自分の調子を知る

1月29日(日)に、飯能市で第15回奥むさし駅伝競走大会が開催された。冬型の気圧配置が緩んだため、この時期としては暖かい気象条件の下でのレースだった。

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私が所属している陸協からは、男子チームが一般の部に出場した。昨年よりも20位順位を上げて、前年の記録を約6分短縮した。来週出場予定の埼玉県駅伝でエントリーしている選手でオーダーを組み、そのトライアルという位置づけで臨んだ。

1区のI選手は、昨年は1500mを中心にスピードに磨きをかけてきた。当チームとしては初出場だが、この区間は4年連続での出場である。前半で周囲の速いペースに背中を押されたためか、終盤で失速したのが悔やまれる。

2区のH選手は、年末にけがで手術を受けたばかりで、リハビリの途上での出場となったにもかかわらず、無理をお願いしてしまった。しかし、その心配は杞憂に終わり、上りをしっかり走りきることができて、ほっとしている。

3区は、前年と同じM選手がタスキをつないだ。前回の区間記録を約1分半短縮する快走を見せた。高校時代の力を徐々に取り戻しつつあると感じさせた。

4区は、800mを得意とするH選手だ。昨年は生活環境が変わり、十分な練習を積めなかったが、下りのコースをうまく走り、重責を果たしてくれた。

5区は、初出場のS選手である。期待どおりの走りを見せてくれた。これからが楽しみである。

アンカーは、3000m障害をはじめとするトラックレースで力をつけつつあるY選手が9人抜きの快走を見せた。埼玉県駅伝でもこの日のような粘り強い走りを期待している。

今回のように、2週続けてレースに臨むときに大事なのは、選手自身による調子の見極めである。選手の体は生き物だから、周期的に調子が上がったり下がったりする。今どの状態にあるのか、しっかり押さえておくことが肝要だ。この日、あまりいい状態で走れなかったとしても選手の調子の上昇過程にあるとしたら、次の週は少なくとも今よりはいい状態で走れるはずである。その反対に、この日いい状態で走れた選手でも調子の下降過程にあれば、次週はその点を肝に銘じて走る必要があろう。


自分の調子と対話をしながらレースに臨む。先に「トライアル」と書いたのは、そういう意味である。


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# by hasiru123 | 2017-01-30 21:19 | 駅伝  

昭和の歌と万葉集

日本老年学会は、現在65歳以上とされている「高齢者」の定義の見直しを進め、年齢を体力的な面などからも75歳以上に引き上げるべきだとする提言をまとめた。提言によると、65歳から74歳までの人たちを新たに「准高齢者」と位置づけるという。長寿社会の一つの到達点だと評価したい。

一方では、若い人たちの年代のシフトというのもあるのではないだろうか。

通勤の車中でいつも聞いている放送に「荒川強啓デイ・キャッチ!」という番組がある。昨年暮れに聞いた、コメンテーターの近藤勝重さん(毎日新聞客員編集委員)のひとことが記憶に残っている。

1975年にヒットした伊勢正三作詞、作曲の「22才の別れ」について、こんなことを言っていた。「22歳といえば、学生と社会人が入り交じる年齢だが、女性にとっては結婚適齢期でもあった。この歌にある感覚は、現在の22歳の女性にはない。30歳くらいにあたるのではないか」と。

近藤さんは、どのあたりの表現を指して今の22歳にはないと言うのだろうか。

古いレコードの歌詞カードを引っ張り出してみると、例えば<わたしには/鏡に映ったあなたの姿が見つけられずに>とあった。また、<あなたは/あなたのままで変わらずにいてください/そのままで>というくだりもある。近藤さんの言葉とシンクロしたのは、これらの詞からだった。

