夢のマラソン

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スピードのための土台を作る

先ごろ、エスビー食品陸上部が廃部になるというニュースを聞いた。故中村清監督を中心として、瀬古利彦氏を始めとする名ランナーを輩出した実業団チームだ。駅伝中心の他社チームと異なって、世界に通用するオリンピック選手を育てることを主眼とする戦略をとっていた。今の企業環境の厳しさを考えると、やむを得ぬことかもしれない。大変残念な思いである。

この結果の意味するものは、実業団チームを支える企業の成長が右肩下がりだということにとどまらず、若い長距離選手の成長が必ずしも順調に進んでいないという問題をはらんでいる。というのは、最近の男子高校生の5000メートルや1万mのレベルの向上には目を見張るものがあるが、そのスピードがその後の成長に生かされていないからだ。

駅伝で上位を占める高校の選手たちは、箱根駅伝の上位チームの大学選手たちと遜色のないスピードを持っている。経験がものをいう長距離走は、かつては高校、大学、実業団と段階を経るにしたがって力がついてくるのが常だった。ところが、その成長が早い段階で鈍化するか止まってしまうことが目立つようになった。

「5000メートル、1万メートルのスピードが大切と言いますが、そのスピードを出す前の土台ができていない選手は多い」「力を熟成させる練習を1年、2年、3年と積み重ねた延長上にマラソンはあります」。91年東京の世界選手権で優勝した谷口浩美さんは、毎日新聞の<転んでも立ち上がれ>というコラムでこう書いている。また、男子マラソンは根本的な土台に目を向け、土台を築けばスピードも出るはずという。

マラソンの走力が向上することによって、トラック競技で自己記録を更新できるようになったという事例は多い。例えば、かつて女子マラソンで活躍した浅井えり子さんは、マラソンで2時間30分を切ってから、これまで苦手としていた1万メートルや5000メートルで自己記録を塗り替えている。

元横綱千代の富士(現在千代の富士親方)の言葉に、こういう名言がある。「今強くなる稽古と、3年先に強くなるための稽古と、両方しなくちゃならない」。マラソンの練習でも、そっくりあてはまる言葉だと思う。今の段階で行うべき練習が、直近のマラソン本番に向けてどのように生かされ、そして2年後、3年後の練習をどうすべきかを踏まえて実行できるのとそうでないのとでは、成長に大きな差が出てくるだろう。所期の目的を達成した後に、その後のステップアップを図るために現在の練習がどのように役に立つのかも意識されれば、それはすばらしいことではないかと思う。

かくいう私も、今シーズンのマラソンに向けて走り込みを行なっているが、3年先のための練習と、両方をにらんだ戦略ができているだろうか。はなはだ、心もとない。
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by hasiru123 | 2012-09-30 22:39 | マラソン

妻からの贈り物 -映画『あなたへ』を観る-

<だから、「これはいったいなんだろう?何に使うものだろう?」と思案投げ首するようなものが最良の交易品となります。交易を終わらせないためにの最良の贈り物は「相手にはすぐにはその価値がわからないもの」です>
<今遭遇している前代未聞の事態(注)を、「自分宛の贈り物」だと思いなおして、にこやかに、かつあふれるほどの好奇心を以てそれを迎え入れることのできる人間だけが、危機を生き延びることができる>

これは、『街場のメディア論』(内田樹)の「第7章贈与経済と読書」に出てくる一節である。サクラガイが海岸から数千キロも離れた内陸部の遺跡から発見されたりするのは、それがなんであるかを容易に特定できないものが交易品として伝えられたからだという。サクラガイを「贈り物」だと理解する人間にとっては、どんな事態も驚異的なものにはならず、そこから最大限の「価値」を引き出そうとする努力を起動することができる、と結んでいる。

この「贈り物」を、妻からの「遺言」という形にして物語にした作品がある。高倉健主演の映画『あなたへ』だ。亡くなった妻から「故郷の海に散骨してほしい」という絵手紙を残され、北陸のある刑務所指導技官である夫が富山県から長崎県平戸市までを旅する物語である。血こそ流れないがミステリー風に仕上がっているため、筋書きについてはできる限り触れないことにする。

手紙の最後は、ただ「あなたへ」とだけしか書いてなかった。お互いに信頼し合って生きてきたのに、残された言葉がたった一言だったことに夫の心に引っかかるものがあった。

旅の途中、いろいろな人々と出会う中で、妻からの手紙には「人はいつも伝えきれない想いを重ねて生きている」ことが隠されていたことに気づかされる。これが、妻からの「贈り物」だったのだ。だから、最後に自分も、ある人に「贈り物」として写真を手渡す。人は、人のために何かしてあげるためにこの世に生を受けてきたから。

大雑把ではあるが、「街場のメディア論」流の解釈をすればこんなところになろうか。

映画の冒頭で、いきなり亡くなった妻(田中裕子が演じる)が歌うシーンが出てくる。宮沢賢治作詞作曲の「星めぐりの歌」である。「♪ あかいめだまの さそり/ひろげた鷲の つばさ/あをいめだまの 小いぬ/ひかりのへびの とぐろ・・・」と。「あかいめだまのさそり」とはさそり座のアンタレス、「あをいめだまの小いぬ」とはおおいぬ座のシリウスのことだ。星座である。

