「父や祖父から聞かされた話では、祖父の時代までの主な取引先は近隣の酒屋や農家、卸店で、個人(消費者)を顧客とする商売ではなかった。作れば売れ、だれからも文句を言われなかった。殿様商売が通用した時代だったのでしょう」と語るのは、川越市内にある醤油店の老舗松本醤油商店の専務取締役松本勇一さんである。

もともと、実家は豪商、横田家が明和4年(1767年)から志義町(現在の仲町)で酒の取引をしていた。天保期になって、醤油蔵を使った醤油作りを手掛けるようになり、明治に入り松本家が醤油製造業を引き継いだ。

「父は祖父のやり方を見て、将来を見据え、新たな試みが必要だと感じたようです。祖父からは大反対されたそうですが――」。その意気込みが伝わったのだろうか。松本さんは醤油店の老舗に次から次へと新しい取り組みを試みている。

今年の5月に、即席麺の「小江戸前川越中華そば」が発売された。1箱(2人前)千百円(消費税別)の高級ラーメンである。松本醤油商店と乾物専門店の老舗である轟屋(同市連雀町)、そして食品会社の岩崎食品工業(蓮田市)とが共同開発して商品化にこぎつけたものだ。
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醤油の提供を松本醤油商店が、だし作りを轟屋が、そして乾麺を岩崎食品工業が担当した。スープは、希少価値の高いぶり節やのど黒煮干などの和だし15種類を使っただしパックを約10分間煮出して作った。

「子供からお年寄りまで日常食べるもので、自宅でだしを使ってもらうにはどんな商品があるか」という視点から、思い至ったのがラーメンだった。「何とか当社の醤油と風味を生かしたい」と。私もいただいてみたが、スープに海産物を使っただしのうま味が詰まっていて、特徴ある味わいに仕上がっている。食事としてだけでなく、晩酌の友としても相性がよさそうだ。

流通チャネルは、同店を始め、轟屋、蔵里(くらり・川越市産業観光館)などの店舗のほか、ネット通販のアマゾンなどに限られている。百貨店やスーパーなどに広げることは今のところ考えていないとのことだ。「最近、どこの観光地も店舗や商品に違いが見られなくなった。川越らしさを伝えたい」という松本さんのコンセプトが、このチャネル戦略からもうかがうことができる。

松本さんは、地域の事業者とのコラボレーション(企業間協力)を大切にしている。中華そば以外にも、醤油もろみを使った「もろみ漬」や醤油の風味を生かした「甘露醤油飴」などを商品化してきた。また、「ご近所コラボ」と称して、ゴーヤの漬物を手掛けたり、石巻市の水産加工業者と缶詰の「鯨の大和煮」を共同開発したりして東北復興支援企画にも携わっている。

「戦後の人口増と高度経済成長で大手の醤油メーカーが大量生産を進める中、うちは少量でも高品質の醤油を生産し、販売する方向へ舵を切った。その後、食生活の変化に伴って醤油の消費量が減少したが、その方向は間違っていなかった」。

今後も、伝統を生かしながら、地域に根ざした特色ある商品作りに期待したい。

以上は、私が所属しているNACS東日本支部埼玉分科会の定例会に松本さんをお招きして、「川越中華そばの開発経緯とコンセプトについて」と題して語っていただき、知ったことである。
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(写真上)今年発売された「小江戸前川越中華そば」
(写真下)定例会での松本専務の講演
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by hasiru123 | 2015-08-29 16:23 | その他

昨日開幕した世界陸上の第1日目は、男子長距離ではマラソンと10000m決勝が行われた。残念ながら、日本の選手たちはどちらの種目も力を出し切れず、下位に沈んだ。これまで、国内を活動の拠点としている東アフリカ出身の選手たちとのレースぶりを見ていて、日本人選手との力の差は歴然としていた。そして、その内容を裏書きする結果となった。

マラソンでは、19歳のギルメイ・ゲブレスラシエが北アフリカの小国・エリトリアに、初めて金メダルをもたらした。ゲブレスラシエは、ペースメーカーを含めて今年になって3回のマラソン経験があるとのことだが、自己記録は2時間7分台だ。その選手に、エチオピアやケニアの選手が太刀打ちできなかった。

