陸連登録とは

もうすぐ4月。いよいよトラックシーズンの幕開けです。そこで、日本陸連登録についてまとめてみました。市民ランナーにも大いに関係がありますので、参考にしてください。

Q.日本陸連登録への登録はだれでもできるの?
A.自己記録に関係なく、だれでも登録することができます。
Q.ということは、ランナーならだれでも登録できるんですね!
A.そうです。
Q.登録するとどんなことができるのかな?
A.公認大会のフルマラソンやハーフマラソンで、陸連登録者の部門にエントリーできます。マラソン大会によっては、陸連登録者の部門だと結構前の列からスタートできる場合があります。記録を狙うには多少有利になるかもしれません。公認大会で出した記録は日本陸連から公認されます。そのためには登録が必要となります。公認記録を取得しようとする競技会にエントリーするまでに、登録を行っておく必要があります。また、ロードレース大会などでエントリーと大会実施日の年度がまたがる場合は、エントリー時も大会実施日も登録会員である必要があります。

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Q.全国の登録者数はどのくらいあるの?
A.平成27年度で、登録会員数は39万人を超えました。年々増加傾向にあります。
Q.登録の種類はどうなっているのかな?
A.日本陸連の登録では、競技者、審判、指導者の区別はなく、団体登録か個人登録かの区別です。団体登録は、都道府県陸協にチーム(団体)単位で登録する方法です。個人登録は、都道府県陸協に個人で登録する方法です。個人登録で競技会に出場する場合は、所属は都道府県陸協名となります。その他に、地域単位の陸協(例:○○市陸協)、中学生登録、高校生登録、大学生登録があります。また、都道府県によっては独自に受付時に競技者登録、審判登録と分けている場合があります。詳細は都道府県の登録規程を参照してください。

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Q.登録の手続きの仕方を教えて。
A.各都道府県陸協が窓口となります。登録料は各都道府県陸協が個別に設定しています。年間1,500円~4,000円/人程度です。登録の有効期間は、4月1日から翌年3月1日の1年間で、継続する場合は、毎年更新が必要です。また、受付期間は2月末から12月末までなので、年末から2か月間は登録できません。個人のランナーは、地域単位の陸協がおすすめです。登録料を払うだけで登録手続きを自分でやらなくて済みます。

(写真)埼玉県川越市 この時期、中院の枝垂桜が満開です。


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by hasiru123 | 2017-03-28 20:40 | 基礎知識

蔵と煉瓦

私が住んでいる埼玉県川越市には、蔵造り商家が数多く残されている。蔵造りの町並みが作られるきっかけとなったのは、明治26(1983)年3月17日の大火だった。

当時の東京朝日新聞によると、川越の全戸数3315戸のうち全焼及び半焼の土蔵で4分の1を占めたとされている(明治26年3月22日記事)。この中には、第八十五銀行(現在の埼玉りそな銀行)や鐘撞堂(かねつきどう)、蓮馨寺(れんけいじ)などが含まれていた。そして、この未曾有の大火災で川越商人たちの防火対策への意識の変革をもたらした。

商人たちは、同じ惨事を繰り返さないよう、建物そのものを防火建築にすることを考えた。伝統的な工法による蔵造り建物だ。最盛期には100軒以上の蔵造り建物が街中にひしめき、町並みを形成していた。

先ごろ、函館市で防災の先駆けといえる建築物を見る機会があった。「金森洋物店」である(下の写真参照)。

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館内は、明治から昭和にかけて何度か大火に見舞われてきた。明治11年、12年の大火で函館のほとんどの市街区域を焼失した。このため開拓使は、市街の区画整理と不燃質家屋の奨励に乗り出した。明治12年に被災した初代渡辺熊四郎もその施策に応じ、翌年11月に、開拓使の茂辺地煉瓦石製造所の煉瓦を使った洋風不燃質店舗の「金森洋物店」を開店させた。 

