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短距離と長距離

「走る」という点では共通するものの、専門領域が異なる二人の話を聞く機会があった。テーマは「各競技スポーツにおけるトレーニングを考える~瞬発系と持久性競技の違い~」(注)。二人とは、パネリストの中村宏之氏(北海道ハイテクアスリートクラブ)と酒井俊幸氏(東洋大学陸上部監督)で、司会進行は小河繁彦氏(東洋大学理工学部正体医工学科教授)が務めた。

ディスカッションに先立って三氏の講演があり、始めに問題提起として小河氏から「トレーニング科学の現状」について、パフォーマンス向上の意味、エリートスポーツマンの体はどうなっているのか、限界を押し上げることと疲労との関係などについての概論説明があった。心拍数を上げてパフォーマンスをテストする方法など、デンマークで開発された事例にも言及があった。

続いて中村氏は、「夢に向って」と題して講演。現在、福島千里さんらの第一線の女子短距離選手を指導しているが、これまでの常識を変える練習方法に話題が集中した。スイングを大事にし、選手のフォームは直さない。メニューをあらかじめ決めない。これがあると、練習には終がないこと、そして自分で考えることを選手が学ばない。ストップウォッチを持たないで、選手の動きを見て判断する。数字に惑わされてはいけない。

日本の指導者は、中村氏の考え方とは反対のことを教えているという。練習にバスケットやバトミントンを取り入れるなどして、もっと楽しい練習にするべきだ。そうすることによって、肉体や心が喜び、疲れない。

いま、中村氏はフレキシブルハードルに取り組んでいる。低いハードルを短い間隔に並べて、速く駆け抜ける練習だ。狭いところを速く走ることによって、速筋繊維を鍛えることができるからだそうだ。筋肉も遊ばせて、解放してあげることが必要だと、熱く中村理論を語っていた。

一方、酒井氏は箱根駅伝へ向けて大詰めの段階で、本番でいかにパフォーマンスを発揮するかについて自論を展開した。

ディスカッションでは表題のとおり、短距離と長距離の違いと共通点はどんなところにあるのか、という点に議論が集中した。私が注目したのは、パフォーマンスの優先順位についての質問への答。酒井氏は、コンディショニングを第一に挙げた。「人や年次(学年)によって違うが、休みと追い込みとの組み合わせ、選択が大事」。それに対して中村氏は、「練習の中でいかにスピードやエネルギーを貯めるかだ。蓄電がしっかりできていれば、たくさん練習をしなくても(本番で)力を出せる」。「週に3日は走らせない」とも。

どちらかというと、短距離と長距離の練習に対する方法論の違いというか発想の違いが際立った。確かに同じ「走る」競技とはいえ、野球とサッカーほどの違いがあって、この差は大きいという印象をもった。しかし、故障した時のモチベーションをどう維持するかという質問に対しては、短距離と長距離共通の視点が見えたような気がする。中村氏いわく、「弱いところが故障につながるので、弱い部分を強化して、バランスをとる練習をする。水中ランニングもいい。それは心と筋肉に優しく、心臓にはきついから」。これらは、いまや長距離選手の常識になっている。

とてもユニークな企画だったと思う。興味深く、そして話題の尽きないテーマであるだけに、全体で1時間半という時間は余りにも短い。できるなら、機会を改めて再企画を組んでいただけるとありがたい。


(注)12月15日に行われた第6回東洋大学鶴ヶ島市連携スポーツ講演会
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by hasiru123 | 2011-12-25 21:57 | 練習

小江戸川越マラソンの今後

第2回目の小江戸川越マラソン(11月27日開催)は、昨年に続いて出発係を務めさせていただいた。私が担当したのは10キロとFun Run(5キロ)であったが、その範囲で言わせてもらうと「2回目としては合格点」というのが私の感想である。