ストレートに言い放つことを抑制し、別離の切なさをいったん飲み込んで言葉にできるのは、結婚適齢期までのいくつかの経験と時間が必要なのではないか。そんな気がする。

私には、以下のような歌詞からも世代の感覚が様変わりしていることが実感できる。

<こんな小春日和の/穏やかな日は/あなたの優しさが/しみてくる>

70年代の名曲で、さだまさし作詞、作曲の「秋桜」だ。明日嫁ぐ娘が母との別れを惜しむ気持ちを歌っている。今の20代の女性からは、そんなフレーズは出てこないだろう。

新幹線や飛行機で簡単に遠隔地と行き来できて、SNSで日常的なやり取りが瞬時にできる時代である。嫁ぐ前の日と後の日は切れ目なくつながっているのだ。

「だが、しかし――」と考える。江戸幕府も、鎌倉幕府も、時の彼方にかすんでしまうくらいの1300年前のこと。万葉集にはこんな歌があった。

<鳴る神の 少し響(とよ)みて さし曇り 雨も降らぬか 君も留めむ>

「雷が少し轟いて空が曇る。雨も降ってくれないだろうか、そうすればあなたがここにとどまってくれるだろうに」という意味である。

柿本人麻呂歌集の中にあるもので、20歳になるかならないかくらいの乙女が恋に思い悩み、そして恋に少しだけ内気な女性の心情を詠んだものだ。今の女子高生、女子大学生たちと何ら変わるところがない。

時が移っても、変わった心模様と変わらない心情とがクロスオーバーしている。だから、人は昭和歌謡を懐かしみつつ、万葉集に共感するのかもしれない。


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# by hasiru123 | 2017-01-12 20:45 | その他  

謹んで新春のご祝詞を申し上げます


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               林立する蔵王のモンスター(山形県)

  昨年2月中旬に撮影したものです。樹氷・スノーモンスターは、日本ならではの光景といわれますが、特定の地域に限られます。この年は雪が少なく、樹氷も小ぶりでした。


 ニューイヤー駅伝は18年ぶりに旭化成が優勝しました。また、箱根駅伝では青山学院大が3連覇、3冠を達成しました。


 この勢いを追い風にして、坂戸市陸協は埼玉県駅伝に挑みます。

 皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

 2017年 元旦


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# by hasiru123 | 2017-01-05 08:58 | その他  

世界一安全な戦争とは

昨年末に見た「アイ・イン・ザ・スカイ」という映画には、「世界一安全な戦争」という副題がついていた。戦地とは隔絶された地点から、机上からミサイルやロケット弾などの攻撃を指示することかと思いきや、今の「安全な戦争」はもっと先を行っているのだと気づかされた。

英国軍の諜報機関のパウエル大佐(ヘレン・ミレン)は、米軍と共同で対テロ作戦を指揮する。英米とは比較的友好的なケニアのナイロビで発見したテロリストの隠れ家。そこに潜伏しているテロリストの動向を無人偵察機と鳥型や昆虫型の小型ドローンを使って探り、その映像が米軍基地のスティーブ・ワッツ中尉(アーロン・ポール)らがいる会議室に流れる

ナイロビの隠れ家に英国人テロリストが集結していて、自爆テロの準備が進められていることがわかる。パウエル大佐はドローン攻撃による殺害を米国・ネバダの空軍基地に指示する。しかし、小型ドローンからは隠れ家のすぐそばで現地の少女がパンを売っていることが映し出されていた。攻撃で何人の犠牲者が出るかわからない自爆テロを未然に防ぐか、それとも少女の命が失われるとわかって建物を爆破させる計画を断念するか。果たして、ここで攻撃することは是か否か。

軍人や政治家たちが、ボタンを押すことで発生する被害の責任を巡って決定をたらい回しにする様など、現代の政治をうまくあぶりだしている。 それでいて、スピード感があってスリリングだ。最後まで緊張がの糸を切らさない、うまい映画作りだと思う。

犠牲者の視点から戦争を告発する映画が数多くある中で、武力を行使する側に立ってその是非が議論されていく。どちらに与しても、問題がある。大義名分がない。この矛盾にどう挑むかがテーマである。

「あなたならどうする」と問われて、100年かけても解を出せそうにない。この重たさが「アイ・イン・ザ・スカイ」の魅力でもある。


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# by hasiru123 | 2017-01-01 21:10 | 芸術  

