<   2014年 03月 ( 5 )   > この月の画像一覧

 

春爛漫の川越・中院

広角レンズには、被写界深度を深める効果や風景全体を広くとらえる効果、変形による造形表現、遠近感の差異を強調する効果などがある。川越市中院のシダレザクラを、18-55mm F3.5-5.6と10-24mm F3.5-4.5の広角系レンズで撮ってみた。ソメイヨシノの開花から2日目、シダレザクラは満開であった。
c0051032_2317493.jpg
c0051032_23224444.jpg
c0051032_23231452.jpg

c0051032_2332129.jpg

c0051032_23244354.jpg
c0051032_23253100.jpg
c0051032_23253327.jpg

c0051032_2336088.jpg


中院前の道路を挟んで東側にある県立川越総合高校のコブシ。
c0051032_23334443.jpg

[PR]

by hasiru123 | 2014-03-30 23:29 | 芸術  

埼玉の県民性

c0051032_131051.jpg
「埼玉県人は、掴みどころがない。サツマイモのようだと形容する人がいるが、確かに県の形は似ているし、川越はサツマイモの名産地。サツマイモのはっきりしない味わいと、地味な特性のない存在とが埼玉に似ている」

民俗学者の故祖父江孝男氏が『県民性』(中公新書 昭和46年10月25日発行)に書いている。これといった特徴がなく没個性的で県民性が希薄という印象が強い。平凡でアッサリ。良くいえばおっとり、悪くいえば粘りもなく押しの強さもないと。

たしかに、埼玉県から日本を代表する政治家と言われる人物は輩出していないから、「権謀術数を必要とするより政治的なかけひきは苦手で、愚直といえるほど物事に真正面からとり組んでいく」と言われれば、そのとおりかもしれない。

私の住んでいる川越市は、江戸時代には川越藩と呼ばれていた。幕府の要職を務め、鎖国政策を推進した酒井忠勝を始め、「小江戸」川越の基盤を築き、その才知から多くの逸話が残る「智恵伊豆」松平信綱など21名の名だたる藩主が顔をそろえている。残念なことに、川越藩に限らず埼玉県内の諸藩は江戸への出世コースとされていたから、藩主たちは地元の住民に溶け込む前に次の任地へ赴任していった。個性の強い政治家が育たなかったゆえんだろう。

一方、岩中祥史さんの『県民性仕事術 ― 出身県でわかる仕事のできる人、できない人』(中公新書クラレ 平成18年7月10日発行)によれば、「北海道や鹿児島県のように郷土を愛してやまない県があるかと思えば、郷土への愛着がまったく感じられない県もある。埼玉県は後者の代表」とこき下ろしている。

なんとなく誇りを持てない気持ちにいっそう拍車をかけたのが「ダさいたま」で、江戸時代には2000余名の小規模の領主たちが支配していたため、もともと団結心や連帯意識が薄い。農業に従事する人が多かったため、勤勉、まじめ、保守的である、と。また、東京のベッドタウン化によって、上記の気質が一気に薄れていった。この時期に埼玉県に移り住んだ人々の多くは、最終目的地として選んだわけではなく、「とりあえず埼玉だが、いずれ東京へ」が合言葉だった。東京や神奈川へのあこがれが鬱屈となって蓄積されたともある。

埼玉県民のビジネス能力をレーダーチャートで示すと、「几帳面さ」「金銭感覚」「社交性」「忍耐力」「上昇志向」は並みで、「行動力」は平均以下。いま住んでいるとことが好きだと思う人の割合は、全国で47位で、お金は人間を堕落させると思う人の割合も47位だった。

祖父江本は日本が高度成長を謳歌している時期に書かれたものなので、過去の話と読み流していたら、21世紀に入って上梓された岩中本でも、埼玉県人はパッとしない。

昨年9月に総務省が発表した人口推計によると、埼玉県の高齢化率(65歳以上の人が占める割合)は22.0%と、全国で4番目に若い地域である。全国各地から人口が流入した結果がこの数値となって表れていると考えられる。江戸が、各地から移り住んできた人々で一気に人口が増え、独特の文化が形成されたことを思えば、埼玉県も個性的な何かが生まれて、上記の本が書き改められる日が来るかもしれない。

