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ウォーミング・アップはなぜ必要か(上)

ウォーミング・アップの目的を辞書的に説明するなら、「主運動が効率よく、しかも安全に行われること」といえます。主運動というのは、サッカーとかスキーとか、ランニングなどのことを指します。以下、ランニングに焦点をあてて書いてみます。

内容としては、ランニングに先立って行うストレッチや柔軟体操、軽いジョグなどがそれにあたります。ランニングの種類によって行うウォーミング・アップの内容も異なります。すなわち、ランニングの強度、走行距離、走る目的、そして練習かレースか、などです。

ウォーミング・アップには、どのような効果を期待できるでしょうか。一つは生理学的な効果です。筋温が上昇すると、筋肉の収縮速度や代謝などを円滑にさせたり、関節の可動性や筋の伸縮性を高めたりすることができます。二つ目は、いきなり強い運動をすると急激に心拍数が上がり、体がびっくりしますが、ウォーミング・アップで徐々に上げていくことで心臓への負荷を軽減できる効果です。

一般的には、若いランナーや継続的に走っている人は、これらの動きに対する適応能力が高く、加齢とともに適応能力は落ちてきます。また、ビギナーほど効果が緩やかであるともいえます。したがって、熟年のランナーほどゆっくり慎重にウォーミング・アップを行う必要があります。ニコニコペースのジョグならば、それほど入念に行う必要はないかもしれませんが、若いランナーでも、走る強度が高いほど十分に行う必要があります。

それでは、ウォーミング・アップを怠るとどんなことになるのでしょうか。ウォーミング・アップをしなかったり、足りなかったりすると上記に挙げた効果が働かないため、筋肉や関節、腱、靭帯などの傷害を起こしやすくなります。さらに、心臓の活動に見合った酸素供給がなされないため循環器系の障害が発生し、最悪の場合には突然死の引き金になることもあるようです。

ランニングを長く続けている人でも、ウォーミング・アップはしない、という人もいます。また、運動生理学者の中にも「ウォーミング・アップは必要ない」という人がいるようです。「持久型運動に有効であるという証拠はない」というのがその理由だそうです(青木高『ランナー・バイブル』)。ウォーミング・アップに過敏になる必要はないということかもしれません。

さて、どうでしょうか。たとえば、ランニングなどで「超回復効果」というのがあります。筋力トレーニングを行うと、筋肉に刺激が与えられ一時的に疲労します。一定の休養を与えることによって、疲労した筋肉が次第に回復し、疲労する前の水準まで戻り、さらにその水準を越えて一段高い水準まで達することをいいます。だから、アスリートは積極的にトレーニングを行うわけです。

これと同じようなことが、ウォーミング・アップの効果にもいえます。徐々に運動の水準を上げていって、体が温まり、その後一定の休息時間を与えることによって、体の疲労がなくなってきます。しっかり保温すれば体は温まったままです。その状態で競技に入ったり、メインのトレーニングに入ったりすれば、ウォーミング・アップを開始する前の状態より一段高い水準で運動を行うことができるわけです。

もう一つ、ウォーミング・アップから得られる大切なことがあります。それは、ウォーミング・アップの状態からその日の体調を推し測ることができることです。スタートしてからでないと、調子がわからないこともありますが、スタートする前に何らかのシグナルに気づいたなら、スタート後の展開も変わってくるはずです。レースの結果だけでなく、体の安全にもかかわるだけに、私はウォーミング・アップは欠かせないと考えています。安心してスタートできるという気持ちを持てる点でも、これを行わない手はないのではないでしょうか。


* 一部、『ランニングワンポイントコーチ』(山地啓司他/大修館書店)を参考にしました。
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by hasiru123 | 2009-05-31 19:02 | 練習  

皇居周回全国OB・OG同好者駅伝で入賞

昨年と同様雨の中、皇居周回コースを走ってきた。「皇居周回全国OB・OG同好者駅伝大会」である。若葉グリーンメイトとしては3度目、私個人としては2度目の大会参加である。

昨年のブログにも書いたが、どんな大会かについてその概要を説明すると――。距離:25km(1人皇居1周約5km×5名)。主催は東京OB同好会と墨東走友会という、二つの市民ランナーのクラブチームだ。今年で38回を迎えた。歴史のある大会である。大会会長は市民ランナーとしても著名な山田敬蔵さん(1953年のボストンマラソン優勝者)で、今年も元気に務められた。
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この大会は、以下のように各区間に細かい年齢制限が設定されている。
第一走者:男65歳以上 女55歳以上
第二走者:男60歳以上 女50歳以上
第三走者:男55歳以上 女40歳以上
第四走者:男50歳以上 女40歳以上
第五走者:男40歳以上 女35歳以上