燃え尽きても

先の全国高校駅伝の男子を優勝に導いた倉敷(岡山)監督の勝又雅弘さんは、こう言っている。

今の指導のモットーは「腹八分目」で、早いペースで走らず、練習も1日2時間まで。「選手は高校で終わりではない」と。12月26日の毎日新聞の「ひと」欄が伝えている。

この記事によると、日大3年時に大会前の故障で箱根駅伝を逃した経験があり、実業団に入って監督だった佐々木功さんのゆっくり走る練習に衝撃を受けたという。

スピードのある長距離ランナーになるためには速く走る練習をすればいいと考えるのが普通かもしれない。ところが、「長い距離をゆっくり走ることで、結果として長距離走のスピードをつける」ことができるというのが佐々木さんの練習方法だった。それを実践して、苦手な5000mの自己記録を更新したマラソンランナーもいる。マラソン練習のパラドックスである。

高校時代に過度な練習を積んで実績を残した選手が、その後の故障や燃え尽き症候群などから伸び悩むケースは少なくない。走り過ぎをいかに抑えるかも、指導者の手腕の一つだろう。そんな中で、倉敷のように、佐々木さんの練習方法を高校生のうちから教え込まれた選手の将来は、魅力的であり、そして楽しみでもある。

一方で、全国高校駅伝を最後に陸上競技生活に区切りをつける選手も少なくない。もっと広く言えば、全国には高校で陸上競技が終わりという選手が圧倒的に多い。そういう高校生たちに、どう向き合ったらいいか。これも指導者の大きな役割だろう。

選手たちは、燃え尽き症候群を恐れることなく、日々の練習を大切にし、果敢に挑戦してもらいたい。精一杯やり切った思い出が、のちに市民ランナーとして再び走り出すきっかけになるかもしれないからだ。


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# by hasiru123 | 2016-12-29 15:55 | 駅伝  

駅伝シーズン到来

明日は全国高校駅伝が開かれる。年が明けるとニューイヤー駅伝(全国実業団駅伝)、そして箱根駅伝と、ビッグな駅伝大会が続く。

一方では、リージョナルな大会ではあるが、私が所属している坂戸市陸協は1月末に奥むさし駅伝、続いて2月初めに埼玉県駅伝に挑む予定になっている。

埼玉県駅伝では、「市町村男子」の部に加えて今回初めて「高校・一般女子」の部へもエントリーした。男女とも片道コースで、コースは重なるが、女子のみの中継所が3か所ある。選手の応援体制ということでいえば、役員がつく中継所がこれまでの7か所から10か所に増えることになる。

したがって、これまで以上の慎重な中継体制が肝となる。12月中旬に行われた当陸協の役員会議では、選手の皆さんをいかにしていいコンディションで送り出せるか、その1点に集中して審議が進められた。

また、男子チームには3名の選手が初出場となる。当日は向かい風となる可能性が高いが、積極果敢に前を行く展開を期待している。心配なのは、風邪とケガである。今から1か月とちょっと、体調の引き上げと予防と休養と。上手にバランスを取りながら、年を越してもらえればと願っている。

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# by hasiru123 | 2016-12-24 23:00 | 駅伝  

健康を選ぶ

師走に入って、長くおつき合いしていた走友から電話がかかってきた。このごろ、膝がふらつき、走れなくなった。歩くのもままならない。気分にも好不調の波があるようだ。血圧は高めなので薬を服用している。

大好きな酒とたばこはやめた。複数の病院の門をたたいてみたが、特に異常は見当たらなかった。

何かいい改善方法はないか、いい病院はないだろうか、というのである。そんな話が、繰り返され、電話が切れた。

これまで参加していたランニングクラブの忘年会や合宿の懇親会などに出向いて、旧交を温めてみてはどうだろうか。また、定期的に公園で行っている練習会に参加して、走らずにウォーキングで汗を流してはどうか、などと提案してみたが、酒とランニングに慣れ親しんだ走友は、あまり乗り気ではなかった。

また翌日も電話があったので、今度は膝のレントゲンやMRIなどで精密検査を受けてみてはどうかと、私が通院したことのあるスポーツ整形外科を案内した。「そのことには気がつかなかった。とりあえず、行ってみる」といって、話が終わった。

