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勇気と感動(下)

コンパスを持って机上の地図を広げながら、窓の外を見つめる人がいる。外は雪だろうか。部屋の住人は厚いガウンをまとっている。フェルメールの代表作「地理学者」である。

5月の連休に東京・渋谷の、Bunkamuraザ・ミュージアム(注)で観たものである。フェルメールは、精緻で光と影のコントラストを巧みに描く画家として知られる。この絵も、描かれている事物に多くの情報と意図が埋め込まれている。

あまり厚くはなさそうなガラス窓は白っぽく、戸外は何も見えない。壁にかかっているのは地図か、それとも絵だろうか。立ちながら机に前のめりで向かっているのは何のためだろうか。「地理学者」は一体何を考え、遠くを見つめる視線の先には何があるのだろうか。絵を見ながら、様々な疑問が生まれ、そして想像をかきたてる。

フェルメールが活躍した17世紀のオランダは、まさに大航海時代の真っ只中である。少々短絡的な想像かもしれないが、海図を見ながら、見果てぬ海外への夢や希望に思いをいたしていたのだろうか。後の棚の上にある地球儀がそのことを暗示しているように見える。

この絵を、見る人によっては、実は「地理学者」に託して、異国の人に思いを馳せているのだ、という見方もありである。1枚の絵から、人それぞれの想像により、いろいろな物語が作られていい。作者が、こうだと打ち明けたりしない限りにおいては。

くり返しになるが、勇気や感動、そして希望も、絵と同様に人からもらって抱くものではないということと、似ている。観たり、聞いたり、行動したりした人たちが、自分の意思の趣くままに感じ取ればいいのだ。

この夏も様々なスポーツイベントが催される。テレビや新聞の報道においては、「地理学者」を想像するような眼で、自由でのびやかな言葉を期待したいものだ。


(注)現在は公開が終了しているが、別途「フェルメールからのラブレター展」が、今年12月23日から同会場で開催される予定。
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by hasiru123 | 2011-07-31 23:26 | その他  

勇気と感動(上)

スポーツを見て、よく言われる言葉に「勇気と感動をありがとう」というのがある。私は、この言い方に違和感を覚える。勇気とか感動は与えられたり、与えたりするものだろうか。

ちょうど1週間前のこと。サッカー女子ワールドカップ決勝で、日本は米国をPK戦の末に下し、初優勝を果たした。「なでしこジャパン」のスピードある妙技とうまいパス回しに舌を巻いた。翌日(19日)の朝刊を見ると、以下のようなフレーズが目についた。

「そんな姿に日本中が熱狂したのは、大震災以降の重苦しさのなかで、人々がなでしこの快進撃に希望や期待を重ね合わせたからだろう。一瞬でも苦しさを忘れ、勇気を与えられた人は多かったに違いない」(朝日新聞社説)。

「満員のドイツの観衆が大歓声で祝福し、敗れた米国のメディアも震災から立ち直る日本の不屈の精神を表すとの賛辞を寄せた日本女子の「勇気」だ▲その感動をすべての人が分かち合えるスポーツの栄光である」(毎日新聞「余禄」)。

「東日本大震災の被災者を励ましたい、という決意だろう」(東京新聞「筆洗」)。

「東日本大震災からの復興を目指す日本にとって何よりの励ましとなる優勝だった」(毎日新聞社説)。

また、ある大手小売業が展開するキャンペーンには「なでしこジャパン 感動をありがとう」というのがあったし、地元のある食品メーカーのブログには「なでしこジャパン! 東北に勇気をありがとう~」というのもあった。

いずれも似たような言い回しで、紋切り型になっているのはやむをえないことだと思う。問題はそういうことではなくて、事象に対する起動の仕方というか、発想や反応がもの足りないと感じるのである。これらの表現からは、何事かをなし、現実のものにしていく積極的な意思が感じられない。せっかくの勇気や感動が、ただ「ありがとう」で終わってしまうのではないかと、不安になる。

勇気とか感動は与えられたり、与えたりするものではない。自らの思いと努力でつくっていくものである。「そこにある」のではなくて、自分から手を差し伸べて、探し、引っ張り込むものである。そうでなくては面白くないし、長く記憶に残ることもないだろう。感動するということは、その人に共鳴する何かが備わっている証拠であって、ワールドカップ優勝という偉業でなくても、日常の出来事の中から見出すことだってできるはずだ。

勇気や感動は、人の思いに関わることなので、本来あげたりもらったりすることができない。自分の思いは自分自身で抱き、刻むしかないのではないか。何か勘違いがあるように思える。