高温多湿という悪条件だったことを差し引いても、マラソンにはトラックのスピードや過去の実績だけでは計れない魔物が棲(す)んでいるとしか思えない。ゲブレスラシエの素晴らしい点は、終盤の粘りである。超スローペースで展開した後の、35キロからの5キロを14分53秒でカバーしているところからも、ペースの変化に強い、タフな選手だという印象を持った。

それともう一つ、怖いもの知らずという若さゆえの特権もこの選手を後押したように思える。自分の走力を知り過ぎているベテラン選手だと、自信の持てない挑戦を躊躇してしまいがちだ。壁を意識しないで、その向こう側に広がっている無限の可能性に賭けるしなやかさがうらやましい。

選手にたちはだかる壁を乗り越えるには何が必要か。私は、試行錯誤と勇気を挙げたい。特に後者は、日々の練習や技術だけではいかんともしがたいものがある。一マラソンファンとして、大きな壁にぶち当たっている日本の選手たちに感じているのはこのことである。

自分の「壁」の向こうへ飛び出して行こうとする勇気ある選手の輩出を期待したい。
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by hasiru123 | 2015-08-23 16:12 | マラソン

心理戦

かなり前だが、ある陸協が開催した記録会に参加したときのことである。

種目は男子5000m。トラックレースは久し振りで、スパイクの感触を確かめるために走ってみたくなった。記録会だから、本来は記録への挑戦が目的である。しかし、この日の気象コンディションは、5月上旬なのに最高気温30度という異常な暑さだった。記録は度外視して、イーブンペースをキープする戦術で臨んだ。これが高校生時代の自分であったなら、まわりのペースに惑わされて、オーバーペースで自滅していたかもしれない。そこが、何十年も走りつづけてきた熟練ランナーの強みである(本当か?)。

レースは2組に分かれて行われた。いずれの組もほとんどが学生で、その中に数名の一般ランナーが混じっていた。暑さの中とはいえ、トップを行くランナーたちは積極的に飛ばし、2組とも1位の選手が他を大きく引き離す展開となった。私の方は、終盤にペースが落ちたものの想定の範囲内でゴールした。

ところで、大会の運営でロードレースと比べてトラック競技やフィールド競技が難しいのは、競技の進行次第で時間が多少前後することである。国内の主要な大会ではまずないが、それでも五輪や国際大会でもしばしば起こる。

この日は、前半の短距離種目で組数が多かったことから、進行に遅れが生じたようだ。競技開始は8時30分だったが、14時15分開始予定だった男子5000m1組ではおよそ30分を超える遅れとなった。私は、競技の開始時間よりも約90分前に会場へ着いたため、遅れの状況はすぐにはわからなかった。予定通りのアップを行って、最終コールへ向かう直前になって初めて、進行の遅れを伝える放送で気がついた。アップに入る前に、場内アナウンスに耳を傾けるなどして進行状況を確かめておけばよかったのだ。

一度できあがったコンディションを維持することはなかなか難しい。つまり、温まった身体を保持しながらスタミナの消耗を最小限に抑えなければならないからだ。また、気分的にもスタンバイできた状態をいったんクリアして、もう一度作り直す必要がある。もし、これが重要な大会であればあるほど、焦りを呼ぶことになるだろう。

集中力の密度から言えば、長距離種目よりは短距離や跳躍競技の方がよりナイーブになるのではないかと思う。こういうときは、実力以外に「いかに気持ちを切り換えるか」という胆力のようなプラスアルファーがものを言いそうである。

「気持ちの切り換え」ついては、それを専門にしている人がいる。プロ野球のリリーフエースといわれる人たちだ。彼らは1試合の中で、マウンドに上がるまでに何度も仕切り直しを行っている。マラソンのスタートのように決まった時間に号砲が鳴ることはないからだ。体のコンディショニングとともにメンタルな面での管理に人一倍心を配っているにちがいない。

このような人たちが持っているメンタル面の管理技術を、陸上競技のアスリートたちも学ぶ必要があると思う。指導にあたる監督さんたちも、ぜひ選手たちの心に入り込んで、このプラスアルファーを引き出していただきたい。大切な試合で、日頃の練習成果を十分に発揮するために。

今月下旬には陸上の世界選手権が開幕する。ライバル同士の心理戦の展開にも気を配って、レースの行方を見守りたい。
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by hasiru123 | 2015-08-16 16:36 | 基礎知識