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すでに走り出している -ボストンテロ以後-

スタートして約4時間18分。多くのランナーが次々とゴールする時間帯に突然、轟音が鳴り響き、多くの死傷者を出す連続爆破事件が起きた。狙われたのはボストン・マラソン。

ボストン・マラソンは、米国の歴史の原点ともいえる大会であり、地域の住民と世界の人々が走る喜びを分かち合う祭りでもある。無防備なランナーや観戦者の命を無差別に奪う行為は卑劣としか言いようがない。容疑者の死亡した26歳の兄と捕まった19歳の弟が、何を考えてことに及んだのかまだはっきりしない。真相の解明を待ちたい。

日本では、翌週の21日(日)には各地でマラソン大会が開かれた。長野を始め、かすみがうら、徳島などフルマラソンが7ヶ所、フルマラソン以外も含めると36ヶ所に及んだ(注)。各地とも警備が強化された中での開催だったが、中止となったところはないようで、無事に終了したことを知って、ほっとした。余談だが、この日の大会数の多さは特異日といってよい。昨年11月25日(日)のフルマラソン6ヶ所、フルマラソン以外も含めて29ヶ所という日が、これに次ぐ。どちらも気候がマラソンレースに適していることが、最も集中した理由ではないか。

マラソン大会の警備は、体育館や競技場のように入場時に持ち物検査をするなどのやり方が通用しない。また、コースのすべての建物や観戦者を調べ尽すこともできない。警備員が何人いても足りないだろう。私自身、このような事態に直面し、戸惑っている。それでも(マラソンを)やるのか、と。

私は、18日の犠牲者を追悼する式典でのオバマ大統領のメッセージに賭けたい。

聖書の言葉を引用して「あなたはまた、走るだろう」「自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こう」。また、「テロによって我々をおびえさせようとしたのなら、犯人は間違った場所を選んだ」「こんなことで、我々は立ち止まらない」と呼びかけた。

私も、今秋のマラソンに向けてすでに走り出している。


(注)RUNNETを使用してカウントした。
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by hasiru123 | 2013-04-29 17:37 | マラソン  

再び総会について

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私の住む町の自治会で定期総会が行われた。私がお手伝いさせていただくようになって3度目の総会である。

今回の審議内容の大きな柱は3つあった。一つは、会則を変更して役員の一部にローテーション制を取り入れることであり、二つ目は私たちの活動拠点である自治会館の清掃を自治会会員がみんなで協力して行おうということである。そして、三つ目は防犯パトロールと防災の備えも一部の会員だけでなく、これも全員で協力し合って進めようということである。

自治会の活動は、その名のとおり自主的な取り組みで、全くのボランティアである。会員の積極的な取り組みなくしては一歩も前へ進むことができないものばかりだ。そのために、ややもすると一部の積極的な会員やグループの推進力に頼ることになりかねないが、どこかで息切れがしては続かない。継続させるには、無理は禁物である。スタミナを消耗させないで持久性を高めるにはどうしたらいいだろうか。

そこで、である。会員全体の協力で、活動の負担を分かち合うという自治の原則に立ち返って、できることから始めようと考えた。ゆっくり、長く、そして確実に活動を続けるには、これが近道である。今年度の議案書の計画には、前述のようにひたすら会員の協力をお願いすることばかりが書き連ねてある。にもかかわらず、様々な評価をいただいた上で、了承を頂いた。うれしい限りである。

計画はできた。あとは、実行し、そのあとの検証を確実に行い、改善をすることである。この繰り返しだ。

ついでながら、小会は会則を変更するのに、その第25条に「この会則は、総会において正会員の4分の3以上の同意を得なければ変更することができない」とある。かなり厳しい要件である。各種団体の会則変更や株式会社の約款変更に際しては、いわゆる「3分の2」条項がある。小会では「4分の3」ということで、より硬性な作りになっている。会則変更はより慎重に、ということだろう。

町の自治会の会則ですらこのような縛りをつけている。いわんや日本国憲法をや、である。その第96条では、「この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする」とある。あって当然のハードルだと思う。



(写真)総会に先立って行われた防犯講座で
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by hasiru123 | 2013-04-22 23:51 | その他  

練習計画の作成で考えたこと

年度が切り替わる3月と4月は、総会の季節である。私の所属するランニング学会は3月23日(土)と24日(日)に、走友会の若葉グリーンメイトは4月7日(日)、坂戸陸協は13日(土)にそれぞれ開催された。その中で、若葉グリーンメイトについて書いてみたい。