上記の「余禄」には、同時にオシム元監督のこんな言葉も引用されていた。「毎日奇跡が起こるわけではない。奇跡を金で買うこともできない。入念に準備をした上でしか、奇跡は起きない」「勇気をもってのぞまないと幸運は訪れない」。そうなのだ。
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by hasiru123 | 2011-07-24 23:23 | その他  

スポーツ基本法とスポーツクラブ

スポーツ基本法が6月17日に成立した。東京五輪直前に制定されたスポーツ振興法から50年ぶりの全面改正だそうである。基本法が、スポーツクラブにとってどのような関わりがあるのかを考えてみたい。

まず前文に目を通してみると、「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、すべての人々の権利」とうたい、振興法にはなかった権利規定が明記された。一方、総則では国と地方公共団体はスポーツに関する施策を総合的に策定するとした上で、実施する責務を明確にした。国民がスポーツをする「権利」とスポーツ推進は「国の責務」。この2つはいわば車の両輪で、憲法が国民主権と基本的人権の尊重を基本原理とし、国の擁護する義務をうったっている点と共通するものがある。うまくかみ合っていけるか、これからの推移を見守っていく必要がある。

第5条では、努力義務ながら、スポーツ団体(「地域スポーツクラブ」とも表記している)の取り組みについて「スポーツを行う者の権利利益の保護、心身の健康の保持増進及び安全の確保に配慮しつつ、スポーツの推進に主体的に取り組むよう努めるものとする」とある。さらに、団体の運営の透明性の確保を図り、順守すべき基準を作成するようにともしている。大から小まで様々なスポーツ団体があるが、それぞれの持ち場で国や自治体との関わり方を見直すきっかけとなるといい。

「基本的施策」の章に「学校施設の利用」の項があって、国や自治体は、スポーツ団体が行うスポーツの振興のための事業支援、施設の整備などの施策について触れている。さらに、スポーツの振興のための事業に対する補助についての条項もある。

このように基本法は地域スポーツの振興に多くの記述を割いている。しかし、「○○に努める」という文言が目立ち、具体的な方向性が見えない。勢い、競技力向上や国際大会誘致などの競技スポーツ強化に傾斜しないか心配な点も多い。けっして、優秀なスポーツ選手を育成することだけが中心の基本法になってはならない。施行日までに、政令などを通して前文の理念を具体化してほしい。

残念ながら、今回の基本法についての一般の関心は必ずしも高くない。スポーツが多くの愛好者にとって身近で、日常生活に力と夢を添えるものにしていくのには、スポーツを行っている私たちから意識を変えていく必要がある。まずは、条文を読み込むことから始めたい。
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by hasiru123 | 2011-07-17 22:30 | 話題  

暑いときの走り方

3月から毎月第1土曜日に、坂戸陸協の練習会を東洋大学のトラックをお借りして行っている。今月だけは、第1土日に若葉グリーンメイトの合宿があったため翌週に実施した。中学や高校の期末試験が終了したためか、トラックを借りて練習に励む生徒が多く、久しぶりににぎやかな練習光景を目にした。

この日坂戸陸協が行った練習メニューは、以下の通りである。
● ウォーミングアップ 約40分(各自)
● インターバル 400m×12~15本(レスト:200mジョグ)
● クーリングダウン(各自)

8時から開始したが、気温はうなぎ上がりで、ウォーミングアップのジョグだけで汗びっしょりとなる暑さであった。したがって、練習の密度を濃くし、できるだけ短時間で終了させることを心がけた。メニューだけでなく、練習運びについても手際よく進めていかないと、疲労の蓄積でメニューを消化できないばかりか、下手をすると熱中症を引き起こしかねないからである。具体的には、設定タイムもしくは平均タイムを2秒以上超えるようになったら、トライアルを中止することにした。

炎天下でのランニングは、極力避けるにこしたことはない。しかし、都合によってはそうもいかない場合もあると思う。その時には、以下の点に気をつけて行う必要がある。

原則1 練習の量と質の両方を追いかけない
練習の量と質の両方を、同時に追いかけてはいけない。かといって、練習の量も質も追いかけないというのも、消極的過ぎるような気がする。今秋から冬にかけてハーフマラソン以上の長距離走に出場するのには、夏の練習をほどほどに保って9月以降にステップアップを図りたいからだ。夏の疲れを長く引きずらない程度の強度と練習量は保っておく必要がある。