(写真) ソメイヨシノが開きかけた中院(川越市小仙波町5丁目)
[PR]

by hasiru123 | 2014-03-28 07:04 | その他  

IT化で効率性を学ぶ

世界におけるスマートフォン(スマホ)の販売数が10億台を超えた。価格が25ドルのハードやスマホを使った新しいアプリ(応用ソフト)が次々登場し、より身近な存在となっている。激変するスマホの未来について、バルセロナで開かれている世界最大の携帯電話見本市の様子を通じてテレビが伝えていた(3月16日、BS1他)。

25ドルのスマホは、液晶画面の画質は高級機より見劣りするが、ネットやメールの利用に問題はなく、130万画素のカメラもついているという。ネット上で様々なアプリが使えるようになったため、端末に大容量メモリーが不要となって価格を大きく押し下げた。

一方、情報関連会社のデジタルアーツの調査によると、スマホ所有率は中学生55.3%、高校生87.9%だった。また、2月に公表された内閣府の「青少年のインターネット利用環境実態調査」によれば、「携帯電話・スマートフォンでインターネットを利用している青少年のうち、約4割が2時間以上インターネットを利用。平均時間は約107分」という結果だった。所有率はこんなものかなと思うが、平均使用時間の長さに驚いた。

たしかに、通勤電車の中で見ていてもスマホに向き合っている人は多い。7人掛けのシートに座っている大人の乗客のうち5人くらいはスマホを利用している。

ある世論調査で、「スマートフォンを使う時間が長くなるほど、読書時間が減ったと答える人の割合が高くなる」という結果があった。スマホは、読書に限らず、新聞購読や学習時間、運動、会食、そして親子間の会話などその影響は計り知れない。となれば、学校のクラブ活動にも支障をきたしているのかどうか。

私が気になるのは、スマホでアスリートの練習にかける時間が削られはしないかということだ。1日に2時間以上もネットにアクセスしているとしたら、絶対練習時間が足りなくなるはずだ。特に、長距離・駅伝・マラソンに王道はなく、日頃から長い距離を踏んで基礎体力を養うことが大事である。余計な心配だろうか。

現に、スキーから若者が離れてから久しい。プロ野球やJリーグの観客数は最近横ばいである。映画館入場者数も、1970年後半以降ほぼ横ばいの状況だ。これからは、アスリートの数だけでなく、スポーツを観に来る人も減っていくのではないか。

一方で、大丈夫、という声も聞こえる。というのは、スマホの利用者数が4年後には46億人超と現在の2倍になるという予測があるからだ。世界人口の半分以上がスマホを使う時代になる。走る時間を取れなくなるという杞憂は日本に限ったことではなく、グローバルな流れなのだ。いまや、短時間の練習で効率よく習熟していくスキルが必要な時代に入ったのかもしれない。

c0051032_15564770.jpg
   うぐいすの初鳴きから1週間
[PR]

by hasiru123 | 2014-03-17 06:59 | 練習  

金メダルの向こうに突き抜けて

国家建設に資するための人材として官費留学した夏目漱石が、英文学研究に生きがいを見出せなくなって、失意のうちに故国に戻らざるを得なくなった。文芸評論家の江藤淳は、漱石の『こころ』(新潮文庫)の解説文にこう書いている。

<彼は「近代」から落伍したのだろうか? 否、「近代」の向こう側に突き抜けてしまっていたのである>

そのころの英国は、急激な工業化と都市化が進み、人間相互の信頼感や安息、自然を奪っていることに漱石は気づいた。過去の倫理と感受性をそのままに維持しながら近代人の生き地獄からの脱出を夢見る・・・。漱石の文学が現代に生きている理由がここにあるというのである。

                      
ソチ冬季五輪が終わって2週間。いまだに、フィギュアスケート女子の浅田真央選手のフリープログラム演技の興奮がさめやらない。ショートプログラム(SP)では、本人をして「何が起きたかわからない」と言わしめたほどの信じられないミスが続き、16位と大きく出遅れた。これが五輪の持つ怖さ、重圧なのだろうけど、氷上の神様も非情である。そして、翌日のフリー。

浅田選手は、SPのショックから見事に立ち上がり、華麗なジャンプを何度も成功させた。自己最高点も更新した。私は、早朝のテレビ放送を見ていて、熱いものを感じずにはいられなかった。勝利から遠ざかったときに、これほどまでに身も心も傾けて演技に集中できる心の強さに圧倒された。

