
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by hasiru123 | 2008-03-17 21:18 | 話題

マラソンの集団

トップクラスが出場するマラソン・レースでは、競争であるにもかかわらずランナーが集団を形成することが多い。それはなぜか。集団は「無益な競争を避け共同することによって、合目的的に目標に到達する一手段」だからだそうである。そして、その最も特徴的な行動は「集団を作ること」、というのは『マラソン・ウォッチング』を書いた山地啓司氏だ。集団にはプラス効果があればマイナス効果もある。

まず、プラス効果。「群れの中にいることで空気抵抗を削減できる」「戦闘意欲を高いレベルで維持できる」「ペース配分の不安解消」「相互干渉」などがある。反面マイナス効果もあって、「ランニング・リズムの乱れ」「呼吸リズムの乱れ」「ランニング・ペースの乱れ」「それらに伴うランニング効率の低下」などがあげられる。同書は集団形成や集団の構造・機能などにどのような定型的行動があるか、集団内の個々のランナー間に相互依存あるいは社会性が存在するか、などについて詳細な分析を加えている。

さて、今日行われた名古屋国際女子マラソンは、まれに見る大集団でレースが進んだ。男子マラソンではよくあることだが、女子マラソンではあまり見たことがない。女子の場合は男子に比べて選手層が薄く、レースの早い段階から走力の差が表れるからではないだろうか。前半から独走態勢に入ってそのままゴールということは最近は少なくなったが、男子よりも集団の規模は小さく、崩れるのも早い。

今回の集団の数は概ね以下のとおりである(テレビ中継で表示された数字と筆者のカウントを含む)。
10キロ 26人
15キロ 24人
20キロ 17人
25キロ 14人
30キロ 8人?
35キロ 集団なし(優勝した中村友梨香(天満屋)を先頭に縦長)

力の差が接近し、競合がそろったということで、互いに牽制し合ったためと思う。牽制とはいえ、25キロ以降は出入りが激しくなって、こう着状態というわけではなく、見ていてはらはらさせるものがあった。この接戦を勝ち抜いた中村は、初マラソンながらねばりと勝負勘を兼ね備えたすばらしい選手だと思う。五輪代表に選考されたならば、ぜひ2度目の大輪を咲かせてほしいと期待している。
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by hasiru123 | 2008-03-09 23:55 | その他

大崎選手について

国内の代表的なマラソン大会の新聞記事を切り抜いて保存するようになってから、かれこれ20年になる。ネット社会の今日でも、切り抜いた記事の見やすさは抜群である。また、詳細性においてもネット記事の比ではない。五輪や世界選手権の場合も同様だ。また、できる限り主催新聞社の記事も含めるようにしている。

今日のびわ湖毎日マラソンをテレビで見た。大崎悟史(NTT西日本)が2時間8分36秒で3位に入った。30キロから二人の外人選手には離されてしまったが、日本人トップで、東京マラソン2位の藤原新(JR東日本)の2時間8分40秒をクリアしたことから、有力な北京五輪候補となった。北京五輪の選考では、昨年の大阪世界陸上、福岡国際、東京国際、びわ湖の4大会が対象になっているが、基準を満たした内定者は現れていない。したがって10日の陸連の検討会に諮られることとなる。

大崎はこれまでに何度か大きな大会で入賞してきたベテラン選手だ。大阪世界陸上にも出場して、6位入賞を果たしている。彼の名前を知ったのは、4年前の東京である。早速、当時の切り抜きファイルを出して、調べてみた。04年2月9日の読売新聞スポーツ欄の見出しはこんな具合だ。「大崎3秒差2位」「驚異のサラリーマンランナー」「アテネへ猛アピール」「有力候補に浮上」。

「サラリーマンランナー」とあるのは、陸上部に所属しているものの会社からの支援はほとんどなく、営業マンとしてフルタイムで働き、残業もこなしていたことを指す。月間走行距離は500-600キロだったというから、市民ランナーでもシリアスランナーならこなしている量である。結果的にはアテネ代表にはなれなかったが、その後、「北京まで」という形で会社の支援を受けられるようになった。

同紙の記事にはこう書かれている。「(練習時間がとれないことで)大きかったのは、情熱を取り戻したことだった。仕事中は競技のことを考える余裕がない。それがリフレッシュとなり、陸上が楽しくなった」。市民ランナーには、サラリーマンが多い。集中して練習する姿勢には、学ぶもの
が少なくない。

04年東京以降の大崎は、確実に実績を残している。04年福岡2位、06年びわ湖3位、08年アジア大会3位、そして07年世界陸上6位。「大崩れしない」と評価される理由はここにある。北京代表の座を勝ち取ったあかつきには、今日のような終盤の粘りで、さらに大きな花をさかせてほしい。
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by hasiru123 | 2008-03-02 21:26 | 話題