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ミロ展を見る

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陶芸というのは、究極的には土と火がすべてだそうだ。どんなに心を込めて粘土をこねても、どんなに心を込めて絵付けをしても、火の力に委ねた時点で、作家の努力は終わりである。あるところまで力を尽くしたら、祈りを込めて火の力に全てを託すしかない。姜尚中さんの書いた『あなたは誰?私はここにいる』(集英社新書)に教わった。

「陶芸はアートの世界では長く、「第二芸術」的に、絵画や彫刻より一段低く位置づけられてきた」が、その理由の一つがここにある、と書いている。「一段低い」かどうかはともかくとして、版画や民芸品のようなものと考えればいいのではないだろうか。鑑賞のための芸術と実用のための調度品などとの中間に位置するからだ。

そこで版画。版画の一種で、水と油の反発を利用して(または他の方法で)平らな版で刷るリトグラフというのがある。先ごろ、ジョアン・ミロの版画を見るる機会があったので、このことについて書いてみたい。ミロはスペイン出身のピカソ、ダリと並び称される20世紀を代表する芸術家の一人だ。絵画や版画、陶芸など幅広いジャンルで活躍した。また、多くの版画、特にリトグラフを作出している。

リトグラフは、他の版画に比べて複雑で多くの時間を必要とする。したがって、作家の技量だけでなく使用する道具や画材の性質に制約される部分が大きいと聞く。初めて出会うミロの世界に心がときめいた。

今回は版画に焦点を当てて、初期から晩年までの145点が展示された。初期のの作品は童心を誘う絵のような面白さがあり、夢想的な雰囲気を多分に持っている。晩年になるにしたがって、重厚さを帯びたり、黒を中心とした日本画的な構成や太陽などを単純化し原色を強く押し出したものなど、多彩な作品群に圧倒された。

「独り語る」と題した6点のリトグラフがあった。太い線で描かれた記号や文字が踊っている。詩らしきものも挿入されていて、詩人とのコラボレーションでできた作品だそうである。「私は庭師のように働く」は、子供がクレパスで書きなぐったような単純なものだが、見ようによっては複雑怪奇な曲線がどこまでも続くようで、不思議な版画だ。

これらの抽象画を解釈しようとするとなにやら難しくなるが、私はネクタイを選ぶ感覚でつきあうことにしている。そうすれば、肩がこることなく、すうっと自分の中に入ってくる。版画は民芸品なのだから。陶芸が火の力に委ねるように、一度で色付けした画材の力に委ねるしかないところも面白い。

川越市立美術館で開催されている特別展「スペインの巨匠 ミロ 色踊る版画」は、12月11日(日)まで。

(写真)特別展「スペインの巨匠 ミロ 色踊る版画」のポスター
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by hasiru123 | 2011-11-27 23:42 | 芸術  

心が折れかけたけど・・・

ヤマ場は40キロ過ぎにやってきた。尾崎好美(第一生命)がスパートをかけ、木崎良子(ダイハツ)との差がみるみるうちに開いた。約4秒の差がついたところで、勝負はあったかに見えた。ところが、それ以上は開かない。そして、徐々に二人の差が詰まった。41キロを過ぎたところで、木崎が追いつき、逆転。今日行われた横浜国際女子マラソンだ。

尾崎は今年2月の同大会で、39キロすぎにスパートして2位の中里麗美(ダイハツ)らを抑え、世界選手権の切符を手にした。また、木崎に対しても昨年の世界ハーフマラソン選手権で、1秒差で制している。そういった過去の実績から、終盤の勝負には相当の自信を持って臨んだと思う。

レース後の木崎のインタビューをテレビ中継で聞いた。「心が折れかけたけど、逆にラスト100メートルまであきらめないで走ろうと切り替えた」。最後まで、あきらめずにアグレシブな気持ち続けた。勝利の女神が微笑んだ理由は、そこにある。

話題はいきなり変わる(いつもの癖だが)。

3日後の11月23日に開かれる太田原マラソン。昨年に続いてエントリーしていて、春以降この日のために走り込んできた。何か足りないものがあるという気持ち(多分、それはスピード感の欠如)を抱きながらも、ここ10年間で最も多い練習量を積むことができた。ところが、11月に入って最後の40キロ走を行なったときに、19キロで中断することに。患っていた左足の外反母趾の部分にタコができ、そこがひび割れていたのである。痛みのために、それ以上距離を踏むことができなくなった。

気温が下がり、空気が乾燥してくると、足裏のあちこちがひび割れしてくる。今回は、タコの硬い部分が割れてなかなか回復しなかった。1週間にわたってまったく走れない状況が続いたため、思い切って出場を取りやめることにした。できるだけ粘って、昨年の30キロ以降の失速を少しでも取り返したいと取り組んでいた矢先だったので、残念な気持ちでいっぱいだ。

現在は、15キロくらいのジョグをできるまでに回復している。ただし、練習量や気温、湿度などとのバランスで、いつひび割れするかわからない。患部周辺に保湿剤をしっかり塗って、様子を見ながら練習を進めていく必要があるだろう。走り込んだ感覚を体が忘れないうちに、次の目標を決めることも急ぎたい。それがないと、練習が楽しくないからだ。