なぜ、宮沢賢治の歌が。映画を見ていたときはわからなかったが、後で、賢治の世界としっかりつながっていることに気がついた。いい詩である。そして、田中裕子の唄もいい。詩も唄もYou Tubeで公開されている(ただし、唄は田中のものではない)ので、下記のサイトをご覧になるといい。

  ここ → http://www.youtube.com/watch?v=q0gQSKKjh9M

少しあらすじに触れてしまった。でも大丈夫、核心部分は隠されているから。


(注)既成メディアの危機を指している。
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by hasiru123 | 2012-09-23 21:04 | 芸術

『天地明察』を観る

星空を観測するのに、現代ではプラネタリウムを使うが、江戸時代には大渾天儀(だいこんてんぎ)という地球儀の輪郭を型どったような機械が使われたいたことを知った。この大渾天儀を一生かけて覗き込んだ男が、暦に深刻なズレが生じていた原因をつきとめるまでの物語が、昨日公開された映画『天地明察』である。

当時の天文暦の専門家たちは、地球から見た月や太陽の位置から計算していた。しかし、地球は完全な円軌道ではないため、単純な方程式では表現することができない。江戸時代の天文学者の安井算哲の時代に使われていた唐の暦は日にちが2日ずれ、日常生活に支障をきたしていた。

幕府の命を受けて、算哲が調査し、結論付けたのは元が使用していた「授時歴」だった。ところが、利権と面子から朝廷は改暦に反対していた。そこで算哲は、唐の暦と授時歴の両方を使って、実際に起こる天文現象を予測し、公開の下に授時歴の正しさを実証しようとした。しかし、正しいはずの授時歴にも誤りがあった。

算哲の暦に対する立脚点は、和算の第一人者である関孝和の数理論による部分が大きかった。関は、初めて算哲が訪ねてきた時に、断りなく都合のいい部分を盗み、しかも誤って採用した算哲をなじる場面がある。数理オタクの関としてはプライドが許さなかったのだろう。そして、算哲への激励でもあっただろうか。できたら、授時歴の正しさが証明しきれなかったのはなぜかという説明が劇中にほしかった。私のような門外漢の観客にも、もっと科学的な関心をもって観ることができたのではないかと思う。

関のえらいところは、己の限界をよく知っていて、算哲の天文学者としての素養を見抜き、いち早く算哲への協力を誓う点だ。もともと二人は、神社の絵馬に数理の問題を書き込む出題者とその解答を絵馬に書き込む解答者の間柄だ。そして、解答が正解ならば出題者は「明察」と書き込む。

それにしても、算哲は何と多くの知己に恵まれた人物だろうか。関を始めとして、会津藩主の保科正之、水戸藩主水戸光圀、囲碁の本因坊道策、・・・。そして、妻のえんを忘れてはなるまい。時代の流れに抵抗して夢を実現するのに、不足のない面々だ。

怪我の功名と言うのだろうか。マラソン向けの距離練習を予定していた昨日、右足首に違和感があって、完全に練習を休むことにした。そのため、公開初日の最初の上映時間にこの映画と出会うことになった。見たいと思っていた作品を見逃してしまうことが少なくない中で、めずらしいことだ。
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by hasiru123 | 2012-09-16 23:32 | 芸術

防災と復興支援

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9月は防災の月である。「防災の日」の9月1日は、各地で防災訓練が行われた。西日本地域では南海トラフ巨大地震を想定した国の総合防災訓練があり、被害状況や訓練内容を事前に知らせない「ブラインド方式」なども取り入れられた。

問題は、市民の防災意識をどう高めるかだろう。私の住んでいる地域は、幸いにしてこれまで大きな災害に見舞われることが少なかった。歴史的に私が知っている災害といえば、川越町(現在の川越市)の3分の1に相当する約1、300戸が焼失した「明治の大火」(明治26年)だ。当時、焼失を免れた家屋は大沢家住宅を始めとする蔵造りだったことから、その費用対効果を再認識した商人たちは中心街に蔵造り建設による復興に取り組んだ。

そんな平和な町だったから、今後の市民の防災訓練への参加意欲の向上が課題となる。

猛暑が続く8月の後半に、市を挙げての防災避難訓練が行われた。朝6時に「首都直下型地震が発生し、市内において震度6弱を観測した」との想定で、本庁管内の81自治会からそれぞれ10名づつが参加し、最寄りの小中学校に避難した。情報伝達が確実に行えるか、行政機関との連携はうまくいくかなどの基本的な訓練に力点が置かれた。