若葉グリーンメイトは、今年度も練習計画の作成にかかわらせていただいた。ベースとなるのは、事務局の作った行事計画と昨年の練習実績などである。前年度と異なるのは以下の3点だ。

変更点の第一は、通常の練習会のメニューについてである。ビギナーが体験入会した時などに、通常の練習コース以外に入会者の走力や経験等合わせた別メニューを選択できるようにした。というのは、当会で行う通常の高麗川大橋折り返しコース(約22キロ)や、そのショートカットコース(14~15キロ)は、どちらかというと日ごろからロードを走っているランナー向けのものだからである。もっと距離を短くし、そして足にやさしい土のコースから始められるようにした。

会で走り始めた人が活動を続けられるかどうかは、練習のスタートが大事だと思う。面白い、自分にもできそうだと感じてもらえればしめたものだ。新しい参加者の目線で練習をサポートしよう、ということである。

変更の第二は、毎年7月に行っている「夏季合宿」を「夏季懇親会」に名称を変えたことだ。たとえば、故障中のランナーでも「自分流のメニューで、無理なくゆっくり走ろう」というコンセプトが伝われば、気楽に参加できるのではないか。「懇親」にウエイトをおいて、再び走れるようになったときのために、楽しみながら充電するのである。

しかし、「合宿」の2文字を外したからといって、シリアルランナー向けの走り込みがなくなるわけではない。これも第一の変更点と同様に、練習メニューのバリエーションの進化だと考えている。

第三の変更点は、ここ数年やり方を改善してきたことではあるが、若いシリアスランナー向けに、坂戸陸協とのコラボで練習機会の多面化を図った。今年度の前半は、第4日曜日に限って、午後にトラックの練習会を組んだ。スピードを磨きつつ、持久力もつけたいという人は、ぜひ1日に2度走ってほしい。冬のマラソンと駅伝参加を照準においた計画のつもりである。

ところで、会の練習計画を作りながら気づかされることがあった。それは、私自身が前年度はあまり練習会に参加することができなかったことである。結果として、自分に都合のいい時間に合わせて行うマイトレーニングが多くなってしまった。時間的な制約はいかんともしがたいが、最低でも昨年度よりも練習会への参加回数を増やすことを、私の個人目標に掲げることにした。
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(写真)坂戸陸協の総会後に開かれた懇親会
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by hasiru123 | 2013-04-15 20:19 | 練習  

春の新河岸川10本勝負

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今年の春は、サクラの開花が大方の予想に反して早かったことが、季節の挨拶の決まり文句になった。寒かった冬には、想像が及ばなかったできごとだったからだろう。
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恒例の新河岸川桜まつりは昨日(4月6日)行われる予定だったが、悪天候が予想されたため、当日の朝、早々と中止が決まった。何とか花は残っていたが、最後の一荒れに今年のサクラは終わりを告げた。
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写真は、陽をのぞかせた4月1日の朝に撮ったものだ。
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by hasiru123 | 2013-04-07 23:48 | その他  

WBC準決勝のプエルトリコ戦

これまで打線が不調で苦しい試合が続いていた。そのを闇を突き抜けたのは、台湾を制した一戦だった。WBCの2次ラウンドである。

鳥谷敬や井端弘和の活躍もさることながら、最後まで手に汗を握る面白い試合を演じてくれた日本と台湾は素晴らしいチームだった。8回裏に台湾に逆転されたときは、これまでかと(私が)諦めかけていたのを、9回表2死1塁の場面で、この二人のコンビで同点とした。これが、10回表の逆転のトリガーとなった。夜の12時近くまでテレビから離れられなかった。

いい流れで準決勝を迎えたかに見えたプエルトリコ戦。8回裏内川聖一の走塁ミスが勝敗を分けた。反撃のムードが高まった時だっただけに、なんとも残念な結果だった。2塁走者の井端か、それとも1塁走者の内川のどちらかのサインの見落としだったのか。

新聞の報道を見る限り、ベンチのサインは「走れたら走れ」だったといわれる(3月19日毎日)。8回裏で2点差。1死1、2塁で、打席は主将で4番の阿部慎之介だ。この場面で、重盗は理解できない。ベンチは何をしようとしたのだろうか。ミスの原因は・・・など、わからないことが多い。

私は、阿部への2球目のシーンをビデオのスローモーションリプレイで、何十回となく見直した。スローモーションとはいえ、私にはたった3秒間の出来事が速すぎて、なかなか脳裏に焼きつけることができない。そこで、ビデオを止めたり、進めたり、戻したりして、投手と2人の走者、打者、捕手の一挙手一投足を時系列に整理してみた。投手の動作から攻守に関わる選手たちの行動が始まるので、左腕J・C・ロメロの動作と投げた球の位置を基準に井端と内川の動きを確認しようと考えた。

