夢のマラソン

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川越祭り2014

小江戸・川越の恒例の秋の祭りである「川越まつり」が昨日(10月18日)から、川越市内で始まった。

この川越祭りは慶安元年(1649)に当時の川越城主の松平信綱が氷川神社へ神輿や獅子頭を寄進し、祭礼を奨励したのが起源といわれている※。現在では、江戸の天下祭りを引き継いだ祭りとされ、市を挙げてのビッグイベントとして定着している。
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川越祭りの二重鉾台型の山車(だし)による行列はじつに華麗で、勇壮である。高さが8メートルにも及ぶ豪華な山車がずらりと並ぶ「山車ぞろい」や山車同士が祭りばやしを奏でる「曳(ひ)っかわせ」などがあり、多くの観光客を呼ぶようになった。

ところで、現在の川越祭りは江戸時代の氷川祭礼とはかなり様子が違っているようである。江戸時代の山車は、四角形の箱を台にして4人で担ぐ程度の大きさで、箱に竿を立てて上には大黒の人形が取り付けられていた。その後ろに盆栽を載せた花駕籠と飾り立てた母衣(ほう)武者が続く。きわめてシンブルな姿である。
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このことを伝える絵図はニューヨークにあった。ニューヨーク・パブリック・ライブラリーに保存されていたのである。このことを教えていただいたのは、平成9年に川越市立博物館で開催された「川越氷川祭礼の展開」という企画展の折に講演をされた東京大学史料編纂所所長(当時)の黒田日出男先生からであった。

川越氷川祭礼についてこれまでに知られていた絵図で最も古いものは氷川神社蔵「文政9年(1826)氷川祭礼絵巻」だった。なぜニューヨークにあったのか。絵巻の構成と内容はどんなものか。そして、絵巻はいつ描かれたものか。謎の解明に興味は尽きない。歴史的にも、氷川祭礼の成立期を考える上では貴重な史料である。当時同博物館の学芸員だった田中敦子氏の「新発見の氷川祭礼絵巻」(「博物館だより」20号)と「川越氷川祭礼の展開」(同23号)、企画展の図録等で詳しく解説されている。川越祭りが開かれているこの時期に、ぜひあたってみることをお勧めしたい。
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※ 「榎本弥左衛門覚書」の「万之覚」で知ることができる。

(写真上)幸町の山車
(写真中)六軒町の山車
(写真下)元町一丁目の山車
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by hasiru123 | 2014-10-19 20:14 | その他

シドニーマラソン 次のレースにつながった

この辺から少し下腹部が重たくなってきた。スタート前と5キロ過ぎに給水したのが影響したのかもしれない。早くも尿意を覚え始めた。

今までのマラソンで途中にトイレに入ったことはなかったが、まだ先は長いので早めに済ませたほうがよさそうだ。12キロ過ぎの給水所の先に併設されていた仮設トイレへ立ち寄ることにした。約30秒のロスがあったが、からだも気分も軽くなったみたいだ。すぐに元のペースに戻った。

いつの間にか、同じくらいのペースで走るランナーの集団を見つけた。しばらくはこの中でスタミナを温存することにした。

完璧主義はストレスのもとになる、と思われがちだ。そのせいか「完璧主義ですねえ」と揶揄されて複雑な気持ちになる。ほどほどに力をセーブしながら行動する方がよほどストレスフルに思えるのだが。こう書くのは、心療内科医の海原純子さんだ(毎日新聞連載の「新・心のサプリ」から)。

たしかに、マラソンでもほどほどにセーブしながら走るのはそれなりにむずかしく、ストレスフルではある。体調が悪いのなら別だが、むしろ思い切って力の限りを尽くして走るほうがやりやすいかもしれない。

しかし、今は周りのちょうどいいペースに身を委ねるように走っている。だから、ストレスはまったく感じていない。これが、練習で一人時計を意識しながら走るのであればそうはいかないだろう。途中でペースダウンしないかと、気が気ではないはずだ。

このゆったりしたペース感覚が、30キロ過ぎまで続いてほしい。無理をしなければ、これまでのレースのように30キロ過ぎに大きくペースダウンすることはないはずだから。
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この大会は長い直線コースが少ないことと街中と公園が繰り返されて、気分的に走りやすい。公園内の巨木は適当な間隔があけられていて、日本の都市にある公園に比べるとかなりすっきりしている。沿道の応援も熱気がこもっている。太鼓こそないが、鳴り物入りでランナーを勇気付けてくれる。

