夢のマラソン

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第12回奥むさし駅伝大会

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今は、二十四節気の大寒。そして、二十四節気を5日ずつに分けた七十二候では水沢腹堅にあたる。 沢に氷が厚く張りつめる季節を言う。

昨日、坂戸陸協は飯能市で開催された奥むさし駅伝に参加した。東飯能駅前のスタート時の気温は3度。例年にない暖かさだった。風も穏やかで、絶好の気象コンディションである。わがチームは、3度目の出場である。
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オーダーは一部を入れ替えたが、メンバーは昨年と同じである。結果は、昨年よりも2分近くタイムを落としての61位だった。3区と5区は昨年の記録を下回ったが、6区は約1分短縮した。今年は埼玉県駅伝の日程変更により、奥むさし駅伝の1週間後に行われることになったため、埼玉県駅伝の調整という位置づけで臨んだ。したがって、今回の結果に一喜一憂することなく、来週に向けてうまく修正し、調子を上げてもらえばうれしい。
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なお、休日の中をサポートにあたってくださった役員の皆様には感謝を申し上げます。


(写真上)東飯能駅前で行われた開会式の様子
(写真中)スタート
(写真下)坂戸陸協のゴール
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by hasiru123 | 2014-01-27 07:12 | 駅伝

何に励まされて走るのか

埼玉県にマラソン連続52日間完走のギネス世界記録(当時)を作った男性がいる、という新聞の記事に触れたのは、昨年11月だった。「事業に失敗して莫大な借金を抱え、死も考えて男性が「走ること」で立ち直り、そして大記録を打ち立てた」と。

この男性は、昨年古希(70歳)を迎えた方だ。「できそうにないこともやってみればできる」との談話が紹介されていた。その志の高さに頭が下がる思いだ。この挑戦を決意させたものは何か。何に励まされたのか。

やってみようというきっかけは、イタリア人の男性が持つ51日間連続でフルマラソンを完走した内容の新聞記事を目にしたことだったという。「この状態から脱出するために走るしかない」。フルマラソンを完走したいという希望と、続けて走るという記録に支えられながら、あることを発見したのではないだろうか。その発見とは、「苦しいことを楽しいことに切り替えること」。

歌人の佐佐木幸綱さんは問うている。「私は、何に励まされて<にもかかわらず><ねばならぬ>との情熱をかきたてて、<走る>のか?」と。佐々木さんの著作『人間の声 - 私説現代短歌原論』の一節がしばらく前にある大学の入学試験問題として出題されていた。その資料によると、答はこうである。

「人間の全体の実現、モラヴィア風に言えば、手段としての人間を、目的としての人間にとりもどしたい欲望に支えられて、<にもかかわらず><ねばならぬ>とみずからを励ましつつ、<走る>のである」。また、こうも書いている。「短歌は方法ではない。志である。<走る>志である」と。現代において短歌を創作し続けることは、短歌という形式との闘いであり、千三百年の伝統に圧倒されることなく人々とのつながりを信じながら、自己実現に向かって走り続けるマラソンランナーのような志を持たなければならない、という意味らしい。

私は、何度か佐々木さんの短歌論を読み返してみたが、このくだりがなかなか理解できなかった。ところが、先の記事に触れたとき、するすると組紐が解けたように納得できた(ちょっと怪しいが)。それにしても、これを出題されて素早く文意を読み解かなくてはならない受験生には、脱帽である。
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by hasiru123 | 2014-01-19 23:01 | マラソン

苦しまずに42.195キロを走る5ヶ条(4)

今回は、「第4条 本番の数か月前には、起伏の富んだコースを走って脚筋力を高める」について。

ゆっくり長く走れるようになれば、少しずつマラソン向きの体ができてきたと考えてよい。本格的な走り込みの準備段階を迎えたとっていえるだろう。まだマラソン本番まで時間のあるこの時に、身体に少し刺激とゆさぶりをかけてより高いレベルの持久力をつけるのがねらいである。