タスキに託して世代交代が進む。すなわち、タスキ渡しが進むにしたがって年代が若くなるということだ。

比較的団塊の世代が厚いわがチームにとっては、オーダーを組みやすいかというと、必ずしもそうではない。力のある40歳台の選手がAチームから落ちてしまったり、60歳台の人がチームに加われなかったりと、編成に頭を悩ませる。それでも、今年は若葉グリーンメイトから6チーム(オープンの2チームを含む)が参加した。全体では、昨年よりも15チーム少ない169チームが走力を競った。

若葉グリーンメイトAは2年続けて14位だったが、今年は9位(1時間35分8秒)まで順位を上げ、念願の入賞を果たすことができた。そして私は、Aチームの3走を受け持つ幸運に恵まれ、美酒を味わうことができたのは、これまた嬉しい限りである。記録的には、手持ち計時で昨年とほぼ同じだった。あと数秒前を行けたら大台を割ることになったのにと思うが、上を見ればきりがない。昨年と同じ走力をキープできたことでよしとしたい。
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優勝したのはアトミクラブAで、昨年に続いての栄誉である。1区はマスターズ陸上800mもM60クラスで日本記録を持つ福岡豊則さんで、3位でタスキ私をしていた。67歳とは思えない見事なラストスパートが印象に残る。ちなみに、同チームは若葉グリーンメイトと同様に6チームが参加している。2区を走ったIさんに聞いたところ、5区では5000mを16分台で走れる選手でも選考から漏れるくらいの高いレベルを誇るそうだ。
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(写真上)桜田門前からスタートする1走の選手たち 
(写真中)賞状を授与されたわがチームメイト(右は山田敬蔵さん)             
(写真下)二重橋をバックに記念撮影
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by hasiru123 | 2009-05-25 07:27 | 駅伝  

楽しみな女子短距離陣

大阪国際グランプリ陸上(5月9日)をテレビで観戦した。この大会は男女とも長距離種目がないのがちょっと残念で、長くても1500mまでである。とはいえ、今年は男女とも短距離陣が元気なのでスィッチを入れた。

中でも女子短距離が目を引いた。女子100mに出場した福島千里(北海道ハイテクAC)と高橋萌木子(平成国際大)は、今年3度目の顔合わせである。1回目は織田記念陸上(4月29日)の100mで、そして2回目は静岡国際陸上(5月3日)の200mだった。いずれもわずか100分の1秒差で福島が制している。

200mの方は23秒14で、これまでの記録を0秒19更新する日本新。また、100mでは追い風2.2メートルの参考記録ながら、11秒23の好タイムで福島が勝った。今日はどうだろうか。二人の勝負も面白いが、日本記録(しかもベルリン世界陸上参加のためのA標準をクリアする記録で)への期待も感じられた。

S.マクレラン(オーストラリア)は強かったが、いつものように福島のスタートはすばらしかった。マクレランに0.1秒離されたもののよくついた。惜しむらくはやや向かい風だったことだ。そして高橋は、またもや福島と100分の1秒差で3位に。それでも、今回も中盤から後半にかけての伸びは見事だった。

高橋は終盤の厳しい追い込みが身上だ。07年に国立競技場で行われた関東インカレで、メインスタンドの最前列で1度だけ彼女のレースを見たことがあるが、そのときもゴール直前の数メートルでトップに出て優勝している。あのカール・ルイスも終盤の追い込みを得意としていた、彼女の走りにはそれを思わせるものがある。

昨年の高橋は後半の伸びに精彩を欠いた。だが、今年はその切れ味が戻ってきた。200mではその強みをさらに発揮できるのではないかという期待もある。スタートで福島が飛び出して、高橋が追い上げる。この流れで、二人とも日本選手権までにもう一段ギアチェンジを図って、さらに上を目指してほしいものだ。

なお、同日行われた女子400mリレーでは日本(北風沙織、福島、渡辺真弓、高橋)が43秒58の日本新記録をマークした。今季の女子短距離は楽しみである。
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by hasiru123 | 2009-05-17 22:36 | 練習  

昆虫/4億年の旅

昆虫4億年の旅

今森 光彦 / 新潮社


時々スポーツを素材にした写真を撮ることがある。ランナーなど動いている被写体をレンズに捉えるのは難しい。そして、競技者の表情を的確に捉えるのはさらに難しい。レンズを向けながら、シャッターチャンスが訪れるのをじっと待つ。時には、突然予想しなかったシーンが向こうからやってくることもある。