ところで、心配だった坂は繰り返しあったものの、さほど気にならなかった。五輪コースが厳しすぎたので、市民ランナーのために主催者がはずしてくれたのかもしれない。

結果としては、35キロを過ぎてもペースを落とすことなく、むしろ終盤ペースアップすることができた。とても気持ちよく走れて、次の大会につながるいい走りができた。そう思っている。


(写真)翌日のハイド・パーク。ここを走ったはずだが、大会の賑わいがうそのように静かだった。
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by hasiru123 | 2014-10-13 19:56 | マラソン

シドニーマラソン 号砲

来春のしかるべき大会に向けて、練習のつもりで走る。ついでに、観光も。そんな気楽な気分で走れるマラソン大会はないか。

10月から12月にかけてだと、スケジュール的に難しそうなので、9月に走れる大会があるとうれしい。少し暑いかもしれないが。RUNNETで調べてみたら、国内には一つもなかった。海外ならある。マウイマラソンとシドニーマラソンだ。日本(関東地方)の同時期とほぼ同じ気候のシドニーに決めた。時差も1時間しかないし。

事前に大会要項などでコースを調べてみると、かなり複雑なようだ。折り返し地点は、全部で8ヶ所。何度か同じコースを通る設定になっている。2000年のシドニー五輪の男女マラソンコースとは一部重なるが、かなり異なると聞いていた。五輪のときは終盤起伏が多くて、優勝した高橋尚子さんを始め、選手たちを苦しめた。最近は起伏のあるコースをほとんど走っていないので、少し心配だ。

スタート地点に着いたときは、先にスタートするハーフマラソンを走る選手たちがすでに長い行列を作って並んでいた。前を見たらきりがないが、後ろ向けばこんなにも多くの選手たちが楽しそうに走っている顔が見えてくる--。目が後ろについていると思って走れば、気持ちはかなり軽くなるはずだ。そう自分に言い聞かせてフルマラソンのスタートを待った。

スタートの直前になると小雨が降りだした。気温は12度くらいだろうか。少し肌寒い。ワイシャツ1枚で町を歩いた昨日の日中が嘘のようだ。紫外線を避けるため、ホテルを出る前に顔や腕にたっぷり日焼け止めを塗ってきた。が、その必要はなかったか。

実はこの季節(シドニーは春)でも、紫外線対策が欠かせない。何しろ、南極のオゾンホールが近いオーストラリアのことだ。同じ程度の日差しでも、北半球の3倍以上も強い紫外線だそうである。下手をすると日焼けどころか火傷状態になると現地の人から聞かされていた。だから、昨日はセントラル駅近くにあるマーケットシティで急遽サングラスを購入して、大会に備えた。

いよいよ号砲。競技選手のすぐ後に並んで走り出したので、接触で転倒しないために始めの数百メートルはやや速めに出た。以後はゆったりしたマイペースに戻して進んだ。スタート地点では、妻が預けたカメラでシャッターを切っているはずである。果たして、自分の姿が分かる程度に写真に納まっているだろうか。

しまった!流し撮りのやり方を教えておくのだった。シャッタースピードの設定は125分の1だったような気がする。沿道の最前列で構えているので、そのまま押したらランナーにピントが合っていても、人は動いているのでぼやけるはずだ・・・。しかし、そんなことはどうでもいい。今はしっかり走ることだけを考えろ!
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ほどほどにセーブしながら走る。自分にとっては初めての走り方である。汗はまったくかいていない。しかし、5キロ過ぎに早めの給水をした。これは、マラソンの鉄則である。のどの渇きを覚えてからでは遅いからだ。
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10キロ地点を通過した。想定どおりのラップである。呼吸は安定していて、ほとんど疲れを感じない。こんなに余裕があっていいのだろうか。当たり前だ!まだ4分の1も来ていないのだから。

(写真上)スタート5分前(中央が筆者)
(写真下)ハーバーブリッジを走るファミリーランナー
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by hasiru123 | 2014-10-05 20:51 | マラソン