具体的には、①筋力をつけること、②心肺機能を開発すること、③スピードに慣れることが主な目的である。3つの効果を同時に期待するなんて、少し欲張りではいないだろうか、はたして可能だろうか。そんな疑問が脳裏をよぎるかもしれない。しかし、この3つ力がうまくかみ合ってマラソンランナーの身体が作られることを考えるならば、むしろ同時に行って、相乗効果を発揮できるような練習方法があれば、理想的だ。

そのためには、起伏のあるコースでの練習を取り入れるといい。起伏走とか、クロスカントリー走、ヒルトレーニングなどと言われている。起伏走とクロスカントリー走は比較的小刻みに上りと下りを繰り返し、ヒルトレーニングは比較的長めで1キロ以上の距離の上りと下りの連続するコースを走るイメージである。ヒルトレーニングのほうがよりマラソン向きではあるが、残念ながら日本にはヒルトレーニングにふさわしい緩やかで長めの上り下りのコースはあまりない。日常のトレーニングを行うのに遠方まで遠征していくわけにはいかないから、起伏の規模についてはあまり難しく考えないほうがいいだろう。身近なところにある地形を利用してほしい。

近くに野山や林間コースがなければ、川の土手と利用したり、丘陵地に開発された団地や住宅地であればそれなりに起伏のある道路があると思うので、そういう地形を利用するといい。私の住んでいる地域では町なかに小刻みな坂が多いので、ロードを走るときの練習コースの往き帰りにわざわざ回り道して取り入れている。また、幸いにも周辺に川が多く、土手を使ったサイクリングロードには自動車道や橋を横断するのに自然と起伏ができている。土手に上る道が長めにとられているところがあれば、そこを何回か往復するコースをとってもいい。

ちなみに、私はクロスカントリーコースで行う起伏走の代替として、道路から土手に上る約150mの道と土手の向こう側に下る道の約150mとを合わせたコースを設定して練習を行うことがある。上りをほぼ全力で駆け抜け、下りをジョグでつなぐ。上りを利用したインターバルトレーニングで、相当にハードである。練習開始したころは1回で5往復位(上りを2回走る)から、走り慣れてくると14往復トライすることがある。これを、マラソンレースの半年位前から練習に取り入れている。

上りでは腕を大きく振って、膝を上げて駆け上がる。下りでは膝のばねを使って、転倒に気をつけながらがスピードを抑制する。その運動の連続では、肩から足の指先まで身体の多くの部位にある筋肉を使っている。その証拠に、翌日あるいは翌々日に痛みや疲れを感じる部分が体のどこにあるかを確かめてみるといい。きっと、普段の練習では感じない部位に、痛みや疲労が残っているはずだ。たとえば、背中や腰、上腕二頭筋、腰椎、足の裏など、フラットなコースを走っている限りはあまり発生しないような症状である。これが、①の筋力アップの効果」である。

そして、平地よりも上りの方がさらに大きな負荷がかかることから、心肺機能を高める効果がある。また、上りで大きな負荷がかかり、下りでは休息状態に入って楽な呼吸で走ることができるので、それを繰り返すことによってインターバルトレーニングと同様の半休息状態での走りを体感することができる。これは②の心肺機能の開発効果である。

上りでは呼吸が苦しくなり、追い込まれた状態になるが、ピークを過ぎて下りに入ると負荷を落としてもスピードは自然に上がっていく。下りの力を利用して意図的に速い動きをするという、よく短距離選手が行うような練習の感覚である。平地では出せないスピードに慣らすことができる。少ないエネルギーで、普段は出せないスピードを体感するという意味で、これは③スピードに慣れる効果である。

このように、起伏の富んだコースを走ることは、筋力トレーニングとインターバルトレーニング、スピードトレーニングを合わせたような多面的で多様的性を持った練習効果がある。さらに、LSDのような超長距離のランニングの合間に起伏走を織り交ぜると、身体的にいっそうの大きな成長を期待することができる。「1+1+1=3」という足し算の効果ではなくて、5にも10にもなるいわば掛け算の効果が期待できるのだ。

