ブログトップ

夢のマラソン

自分の調子を知る

1月29日(日)に、飯能市で第15回奥むさし駅伝競走大会が開催された。冬型の気圧配置が緩んだため、この時期としては暖かい気象条件の下でのレースだった。

c0051032_21191642.jpg

私が所属している陸協からは、男子チームが一般の部に出場した。昨年よりも20位順位を上げて、前年の記録を約6分短縮した。来週出場予定の埼玉県駅伝でエントリーしている選手でオーダーを組み、そのトライアルという位置づけで臨んだ。

1区のI選手は、昨年は1500mを中心にスピードに磨きをかけてきた。当チームとしては初出場だが、この区間は4年連続での出場である。前半で周囲の速いペースに背中を押されたためか、終盤で失速したのが悔やまれる。

2区のH選手は、年末にけがで手術を受けたばかりで、リハビリの途上での出場となったにもかかわらず、無理をお願いしてしまった。しかし、その心配は杞憂に終わり、上りをしっかり走りきることができて、ほっとしている。

3区は、前年と同じM選手がタスキをつないだ。前回の区間記録を約1分半短縮する快走を見せた。高校時代の力を徐々に取り戻しつつあると感じさせた。

4区は、800mを得意とするH選手だ。昨年は生活環境が変わり、十分な練習を積めなかったが、下りのコースをうまく走り、重責を果たしてくれた。

5区は、初出場のS選手である。期待どおりの走りを見せてくれた。これからが楽しみである。

アンカーは、3000m障害をはじめとするトラックレースで力をつけつつあるY選手が9人抜きの快走を見せた。埼玉県駅伝でもこの日のような粘り強い走りを期待している。

今回のように、2週続けてレースに臨むときに大事なのは、選手自身による調子の見極めである。選手の体は生き物だから、周期的に調子が上がったり下がったりする。今どの状態にあるのか、しっかり押さえておくことが肝要だ。この日、あまりいい状態で走れなかったとしても選手の調子の上昇過程にあるとしたら、次の週は少なくとも今よりはいい状態で走れるはずである。その反対に、この日いい状態で走れた選手でも調子の下降過程にあれば、次週はその点を肝に銘じて走る必要があろう。


自分の調子と対話をしながらレースに臨む。先に「トライアル」と書いたのは、そういう意味である。


[PR]
by hasiru123 | 2017-01-30 21:19 | 駅伝

昭和の歌と万葉集

日本老年学会は、現在65歳以上とされている「高齢者」の定義の見直しを進め、年齢を体力的な面などからも75歳以上に引き上げるべきだとする提言をまとめた。提言によると、65歳から74歳までの人たちを新たに「准高齢者」と位置づけるという。長寿社会の一つの到達点だと評価したい。

一方では、若い人たちの年代のシフトというのもあるのではないだろうか。

通勤の車中でいつも聞いている放送に「荒川強啓デイ・キャッチ!」という番組がある。昨年暮れに聞いた、コメンテーターの近藤勝重さん(毎日新聞客員編集委員)のひとことが記憶に残っている。

1975年にヒットした伊勢正三作詞、作曲の「22才の別れ」について、こんなことを言っていた。「22歳といえば、学生と社会人が入り交じる年齢だが、女性にとっては結婚適齢期でもあった。この歌にある感覚は、現在の22歳の女性にはない。30歳くらいにあたるのではないか」と。

近藤さんは、どのあたりの表現を指して今の22歳にはないと言うのだろうか。

古いレコードの歌詞カードを引っ張り出してみると、例えば<わたしには/鏡に映ったあなたの姿が見つけられずに>とあった。また、<あなたは/あなたのままで変わらずにいてください/そのままで>というくだりもある。近藤さんの言葉とシンクロしたのは、これらの詞からだった。

