フジコ・ヘミングを聴く

フジコ・ヘミングのピアノ演奏を聴いた。スペイン・カメラータ21オーケストラとの共演である。

最後に弾いた「ラ・カンパネラ」は99年に放映されたNHKのドキュメンターリー番組「フジコ~あるピアニストの軌跡~」で知った。

この曲は、右の高音を左手で引いたりと左右の手が交差するほどに難航を極める曲だと聞く。序盤で転調するところで作曲者のリストはそう指示しているそうだ。

残念ながら、私の席からは遠くて確認することはできなかった。右手で弾く高音が球のようにコロコロと、そして少しく重たく、ときに軽やかに跳ねる。このバランスがいい。奇妙で、そして親しみやすい音色だった。ピアノの演奏は、全部で4曲。

L.V.ベートーベン ピアノ協奏曲第5番《皇帝》 第1楽章~第3楽章
W.A.モーツアルト ピアノ協奏曲第21番ハ長調 作品467より第2楽章
J.S.バッハ カンタータ第147番《心と口と行いと生きざまもて》
F.リスト ラ・カンパネラ パガニーニによる大練習曲 作品141-3

カンタータ第147番は、プログラムにはなかったので、最後ではなかったが、おそらくアンコールだったのだろう。協奏曲が2つ続いたあとだっただけに、リラックスして聴くことができた。

147番が始まる前に、フジコが聴衆に語りかけるシーンがあったが、これから披露する曲目の説明だったのだろうか。後部座席の私にははっきりと聴き取ることができなかった。彼女の足跡の一端を聞くことができたかもしれないと思うと、マイクを使わなかったことが惜しまれる。

その他にオーケストラで、フィガロの結婚序曲(モーツアルト)とチェコ組曲ニ長調作品39(A.ドボルザーク)の演奏があった。スペイン・カメラータ21オーケストラの繊細かつ明るい響きは、スペインとカタロニアの一流ミュージシャンで構成されたメンバーだからこそと言えるだろう。フジコとの共演は、2008年以来4度目とのことだ。フジコとの相性が驚くほど良い。好演だった。


日時  3月22日(金)
会場  練馬文化センター
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by hasiru123 | 2013-03-25 00:15 | 芸術

監督さまざま

受験生は「監督」であり、「選手」でもある。ある受験指導者から伺った話である。受験生は実際に勉強を自ら行う「選手」の立場であると共に、どのような勉強をし、合格へ導くかという戦略を練り、問題点があればそれを修正する「監督」の立場でもある。

受験生に限らず生徒は、どちらかというと自分は選手という意識が強いのではないかと想像する。監督の立場になって客観的に自分を見て、自分を管理することも重要だ。つまり、監督は選手の鏡だと。

ついでながら、野球のファンなら一度はやってみたいのが「監督」だということも、いつだったか新聞のコラムで読んだことがある。そうした監督への憧れについて、昨年亡くなった作家の丸谷才一さんが、「あれなら俺(おれ)にもやれそうだ」という感じがするからだと書いていたのだそうだ。

投手や野手などとても出来そうにないし、目の前でバットを振り回される捕手もかなわない。打つのも難しい。だが「采配なら俺だって」ということだろうか。だからファンはとかく監督の悪口を言いたがるのだと、丸谷さんは説明している。

たしかにネット裏から観戦する身には、懸命にプレーしている選手を批判するのは気が引ける。だが、監督の采配なら、後付けでいろいろ言ってもバチは当たらないだとうという気分はあるかもしれない。この時のコラムは、3年前にキューバのカストロ前議長がWBC日本チームの原監督の采配を批判したというニュースに触れて書かれたものだったと記憶する。2次予選だったかもしれない。韓国との対戦で、一塁にイチローを置いてのバントは「ミス」だと切り捨てた。つまり、バントをさせる場面ではないと。

局面次第で監督は神様になったり、悪口を言って溜飲を下げる材料にされたりする。それを受け流すしなやかさがないと、とても勤まりそうにない。監督は、精神をすり減らす激務にちがいない。

その監督が、「重大な不当行為が発生していた」と厳しく批判されている。柔道女子日本代表での暴力指導を告発した15人の選手へのJOC「緊急調査対策プロジェクト」による聞き取り調査で、平手打ちなどの行為や、練習で棒やむち状などを振り回して選手を威嚇し、侮辱的な発言をしたことを認めたとの報告があった(3月17日付毎日)。目に見える暴力だけでなく、言葉や態度による人権侵害が日常行われていたということだろう。

暴力による指導が問題なのは、それをける側の人権を踏みにじる行為だからだ。すでに辞任した当該監督をこれ以上追求することに、あまり意味はない。むしろ、スポーツ大国を目指すはずの日本にこのような旧態依然とした指導方法がまかり通っていることに、もっと目を向けるべきだろう。

殴られることが当たり前の環境で育った指導者を変えさせるにはどうしたらいいか。暴力なしでも選手が成長することを現場で実践し、証明していくことが、指導者の意識改革につながる。のびのび指導の推進こそが、暴力撲滅の近道だと考えている。かつて、競泳の千葉すずさんが代表選考のあり方を巡って異議申し立てを行ったことをきっかけに、日本水泳連盟の選手選考基準が大きく変わった前例がある。今回の指導者の暴力事件を契機に、日本のスポーツ界は変わらなくてはなるまい。
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by hasiru123 | 2013-03-17 19:44 | その他