前回の運営に比べると今回は大幅に改善された。今後、回を重ねるごとにブラッシュアップされていくことと思う。いろいろな問題を抱えながらの開催ではあったが、一発で何もかもクリアするのは無理で、少しずつ改善されていけばいいと考える。今後は、その分だけ大会役員の運営に余力が生まれることにもなろう。そこで提案である。

提案その1 10キロ終了後にハーフをスタートさせる
10キロとハーフマラソンを25分差でスタートさせるのは無理があり、運営の改善が進んだとしても今後もこの点についてはアキレス鍵になるだろう。何とか警察関係者の更なる協力を仰ぎ、10キロ終了後にハーフをスタートさせる方式に変えていただきたい。

Fun Runは今後とも継続させてほしいが、10キロスタート後に出発することは、上記を実行する上でネックとなる。Fun Runは 10キロの後方について同時スタートさせてはどうか。ゴール地点が市役所なので、Fun Runの後方が大きく遅れても10キロの進行には支障ないだろう。

その上で、12時過ぎに交通規制を解除するまでの時間的余裕を作るために、①10キロのスタート時間を早め、ハーフのスタート時間は若干遅らせる。結果的にハーフは制限時間が短くなるが、やむを得ないだろう。または、②10キロのスタート時間を早めるとともに、ハーフの12時規制解除を少し遅らせる。このやり方では、結果として競技時間が大幅に長くなる。できれば、運営能力を高めることで①にしたいところだ。

提案その2 10キロは正確に「10キロ」で
今回の大きな懸案事項であった10キロの距離が少しオーバーしてしまった件であるが、スタート位置を前へ持っていくなどして、ぴったり10キロにしてほしい。10キロとハーフのスタートに時間的余裕が生まれることで、スタート位置がずれることの混乱を回避できるのではないか。10キロの距離に合わせることはランニング大会の常識である。ぜひ、大会本部には再考していただきたい。

提案その3 参加者数を増やす検討も
10キロとハーフのスタートに時間的余裕が生まれることで、もう一つの可能性にもチャレンジできるかもしれない。それは、今後応募者数が増えたときに、10キロ及びハーフとももう少し参加者数を増加させることである。10キロとハーフを時間差でスタートさせる方法は多くの大会で実施されている。それは、大会が小規模だったり、10キロとハーフの選手のゴールが一部重なることを覚悟の上で進めるのならば問題はない。しかし、本大会の規模となれば検討されてもよいのではないか。ハーフの制限時間を短縮しつつ参加者数を増やすのは矛盾するようだが、それでも応募者が増えてくれるのであれば、という前提つきである。

提案その4 なぜ規模の拡大を目指すのか
運営に余力が生じた分を、無理してまでなぜ大会規模の拡大に向けようとするのか。それは、将来埼玉県を代表するフルマラソン大会として川越市で開催するきっかけにできたら素晴らしいことだ、という個人的な希望からである。その時には、川越市単独ではなく、近隣自治体との共催ということになろう。ちなみに、首都圏の中心地である埼玉県には、今フルマラソン大会がない。

この問題でご意見がありましたら、森脇までメールをお寄せください。お待ちしております。
  メール: LF8Y-MRWK@asahi-net.or.jp
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by hasiru123 | 2011-12-18 18:56 | マラソン

小説を書くことは走ること

『若い読者のための短編小説案内』(村上春樹著)を読んでいたら、次のようなくだりがあった。

「作家は短編小説を書くときには、失敗を恐れてはならないということです。たとえ失敗をしても、その結果作品の完成度がそれほど高くなくなったとしても、それが前向きの失敗であれば、その失敗はおそらく先につながっていきます。次に高い波がやって来たときに、そのてっぺんにうまく乗ることができるように助けてくれるかもしれない。そんなことは長編小説ではなかなかできません」

「僕は短編小説を書くときには、まとめて作品を書くようにしています。それもたくさん書けば書くほどいい。・・・ある程度数を作ることによって、自分の中に波のリズムを意識的に作り出していく」