この走友は、娘さんが嫁ぎ、2年前には最愛の配偶者に先立たれた。目下、独り身である。
思い返せば、本当は情報を求めて電話してきたのではなく、話を聞いてほしかっただけなのかもしれない。

一助になるようなメッセージを送ることができなかった。そのことが頭の片隅に残っていたからだろう。今年読んだ中で、とても刺激を受けた本があったことを思い出した。

五木寛之氏が書いた『選ぶ力』である。中でも、「健康を選ぶ」の一章に力がこもっていたように思う。「選びながら迷い、迷いながら選びつつ生きる」私的なモノローグに、目に見えない運命の力を感じたのは私だけではないだろう。

「むやみやたらと歩くことを進める健康法というのは、いまや古いのではあるまいか」という一言にはっとさせられた。「本来、人間の姿勢というものは、やや猫背で、ちょっと膝がゆるんだくらいが自然ではないだろうか」とも、あった。

走れなくなったらウォーキングを、というのは、少し短絡的な物言いだったかな、と反省している。

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# by hasiru123 | 2016-12-15 21:47 | その他  

黒山鎌北湖駅伝

時の経つのは早いもので、12月に入った。「師走は僧侶が走る」といわれるが、12月4日は福岡国際マラソンで、来年の世界選手権を賭けてシリアスランナたちーが走った。そして、私が所属する若葉グリーンメイト(WGM)の選手たちは、地元の駅伝でタスキをつないだ。

女子チームは一般で2位に入賞、男子は一般で5位に入った。そして、女子の1区と2区で区間賞に輝いた。若葉グリーンメイトからは、女子チームが前回から参戦し、男女合わせて4チームが出場した。第50回黒山鎌北湖駅伝大会である。

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風がほとんどなく、この時期としては穏やかな日和で、全体として好記録が続出した。男子のAチームは、しり上がりに順位を上げて、いい形でゴールすることができた。若い選手の頑張りが奏功し、結果につながった。今後が楽しみである。

駅伝の後は、割烹「おおさわ」(埼玉県鶴ヶ島市)で好例の忘年会。これもいつものことだが、今年もこの会場で東洋大の陸上競技部の納会と重なった。一献傾けながら、改めてこの1年の走りを振り返った。

今年は、70代のTKさんがWGMのベストランナー賞に輝いた。マスターズ陸上に積極的に取り組んだ姿勢が評価されたようだ。また、顧問の青葉昌幸先生には、昨年の日本陸連からの功労賞受賞を祝してTO会長から記念品が贈られた。

先生からは、スピーチの中で年明けの箱根駅伝を占っていただいた。5区の山上りが短くなってかつての距離に戻った。予想どおり、青学大は3校目の3冠達成がなるか。世界へ羽ばたく選手は現れるだろうか、等々。関東陸連会長を退かれた後も、箱根駅伝では日本テレビへの出演等でお忙しいようだ。
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今年の忘年会には、新しい顔が多く見られた。選手同士の幅広いつながりに期待したい。

(写真上)表彰を受ける女子チーム
(写真下)青葉先生とTO会長
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# by hasiru123 | 2016-12-06 20:52 | 駅伝  

小江戸川越マラソン

ネットの天気予報では、川越地方の午前9時ころは雨で9度、北北東2mと報じられていた。実際には、雨はなくときおり薄日の差す天気だった。走る選手にとっては絶好のコンディションだったといえよう。公認大会として3年目を迎えた、2016小江戸川越ハーフマラソンである。

この夏に、今年のメインレースはフルマラソンではなく、小江戸川越ハーフと決めていた。ところが、先にも書いたように足の状態が思わしくないため、欠場することにした。したがって、今日は選手たちの快走ぶりを写真に収めることに集中することにした。

