『速すぎたランナー』を読む

速すぎたランナー
増田 晶文 / 小学館
ISBN : 4093792275
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「英語が強くなりたかったら国語を勉強しなさい!」とはかつての受験指導のプロの言葉です。「パラドックス」という概念の説明にも引用されたりしました。マラソンでも同様な言い方ができると思います。ゆっくり走れば速くなる――。これは、理想的なランニングとは「疲れないランニング」であることを基本に指導に取り組んだ、故佐々木功氏(元日電HE監督)の言葉です。疲労を取りながら走る、走りながら疲労性物質である乳酸をエネルギー源となる物質に変換させて、それを燃やして走る。これがLSDによる身体資源の開発であると、佐々木さんは著書『ゆっくり走れば速くなる』の中で力説しています。

マラソンにおけるLSDの効果は、たとえば5000メートルで15分を切るか切らないかといような選手でも、マラソンで2時間10分を切るレベルで走れることを目指すようなことだと思います。そうであるのなら、5000メートルで楽々と14分をクリアするようなスピードを持ったランナーであればもっと先を目指せるか――。

類い稀なスピードを持ちながら、「ゆっくり走ること」を会得できずに失敗を重ねるランナーを追ったルポがあります。増田昌文さんの『速すぎたランナー』は、マラソンランナー・早田俊幸が最速のランナーでありながら、その素質を開花できなかった人生を追いながら、マラソンの魅力を語っています。

早田には数々の異名がありました。「ロケット走」「ハンター」「区間賞男」「30キロまでの男」「孤高のランナー」「流浪のランナー」・・・。「ハンター」というのは駅伝で、早田が前を行くランナーは必ず仕留めることに由来しています。また、「流浪のランナー」は、実業団チームで鐘紡、アラコ、ファーストリテイリング、本田技研と4つの企業を渡り歩いたことを揶揄して言うときに使われました。

早田が華々しくデビューしたのは、1991年の東京国際マラソンでした。バルセロナ五輪の代表選考会を兼ねている同大会には、中山竹通(当時ダイエー)と森下広一(当時旭化成)の新旧対決で注目されましたが、勝負はトラックに持ち込まれ、6秒差で森下が中山を制しました。そのとき早田は、2人に続いて2時間10分37秒で3位に入っています。テレビの中継を見ていて、終盤の勝負所で、2番手をつけていた中山が何度か振り返って早田との距離を確認していたのをよく憶えています。中山から見れば、早田との距離よりも前を行く森下との距離の方が明らかに近かったのですから、この場面では早田を気にすることよりも森下との距離を詰めることに注力するのが普通だと思います。おそらく、早田がトラックや駅伝で発揮したスピードが中山の脳裏をよぎったのでしょう。

早田は惜しくもバルセロナ五輪には選考されませんでしたが、森下と中山が五輪でそれぞれ2位と4位という成績を収めたことから、早田への期待は大きく膨らみました。しかし、早田にとっての苦悩はここからは始まります。38キロの勝負所でもっと粘って、なぜ中山の前へ出られなかったのか・・・。持ち前のスピードを活かすことなくスパートを躊躇したことが、「その後のレースに微妙な影を残す」ことになります。

その後、福岡国際マラソンで2時間8分7秒という当時日本歴代4位の記録を作りますが、一度も勝つことはありませんでした。著者は「30キロを過ぎると白い靄が漂い、それまでの快走をうち消してしまう」と書いています。それを森下広一(トヨタ九州監督)は「壁」と表現し、伊藤国光(カネボウ監督)は「倒すべき目標の不在」と言っています。また、亀鷹律良(アラコ監督)は「ゆっくり走ることによるスタミナ養成ができていない」こと挙げ、瀬古利彦(ヱスビー食品監督)も「マラソンを走りきるスタミナがない」から「レースを支配できない」と指摘しています。それからは、途中棄権や失速、練習方法に戸惑ってはチームとの軋轢を繰り返します。