あらゆる災害に対処できる万能な訓練はないが、少なくとも「やったことはできる」と信じて、地道に取り組むしかないのではないか。継続的に、新しい課題を見つけながら実施していくことが必要だと考える。
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そして今日(9月9日)、東日本大震災の復興を「食」を通じて支援しようと、大船渡漁港で水揚げされたサンマを食べるイベントが、川越市内の卸売市場で行われた。川越市自治会連合会が企画したもので、サンマ5000匹を炭火で焼いて市民に無料で提供させていただいた。2万人以上の来場者があったと聞く。サンマや豚汁の引換券を受け取るために長蛇の列が続いた。
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また、同会が川越市に寄贈予定の地震体験車(起震車)やはしご車の試乗体験、マグロ解体ショーと販売、ミニ新幹線とミニSLの運行、アマチアバンドの演奏なども行われた。炎天下の中を、お疲れ様でした。


(写真上)中央ステージで行われた東京国際大学のオーケストラ演奏
(写真中)サンマを焼くシーン
(写真下)解体される直前のマグロ
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by hasiru123 | 2012-09-09 23:32 | その他

『アスリートたちの英語トレーニング術』を読む

アスリートたちの英語トレーニング術 (岩波ジュニア新書)

岡田 圭子 / 岩波書店


ロンドン五輪をテレビで見ていると、外国の選手たちやメディアと直接やり取りをしている日本人選手が何人かいた。選手たちは、競技を離れると選手村で過ごす時間がかなりあると思うので、英語を始めとする外国語が使えるかどうかで、世界のアスリートとつながり方に違いがありそうだ。また、陸上競技だったらコールや場内アナウンスも英語だろうから、選手の競技にも少なからず影響するだろう。

そんなアスリートのために、スポーツの話に加えて外国語を学んだときのエピソードなどを聞いて、アイディアを教えてもらおうという試みが本書である。

第1章では、外国語学習について概説している。第2章から第6章までは、国際大会で活躍した5人の日本人アスリートたちを紹介している。それぞれ章の前半部分は、アスリートの紹介、競技者としての側面などについてスポーツ記者歴25年の野村隆宏氏が、章の後半部分は、外国語学習者としての側面について英語教師歴30年の長い岡田圭子さんが担当している。

5人の日本人アスリートたちとは、水泳の鈴木大地さん、マラソンの増田明美さん、ラグビーの箕内拓郎さん、マラソンの瀬古利彦さん、レスリングの太田章さんである。これらの名だたるアスリートたちは、競技面だけでなく、外国語と格闘し、工夫してことばを身につけ、スポーツに生かしてきたことにある種の感動を覚えた。

鈴木大地さんは、これまで3度の留学体験を持ち、ハーバード大学ではゲストコーチとして、アメリカの大学生スイマーの指導にもあたった。また、勤務先の順天堂大学では「スポーツイングリッシュ」という授業を開講して、学生たちを海外への目を開いてもらうための活動に忙しい。鈴木さんのいいところは、慣れない英語でも気後れすることなく、外国人に積極的に話しかけていく姿勢だろう。「新しい友達ができるのはたのしいことだし、それが競技成績の面でもプラスになる。英語によるコミュニケーションは、鈴木選手にとって一石二鳥のことだった」とある。

鈴木さんはソウル五輪の男子100m背泳ぎの金メダリストだが、こうも語る。「スポーツは「だれが一番、だれが2番」と競ってやるものなのだけど、本来は友達を作ったり、人生を豊かにするためにある」。外国語は、競技生活だけではなく、引退後の人生にも切っても切れないもののようである。

4度の五輪代表に選ばれ、2大会連続で銀メダルを獲得した太田章さんの「格闘技と英会話は同じだ」という話は、わかりやすい比喩だった。「レスリングも、相手が繰り出す技を受け止めて、自分も技を返していく。そんなやりとりが会話に似ている」というのだ。確かに、力と力がぶつかり合う格闘技のレスリングだが、実は相手と会話をするように技をかけ合っている。こんな掛け合いのようにおしゃべりが始まれば、英語もそんなに難しいことではないのかもしれない。

太田さんはこうも語る。「レスリングも会話も同じで、1対0のシャットアウトではだめ。自分をさらけ出して、相手からも反応を引き出して、意思の疎通をすることが必要なんです」。太田流呼吸法は、英会話だけでなく、営業活動を始めとする人とのつき合い方全般に通じることだということに気がついた。

箕内拓郎さんは、大学選手権で主将としての優勝経験を持ち、卒業後英国の名門オックスフォード大学に留学するなど数々の海外での交流活動に努めてきた。

箕内さんは、直接英語に触れる機会の少ない「中高生時代に、英語の単語や文法を一生懸命勉強してきました。その後、生の英語に触れたときに、基礎を勉強しておいたことがとても役に立ちました」と語っている。中高生時代には、将来英語が生活に不可欠なものになるとは思っていなかっただろうが、頭が柔らかいときに理詰めで納得して使ったことが、オックスフォード大学に入ったときや外国人コーチとのコミュニケーションに生かされた。

著者の一人岡田さんはこう指摘する。「使う必要がないという状況は、外国語学習にとって大きな壁になります。でも、いざ使おうと思ってから勉強を始めるのでは遅いのです」。
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by hasiru123 | 2012-09-02 21:23 |