8月に開催される陸上世界選手権(モスクワ)の選考会を兼ねた名古屋ウィメンズマラソンが10日、名古屋市のナゴヤドームをスタート・ゴールとするコースで行われた。私は、当日の午後、ビデオ観戦で応援した。
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近年になく、手に汗を握る見ごたえのあるレースだった。木崎良子(ダイハツ)が2時間23分33秒(テレビ表示タイム)で優勝し、代表内定の基準記録「2時間23分59秒以内」をクリアして世界選手権代表が決まった。
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昨年から今年にかけての代表選考レースで、終了後に即内定したのは、男女と通じて木崎が初めてである。これまでの基準記録を大幅に引き上げたことが影響してか、男女とも内定者がいなかった。女子の場合は、前回の大邱大会(韓国)の条件である「2時間25分59秒以内」から2分ハードルを上げた。記録は、気象コンディションやレース展開の影響を受けるので、この2分の引き上げは、代表を目指す選手にとっては大きなプレッシャーだったと思う。まずは、この関門をクリアしたことを讃えたい。

レースは、30キロを過ぎて木崎と野口みずき(シスメックス)、ベルハネ・ティババ(エチオピア)の3人の競り合いとなった。3人が交互に引っ張るかたちとなり、しばらくこの展開が続く。35キロ地点を通過した直後に野口が徐々に遅れだし、木崎とティババとのマッチレースとなった。テレビでは有森裕子さんが、木崎の方がトラックのスピードは上なので、できるだけ最後までスパートする余力を残しておく方がいいと、解説していた。私もそういう展開になることを願っていた。

たしかに、ティババは若干19歳でマラソン経験が浅いことから、まだマラソンのスタミナがしっかりついていないように見えた。大きな動作で後方を振り返るなど、無駄なエネルギーを使っていた。しかし、肘を抱え込むような特徴的な腕の振り方としなやかなフォーム、そして起伏地で走り込んだ走力は侮れない。ちょっとした揺さぶりには動じそうもない。どこで勝負をかけるか難しいが、とにかく思い切りのいいスパートで決めてほしい、それも1回で。そう祈っていた。

レースが動いたのは、40キロ過ぎの給水所だった。ティババが水を摂っているわずかの隙をついて、木崎が一気にスピードを上げたのだ。スピードの変化が鋭かったことと、その後一度もペースを落とさなかったことが奏功して、ティババの追走を許さなかった。1キロあたりのペースで3分16秒位だ。この頑張りで、優勝をもぎ取った。

日本の女子マラソンで久しぶりの優勝者が出た。しかも、ケニヤやエチオピア勢を抑えての勝利である。今後のレースに向けて大きな糧となるだろう。また、野口は2時間24分6秒で3位に入り、往年の力を取り戻しつつあることも、明るい材料だ。


(写真上)本郷界隈で見た臘梅(2月上旬、東京都文京区)
(写真下)見ごろを迎えたわが家の梅
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by hasiru123 | 2013-03-10 19:56 | マラソン

びわ湖毎日マラソンを見た。陸上世界選手権の男子代表選考会を兼ねた国内最後の大会だ。日本人のトップは藤原正和(Honda)で、4位の2時間8分51秒だった。藤原は10年前の同大会で2時間8分12秒で走り、学生の日本最高記録をマークしたことで記憶に残る選手だった。当時の記録はまだ破られていない。

その後、故障などで必ずしも順調ではなかった。ようやく復調の兆しが見えたのが2010年の東京での優勝だ。その藤原が、大学の後輩でもあるロンドン五輪代表の山本亮(佐川急便)を退けて4位に入ったのは立派というほかない。

テレビで見ているとよくわからないが、北西からの冷たい風が選手のペース配分に影響を及ぼしたようである。25キロまでの5キロごとのペースは15分10秒前後で推移していたが、1キロごとのペースは上げ下げが激しかった。特に20キロから25キロの1キロごとのペースは2分52秒から3分10秒まで18秒の幅があった。ペースメーカー泣かせの気象コンディションだったといえるだろう。

10位に入った日本選手6名のうち招待選手は山本だけで、あとは一般参加だったことからも、厳しいレースだったことがうかがい知れる。たしかに1位から3位までは外国人選手が占めた。しかし、トップから藤原までの差が17秒の間におさまっていたことは、将来にある意味で期待を抱かせた。それは、日本選手の今後の戦い方しだいで、トップに近づくことは不可能ではないということを示せたからだ。

私は、ロンドン五輪代表の山本と大学3年生で初マラソンの窪田忍(駒大)の走りに注目していた。山本はロンドン五輪で40位と振るわなかったが、今回その雪辱を果たしてくれるのではないかという期待があった。また、窪田は全日本大学駅伝などを見ていて、長距離のロードを走るセンスを持った選手だと思っていた。そして、インタビューなどからも、志の高さが感じられる。どんな展開になったにせよ、次のマラソンにつながるものを引き寄せてほしいと願っていた。

7人の先頭集団の中で、その二人が30キロすぎに見せた表情は好対照だった。集団の中で安定した走りに徹していた山本の顔が少しゆれ、厳しい表情となって、藤原や石川末廣(Honda)から離れ始めた。それよりも少し前に、精悍な表情だった窪田は顔をしかめるようになり、ズルズルと順位を落とした。

ところが、山本は遅れ始めてからが強かった。粘りにねばって、藤原の後を追った。窪田は大きく遅れ、ゴール時には28位まで後退した。優勝争いから脱落したとしても、最後まで粘ることが、次のレースにつながる。この二人の対決は、今後も何度かあるだろう。成長の跡を見たいと思う。
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by hasiru123 | 2013-03-03 23:57 | マラソン