原則2 水は、練習前と後だけでなく、実施中も積極的に摂取する
ロードを走るときは、途中で給水できるポイントを確保しておく。トラックだったら、練習の合間に頻繁に水分を補給したい。いずれも、のどの乾きを感じる前から行いたい。

原則3 走る前と後の食事をしっかり摂る
間違っても空腹で走らない。水不足とガス欠が重なることは、疲労を早めるだけではなく、熱中症を促進させることにも。走り終わった後は一気に汗が噴き出し、一気に水分を補給したくなる。ここは時間をかけて徐々に摂っていきたい。また、ビールで一杯といきたいところでも、練習直後は控えよう。ビールよりも大事なのは、しっかり食事を摂ることだ。大東文化大学教授の青葉昌幸さんは、「練習後は30分以内にたんぱく質を豊富に含んだ食事を優先して」と言っている。

原則4 1日の練習を分割する
早朝か夕方もしくは夜に分割して走るのが脂肪を落とす意味でも効果的。日中に走る分の一部を朝か夕方に分割することで、身体への負担を軽減しながら脂肪が燃えやすくなるからである。

原則5 練習を中止する勇気を持つ
無理をして予定を消化させようとしないこと。がんばりすぎて、明日からの練習意欲をなくしては元も子もない。暑いときは、翌日の練習につなげることを意識して、控えめがよい。

今年は、6月下旬から真夏並の日が多かったことから、暑さに慣れる時期も早そうだ。身体を酷使することなく上手に馴化させて、長い夏を乗り切っていただきたい。
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by hasiru123 | 2011-07-10 23:43 | 練習  

合宿と疲労の超回復効果

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越後湯沢で行われた若葉グリーンメイト夏季合宿(1泊2日)に参加してきた。同地での合宿は、今年で7回目となる。

コーチとしてはさしたることはできなかったが、例によって、この季節にしては冷涼な気候の中でのランニングができ、大変充実した練習が行えたと思う。また、心配された参加者数も16名と、なんとか昨年のレベルをキープすることができた。そして、新たな参加者も2名おられた。準備に当たられた幹事さんにはこ心より御礼を申し上げます。
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マラソン派は、2日間で合計で60キロを越える距離をきっちり走り込んだし、ファンラン派は、山登りを含めてバリエーションのあるランニングができた。これからも、メニューのバリエーションを広げて、可能な限りの全員参加型の合宿に育てていければと思っている。

さて、私が参加したマラソン派の練習内容について。

<第1日>
AM ジョグ約6キロ(大源太コースの下りのみ)
PM 持久走約32キロ(大源太コース。林道の周回コースを3周含む)

<第2日>
早朝 ジョグ葯5キロ(あじさいコース)
AM 持久走約18キロ(土樽先の駐車場往復コース)
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両日とも、豊富な起伏を利用して、持久的なランニングを行った。トレイルランほどの起伏ではないが、長時間にわたっての上りと下りの繰り返しは相当な身体的ストレスを与える。たった2日間の練習ではあるが、マラソンで大切なスタミナと高い心肺機能を養成するのに大いに貢献するものと期待したい。また、そのように仕向けていかなければいかけないだろう。

合宿で集中的に走りこんだ後の、身体的な疲労の蓄積は相当のものがある。私がかつて、80JCの合宿に参加させていただいたときに、当会の指導をされていた宇佐美彰朗さん(現在東海大学名誉教授)の言葉が記憶に残っている。ハードなトレーニングが大切な理由は、「疲労を取り除いた後にやってくる超回復効果が期待できることである」と。

疲労が抜け切れずに蓄積されていけば故障につながるし、休息を続けていけば自然に超回復効果が生まれるわけではない、という趣旨のことを「5000m×3」のロングインターバルを終了した後に、疲労困憊ぎみの参加者を集めてそう話されたのだ。しっかり走った後は、一定の休息を図りながら、次のシリアスな練習時には、一層上のレベルで走れるようになる。そういう視点で練習に取り組むように、ということをおっしゃったのだと理解している。

若葉グリーンメイトの合宿を無事に終了したマラソン派のメンバーは、この言葉の意味をよく噛み締める必要がある。疲労をうまく抜いて、更なる活力を生み出し、今秋以降のレースに力を発揮してもらえればうれしい。

(写真上)宿舎の高野屋さんの前で
(写真中)懇親会での乾杯
(写真下)朝食メニュー(もちろん、ごはんとみそ汁が付きます)
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by hasiru123 | 2011-07-03 23:27 | 練習