私が選手たちを待ち構えていたのは、スタート地点から約1.2キロの交差点だった。まず、8時30分スタートの10キロだ。ズームアップした望遠レンズを覗くと、小高い坂の上から先導車と、それにつ続く2台の白バイが見えた。向かって左側に黄色のユニフォームがかすかに見える。数回シャッターを切ったところで、カメラの液晶モニターを見ると、3名の先頭グループが確認できた。黄色のユニフォームは、わが陸協に所属するY選手であることが分かった。あとで大会本部が発表するリザルトを見たら、3位入賞とあった。この場を借りて、Y選手の健闘を祝福する。

さて、8時55分にハーフがスタートした。5分後に姿を現したのは、白バイに続いて東洋大をはじめとする学生の一団だった。レンズがとらえた映像からは、箱根を目指す選手たちの厳しい表情がうかがえた。そして、第2集団が見えた。あとで撮った写真から分かったのは、集団にしっかりついている地元走友のF選手だった。リザルトで確認ところ、年代別のクラスで優勝とあった。その他にも何人かの知人が上位に入っていた。うれしい限りである。

来年も、ぜひ雄姿を見せてほしいと願っている。そして、私も来年こそはスタートラインに立てるよう体調を整えて、臨みたい。

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          ハーフを走る選手たち

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          10キロの先頭集団につくY選手

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          ハーフの先頭集団
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# by hasiru123 | 2016-11-28 21:14 | マラソン  

坂戸市民チャリティマラソンから考えること

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早朝から深い霧に覆われたこの日、第16回坂戸市民チャリティマラソンが開催された。大会が行われた午前中は日差しがなく、この季節としては少し肌寒く感じられた。湿度は十分にあり、風はほとんどなかった。走る選手にとっては絶好の気象コンディションだったようだ。

今年の全体の参加者数は1,850人で、前年より約9%減少した。この日は、前週のさいたま国際と来週の小江戸川越ハーフに挟まれた上、上尾シティハーフと重なった。大会ラッシュの割を食ったといえるかもしれない。

開会式での大会会長の石川市長のあいさつで、近い将来にかつて開催されたのと同じ規模でハーフマラソン(過去に20回続いた坂戸毎日マラソンを指す)を検討している旨の表明があった。ハーフマラソンとなれば、近隣の大会との競合が熾烈となろう。開催時期や大会の特徴、規模などについて十分な検討を行い、埋没しないよう進めてほしい。

今回決勝審判を務めさせていただいて、気がついた点を二つ。一つ目は、フラフラの状態で入り、ゴール直後に倒れこむシーンが2回あった。途中で何らかの体調変化が起こったためかと思うが、無理を押してゴールまで走り続けずに、途中で休止する勇気と心の余裕を持ってほしいと思う。私は、これを「市民ランナーのセーフティ・プリンシプル」と呼んでいる。

二つ目は、例年ゴール付近は人垣が多く、コース内に立ち入らないよう規制することが役員の大きな役目でもある。今年は、その人垣が少なく感じられた。大会参加者の減少が影響していたかもしれない。それと、今回から大会参加者の駐車利用について事前申込制に変更されたが、私の勝手な想像かもしれないが、それが応援者の減少につながった可能性がないとはいえない。

二つ目の問題は、車を使わずに公共の交通機関を利用して会場に行けることが、ハーフマラソン実現への大きな試金石となるだろう。それは、参加選手の増加に加えて、多くの応援者に来訪してもらうことが、成功のカギになると考えるからだ。

(写真)10キロの部のスタートから 200m地点で
           

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# by hasiru123 | 2016-11-20 17:24 | マラソン  

乗鞍高原の秋

今年は、例年よりも早く色づいた乗鞍高原の紅葉である。

標高が約1500メートルの一ノ瀬園地ではオオカエデやまいめの池の樹林帯を前景にして、剣が峰(乗鞍山頂)方面が望めることを期待していたが、訪れた11月上旬はすでに紅葉は終わっていた。

それと引き換えに、山頂は1週間くらい前から積もった雪で、白銀の世界をのぞかせたいた。

      

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         秋映1(まいめの池)
      
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         秋映2(牛留池)
      
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             深まりゆく秋
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# by hasiru123 | 2016-11-11 21:02 | 芸術  

