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夢のマラソン

年度の初めに考えたこと

今日は、若葉グリーンメイトの練習会後に、年次総会が行われた。今年度もコーチを担当させていただくことになり、席上であいさつをさせていただいた。あらましを整理しつつ加筆すると、以下のようになる。

震災の影響で主要なマラソン大会が軒並み中止になった。多くの役員やボランティアに頼りながら行う大会の開催にはしばらく時間がかかりそうである。震災や原発事故のこれからの経緯にもよるが、秋以降にはきっと、再び多数のランナーが町並みを埋め尽くす光景を見られるようになると信じている。

マラソン大会が少ないということは、市民ランナーにとっては長期的な取り組みができるチャンスでもある。目先の大会に追われることなく、課題を整理し、発見できた弱点を修正して、じっくり基本を磨くことが可能となるからだ。この時期には、起伏のあるコースを使ったトレイルランやトラックでのインターバル練習なども組み込んで、バリエーション豊富なメニューをこなしたい。夏以降の超長距離練習に耐えられるスタミナをつけるには即効薬はなく、基本の徹底に勝るものはないと考える。

一方、ランナーのメッカ的な存在である皇居では、ランナーの減少傾向はいまだに続いていると聞く。皇居で走るランナーが急増した背景には、東京マラソン等のマラソン人気の影響があった。走りたくて始めた習慣を、簡単に捨て去っていいのだろうか。にわかに増えたランナーはにわかに減るものなのか。残念な気分ではある。一方、にわかランナーを継続的ランナーに変えることは、まさしく走友会の大切な役目であるとも気づかされた。

この度の震災で思うことは、「生きている」ことは偶然によって「生かされている」ということの裏返しだということだった。その現実を受け止めて、私自身に対して次のような課題を科すことにした。

--震災を走れなかったことの言い訳にしない。計画倒れになったことの言い訳にしない。自分がダメなことの言い訳にしない。

日々の練習を大切にし、来るべき日のために良い結果を出せるよう最大限の努力と底力を示すこと、これを年度の始めにあたっての誓いとしたい。

今年度の練習計画案は、ことのほか距離の走り込みに重点をおいている。これも計画倒れにならないよう、会員相互でチェックしていければと考えている。
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by hasiru123 | 2011-04-24 23:54 | 練習

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2年ほど前に、川越市役所前から国道254号線へ向かう市道三田城下橋線が拡張・整備された。その途中に川越の中ノ門跡がある。昨年4月に、堀跡についての発掘調査を経て整備されたものだ。明治維新後に城内の様々な建造物が取り壊される中で、この堀は奇跡的に残されていた。
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「武蔵国川越城図」(市立中央図書館蔵)を見ると、他の2条の堀と連携して敵兵の進路を妨げる役割を果たしていることがわかる。また、宝暦12年に作成されたとされる「川越城図」(同蔵)では、南大手南側の土居(土塁)2ヶ所と中ノ門付近の土居1か所が崩れ、堀が埋まっている。その修復をするために幕府に願い出た際に作成されたものだ。当時は、城の修復には幕府の許可が必要で、破損があると、修復許可願と図面を添えて幕府に提出したと、川越城本丸御殿竣工記念第35回企画展「川越城―描かれた城絵図の世界-」展示図録の解説にある。

川越城の姿を知る手掛かりは、現存する数十点の城絵図である。この企画展では、静嘉堂文庫を始め、岡山大学附属図書館、東北大学附属図書館、国立公文書館など全国各地に保存されている川越城関連の城絵図を集めた。今に伝える貴重な史料だ。

今回の企画展の特長の一つとして挙げられるのは、7種の「主図合結記」が展示されていることである。「主図合結記」というのは、江戸時代の城郭絵図集で、全国各地にその写本等が保存されている。展示の解説では、「榎本弥左衛門覚書」の記述と「武州川越城図」などと比較しながら、「主図合結記」の検証を行っている。これらの城絵図を一堂に会して見られるのは、この機会をおいてはないであろう(企画展は、3月26日から5月8日まで開催)。
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(写真上)本丸御殿の正面
(写真中)整備される前の中ノ門内の堀跡(2009年4月)
(写真下)展示図録
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by hasiru123 | 2011-04-17 23:59 | その他