それでも、早田に対してランナーたちの共感を呼ぶのは、「胸中に、<われも早田>という切ない思いを抱いているに違いない」からだと著者は語り、「勝者ならざる早田はアンチヒーローといえる。だが彼の十年に及ぶ、敗れてなおも挑む姿勢は、ヒーローには醸せない滋味と磁力を放っている」と書いています。「多くのマラソンランナーはいつしかレースに参加しなくなり、自然消滅のような形でランナー生活を終えて」いますが、最近早田の走りをテレビで観ることはなくなりました。風の便りでは本田技研狭山工場の正社員として勤務しているということですが、私も入間川沿いのサイクリングコースで走っている姿を見かけたことがありました。これからも、早田の疾走は忘れることがないと思います。

本書は早田を巡る多くのマラソン関係者からの取材で成り立っています。早田のマラソン人生だけでなく、走ることについて多くの教示と情報を提供しています。市民ランナーにとっても、マラソンを観たり楽しんだりする上で大変参考になると思います。それにしても、中山竹通の「マラソンという私小説」を語るくだりは大変刺激的でした。「市民ランナーたちは、楽しいランニングなんて言うでしょ。そういうのってすごく腹が立つんですよ。マラソンなんか、どこが楽しいんだって言ってやりたい。あんなの苦しいだけですよ」
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# by hasiru123 | 2006-02-26 23:06 |

2つのマラソン

冬季に行われる4大男子マラソンといえば、福岡国際と別大毎日、東京国際、そしてびわ湖毎日です。そのうちの別大毎日(2月5日)と東京国際(2月12日)の両大会に、若葉グリーンメイトからそれぞれ1名ずつ出場しました。

別大毎日に出場したのはTさんで、この1年間で5度目のフルマラソンです。記録は2時間42分18秒(137位)で、昨年11月につくばで出した記録を30秒更新する自己新です。大会本部からwebで公表された記録表を見ると、25キロまでは5キロごとのスプリットタイムを18分台でカバーして、途中8カ所ある関門規制を悠々とクリアしています。

Tさんからのメールの報告によると、30キロ過ぎの別府湾沿いで向かい風を受けて、相当体力を使ったようですね。この季節の別府湾は北西の風を受けて追い風になるのですが、あいにくこの日の14時頃は北東の風が吹いていました(大分気象台の発表による)。したがって、31キロ以降は大分市に近づくにしたがって向かい風を受けることになったようです。30キロからのラップタイムの大幅な落ち込みはやむを得ないところです。それでも、自己新を超えたことは称賛に値します。

2時間40分を切るのは時間の問題で、年齢的には20台後半ですので、遠からず30分台前半に届くのではないかと期待しています。

東京国際にはUさんが出場しました。2時間34分33秒(79位)と健闘しました。折り返し後は、9メートル前後の向かい風を受けて大変厳しいコンディション下でのレースでしたね(読売新聞の記事では正午現在東南東の風2.6メートルとあるが、東京気象台発表の13時以降の風速は北北西8~9メートルとなっている)。風速9メートルは、ほとんどジョギング状態になってしまうほどの強風です。

今年は、2時間30分以内をマークできませんでしたが、この結果も大変な記録だと思います。ちなみに、今回2時間30分を切った選手は53人しかいませんでした。東京国際は今回が最後となり、来年からは東京マラソン(2月18日実施予定)として再出発します。来年は東京かびわ湖毎日に出場するのではないかと思いますが、早くも来年の号砲が楽しみです。
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# by hasiru123 | 2006-02-19 22:15 | 話題

川嶋伸次さんの講演から

c0051032_2212126.jpg川嶋伸次さん(シドニー五輪マラソン日本代表、東洋大学陸上部監督)の講演を聴きました。会場には川越市内の中学生が多く集まり、中学生を意識した講演内容でしたが、大人の聴衆にとっても大変参考になる話だったと思います。