「短編小説は、長編小説をかくためのスプリングボードのような役割も果たしています」

村上は短編小説を実験の場として使い、長編小説の始動モーターとしての役目を期待しているようだ。

「書く」ことを「走る」ことに見立てて、「短編小説」を「10キロ走」に、「長編小説」を「マラソン」に置き換えてみるとどうなるか。すんなり当てはまりそうな気がする。10キロ走は、失敗してもいいからマラソンにつながる失敗を、と言っているようにも聞こえてくる。

前回の小ブログに、走ることについての私のトラウマは「今年もマラソの30キロ以降に失速するのではないかという恐怖だ」と書いた。残念ながら、今年のマラソン挑戦はそれを克服するどころか、些細な故障から不戦敗となってしまった。

実は、走ることについて私にはもう一つのトラウマがあった。それは、5キロや10キロといった比較的短めの長距離レースを避ける傾向があることだ。特に最近になるにしたがって顕著である。これらの距離に対するコンプレックスというか、苦手意識なのだろう。

そうだ、、失敗を恐れずに10キロレースに積極的に出て、マラソンを走るリズムを意識的に作り出していくことも大事なんだよ、とこの本から教えられた気がする。同書でこうも書いている。

「もっともいけないのは、作者が「ひとつ巧い短編小説でもかいてよろう」と、頭の中でまず物語を拵(こしら)えてしまうことです」

10キロ走でいいレースをしようと力んでしまうことは、マラソンにつながらない。「もっと気楽に頑張れ!」のエールと、と理解した。
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by hasiru123 | 2011-12-11 23:57 | マラソン

マネーボール

野球には様々な価値基準や指標がある。これらの重要性を数値から客観的に分析し、采配に統計学的根拠を与えようとする考え方がセイバーメトリクスと呼ばれるものだ。選手評価と戦略についての「科学」といえるだろう。

メジャーリーグ選手からアスレチックスのフロントに転身したゼネラルマネージャー(GM)が、弱小球団を強くするために採用したマネジメントがこれだった。現在公開されている映画「マネーボール」に出てくる。GMとは、ブラッド・ピットが扮するビリー・ビーンのことである。データ分析が得意な野球オタクのピーター・ブランド(ジョナ・ヒル)との出会いがきっかけで、二人三脚で取り組むことになる。少ないコストでいかに強いチームを作るかに腐心するのだが、これまでの野球の常識を覆すことから、周囲からの反発を招く。監督、選手、スカウト、オーナー等々。

その考え方はなかなか周囲に浸透せず、結果がでない。モノを投げつけたり壊したり、シーズン中に選手をトレードに出すなどの荒療治もする。そのうち成果が現れ、破竹のリーグ新記録の20連勝を達成。その年はプレーオフに進出するまでに成長する。しかし、そこまでだった。

映画は、そこからがうまい。数字と心とのバランスが妙である。統計的に算出された数値に走ることなく、感情によりかかることもなく、きちんとストーリーがまとめられている。

ピーターがビリーに見せたビデオの1シーンが効いている。2塁で刺されることに恐怖心を抱いているチームの選手がヒットを打った。一塁を回りかけたところで転倒し、慌てて戻り一塁へ滑り込む。ところが、打球は外野スタンドに入っていた。

ビリーの方針は間違っていなかったのだ。ただ、負け続けてきた者のトラウマに迷わされただけ。そう言いたかったのだろう。その後、他球団はこぞってセイバーメトリクスを導入し、勝利に導いたチームもある。日本にも、積極的に取り入れた監督が現れ、今や常識になっている。

実は、私も走ることにおいてトラウマに悩まされてきた。それは、今年もマラソの30キロ以降に失速するのではないかという恐怖だ。一塁ベースへ回りかけて転倒したくだんの打者みたいにならないよう走り込んできたつもりだが、その成否はレース直前の故障で来年に持ち越しとなってしまった。転がり込むような形で、また新しい目標ができた。
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by hasiru123 | 2011-12-04 23:02 | マラソン