震災から1カ月

「いくら危険だと叫んでもだれも本気になってくれない。だから、行動することで、まあ、世間をおどかすことで少しは本気になってもらいたい、そんな気持ちだった」。気象庁元地震課長の木村耕二さんが退職後に「東京は地震に対して無防備過ぎる」といって、岩手県の三陸海岸へ「避難」した1974年のことだ。当時の朝日新聞の天声人語欄で知った。

「地震で怖いのは東海や火災だけじゃない。電気が止まる。断水するといった事態になったら大都会の中枢はマヒします」。過去の政治は地震予知の必要性を呼びかける意見に耳を傾けず、防災対策もおろそかにしてきた。木村さんのとっぴに見える避難行為も、そういう政治の姿勢に対する一つの警告である、と天声人語子の深代惇郎氏は書いていた。

あす11日、東日本大震災から1か月を迎える。自分自身を振り返ってみて、政治の姿勢を引き合いに出すまでもなく、自らの防災対策にまず襟を正さなくてはいけない。災害に対して、他人事のように考えていなかっただろうか、という意識面も含めて。

ランニングについては、名古屋国際女子マラソンに続いて長野マラソンが中止となった。しばらくは、東日本地域で予定されていたロードレースは、大会規模が大きくなるほど開催が難しそうだ。東北地方でのインターハイ予選は大丈夫だろうか。また、今年8月に開催されるインターハイは北上市を始めとする岩手県だ。

東日本各地の自治体や民間ボランティアに大会を支援するだけの余力がない。思い切って開催地を変えるとか、規模を大幅に縮小するなどの工夫を凝らして、何とか選手たちの雄姿を見せてもらいたいものだ。

市民ランナーのメッカとうたわれた皇居でも、走る姿が少なくなったと聞く。野外で走ることに対する抵抗が生じているとしたら、残念だ。こうした時期だからこそ、時間の許す限り走っていい汗をかきたいものだ。ランナーだけでなく、見る者にとっても、きっといい気分にさせてくれる何か、を得られるのではないかと思うのだが。

私は、震災後の計画停電が続いたいたころ、心理的な異変があって走れない時期があった。このまま走れなくなるのではないかという不安にかられたりもしたが、1週間くらいで元通りに走れるようになった。それはちょっとした気持の変化がもたらしたものだった。被害を受けずに済んだという環境は、生かさなければいけないということである。

3月23日以降は、毎朝走り続けている。当面出場する大会は、皇居での駅伝を除いてないが、今秋以降には何とか主要マラソン大会は開催できるようになることを願って、出場を目指し、じっくり走り込みたい。
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by hasiru123 | 2011-04-10 23:51 | 練習

最近の写真から

川越市内では、4月1日ころにソメイヨシノが開花した。それに先だって、中院では彼岸桜や白木蓮が咲き誇り、そして喜多院では枝垂れ桜がほぼ満開となった。

以下にアップした写真は1週間前のものだ。たまたま冬晴れとなったことから、空の青に花が映えるシャッターチャンスを得ることができた。
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by hasiru123 | 2011-04-03 22:12 | 芸術

川越城本丸御殿が再公開

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川越市の県有形文化財である「川越城本丸御殿」の保存修理工事が完了し、3月26日にリニューアルオープンした。平成20年10月から2年半かけて、屋根や壁などについて老朽化した部分の修復と耐震補強などを行ってきたものだ。
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川越城は1457(長禄元)年に太田道真、道灌親子によって築城された。江戸時代(寛永年間)に入ると、川越藩主の松平信綱が、拡張した。1846(弘化3)年、二の丸御殿が焼失したが、2年後の1848(嘉永元)年に同藩主松平斉典が本丸御殿を再建した。
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明治に入ると、廃城令により取り壊されたが、1967年に大規模な復元修理が行われて、現在に至っている。私が子供のころは、廃屋に近い状態で、中学校の部活などに使われていた。
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現在は、玄関と広間部分、そして移築復元された家老詰所だけが残されている。
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by hasiru123 | 2011-04-03 21:59 | その他