蜂窩織炎と向き合う

今年は何かと天候が不順だった。関東地方、特に私の住んでいる埼玉県あたりは例年よりも雨が少なかった。この夏は重大な水不足に陥るのではないかと心配もした。

ところが、夏本番になって、これまでのような猛暑とはならなかった。8月から9月は頻繁な台風の襲来で、いつの間にか水不足は解消していた。

そして天候だけでなく、熊本地方は天変地異の予兆のように大きな地震にも見舞われた。秋が深まり、今までなら紅葉の色づくのが楽しみなところだったが、それどころではなく復旧作業に追われる山間の地域がある。

いつもと違う天候や自然に似た異変が私の体にも起こった。「今年は、蜂窩織炎にかかった方が受診者の中に数名いました。めずらしいことで、これも天候がいつもとちがうことが影響していたかもしれません」とは、私のかかりつけの指圧の先生の言葉である。私自身、「蜂窩織炎」という病名を知らなかった。毛穴や傷口から黄色ブドウ球菌などの細菌が入り込んで皮膚の深いところから化膿してしまう感染症のこだと、自分が罹患して初めて知った病名である。高齢者や免疫力の低下している人が発症しやすいと言われている。

8月中旬に突然襲われ、驚いた。左足のひざ上の内側と、ひざ下の後ろ側が腫れ、変色し、発熱もあった。診察の結果、それとわかった。点滴と飲み薬の服用で1週間位で治まった。

また練習を再開し、10日くらい経ったら再発した。回復を待って再び走り出したら、蜂窩織炎のような腫れや変色はないが大腿薄筋と短内転筋などに痛みが出て、またもや練習を休止して、現在に至っている。

筋肉痛であれば短くて数日、長くても1週間から10日くらいで回復していた。捻挫でも、大体そんなところである。それが、1週間程度では治まらないということはこれまでに経験したことのない何かがある、ということかもしれない。

仮に痛みを感じなくなったとしても、体のどこかに問題となるものが潜んでいて、いつかまた頭をもたげてくるかもしれない。油断は大敵だ。だから、走らないのに越したことはない、という人がいる。

一方で、走ってみて違和感があるようなら休み、なくなればまた走り出せばいいではないか、という声が聞こえる。

どちらが正しくて、どちらが間違っているということではないだろう。いまは、これからも続きそうなこの問答を、苦笑しながら楽しんでいくことにする。

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# by hasiru123 | 2016-11-05 09:26 | 練習  

川越まつり


今年も、川越市内では豪華絢爛な山車の競演が繰りだした。国指定重要無形民俗文化財の「川越まつり」である。


もともと川越氷川神社の秋の祭礼は隔年に行われ、田楽や相撲などが奉納されていたようだ。慶安元年(1648)に当時の川越藩主松平伊豆守信綱が、氷川神社に獅子頭や神興などの祭礼道具を寄進したのが川越まつりの始まりとされる。


川越まつりは、10月14日に氷川神社が執行する例大祭を根源として直接行われる神幸祭と、氏子町衆が催す山車行事(祭礼)から成り立っている。その後徐々に規模を拡大し、関東の代表的な都市祭礼となった。そして、山車も形態を変えて現在に受け継がれている。


今年の新しい取り組みは、スマートフォンで山車情報を得られるようになったことである。スマホ用のアプリ「川越なつりナビ」が無料で公開された。


このナビは、運行しているすべての山車の現在位置を表示し、山車は実際に地図上を移動する。スマホを持っている人の現在位置も表示されるので、簡単に山車を見つけることができる。また、「曳(ひ)っかわせ」等の山車行事やイベント情報などを生で見られる「川越まつりLIVE」と山車の現在位置をリアルタイムに確認できる「山車ナビハイスピード版」が有料で提供された。札の辻などの主要な交差点では、山車が来ないときはスマホをかざしている人の姿が多く見られた。

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写真は、10月16日(日)の夕刻に見たシーンで、山車同士がおはやしを競演する「曳っかわせ」である。


なお、全国33件の祭りを一括した「山・鉾ほこ・屋台行事」として、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産への登録を目指して提案されていて、このなかに「川越氷川祭の山車行事」も含まれている。