今日の横浜国際女子では、尾崎は貧血を抱えながらの出場だったと聞く。足の皮に傷を負ったくらいでレースを断念したわが身に比べ、トップアスリートのミッションはかくも厳しいものかと思い知らされた。
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by hasiru123 | 2011-11-20 23:07 | マラソン  

ディヴェルティメント

モーツァルト:ディヴェルティメントK.136〜K.138 / セレナード第6番K.239

イ・ムジチ合奏団 / マーキュリー・ミュージックエンタテインメント


モーツァルトの若き日の作品にディヴェルティメントがある。2回目のイタリア旅行から帰ってきたときに作られたもので、イタリアらしく明るいのびやかな旋律だ。16歳の時のものだ。

ディヴェルティメントは、18世紀中頃に作られるようになった器楽組曲である。日本語では嬉遊曲(喜遊曲、きゆうきょく)などと訳される。貴族たちが祝いごとがあったときに、食事の際などに演奏された音楽のことをいうのだそうだ。

この中で、私が特に気に入っているのはニ長調K136の第1楽章と第3楽章だ。中でも第1楽章は、とても典雅な明るさに満ちた楽曲だ。そして、第3楽章では、その旋律を引き継ぐかのように、そして弾むように小刻みに展開されていく。これを聞きながら食事や歓談をすれば、思わず話も弾む。そんな気にさせる名曲である。

今までアムステルダム・バロック交響楽団の演奏するCDで慣れ親しんできたが、最近地元の図書館からイムジチ合奏団のCDを借りて聞いてみた。前者に比べるとだいぶテンポがゆったりしている。聞き覚えのある演奏だ。記憶を手繰り寄せてつながったのは、かつてのマラソンの日本記録保持者中山竹通氏だった。

ディヴェルティメントがどうして中山選手なのか。日本のトップランナーだった80年代後半は、彼が走るときは所属先のダイエーがテレビ中継のメインスポンサーを務めることが多かった。そのころの中山選手には勢いがあったが、ダイエーにも勢いがあった。ダイエーは当時の流通業界で売上ナンバーワンを誇り、コマーシャルで関連会社を紹介するテロップが流れると、画面の上から下へスクロールされるのに何10秒か続く。傘下の企業数がいかに多いかを知らされる。

その時バックグラウンドで流れた音楽がディヴェルティメントニ長調K136だった。第1主題の演奏にかかる時間はおよそ1分。その間途切れることなくグループ企業名が流れ続ける。ちょうど、映画が終了するときにキャストの一覧が表示されるあの感じである。

イムジチのCDを繰り返し聞いているうち、あのとき流れたのはイムジチの演奏したものではなかったかと思うようになった。
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by hasiru123 | 2011-11-13 21:48 | 芸術  

小江戸川越マラソンが近づいた

青梅マラソンでは、大会が近づくと青梅街道がランナーで賑わう。私の住んでいる川越市でも、第2回小江戸川越マラソン(11月27日開催)が近づいたことを告げるかのように、最近市街地を走るランナーがめっきり増えた。

試走を兼ねて、コースを確認するためにわざわざ遠隔地から訪れる人も多いと聞く。中には、本番のようなスピードで駆け抜ける人もいる。夜走るランナーもよく見かける。いずれにせよ、蔵造りの町並みを見ながらランニングを楽しむ人が増えたことはうれしいことだ。

ただし、川越の旧市内は道幅が狭いので、交通量の多い日中は特に気をつけていただきたい。また、夜であっても歩道のない道路が多いことから、車には細心の注意が必要である。

安全を重視する立場から試走について気をつけたいことを挙げると、次のようになる。

●本番前の試走は、歩行を交えてできる限りゆっくり走る。例えば、舗道はゆっくりジョグで、車道では走らずに歩行を中心にする
●夜は、暗いコースは避け、明るい道路を選んで走る
●ランナーは左側通行が原則だが、ゆっくり走るのであれば歩行者と同じ右側通行の方が安全である。というのは、左側通行だと後方から来る車の運転者の不注意で引っ掛けられる危険がある。右側だと、前方から来る車に接触しそうになったとしてもとっさに身を避けることができる。
●練習は試走と切り離して設定し、できるだけ車の少ないロードを選んで走る
●試走とはコースの確認であって、練習ではない。風向きやポイントとなる建物、起伏の状況、路面の凹凸(整備の状況)などを確認することが主な目的である。
●夜は見通しの悪いロードを避けて、公園や運動場などの車の心配のない明るいコースにする
●沿道から多くの応援をもらえそうな地点はどこかを意識して街を眺めよう
●自転車にも気をつける必要がある。また、歩行者から見ればランナーは凶器にもなる。くれぐれも歩行者の迷惑にならないように。

コースを熟知しているにこしたことはないが、あまり本番コースにこだわる必要はない。というのは、日ごろから走っているマイコースでしっかり練習を積むことが、本番コースでの快走につながると考えるからだ。
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by hasiru123 | 2011-11-06 23:41 | マラソン