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自分に合ったペースで

2004年大阪9位、2007年東京7位。これは、渋井陽子がアテネと北京の五輪出場を賭けて臨んだそれそれの代表選考レースの結果だ。優勝候補にあげられながら、いづれも30キロあたりから先頭集団から遅れ、ゴールに近づくに連れて加速度的にペースダウンした。

渋井陽子は、1万メートルでは日本記録、マラソンでは野口みずきに次ぐ日本歴代2位という輝かしい実績を持つ。マラソンランナーとしては申し分のないスピードを持っている。それが、大事な選考レースでは終盤に失速して勝利を逃がすという失敗が続く。

北京五輪から3ヶ月後の11月16日、東京国際女子マラソンに臨んだ。北京では1万メートルを走り、これまでにない自身のようなものが感じられた。中盤から独走態勢を築き、このまま逃げ切るかに見えた。25キロ地点では2位に44秒の差をつけていた。だが、30キロ過ぎにペースが落ち始め、今回も終盤に大きくペースを落として4位に甘んじた。

それでも、東京での走りはこれまでの渋井とは違い、成長の跡が見られた。これまでの選考会のように2時間30分を大きく超えるような落ち込みはなく、悪いなりにも2時間25分台にまとめた。また、フォームにはスピードランナー特有の堅さが見られず、調子さえよければこのままぐいぐい行けそうな感じがする。

渋井のような先行型のマラソン選手は、下手に集団につかない方が成功するのではないか思う。スピードのある選手がスローペースでついて行くと、かえって疲れて本来のスピードが発揮できないことがある。仮に、優勝した尾崎好美や2位の加納由里に終盤までついたとしても、同じように失速してしまったのではないだろうか。

五輪の疲れはもうとれたと思うが、3ヶ月はマラソンの走り込みには少し短かったかもしれない。渋井の速いペースをうまくレースの流れにのせるにはもう少し時間がかかりそうである。来年の名古屋国際女子マラソンまで、もう一度体を作り直してみてはどうだろうか。思い切り迷って、自分の考えたとおりの速いペース配分で、これからも挑戦し続けてほしい。あまり力にならない応援だけれど。
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by hasiru123 | 2008-11-30 20:44 | マラソン  

時にはいい加減さを武器にして

今はちょうど今シーズンに開催されるフルマラソンの前半戦のヤマ場にあたる。関東地方では、今日11月23日が大田原マラソン(栃木県)で、30日がつくばマラソン(茨城県)と河口湖マラソン(山梨県)。そして九州では、12月7日に福岡国際マラソンが開催される。若葉グリーンメイトからも、それらの大会に多くのメンバーがエントリーしている。

今秋のロードレースやTT、合宿などから見たわがクラブのメンバーの仕上がりは良さそうである。一緒に練習をしてきて、週を追うごとに力がついてくる様子がうかがえた。自己新を期待できそうな人も何名かいる。また、40歳を超えながらも、これまでのロードレースでは堂々と一般部門で数々の入賞を獲得してきたFさんは、初マラソンに挑戦する。

これから出場する皆さんには、練習で積み重ねてきた走力を本番で発揮してほしいと願っている。そのために大切なのが「調整」だ。練習が足りなかったと考える人はつい直前まで走り込みを続けてしまったり、疲労がどうしても残るという人は休養を取り過ぎてしまったりと、調整の加減がなかなか難しい。一人ひとりのランナーが持っている成功体験や失敗体験が大きくものをいう。

また、本番のレースにおいてはぜひとも粘って粘って、粘り抜いてほしい。練習がうまくいった人、調子のいい人ほどオーバーペースになりがちである。それでも、30キロを超えるとスタミナの貯金が少なくなって、どうしてもペースが落ちるものだ。仮にペースダウンは想定外だったとしても、ペースが落ちてからを大事に行きたい。場合によっては目標をトーンダウンさせてでも、ゴールまでの残りの道で、どうしたら最大のパフォーマンスを発揮できるかを考えながら、ひたすら我慢のレースである。

どうしても苦しくなったとき、状況に応じて目標を柔軟に変えることも必要かもしれない。たとえば、3時間30分以内という目標を持って走るとき、残り5キロの地点でその達成が難しくなったら、思い切って目標を3時間35分以内に変えてみる。プレッシャーから解放されて、元気が出ることもある。目標記録の達成への執着が強いあまり、達成の希望がなくなるとそこでプッツンというのはよくあることだ。

私は、5年前の東京荒川市民マラソンで、35キロからがとても苦しくて、1キロ走るごとに目標タイムを1分ずつ下方修正して、なんとかゴールできたことがあった。結果としては、目標タイムを14分以上も下回ったが、この合理化(自分を正当化するために理由づけること/『福武国語辞典』)に助けられて完走することができたと思っている。マラソンでは、何としても目標を達成するという強い意志とともに、時には目標を柔軟に変更する「いい加減さ」(We’ve got to stay positive)も武器になる。
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by hasiru123 | 2008-11-23 23:56 | マラソン  

坂戸市民チャリティマラソン

冷たい雨の中でのレースとなった。今日行われた坂戸市民チャリティマラソンである。今年で8回目を迎えた。2000年まで行われていた坂戸毎日チャリティマラソンに代わって新設された大会だ。

坂戸毎日の方は20回続いたが、交通事情や運営費などの問題から中止に追い込まれた。、年を追うごとに参加者数が増えていただけに、走る者にとっては大変残念だったという記憶が強く残っている。坂戸市民の大会は、坂戸毎日に比べると規模は縮小されているが、それでも8回続いて、地域の年間イベントとして定着したといっていい。