話題は、東洋大学に招聘されてからの箱根駅伝の取り組みや学生に接する中で気づいたことから始まり、かつて所属していた旭化成での目標管理に言及するなど多岐にわたりました。題して「スポーツを通して学んだもの」。

東洋大学で学生を指導するようになって気になったこととして、次の4つをあげていました。

ひとつは「自己満足」で、「自分はがんばっている」という言葉が目につくというのです。「がんばっている」というのは本来第三者が評価するもので、自ら発する言葉ではないでしょう、と。

さらに「責任転嫁」も目立つといっています。失敗を環境のせいにする。食事をとりすぎたとか、シューズが合わなかったからだとか。だから、簡単にあきらめてしまうのではないでしょうか。

そして、精神的な問題。プレッシャーに弱い。今年の箱根駅伝の復路ではめまぐるしく順位が変動したが、選手たちの不調は脱水症状だけではない。選手の家族や周りの人たちが注目している中で、いい結果を出したいとつい焦ってしまう。日本テレビ(の中継)が選手をあおっている面もあるかもしれない、とも言います。

もうひとつ、目標の立て方。「私はがんばってオリンピックに出ます」といとも簡単にいう学生がいるが、次の試合など短期的な目標の方が大切で、また実行も難しい。何年も先の目標は聞いた人も忘れやすいが、すぐ先のことは忘れないので軽々しく言うことができないからだというのです。だから、選手たちにはできるだけ近い将来の目標を語らせるようにしているそうです。これは、仕事の場面でもいえることで、われわれサラリーマンにとっても大変頭が痛い!

川嶋さんのプロフェッショナルとしての片鱗を覗かせたのは次の指摘でした。選手たちに失敗を指摘すると「それならおまえやって見ろ」のような反論を受けることがあるそうです。川嶋さんも学生時代にはその経験があっただけにその気持ちはよくわかるが、それはちがう。かつて、びわ湖毎日で川嶋さんが失敗したときに、自宅に戻って妻から「なぜあのときスパートをしなかったの」と指摘されたときは、素人の指摘だけに頭に来た。しかし、あとでよく考えてみたらその通りに思えたという。人からの指摘を自分のものにする素直さとしたたかさが大切ではないか。プロが素人から学ぶことがあるのだ。また、プロは人がやって成功したことをまねしたら恥ずかしいなどとはけっして思わないで、どん欲に盗むものだ、と締めくくっていました。

大学の監督を引き受けて4年たつそうですが、今年の箱根駅伝はシード校(本大会で10位)に入りました。強いチームを育てるというミッションを受けて、指導者としての闘いが続きます。世界に通用する人材が輩出することを期待しています。
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# by hasiru123 | 2006-02-19 22:00 | その他

2006年奥むさし駅伝に参加して

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選手のみなさん、そしてサポートをしてくださったチームのみなさん、お疲れさまでした。第4回奥むさし駅伝は、1月29日(日)に東飯能駅西口前をスタートし、西吾野駅前で折り返す6区間(39.583キロ)のコースで行われました。

今回は一般の部に、WGM関連団体から3チームが参加。昨年より1チーム増で取り組みました。若葉グリーンメイトは前年の記録を3分6秒短縮し53位、千代田ランナーズは26秒短縮し106位の健闘をみせました。また、初出場のエバグリーンメイツは2時間48分5秒でゴールしました。千代田ランナーズとエバグリーンメイツは残念ながら、途中で繰り上げスタートを余儀なくされましたが、持てる力を十分に発揮できたと思います。

一般の部は大学や実業団のチームが入っていますので、その中での若葉グリーンメイトの53位は称賛に値する結果といえます。特に、1区を走ったTさんは、前回より47秒短縮し、5区のHさんは1分34秒短縮しました。そして千代田ランナーズ4区のFさんは、男子選手に混じっての区間59位は立派で、現役時代を彷彿させる走りでした。どのチームもブレーキがなく、予想タイムをクリアしています。2006年始めのレースとして、まずは好調なスタートが切れたのではないでしょうか。