そんなチャンスをうまくレンズに収めた時の喜びは、スポーツ写真に限らない。自然をテーマにした写真でも同じことがいえるような気がする。「里山」という視点から自然に目を向けて、生き物の素晴らしさや命の重さを感じさせる写真展を見た。連休中の新聞に「昆虫 4億年の旅」が土門拳賞を受賞したと報じられていた。30年にわたって熱帯雨林や砂漠など、世界中の昆虫を求めて取材した作品群である。作者は大津市在住の今森光彦さん。

早速、銀座ニコンサロンで開催されている受賞記念作品展に足を運んできた。世界各地の自然に入り込んで見つけた昆虫歳時記である。マクロレンズを通した虫たちの生活が見事に描写されている。たとえば、体を扁平にして、葉の上にべったりと密着して隠れる「ヒラタツユムシ」や、羽ばたきながらアングラエクム・セスキペダレに長い口吻(こうふん)を入れる「キサントペンスズメガと彗星ラン」の映像は幻想的だ。可憐な天使が、現地の子供によって捕えられた「オオアカエリトリバネアゲハと少年」は、新潮社から出された写真集の表紙にもなっている(写真)。また、ガラスのように半透明な翅(はね)を立てて震わせながら「石の隙間で鳴くスズムシ」も素晴らしい。

今森さんが、昆虫をテーマに30年という膨大な時間をかけて追いかけてきた足跡の、一部をのぞくことができた。自分が競技者を追うときの気持ちを思い出しながら、作品を楽しんだ。 
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by hasiru123 | 2009-05-10 19:20 | その他  

佐藤尚さん

「逆風の中で、出してやろうという風が吹いてきた」と講演の冒頭でポツリと語り始めた。「最初の対応がよかったのかな」とも。今年の箱根駅伝で東洋大に初優勝をもたらした佐藤尚監督代行の言葉である。

箱根駅伝の1ヶ月前に同大の陸上部員が強制わいせつ容疑で逮捕されたため、川嶋伸次監督に代わって急遽監督代行となった。選手は5日間の活動自粛もあって、その後の練習では9人しかグラウンドに出てこない日もあったという。最後の10日間で仕上げたが、「優勝」は一言も言わなかったそうだ。

監督車で他の大学とちがうのは、ラジオ放送を除いてテレビなどの情報は基本的にシャットアウトしたことだ。他校のことを気にする余裕はなく、解説の大志田秀次氏(元中央大コーチ)の情報だけが頼りだったことも打ち明けた。

私は、往路のゴールの模様を、箱根湯本で聞き入ったラジオ放送で知った。東洋大は4区を終えたところで9位でタスキをつないでいた。この位置は、シード権を確保するために明日につながるまずまずの順位だと思った。それが、大きく予想が外れて5区で柏原龍二選手が区間新記録を出して逆転した。さらに、その勢いが復路にもつながって総合V。うまく言葉が見つからないくらいの驚きだった。

東洋大はもともと、筆頭ではないが優勝候補の一角に挙げられていた。それでも、この勝ちぶりは誰もが予想しなかったことだろう。加えて、上記の問題の後である。戦意を喪失することなく、ゴールまでタスキをつないでほしい。その上で、シード権が確保できたらこんないいことはない、というのが大方の駅伝ファンの気持ちではなかったかと思う。

このような逆風を撥ね退けて勝利を勝ち取れたものは何だろうか。そのヒントのようなものが、佐藤監督代行から聞けたらというのが私の期待するところだった。

佐藤さんは見ていないが、アンカーがゴールテープを切ったとき、立ち止まって後を振り返えり、頭を下げた。そして、レース後のインタビューで、選手たちがみな「感謝」という言葉を使っていたことに、佐藤さんは驚く。このとき初めて「出場してよかった」と実感できたという。

94年から8年間監督として選手を指導し、また、その前後に17年間コーチとしてスカウトを担当してきた。本人は、学生時代に箱根を走ることなく4年間をマネージャーとして勤め上げた。一度ばらばらになった選手たちを束ねた手腕は、こうした長いコーチ経験に裏打ちされたものだろう。

講演が終わった後の懇親会で、いただいた名刺には「監督代行」の文字が取れて「コーチ」とあった。「私の大学では、箱根だけで燃える切るような指導はしていません。だから、コニカミノルタさんを始め多くの実業団チームから声をかけていただいています」と白い歯がこぼれた。そういえば、元コニカミノルタの名ランナーで、ニューイヤー駅伝の優勝に貢献したことがある酒井俊行さんが監督に就任されたたそうだ。

4月26日に、川越市内で行われたある総会に出席したときのことである。

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                    (写真)佐藤尚さん(右)
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by hasiru123 | 2009-05-04 00:23 | 駅伝