私は選手受付と完走証交付の係を務めたため、役員テントから応援させてもらった。エントリー選手の中で最高齢者のKさんは82歳の男性だ。受付を済ませたら、まずは救護係へご案内することになっていたが、受付には来られなかった。氷雨の気象コンディションから、無理をしなかったのだろう。来年の完走を楽しみにしている。

膵臓の手術をして、退院後初めてのレースだという64歳の男性がいた。体中から湯気をあげて、元気に完走証を受け取られた。ゴールインできる日を楽しみにしていたという。これに勝る快気祝いはないのではないか。

大会主催者によれば、10kmをはじめとする5種目で2,314名の申し込みがあり、前年よりも8.6%の増加だったという。半分以上は坂戸市民だ。シリアスランナー、ハンディキャップを持った人、必ずしも競争を目的としない人など、楽しむということを共通項に走ることは気持ちがいい。小学生から高齢者まで様々な年代のランナーが走るこの大会。ぜひとも、坂戸毎日の20回を超える歴史を刻んでほしいと思う。
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by hasiru123 | 2008-11-16 23:49 | その他  

東京マラソンの抽選結果が発表

「当選商法」というのがある。「懸賞金が当たった」とメールで誘い、手続きに必要などと称してお金を支払わせる手口である。自分でどこにも懸賞の応募をしていないのに、突然多額の懸賞金が当たることは、通常ありえないことだが、被害にあうケースが多発しているそうだ。

私の場合にはひっかかることは、まずないと思う。というのは、これまで懸賞金に限らず抽選で当たったというためしがないからである。当選したからとメールが入れば、そんなはずはない、と不審に思い、メールを開くことはしないだろう。

そんなくじ運の悪い私であるが、当選の通知を少しだけ期待して待っていたのは、東京マラソンの抽選結果だった。やっぱりというか、残念なことにというか、7日に抽選漏れのメール通知が届いた。主催者の発表によると、応募総数261,981人、競争率約7.5倍だったそうである。確率からして、当たるほうが珍しいのである。

今朝の若葉グリーンメイトの練習会で、当落状況を聞いてみたら、把握できた範囲でも10名の会員が当選していることがわかった。競争率からすると、10名の当選者を出すためには平均で75名が応募しないと獲得できない人数だ。全体で何名の会員が応募したかは定かでないが、相当の高い当選確率であることは確かだ。

当落がほぼ決まったことによって(今後、当選者による参加料の振込状況により、追加当選を出すことがあるので、確定ではない)、一般市民ランナーにとっては、11月から3月にかけてのロードレースシーズンの練習計画が立てやすくなった。なぜならば、東京マラソンを走るのとそうでないのとでは、練習の内容や組み立てが異なるからだ。2月と3月はフルマラソンを含むロードレースが目白押しで、代替レースに事欠かない。

東京マラソン用の練習メニューはしまって、次なるスケジュールの作成に取り掛かるとしよう。
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by hasiru123 | 2008-11-09 22:28 | マラソン  

高橋尚子さんの引退

10月28日、高橋尚子が引退を表明した。高橋が初めてマラソンに出場したのは97年の大阪国際女子マラソン(7位)だった。私にはそのときの記憶はなく、彼女の名を知るようになったのは、98年3月の名古屋国際女子マラソンで優勝したときである。

高橋尚子はもともとトラックを得意とするランナーではなかったが、直後の5月に行われた5000mで(確か水戸国際陸上だったと記憶している)、2位以下を大きく離して優勝した記憶が鮮明に残っている。マラソンを走れるスタミナがつくと自然にトラックのスピードもついてくるという好例である。同年のバンコク・アジア大会では、当時の日本記録を4分1秒も更新した。

高橋尚子がランナーとして類いまれなのは、速く走ることだけでなく、走る姿やメッセージを通じて走ることの楽しさを伝えてくれたことにあると思う。ここ数年は、惨敗の記者会見を聞くことが多かったが、避けることなく、また言い訳することもなかった。今のプロ野球選手や力士にはない、しっかりした表現力を持っている人だ。彼女ほどファンの共感を呼び、存在感のあったランナーはいない。

こんな逸話がある。アテネ五輪の代表選考で落選した時の記者会見のことだ。「代表に選ばれたのは3人だけで、挑戦した人の方が圧倒的に多い中で、私だけこれほどまでに注目してもらえるということが嬉しく、ありがたかった」。多くの記者に囲まれ、度肝を抜かれるほどの”出迎え”であったのを、冷静に「嬉しい」と感じてしまう高橋にも驚かされると、黒井克行さんは書いている(『高橋尚子 失われた夏』)。

テリー伊藤は毎日新聞のコラムでこう書いた。「女子アスリートたちの私服姿は、はっきり言って、みんなダサい。ジャージーの延長のような格好しかできない。しかし、高橋尚子だけはちがう」(11月1日)。私も、今日(11月2日)のNHKのスポーツ番組に出演した高橋尚子を見て、納得した。ストライプの入った黒のスーツは、スポーツマンの清楚なイメージにぴったりである。私は、アスリートではないが、休日などはジャージーの延長のような格好が多い。高橋スタイルから学ぶものは多い。

 もう一度、42.195キロを疾走する姿を見たかったが、叶わぬこととなった。しかし、これからも「多くの人に陸上の楽しさを伝えていきたい」と語る高橋尚子とは、きっとどこかのレースで会えるような気がする。その日が来るのを待ちたい。
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by hasiru123 | 2008-11-02 23:23 | 話題