今年は、奥むさし駅伝が復活してから4年目を迎えますが、徐々に参加チームが増えてきました。それでも、参加制限が「1団体1チーム(高校は2チーム)」、「2時間50分以内で走れるチーム」となっていて、市民ランナーチームにとっては厳しいものがあります。第3中継所から一部チームが白タスキとなってしまうのでは興味が半減してしまいます。

せっかく西武池袋線の臨時ダイヤを組んだり、国道を交通制限したりして行うのですから、参加条件をもう少し緩和して、もっと多くのランナーが出場できる環境を作ってほしいと思います。その方がかえって、飯能市の観光振興という面から考えてもメリットが大きいのではないでしょうか。大会が中断される前(そのときの大会名は「奥武蔵駅伝」)は、400チームを超える参加がありましたので、関係者や地元の市民の応援でとてもにぎやかでした。現在は、少しもの足りない。大会役員や交通整理にあたる地元警察にとっては大変でしょうが、多くの選手がなだれ込んでくる第1中継所のごった返した雰囲気をもう一度、という人も多いのではないでしょうか。選手を応援しながらの感想です。大会を主催する飯能市および各関係団体に、ぜひ一考を望みます。伝統ある奥むさし駅伝が多くの支援を得て、これからも発展していくことを念願しています。

レースの詳しい結果は「飯能市のホームページ」に掲載されていますので、ごらんください。
  詳細はこちら ↓ http://www.city.hanno.saitama.jp/taiikuka/ekiden/4_kekka.html
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# by hasiru123 | 2006-02-04 10:19 | 駅伝

スポーツ講演会のお知らせ

下記の日程で、シドニー五輪マラソン日本代表・川嶋伸次さん(*)による講演が開催されます。お近くの方はぜひどうぞ。

■ 日時  2006年2月19日(日) 午後2時50分~4
      時30分(開場=午後2時)
■ 会場  やまぶき会館(川越市郭町1丁目18番地7)
■ 対象  川越市内在住・在勤・在学
■ 定員  先着300人
       (「広報川越1119号」より)

*川嶋 伸次(かわしま しんじ、1966年6月4日 - )・・・・元マラソン選手、現東洋大学陸上競技部監督。東京都出身。日本体育大学時代には箱根駅伝復路6区の山下りで区間賞を取るなど同大学の躍進に大きく貢献した。旭化成陸上競技部入部すると各種駅伝大会で活躍、ミスター駅伝の異名を持ったが、マラソンでは伸び悩む。しかし、2000年にはシドニーオリンピックマラソン代表の座を得て、念願の五輪代表となるが21位に終わる。一時引退の後、復帰するも2001年に現役を引退。2002年1月1日から東洋大学陸上競技部の監督として後進の指導にあたっている。現在でも学生選手と一緒に練習をしたり、市民マラソンや駅伝大会へ出場する姿が見られる。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
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# by hasiru123 | 2006-01-29 20:26 | その他

2006年埼玉県駅伝の総括(2)

2006年埼玉県駅伝に参加した坂戸陸上競技協会の成績は、以下の通りです。
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    ↑ 上表は、クリックして開くと見やすくなります



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                             (写真) 左はスタート前、右は鍋を囲んでの打ち上げ会で
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# by hasiru123 | 2006-01-21 22:56 | 駅伝

2006年埼玉県駅伝の総括(1)

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 (写真)市町村男子の部と高校男子の部のスタート

出場された選手の皆様、そしてエントリーの準備から当日のサポートまでご担当いただいた役員の皆様、お疲れさまでした。無事に競技を終えることができたことに対しまして、心より御礼を申し上げます。

坂戸陸上競技協会として、3度目の参加になる2006年埼玉県駅伝。今回は2名の選手が入れ替わって、フレッシュなメンバー編成となりました。記録的にも前年を大きく短縮することが期待がもてる大変楽しみなオーダーを組むことができました。結果として2時間21分29秒と、ちょうど5分短縮する12位という成績を得ることができました。そして、最終区間の6区では後口さんの区間賞というビッグタイトルつきの活躍を見せてくれました。