ストレートに言い放つことを抑制し、別離の切なさをいったん飲み込んで言葉にできるのは、結婚適齢期までのいくつかの経験と時間が必要なのではないか。そんな気がする。

私には、以下のような歌詞からも世代の感覚が様変わりしていることが実感できる。

<こんな小春日和の/穏やかな日は/あなたの優しさが/しみてくる>

70年代の名曲で、さだまさし作詞、作曲の「秋桜」だ。明日嫁ぐ娘が母との別れを惜しむ気持ちを歌っている。今の20代の女性からは、そんなフレーズは出てこないだろう。

新幹線や飛行機で簡単に遠隔地と行き来できて、SNSで日常的なやり取りが瞬時にできる時代である。嫁ぐ前の日と後の日は切れ目なくつながっているのだ。

「だが、しかし――」と考える。江戸幕府も、鎌倉幕府も、時の彼方にかすんでしまうくらいの1300年前のこと。万葉集にはこんな歌があった。

<鳴る神の 少し響(とよ)みて さし曇り 雨も降らぬか 君も留めむ>

「雷が少し轟いて空が曇る。雨も降ってくれないだろうか、そうすればあなたがここにとどまってくれるだろうに」という意味である。

柿本人麻呂歌集の中にあるもので、20歳になるかならないかくらいの乙女が恋に思い悩み、そして恋に少しだけ内気な女性の心情を詠んだものだ。今の女子高生、女子大学生たちと何ら変わるところがない。

時が移っても、変わった心模様と変わらない心情とがクロスオーバーしている。だから、人は昭和歌謡を懐かしみつつ、万葉集に共感するのかもしれない。


[PR]
by hasiru123 | 2017-01-12 20:45 | その他


c0051032_08385005.jpg
               林立する蔵王のモンスター(山形県)

  昨年2月中旬に撮影したものです。樹氷・スノーモンスターは、日本ならではの光景といわれますが、特定の地域に限られます。この年は雪が少なく、樹氷も小ぶりでした。


 ニューイヤー駅伝は18年ぶりに旭化成が優勝しました。また、箱根駅伝では青山学院大が3連覇、3冠を達成しました。


 この勢いを追い風にして、坂戸市陸協は埼玉県駅伝に挑みます。

 皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

 2017年 元旦


[PR]
by hasiru123 | 2017-01-05 08:58 | その他

世界一安全な戦争とは

昨年末に見た「アイ・イン・ザ・スカイ」という映画には、「世界一安全な戦争」という副題がついていた。戦地とは隔絶された地点から、机上からミサイルやロケット弾などの攻撃を指示することかと思いきや、今の「安全な戦争」はもっと先を行っているのだと気づかされた。

英国軍の諜報機関のパウエル大佐(ヘレン・ミレン)は、米軍と共同で対テロ作戦を指揮する。英米とは比較的友好的なケニアのナイロビで発見したテロリストの隠れ家。そこに潜伏しているテロリストの動向を無人偵察機と鳥型や昆虫型の小型ドローンを使って探り、その映像が米軍基地のスティーブ・ワッツ中尉(アーロン・ポール)らがいる会議室に流れる

ナイロビの隠れ家に英国人テロリストが集結していて、自爆テロの準備が進められていることがわかる。パウエル大佐はドローン攻撃による殺害を米国・ネバダの空軍基地に指示する。しかし、小型ドローンからは隠れ家のすぐそばで現地の少女がパンを売っていることが映し出されていた。攻撃で何人の犠牲者が出るかわからない自爆テロを未然に防ぐか、それとも少女の命が失われるとわかって建物を爆破させる計画を断念するか。果たして、ここで攻撃することは是か否か。

軍人や政治家たちが、ボタンを押すことで発生する被害の責任を巡って決定をたらい回しにする様など、現代の政治をうまくあぶりだしている。 それでいて、スピード感があってスリリングだ。最後まで緊張がの糸を切らさない、うまい映画作りだと思う。

犠牲者の視点から戦争を告発する映画が数多くある中で、武力を行使する側に立ってその是非が議論されていく。どちらに与しても、問題がある。大義名分がない。この矛盾にどう挑むかがテーマである。

「あなたならどうする」と問われて、100年かけても解を出せそうにない。この重たさが「アイ・イン・ザ・スカイ」の魅力でもある。


[PR]
by hasiru123 | 2017-01-01 21:10 | 芸術