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しのぎを削る戦い

バンクーバー五輪の27日(日本時間28日)、スピードスケート女子団体追い抜き決勝が行われ、日本チームはドイツに敗れはしたものの、銀メダルを獲得した。そして、東京マラソンでは藤原正和(Honda)が2時間12分19秒で初優勝した。そのことを、今夜のニュースで知った。

どちらも、気持が晴れるような快挙である。女子団体追い抜き決勝は、終始日本がリードしていたが、終盤にドイツの追撃に遭い、最後は100分の2秒差で逆転されて金メダルに届かなかった。こんな激戦を演じた両チームに心からエールを送りたい。2日前に行われた女子フィギュアの金妍児と浅田真央の熾烈な戦いを再現するかのようなレースだった。

東京マラソンは今年で4回目を迎えるが、日本人選手が優勝したのは初めてである。また、国内の3大マラソン(福岡、東京、びわ湖)での優勝は5年ぶりのことだ。心から祝福したい。

藤原は、中大4年時に出場した03年3月のびわ湖毎日マラソンで、初マラソン日本最高記録の2時間8分12秒で走っている。しかし、その後ひざの故障などでなかなか2度目のマラソンに取り組めないでいた。回復を待ちながら、コツコツと練習を重ねてきた結果が今回ようやく実を結んだ。粘り強く、あきらめないで続けていくことが、ことマラソンに関しては大切である。地味ではあるが、それしかないのが競技というものであることを、あらためて知らされたレースであった。

昨夜からの氷雨で、午前中は5度までしか上がらなかった。ランナーにとってはつらい42.195キロだったと思う。完走した3万名強のランナーのみなさん、お疲れ様でした。

私も、来年こそ当選率9分の1という狭き門を勝ち抜いて、3万人の仲間入りを果たしたいと思っている。
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by hasiru123 | 2010-02-28 23:13 | マラソン  

「インビクタス/負けざる者たち」を観る

バンクーバー冬季五輪がたけなわで、応援に熱が入る毎日である。

必ず金メダルを取ると公言する選手がいれば、静かな闘志を燃やす選手もいる。応援する側から見れば、勝ってほしいけれど、それよりも全力を尽くしていい戦いをしてほしい、感動をあたえてほしい。正直なところ、勝負は「天命を待つ」という気分の方が、私の場合は強い。

一方で、競技に勝つことで、アパルトヘイトによる人種差別や経済格差の残る国をまとめあげる政治的役割を担おうと期待をかけるスポーツもあった。ネルソン・マンデラ大統領就任の翌95年に南アフリカで開催されたラグビー・ワールドカップのことだ。わずか1年で同国代表が優勝するまでの出来事にすぎない。マンデラと、同国のラグビー代表チームのキャプテンとの人種を越えた友情を描いた「インビクタス/負けざる者たち」を観た。

あらゆる政策に優先してラグビー強化に乗り出し、ボクスの主将フランソワ・ピナールを官邸に招き、黒人と白人の架け橋となることを依頼する。ボクスのメンバーも少しずつ考えを改め、単なるラグビーチームではなく政治的役割を担っていることを自覚するようになる。結果として、大方の予想を覆して、ワールドカップの決勝では、強豪のニュージーランド代表オールブラックスを破って優勝を飾る。

ただそれだけのサクセスストーリーだ。その後の南アの再建が必ずしも順調でないことがあるにしても、ドラマを美談にとどめずに、スポーツが人の心を動かす可能性にまで高めたのは、クリント・イーストウッド監督の力量によるところが大きい。1992年の「敗れざる者」も忘れ難いが、この作品は間違いなく彼の代表的な作品になるだろう。そう思いたくなるほどの出色の出来である。

最後の20分間は、ラグビーの熱闘で「和解のための戦い」じっくりと見せてくれた。肩の力を抜いた演出が奏功していて、スタンドで手に汗を握る観戦をしていたかのような思いに浸った。
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by hasiru123 | 2010-02-21 22:24 | その他  

走って!撮って!写真展

悪いことは重なるということを証明するかのように、最近の日本の現状は芳しくない。
日本航空の法的整理やトヨタ自動車のリコール問題、キリンとサントリーの経営統合失敗をはじめとして、負の連鎖がはびこっている。

