収穫の秋

芋掘り大会へ行ってきた。地元の社会福祉協議会が世代間交流事業として開催したものである。

自治会の連合会が近郊の畑を借りて植えたのが、4か月前。見事に成長したサツマイモを400名を超える自治会員たちが掘り出した。以下に、そのスナップをご紹介する。

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          混雑を避けるために2部に分けて行った開会式(川越市内の保育園で)

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          畑へ移動すると、一斉に芋掘り開始

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          こんなに大きな芋がとれました!

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          私も負けないわ!

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          3人がかりでやっと掘れました
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by hasiru123 | 2015-10-25 22:52 | その他

2015川越まつり

今年の川越まつりは、10月17日(土)と18日(日)に行われた。
今回は、17日の「神幸祭」と川越市役所前の山車揃いを撮影のポイントに考えていたが、あいにく所用で県外へ行くことになり、実現できなかった。
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「神幸祭」は、氷川の神様が神輿(みこし)に乗られて川越城下の町々を巡行することで、人々はその御神徳をいただき、 幸福と町の繁栄を祈請(きせい)する、という伝統儀式だ(川越まつり公式サイトから)。本来は「例大祭」に続く10月15日に行われていが、今では川越まつりの1日目(第3土曜日)に実施されるようになった。
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昼間の見どころの一つに、「山車揃い」がある。人形や彫刻、幕の刺繍など、それぞれ違う個性をもった山車を比べながら見ることができる。
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翌日は、都内から知人の来訪で、案内を兼ねて昼間の山車の曳き回しにカメラのレンズを向けた。好天に恵まれたのはよかったが、強い日差しを受けて少し疲れたのかもしれない。午後4時過ぎには、早くも小江戸蔵里(こえどくらり)近くの割烹でビールの乾杯をすることに。撮影の活動はここでお開きとなった。


(写真上)川越市の山車 市役所前で
(写真中)鍛治町の山車 りそな銀行川越支店前で
(写真下)遠くに見えるのは岸町2丁目の山車 一番街で
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by hasiru123 | 2015-10-19 20:06 | その他

あるカメラ雑誌の広告に「自分がどう撮りたいのか。その意思を、正確にカメラに伝えます」という写真家のコピーがあった。その前提は、当たり前のことだが、カメラが撮る人の意思を受け止めるだけの品質を備えていないと、正確に伝えることはできない。
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撮影の途中で、突如としてカメラがシャッターをきる人の意思を拒否し始めた。10月4日(日)に行われた「第九の夕べin喜多院」でのことである。

主催者と来賓のあいさつに続いて、エレクトーンと4名のソリストたちの演奏、小学生の合唱が終わった。第九の合唱が始まるまでの間の休憩時間に、その事故が起きた。カメラを固定したままの三脚を閉じて移動しようとした瞬間に、不注意でカメラつきの三脚が倒れ、カメラのファインダーとレンズフードにひび割れが生じた。明るいところではなかったので、詳しい状況を把握することができず、写真を撮りながらしばらく様子を見ることにした。

休憩後、第九の演奏が始まった。レンズの焦点を合わせるためにシャッターを半押しするとオートフォーカス機能が働かなくなっていることに気がついた。やむをえず手動でフォーカスすることにしたが、シャッターを切っていくうちに、手動もうまく働かなくなった。

あとで、撮った写真をパソコンに取り込んで確認したところ、第九以降の写真はピントが合っていない。終盤になるにしたがってピントのずれが際立っている。露出も少しおかしい。大失敗である。

このイベントは、毎年10月に喜多院の境内をお借りして開催され、今年で10回目を迎えた。300名近い合唱団員が喜多院の慈恵堂前の階段に並んで歌う。音楽監督・指揮は宮寺勇さん(埼玉中央フィル常任指揮者)である。私は6回目から広報を担当させていただき、レンズを向けてきた。写真の編集ソフトが向上したとはいえ、今回の失態をどの程度まで回復できるか、はなはだ心もとない。
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by hasiru123 | 2015-10-08 07:50 | 芸術

9月17日(木)に、三芳野神社の平成第2期工事に際して、第1回修理工事委員会(委員長・山田禎久宮司)が氷川会館(川越市)で開催された。会議では、10月からの外壁を塗り直すなどの改修工事案が承認された。工事は、平成30年度までの4か年をかけて実施される。

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                    (写真)参道から臨む三芳野神社の社殿

修理工事委員会は、文化財建築や文化財保護に詳しい有識者と川越市内の商工観光団体のトップの方々に役員就任をお願いして、立ち上げたものだ。三芳野神社の歴史や工事の概要については、朝日新聞を始めとする4紙1局の報道機関で取り上げていただいた。新聞の方はいずれも地方版だが、ネットでも検索することができるので、そちらをご覧いただければ幸いである。

三芳野神社は童謡「とおりゃんせ」発祥の地として広く知られるが、その歴史や行事については十分に認知されているとは言い難い。同委員会の事務局として、工事進行のお手伝いとともに神社の歴史や魅力を少しでも多くの方に知っていただけるよう情報発信に積極的に関与していくつもりである。

ここでは、記者発表の際に使わせていただいたプレスリリース(委員長名で発信したもの)を要約することで、工事の概要をご紹介したい。

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三芳野神社は埼玉県及び川越市の補助を受け、平成の第2期工事として4年計画で社殿の保存修理を実施することになった。漆塗や彩色、飾金具(かざりかなぐ)などの修理と排水機能の修復を予定している。

屋根は当初柿葺(こけらぶき)であったものを江戸後期に瓦葺に変え、更に大正期には銅板葺に改められた。その後、平成元年から3年かけて行った修理では、屋根葺替が実施されている。

社殿は、本殿・幣殿・拝殿からなる総漆塗りの権現造(注1)で、埼玉県内における初期の優れた権現造社殿として昭和30年に県指定文化財に指定された。

平成の第1期半解体修理では、主に木部と屋根の修理で、漆塗と彩色、飾金具の修理は次期修理として実施されなかった。そのため、漆塗や彩色、飾金具の脱落など損朽が著しい状況である。また、社殿周囲は巨木の根により石組みの排水施設に著しい不陸を生じさせている。これにより雨水の排水が機能不全となり、水はけが悪い状況になっている(注2)。

□ 工事の内容 本殿、弊殿及び拝殿の漆塗や彩色、飾金具などの修理と排水機能の修復
□ 工事の予定期間 平成27年11月~平成31年3月(現在は、工事に向けて、株式会社文化財工学研究所が設計調査を実施中。)
□ 工事業者の決定 10月下旬に入札を予定

 三芳野神社の保存修理のため、予算額のうち一部については、地元の団体及び市民の皆様や保存修理に理解のある方々からのご支援をお願いすることを考えている。また、工事の進捗等については、折に触れてプレスリリースするなどして、情報提供を積極的に行っていきたい。

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(注1)神社本殿形式のひとつ。一般には本殿と拝殿を相の間でつないで工字形の平面としたもの。古くは相の間が土間や石敷きであったので石の間造ともいう。平安時代に京都の北野天満宮で成立した北野独自の形式だったが、桃山時代以降豊国廟(ほうこくびょう)や東照宮などの霊廟建築に広く用いられ、その代表と目される日光東照宮に祭られる東照大権現から権現造の名で呼はれるようになった。(山川出版社「日本史広辞典」より)

(注2)巨木の根によって社殿へ影響を及ぼさないために、本年5月に社殿西側の楠2本と白樫1本を伐採した
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by hasiru123 | 2015-10-04 21:53 | その他