川越まつりの起こりについては、平成11年発行の「川越市立博物館だより」第28号を参考にした。




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# by hasiru123 | 2016-10-22 11:57 | 話題  

ファイナルステージが始まった

いよいよ、というか、ようやくプロ野球クライマックスシリーズのファイナルステージが始まった。


やはり、広島カープの行方が気にかかる。きっと広島は、やりにくいだろうなあ。というのも、対戦相手はあの巨人かと思っていたところが、横浜DeNAベイスターズだったからである。


こう言っては横浜に失礼かもしれないが、私には何としてでも倒そうという気になれないのだ。巨人とちがい、横浜には少なからぬ親和性を感じているからである。広島も横浜も、日本一になったのは遠い過去のことだ。その意味では、どちらが勝ってもうれしいステージである。


何も私が戦うわけではないのだから、そこまで心配する必要はないのだが・・・。広島がペナントレースを制覇したあたりから、今年はここまでよく戦ったのだから、これ以上望むのは欲張りかな、と思うようになった。よく言う「先憂後楽」である。楽しみは、来年に取っておこう、と。


しかし、広島の選手たちは、そんなことは微塵も考えていないにちがいない。第一、若手とベテランがうまくかみ合っていて、死角がない。それに、選手たちには勢いがあり、チームワークも抜群だ。打ってよし、投げてよし、走ってよし。闘志に燃えているはずである。


もし緒方監督に心配することがあるとすれば、それは優勝が早く決まって、実践から遠ざかっていることだろう。その点、横浜はファーストステージの余韻が残っていて、戦いやすいはずだ。ペナントレースで圧勝した広島としては、今年一番の胸突き八丁にさしかかっているといえるだろう。手に汗を握る熱戦を期待している。




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# by hasiru123 | 2016-10-12 19:12 | 話題  

「勝敗」ではなく、「記録」を

今年の秋季国体(国民体育大会)は岩手県の開催で、陸上競技は北上市で実施されている。NHKでは、毎年100mが行われる日に中継されるのが定番になっているようだ。

10月8日(土)の成年男子100m決勝には、山縣亮太(セイコーホールディングス)とケンブリッジ飛鳥(ドーム)が出場するとあって、留守録したビデオを後で見たら、二人の姿はなかった。山縣は準決勝を棄権、ケンブリッジは欠場とのことである。冷たい雨が降りしきる気象コンディションを考慮して、安全を優先したのかもしれない。

同じ日、成年女子100mでは福島千里(北海道ハイテクAC)が見事7連覇を果たした。走ったレーンの番号「7」の腰ナンバーをかざして写真におさまる姿は、今後も現役を継続する意向があるのかなと思わせるシーンだった。なにしろ、日本女子の短距離陣では福島の後を追う選手が見当たらないだけに、来年の世界選手権でリオ五輪の雪辱を期したいところだ。

ところで、最近の陸上の国体を見て思うのは、長距離種目が少ないことである。国体の種目は男女ともに少年A、少年B、成年に分かれるが、1500mは少年女子共通、5000mは成年女子と少年男子A、3000mは少年男子Bと少年女子Aがあるだけである。成年男子は1500mや5000mがなく、10000mは男女ともない。

長距離ファンとしては、もう少し種目数を増やしてもらいたいところである。というのも、10月という時期は、晴れると空気が乾きやすいことから、長距離種目で好記録が望めるからだ。日本選手権が開かれる6月は高温多湿なため、長距離には向いていない。駅伝シーズンに入る前のこの時期は長距離走に最適なのである。52年前は、東京五輪が開催された10月だ。長距離種目で活躍の機会が少ないのは残念である。

一方で、国体の種目が多岐にわたっている中で、多くの種目数を抱える陸上競技にこれ以上の追加が望めないことも事実である。2020年の東京五輪の開催費用が膨れ上がる折、国体としても同様の問題を抱えている。

ここは、国体ではなくて、新たに全国規模の中長距離記録会のような取り組みを望みたい。「勝敗」を競うのではなく、「記録」を競うのだ。

秋の夜長に、ふと考えた夢である。


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# by hasiru123 | 2016-10-11 07:49 | 話題