                           
SPの16位から、最終的に6位に押し上げた。10人抜きである。箱根駅伝で言えば、復路の6区で繰り上げスタートだったチームが、復路優勝をもぎ取ったようなものだ。

浅田選手のフリーの演技は、金メダルの向こうに突き抜けて、フィギュアの魅力と面白さを存分に堪能した。これが、世界のスポーツファンの記憶に残る名場面だったことは間違いない。そして、この国の加熱するメダル競争の気分に一石を投じたことも。

天国と地獄の2日間を見て、ふと江藤淳のくだりが思い出された。
[PR]

by hasiru123 | 2014-03-09 18:22 | 話題  

成年後見制度を活用しよう

私たちは、申込みと承諾が一致することにより成立する「契約」を前提とした社会に生きている。コンビニで弁当や飲み物を買ったり、インターネットで家電製品を買ったりする行為も契約である。

契約を行うには、自分の行為の結果がどうなるのかについて判断できる能力が必要となる。9年前の埼玉県富士見市で発覚したリフォーム詐欺事件をきっかけにして、高齢者や障害者の権利擁護として「成年後見制度」が注目されるようになった。

たとえば、ある高齢の女性が「よくわからないけど70万円もする布団を買ってしまった」というケース。このように判断力が不十分な場合に、そのことによって不利益をこうむってしまう恐れがある。そうならないように、法律面や生活面で支援するしくみが成年後見制度だ。

その他に、以下のようときにも利用できる。

・ 認知症の母を悪質商法から守りたい
・ 知的障害のある息子の将来が心配だ
・ 自分が将来、判断能力が衰えたときのことを考えて、今のうちから信頼のおける後見人を選んでおきたい。
・ 母親が最近物忘れがひどくなり、買い物をするにも支障をきたすようになった。
・ 認知症の父が所有している不動産を売却して入院費に充てた
・ 寝たきりの父の世話をしているが、別に住む他の兄弟から財産管理について疑われている
・ 夫婦二人で暮らしているが、生活が困難になったときに子供や孫たちに面倒をかけたくない

制度が施行された2000年当初は、この成年後見人等に選任される人は、約90%が親や子、兄弟姉妹や配偶者などの親族だった。しかし、少子高齢化や単身世帯の増加などの影響により、成年後見人等の担い手の割合は徐々に変化してきた。2010年の親族後見人の割合は約59%まで減少した。弁護士や司法書士、社会福祉士などのプロフェッショナルな後見人が選任される割合が約41%と増加している。また、私が参加しているある消費者団体でも、この制度の中身や活用するための方策を学んでいこうと、動き出している。詳しいことは今この項で触れることはできないが、最近地元の広報紙に載せていただいた小文があるので、参考まで採録したい。

 * * * * *

病気や高齢で判断力の衰えた人でも、残された能力に応じ、本人がやることと他人に委ねることを柔軟に切り分けする。そうやってハンディを負う人も自分のことはなるべく自分で決め、ふつうの生活を送れる社会にする。それが、高齢期に達した人の生活の基本だと思います。

しかし、認知症や精神障害、知的障害があるような人は、金銭や不動産などを管理、処分したり、介護や福祉のサービスを契約したりするのが難しい場合があります。そんな人に適した支援者をつけて権利を守る仕組みが「成年後見制度」です。

成年後見には、2種類あります。本人の能力がなくなり、保護を必要とする状況になってから、関係者の申し立てによって後見人・保佐人・補助人が選任されるのが「法定後見」です。一方、意思能力があるときに自分の希望を表明し、能力がなくなった後も本人の意思を尊重して支援に当たるのが「任意後見」です。この二つに支えられつつも、「自己決定権の尊重」を重視する意味からいえば、「任意後見制度」の積極的活用を図りたいところです。

また、このような制度によって高齢者に対する見守りがしっかり行われていれば、消費者被害の防止策としても安心です。

成年後見制度は2000年4月にスタートしました。最高裁判所などによると、推計200万人とされる国内の認知症高齢者数に対し、利用件数は10年間で計約17万件にとどまっています。残念ながら対象者の間で十分に活用が進んでいないのが実情です。

そんな中で、私たちの自治体では市民が成年後見業務の新たな担い手として活動できるよう仕組み作りに動き出しています。国や法曹関係者、NPO法人などと連携して、同じ地域の住民同士で守り合う仕組みが整うことを期待します。

「成年後見制度」のあらましをお知りになりたい方は、自治体の高齢者福祉部門または地域包括支援センター等におたずねください。


c0051032_1025884.jpg
                  不忍池(上野恩賜公園内 東京都台東区)
[PR]

by hasiru123 | 2014-03-03 00:01 | その他