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東京五輪マラソン 開催地の変更を望む

7392人。これは、総務省消防庁が7月28日に発表した20~26日の1週間に全国で救急搬送された熱中症患者数である。搬送された人は前週から1162人増えたと、28日の毎日新聞夕刊が伝えていた。最高気温が35度を超える猛暑日はまだまだ続きそうだ。

5年後に開催される東京五輪は7月24日に始まって8月9日に幕を閉じる。都心を駆けるマラソンは、女子が8月2日で男子が9日の予定だ。10月下旬に行われた1964年の東京五輪マラソンと違い、今回は高温多湿な夏の開催となる。道路などの人工物による輻射熱の影響は計り知れないものがある。

暑さ対策として、道路の舗装素材の改良による温度抑制(国土交通省)や、ゲリラ豪雨や竜巻の到来を正確に時間的な余裕をもって伝えられるような事前予測技術の開発(内閣府)、気化熱を応用した衣服内の温度低下の研究(経済産業省)などが検討されいるそうだ。

これまでのトップレベルのマラソンランナーたちは、4年に1度の五輪に照準を合わせてしのぎを削ってきた。調整に失敗して苦杯をなめた名ランナーは数知れない。しかし、最近の五輪マラソンでは、トップランナーが夏に開催される五輪マラソンを回避する傾向が見られるようになった。秋以降の国際マラソン大会の方が好記録を生みやすく、結果として賞金獲得につながる可能性が高いからだといわれる。きっと、高温多湿の夏の五輪を制することと、これからも続くであろう競技人生とをはかりにかける選手もいるだろう。

大会関係者は、マラソン選手やその応援者、競技役員などの健康を優先して進めるべきである。時期を変更できないのであれば、マラソンを例外として、東京を離れた冷涼な地域へ移すことが検討されてもいいのではないか。

例えば、北海道の東部地域である。釧路市だと、昨年8月の最高気温の平均が21.2度だった。都市部であれば、起伏が少なく、記録的な期待もできる。また、多くの観戦者が同地域を訪れることによる観光面での効果も期待できよう。デメリットの少ない変更だと思う。

若い長距離選手たちは今、5年後の五輪出場を夢見て練習に取り組んでいることだろう。マラソンコースの是非に関心を寄せている暇はないかもしれない。また、競技団体にとっては強化費の獲得に支障をきたす生々しい問題には触れたくない雰囲気もありそうだ。

しかし、走るのは選手たちだ。五輪コースのあり方について、選手自身がもっと声を上げてほしい。
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by hasiru123 | 2015-07-30 07:19 | マラソン

スポーツを国民の手に取り戻す

総工費が膨らみ、強い批判が集中していた新国立競技場の建設計画を、安倍首相は白紙に戻すと表明した。ここは、民意を汲んで「負の遺産」となるようなことのないよう、スリムな競技場作りに取り組んでもらいたい。

ここまでは、あくまで建前としての期待であって、本音ではない。

というのも、今回の計画の見直しには拍手喝さいのようなものが聞こえてこないからだ。「ゼロベースで計画を見直し、できる限りコストを抑制したい」というのだから、反対の立場からすれば大変結構なことで、互いにハイタッチや握手をしてもいいのではないか、と思うくらいである。だが、しかし――。

この問題に限らず、首相はこれまで国民の反対の声に耳を貸すどころか、無視し続けてきた。にわかに信じられないのは無理もないだろう。国民の体感温度がすでに下がっているのである。

私も、競技場問題についての体温が相当に低下している。その理由の一つが、白紙に戻すということだけれども、現時点では大きな選択肢を一つ失っているからだ。

「過去の」国立競技場を含む神宮の森の歴史に向き合いながら改修工事を行う視点が欠落しているのだ。今年3月から、競技場はあわただしく入札を行って解体されてしまい、すでにない。もちろん、解体して作り直すという方法は大きな選択肢の一つにはちがいないだろうが、冷静になって競技場について考える機会を根こそぎ奪ってしまったという罪は軽からぬものがある。どうしようもなく、重たい白紙撤回の一連の報道である。

どのようにしてこの迷路を脱出したらいいだろうか。この失態を機に、オリンピックの適正規模の検討を始めとし、招致のあり方や実施頻度などの見直しを進めるしかないのではないか。到底、一つの国家や地域で決められるものではないが、5年後にオリンピックを迎えようとしているニッポンが率先して取り組むべき課題であり、実現させるチャンスだ。そして、その先にあるものは、「スポーツを国民の手に取り戻す」ことだと思う。
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by hasiru123 | 2015-07-19 23:49 | 話題