ただし、注意しないといけないのは、このような負荷の高い練習は連続して行うとからだが悲鳴を上げてしまうので、疲労が残っている状態では、絶対に行わないことだ。1週間に1回とか2週間に1回といった緩やかな頻度で計画的に実施してほしい。この疲労を回復させるときも、LSDを使うことは言うまでもない。
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by hasiru123 | 2014-01-14 07:24 | マラソン

箱根駅伝のビリーフ

カウンセリング心理学の泰斗である国分康孝さんの書いた「自己発見の心理学」(講談社現代新書)によると、悩みが深くなるのは、その悩みに対して正しく考えていないからだという。

カウンセリング心理学に「論理療法」というのがある。そこでは、人生哲学の核心をなすのは「ビリーフ」だと考える。ある事象Aそのものが苦悩Cを生むわけではなく、その事象を解釈するビリーフBが苦悩の原因になるのだ、と。私は、次のように理解した。

イ 事象A「自分にトラックのスピードがない」 → 苦悩C「自分は長距離選手として失格である」
ロ 事象A「自分にトラックのスピードがない」 → B「スピードがない選手は長距離選手として失格である」 → 苦悩C「自分は長距離選手として失格である」

私たちは日常的にイのようなプロセスの考え方を刷り込まれて生きているように思う。ロのBにあるようなビリーフは意識されずに心の中に潜んでいるために、気がつかない。そこで、それをあえて意識化して、ロのBを「スピードがあるにこしたことはないが、長距離選手としての実力を測るのはスピードだけではない」という、より現実的で前向きなビリーフに修正してみてはどうだろうか。その選手はあまりスピードがないということだけで、短絡的に自分は長距離選手として失格だと思いこむことはなくなるはずだ。

駅伝を占うときにいつも参考にするのは、選手の過去1年間のトラックやロードレースの実績である。具体的には、5000mで13分台、1万mで28分以内、ハーフマラソン63分以内の選手がそれぞれ何名いるかである。5000mと1万mではスピード力を、ハーフマラソンでは持久力を見る。選手個人の性格や練習内容、調整具合などを知る立場にないので、予測の方程式にそれらのデータを代入して済ませてしまう。

第90回箱根駅伝。近年になくトラックのスピードランナーが集結した。というのは、すべての大学に1万m28分台の記録を持った選手がいて、5000m13分台が42名、1万mで28分以内が66名もいるからである。チーム別にみると、最もスピードドランナーが多い明治大は5000m13分台が10名、1万m28分台が6名で、優勝候補の筆頭に挙げられていた駒沢大はそれぞれ5名、6名、早稲田大には学生屈指のスピードを誇る大迫傑がいて、・・・といった具合である。このような素晴らしい実績を持った選手たちを中心に編成されたチームはさぞかし、強いことだろう。まさに、夢の競演である。

しかし、今年の箱根駅伝を見て、この発想がいかに脆弱であるかを思い知らされた。単純に、トラックの実績に補助線を引いただけでは戦況を読むことができなかったからである。平均で約21.7キロメートルある各区間の距離に対応できなかったスピードランナーが少なからずいたことや、想定された位置(順位)でタスキをもらえなかったときに、浮足立つことなく力を発揮できる選手とそうでない選手がいたことだ。ここで大切なのは、長距離選手の心のビリーフである。

総合優勝した東洋大は、設楽兄弟をはじめとするエースが揃っていたことに加えて、背中を押してくれたビリーフがあった。その名は「勇気」。駒沢大を引き離したあとも、選手たちは守りに入ることなく、積極果敢に前半からハイペースを刻んだ。これまでの優勝チームのセオリーにはなかった戦法である。

選手たちには、事象を解釈するビリーフBがたくさんあって、その集合がレースの結果を決める。そのビリーフは監督にもわからない。
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by hasiru123 | 2014-01-03 23:21 | 駅伝