①ロメロがモーションをかけ、右足が上がった
 井端:走り始めた
 内川:まだロメロと井端の様子を見ていて走り始めていない
②ロメロから球が離れる直前
 井端:3歩ほどダッシュした後、走りをやめた
 内川:走り始めた
③ロメロが投げた球を阿部がのけぞって避けた
 井端:2塁へ戻り始めた
 内川:1塁と2塁の真ん中あたりを走っていた
④捕手のヤディエル・モリーナが球を持ったまま2塁へ走り始めた
 井端:2塁へ戻った
 内川:2塁から約3メートル手前まで到達した

①から④までの時間は、わずか3秒間だ。ここで問題となるのは、井端にはどういうサインが出て、どう理解したかである。 同じく、内川にはどういうサインが出て、どう理解したか。私の拙い野球の知識からひねり出したケースは、以下のとおりだ。

ケース1 井端には「走れ」だったが、内川には「走れたら走れ」だった
ケース2 井端には特にサインはなく、内川にだけ「走れたら走れ」だった。つまり、井端が走ったら「走れ」ということだった
ケース3 井端と内川には「走れたら走れ」のサインだったが、井端が自重して、内川が井端の動きを確認しないまま突っ込んだ
ケース4 井端と内川には「走れ」のサインだったが、井端はいったんは走り出したが、何らかの事情で自重した。しかし、走り出した井端を見た一塁コーチが内川に「走れ」のサインを出し、内川が井端の動きを確認しないまま突っ込んだ
ケース5 井端と内川には1球目から「走れたら走れ」のサインが出ていたが、何度か変わったサインに井端と内川が混乱し、どちらかがまたは両者ともサインを勘違いした

ケース1からケース5までで、どれもありそうに思える。私が着目したのは、時系列の②である。「ロメロから球が離れる直前に、井端は3歩ほどダッシュした後、走りをやめた」。投手がまさに投げようとするとき、走者にとっては走るか走らないかをまだ決める段階ではない。それなのに、なぜ止まったか。井端から捕手のモリーナの盗塁を見破ったかのような仕草が見えたのだろうか。ビデオからはモリーナの動きを確認することはできない。けして井端のスタートはよくなかったが、悪くもなかった。走り始めたときにバランスを崩した様子も見られなかった。悪送球で、捕手が球の処理に手こずることだってありえるのに。ここで止まったということは、このケースでの盗塁はなかったということにならないか。にもかかわらず、内川は走り始め、そのまま2塁へ全力疾走した。

この場面では、井端は走るつもりはなく、走る素振りを見せただけなのだ。自重したのとも違う。そもそも、走ることを想定していなかった。

そのことから類推すると、井端に走るつもりがなかったとして、ケース1と3、4は除かれる。ケース2はどうだろうか。一塁走者にだけ、積極的でリスクの高いサインを出すことがあるだろうか。たとえ、1塁走者が同点の走者で、かつ封殺を防ぐという目的があったとしても。考えにくいことだ。消去法で、残るのはケース5である。いろいろなミスがこの中には含まれていて、それだけに可能性も十分に高いと考えている。

本来なら重盗はありえないこの場面であえて重盗をするというのなら、「走れたら走れ」という曖昧なサインはありえない。イチかバチかという作戦をとるにしても、ベンチがそんな初歩的な過ちを犯すとは考えにくい。何らかのコミュニケーションギャップが生じて、連鎖的に内川のミスを誘った可能性が高い。だとすれば、「内川痛恨 走塁ミス」という新聞の見出しはちょっと酷な気がする。

このシーンについては、続情報がほとんどない。日本チームが帰国して、オープン戦で調整し、12日後の3月29日にはペナントレースが開幕した。選手たちの頭の中はもうWBCのことを忘れ去ったかのようにも見える。本当のところは、内川や井端、ベンチに聞いてみなければわからない。だが、おそらく関係者は、これからも帰国時の空港での記者会見以上の詳細を明かすことはないのではないかと思う。

WBCは、また3年後に開催される。次に再び優勝を目指すためには、辛いことではあるがこの反省を抜きには考えられない。簡単に忘れてはいけない、と思う。桑田真澄氏の言葉を借りよう。「日本の野球はペナントレースを盛り上げるだけではもうダメなんです。WBCで勝つこと、日本代表というチームを本気で強化することは、時代が要求していることだと思います」(Number3/30臨時増刊号)。
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by hasiru123 | 2013-04-01 18:55 | その他