因数分解

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中学校の社会科の授業では、弥生時代の倭の国の王が後漢(今の中国)に朝貢(ちょうけん)することを解説していた。1学期もそろそろ終わるこの時期に、なぜ弥生時代なのかなと思った。4月に原始時代から始めたとすると、今ごろは鎌倉時代あたりに差し掛かっていてもいいのではないか。3年間通っていた地元の中学校での授業参観とそのあとの懇話会のことである。

あとで、校長先生はやさしく説明してくださった。1年生から2年生にかけては歴史的分野と地理的分野を並行して学習し、3年生の1学期途中から公民的分野に移るのだそうだ。だから、時代の流れには必ずしもとらわれないと。

1年生の国語の授業では、最近の新聞記事を使ってプレゼンテーションのやり方を教えていた。なでしこジャパンの決勝戦を題材に、複数の新聞記事を読みくらべ、わかりやすく伝えるためにはどんな工夫が必要か、先生は生徒たちに問いかけた。私が受けた文学作品中心の授業では考えられないテーマだ。

英語の授業では、簡単なダイアログを暗記して、指名された二人の生徒が対面でやり取りする練習をしたりしていた。英語というと文法を暗記したり、教科書のテキストを読んだりすることが多かったので(古いね)、大きな変化だ。

授業を見ていて意外な気づきを発見したのは、3年生の数学だった。黒板にあるのは、連立方程式の解を求めるために展開された因数分解の式である。まとまりのある式をバラバラに分解した上で別のまとまりに再構成し、答えを導き出す。板書された式を食い入るように見ながらふと思ったのは、「このロジック、どこかで見た覚えがあるぞ」ということだった。そう、日常生活で迷路に入ったときに何気なくというか、苦し紛れに使っている手法とよく似ているのだ。「押してもダメなら引いてみな」という、あれである。

因数分解は、見えないものをクローズアップして試行錯誤することと同じで、今どきのことばで言うと、「見える化」を図ることだということに遅まきながら気がついたのである。ただし、現実の生活では解が出せなかったり、なかったりするほうが多いかもしれないが・・・。

(写真)わが家に咲いた紫陽花
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by hasiru123 | 2015-07-13 18:21 | その他

2015年WGM合宿

朝6時に宿舎を出て、全員でゆっくりジョグを開始した。恒例の若葉グリーンメイト(WGM)夏季合宿の2日目である。

岩原スキー場駅前(新潟県越後湯沢町)あたりから越後中里方面へ南下し、5分ほど走ると農道へ出た。道の左右には山から足早に流れる水道がある。昨夜来の大雨の影響だろうか、どこまで行っても水の音が消えることがない。緩やかな上り道である。

毎年ここを合宿地にしているが、この沿道にはいつも咲いていたアジサイが見られない。雑草と一緒に刈り取ってしまったのだろうか。しばらくは、昨日の練習の疲れをとるためにとろとろジョグで歩を進めた。

しばらく農道を行くと右側に山門が見えてきた。瑞祥庵(ずいしょうあん)の樓門(さくらもん)である。深い緑と静けさに囲まれた曹洞宗の寺だ。ここには一対の仁王像が安置されている。幕末から明治にかけてこの地で活躍した石川雲蝶という彫刻家の手になるものだそうである。その美しさに魅せられ、思わず作品の前に立ち止まってしまった。

もと来た道と並行して杉木立の参道が北方面に走っている。草が生えていて、ちょっとしたクロカンコースといった雰囲気である。参道の先には、アジサイが群生していた。木々の緑に囲まれ涼しさを感じながら一路下り、朝の散歩を兼ねた練習はこれで終わった。

例年だと、このあと最後の猛練習が待っているのだが、今年の午前中は個人練習に切り替えた。トラック外側のコースを使って約75分ジョグを行って終了した。こんなにゆったりした練習の合宿は初めてのことだ。

それでも、この1か月間の1日平均練習量と比べると大きな飛躍である。終了した時点で、すでに大腿四頭筋と前脛骨筋がパンパンの状態になっていた。2日間を通しての走行距離は約36キロ。明日につながる合宿になったとしたらうれしい。
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by hasiru123 | 2015-07-06 07:15 | 練習