1区の志和さんは昨年スピードをつけてきましたので、オーバーペースに気をつければいい結果を出してくれると期待していました。周りのペースに惑わされることなく確実なペース運びで押していくことができました。強豪が集まる最長区間を走った経験は、せひ来年に活かしてほしいと思います。2区の大崎さんは、前半の積極的な入りが奏功して、前回より16秒短縮しました。中距離的なスピードがうまくいかせたと思います。

3区の横川さんは、子育てに時間をとられ、思うような練習が積めなっかったと聞いています。それでも、昨年の椙本さんの記録を超え、うまくつなぐことができました。4区は前回と同じ区間を担当した越橋さんで、今回は調子がいいので20秒短縮と区間順位1桁入りを目指すと宣言していましたが、その通りの走りを見せてくれました。駅伝のお手本のような走りでした。

5区は1区に次いで長い区間ですが、高橋さんは予定通りのペースで区間10位はお見事です。6区の後口さんは、繰り上げスタートをうまく利用して並みいる強豪をしのぎました。前日は忘年会があるという事情を考慮してスタートの遅い最終区間に回ってもらいましたが、コンディショニングは完璧だったようです。

タスキを繋いだ6名のランナーからひとことづつ。志和「埼玉栄の高校生につかなかったのがよかった」。大崎「前半オーバーペースだったので、最後の2キロがきつかった・・・」。横川「来年は子育てから手が離れそうなので、いい走りをしたい」。越橋「プロの指導を受け、最高の環境で練習できたが、努力もした」。高橋「今回の走りを初の別大につなげたい」。後口「サポートを受けながらの駅伝は久しぶりで、うれしかった」。

レース終了後の打ち上げ会では、今回の反省と共に今後の抱負で話題が尽きませんでした。来年のことを言うと鬼が笑うかもしれませんが、仮に今回と同じメンバーでオーダーを再編成すれば、あと4分前後の記録短縮が期待できそうです。そのためには、若い選手には5000mで20-30秒のレベルアップを、そしてベテラン選手には現在のレベルをキープするための精進を重ねるという条件がつきますが。そうすれば、今回到達できなかった「10位以内」という目標がついてくると思います。このあと、高橋さんは2月の別大毎日マラソンに、後口さんは東京国際マラソンに臨みます。埼玉県駅伝の出場を踏み台に最高のパフォーマンスが発揮されることを期待しています。
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# by hasiru123 | 2006-01-21 22:39 | 駅伝

2006年埼玉県駅伝、明日号砲

1月15日(日)に第73回埼玉県駅伝が行われます。坂戸陸上競技協会としては3度目の出場となりますが、上位進出と記録の更新に向けて熱い闘いが期待できそうです。

参考までに、私の作成した目標と予想タイムを以下にあげます。これはあくまで、中継時間を予測するための参考データですので、出場する選手のみなさんはこのタイムにこだわることなく積極的にレースを進めてほしいと思っています。
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     ↑ 上表はクリックして開くと見やすくなります
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# by hasiru123 | 2006-01-14 16:42 | 駅伝

2006年箱根駅伝を見て

元日の全日本実業団駅伝では、コニカミノルタが出遅れた中国電力を力でねじ伏せました。一方、2-3日の箱根駅伝では、優勝候補チームが総崩れで、もてる力を発揮した亜細亜大学が初優勝しました。

箱根駅伝が完全テレビ中継されるようになったのは1987年からですが、全区間を通して見たのは今年が初めてです。いつもの年ですと、往路は1区と2区、5区、そして復路は6区とゴールシーンを見るくらいで、それ以外の区間はテレビを消して自分の練習時間にあてていました。ところが、今回は1区から波乱含みで目の離せない展開となり、箱根のゴールまで中継に釘付けになってしまいました。好走が期待されていた選手のブレーキが随所で見られたからです。翌日の復路では、早朝に走っておいて、じっくりテレビ観戦の体制を整えました。