この店は主に舶来製の小間物や雑貨品を販売し、明治40(1907)年の大火では、周囲の不燃質店舗が焼失する中で、金森洋物店のみが難を逃れた。大正14年まで店舗として使用された建物は、昭和38年に北海道指定有形文化財に指定され、昭和44(1969)年から旧金森洋物店「市立函館博物館郷土資料館」として開館している(以上は、当館スタッフの解説による)。

煉瓦造りと蔵造りの違いはあるが、同時代の北国と川越に共通した防災対策がとられたことは興味深い。

以下の写真は、雪が降ったりやんだりだった3月上旬の函館市内で撮ったものである。

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函館市旧イギリス領事館 元町にあるかつてのイギリス領事館である。

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裏側から見た旧北海道庁函館支庁庁舎 現在は函館市写真歴史館・函館市元町観光案内所として活用されている。

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旧函館区公会堂 明治43年(1910年)に建てられた左右対称のコロニアルスタイルとブルーグレーとイエローの色が特徴的な美しい建物だ。

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五稜郭 周りの堀は固く凍結していた。

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上下和洋折衷住宅 一階が和風、二階が洋風に設計された木造二階建ての店舗・住宅で、元町付近でよく見られる。

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by hasiru123 | 2017-03-18 14:34 | その他

2月26日に行われた東京マラソンの男子は、ウィルソン・キプサング(ケニア)がマラソン国内最高記録の2時間3分58秒で優勝した。そして、井上大仁(MHPS)が2時間8分22秒で日本人トップ、総合8位に入り、世界陸上ロンドン大会の有力な代表候補にに名乗りをあげた。

8人の先頭ランナーが、最初の5キロを14分14秒から16秒で通過した。まれにみるハイペースである。ちなみに、世界的な大会で最初の5キロが最も速かったのは、2009年ロンドンマラソンで走ったサムエル・ワンジル(故人、ケニア)の14分8秒だそうである。ただし、このときのワンジルは終盤に大きく崩れて世界記録にはならなかった。

東京マラソンでは、ケニアの選手たちもペースメーカーの速い入りに引っ張られるかのようにラップを刻んでいた。無理をしている様子は全く見られない。こういうときは、好記録が生まれやすい。テレビ中継のアナウンサーも「2時間を切るハイペース」と絶叫していた。たしかに、速かった。

ただし、驚異的なハイペースだったかというと、そうでもない。というのは、この大会は前半にハイペースで展開することが多いのである。なぜなら、初めの6キロで40メートル近く下るからだ。井上大仁や11位の設楽悠太(Honda)も最初の5キロが14分31秒だったが、これも冒険的ではあるが無謀とはいえないくらいの速さだった。二人は、次の5キロも14分40秒台をキープした。

設楽の走りで私が評価したいのは、15キロまでの5キロをキプサングよりも12秒速い14分32秒に上げたことである。この追い上げで先頭との差を10秒に縮めた。もし、その次の5キロで8人の集団に追いつくことができたとしたら、と期待を膨らませながらテレビに見入った。単独で先頭を追うよりもずっと楽に走れただろうし、後半の減速を抑えることにつながれば日本最高記録もついてくるのではないか、と。

さすがのキプサングらは、15キロ以降の5キロを14分30秒前後に上げ、設楽は少しずつ離れ始めた。設楽の世界トップへの挑戦は、ここで終わった。しかし、20キロまでは先頭の背中が見えるところでレースをしたという経験は大きな意味を持つ。それによって、次は30キロまで、そして35キロまでと、サバイバルレースができる距離を伸ばしていこうという気持ちが生まれてくるからだ。

東京マラソンの直前には、アメリカでトレーニングを積んでいる大迫傑(ナイキ・オレゴンプロジェクト)がボストンマラソンに出場するという記事を目にした。大迫は、昨年の日本選手権で5000mと10000mを制し、リオデジャネイロ五輪に出場したスピードランナーである。

設楽や大迫らの若いマラソンランナーの台頭が待たれる。

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by hasiru123 | 2017-03-02 20:05 | マラソン