そのことと軌を一にするかのように、日本の陸上長距離陣もあまり元気がない。特に男子の低空飛行が長期にわたっている。そして、私も年明け後あまり走れていない。仕事が過密となり、十分な睡眠がとれない状況が続いていることがその主因である。最近4週間でジョグができたのがたった二日というのは、故障期間を除けば私のランニング生活で記憶がない。

そんなペースダウンしたランニングに、ゆっくりでもいから楽しく走ろうよ、と語りかけてくれる写真展を見た。紅型(びんがた)の着物をまとって応援する女性たち(那覇マラソン)やドレスアップしてハンドバックを片手に走る姿(東京マラソン)もある。ゴール近くで選手たちにワインを差し出す人もいる。いずれも明るい人たちだ。

東京・銀座のリコーフォトギャラリーで開かれた写真展「走った!撮った!世界のマラソン」である。東京をはじめ世界の12のマラソン大会で撮影した写真パネル約100点が展示されていた。撮影したのは、フルマラソン42回の出場経験のある通信記者の辰巳郁雄さんである。

どれも走りながら撮ったものだから、沿道から見た光景やテレビの中継車から見たシーンとは違う。まさにランナー視点の姿である。こんなに応援に励まされて走っているのかと、あらためて、市民マラソンの熱気と新鮮さに感動を覚えた。

写真の色合いといい、シャープな画像といい、走りながらシャッターを収めたとは思えないくらいの出色の出来だ。辰巳さんによると、すべてコンパクトカメラで撮影したという。そのうちのひとつ、ポケットから取り出して見せてくれたのは、リコーの機種だった。

思わず、自分も走ってみようかと街へ出たくなる写真展だった。
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by hasiru123 | 2010-02-15 08:31 | その他  

新人の登竜門

1978年の別府大分毎日マラソンでは、宋茂(旭化成)はスタートから積極的に先頭に立ち、当時としては驚異的といえる5キロ14分台のペースを刻んだ。40キロまで当時の世界最高記録(デレク・クレイトン:2時間8分34秒)のペースを上回ったが、後半の別府湾からの強風によりややペースダウン。世界記録の偉業は阻まれた。結果としては世界歴代2位の2時間09分05秒6で優勝し、日本人では初のサブテン(2時間10分以内)であった。このレースをきっかけに、それまで続いた日本マラソン界は低迷を脱し、宋兄弟を始め瀬古、中山、谷口といった世界をリードするマラソン選手を輩出した。

宋茂はこの2か月前の福岡国際マラソンで、54位と惨敗している。これまでも期待されながらなかなか結果を出せないでいたところにこの不振。2か月という短い調整期間でレースに臨んだことからも、この大会に賭ける意気込みかがえる。産みの苦しみを乗り越えての日本記録の誕生については、私の別大毎日マラソンの記憶として深く刻み込まれている。

さて、今年も新人の登竜門といわれる別大毎日マラソンに多くの新人選手が参加した。特に注目したのは、三津谷祐(トヨタ自動車九州)だ。2005年と2007年の世界選手権1万メートル代表で、日本歴代4位の記録を持つ屈指のスピードランナーだ。残念ながら、32キロ過ぎに失速し、9位に終わった。それでも、大崩れしないところに大器の片鱗をのぞかせていた。まずは、スタミナ不足の克服が課題だろう。

もう一人の注目株は、堺晃一(富士通)。元日の全日本実業団対抗駅伝で、エース区間の4区で区間2位に入って、その存在を知った。3回目のフルマラソンである。

そんな中で結果を出したのは、一般参加でマラソン初挑戦の井川重史(大塚製薬)だった。2時間11分4秒で日本勢最高の4位と健闘した。正直なところ、井川のことは直前の毎日新聞を読むまで知らなかった。終盤に何度か仕掛けて、最後まで優勝争いに参加したことは大いに評価したい。記録は別としても、仮に五輪や世界陸上の切符がかかった大会であったなら、当確をつけたいところだ。これらのフレッシュランナーの来シーズンの走りに期待したい。
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by hasiru123 | 2010-02-07 22:46 | マラソン