今回は平均視聴率も高く、往路が27.9%、復路が29.7%で、箱根駅伝の歴代3位とのことでした(ビデオリサーチの公表による)。8区の順天堂大学の選手が脱水症状をこらえながらタスキを渡した戸塚中継所での瞬間視聴率は34.8%に上ったそうです。

かつてのプロ野球は「人気のセ、実力のパ」と言われた時代がありましたが、今や駅伝は「人気の学生、実力の実業団」といえそうです。成長途上にある10人の学生選手たちが1人平均21.8キロを走る箱根駅伝は、距離が長いだけにアクシデントの起きる可能性が高く、見る人をはらはらさせます。また、学校対抗という形式をとっていることと、82回の歴史があることも人気の一因でしょう。

これまでに五輪や重要な五輪代表選考会があると、自分以外のマラソンファンはどのようににレース観戦を楽しんだのかが知りたくて、その翌日に知人によく感想を求めたものでした。ところが今回の箱根駅伝のあとには、電車の中や職場のエレベーター、昼食時の隣の席などから、こちらから話しかけなくても駅伝の話題が自然に聞こえてくるのです。平均視聴率の歴代3位という数字を超えて、それだけ観戦者に大きなインパクトを残したということではないでしょうか。

今年の大会は近年になく1、2年生に優れた選手がそろい、ハイレベルの争いが展開されるだろうと期待していました。下表を見てください。出場選手は全部で200名(20チーム×10名)いますが、その中で5000mを13分台で走る選手が9名、10000mを28分台で走る選手が20名、そしてそのうちで両方をクリアする選手が6名参加していました。これらの記録は、学生としてはトップアスリートといえるものです。箱根駅伝では、どこを走っても区間上位が望める実力です。
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    ↑ 上表はクリックして開くと見やすくなります

そのような選手たちが大会でどういう働きをしたかというと、区間11位以下だった人がおよそ4割いました。なんと、5000mを13分台かつ10000mが28分台の両方をクリアするスーパーアスリートの5割が、区間11位以下に沈んでいます。優勝候補のチームが総崩れした背景には、本来活躍するべき選手の不調があると思います。これはいったいどういうことなのでしょうか。

この問題は、選手をよく知らない部外者が軽々に論じられることではありません。しかし、駅伝ファンとしては大変気になるのも事実です。関係者間でぜひ真剣に総括して、汚名挽回に取り組んでほしいと老婆心ながら思っています。

それから、上表を作っていて気づいたのですが、往路に多くのスピードランナーを投入していることです。前半で遅れをとらないために好位置をキープしたいという戦術の現れでしょうが、これほど極端だとは思いませんでした。
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# by hasiru123 | 2006-01-08 19:40 | 駅伝

新年明けましておめでとうございます。

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      ↑ クリックして開くと見やすくなります。

(写真) 読売新聞社前をスタートする選手たち=2005年箱根駅伝で、森脇康行写す
  
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# by hasiru123 | 2006-01-01 10:14 | その他

『駅伝がマラソンをダメにした』を読む

駅伝がマラソンをダメにした
生島 淳 / 光文社
ISBN : 4334033350
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「箱根駅伝」が俳句の季語として初めて採用されたのは、平成11年発行の『現代俳句歳時記』(現代俳句協会)からのようです(橋本直「近代季語についての報告(二)秋季・新年編」)。「独楽」や「凧」と並んで新年を代表する言葉として定着したということでしょう。例えば、「箱根駅伝坂白くして処女のごとし」(熊谷静石)のように。

私の箱根駅伝との出会いは、高校時代にさかのぼります。ラジオのNHK第1放送で、細切れに中継していたのを聞きかじっていたことを鮮明に憶えています。当時は、一部のアスリートが関心を寄せていたに過ぎないスポーツイベントでしたが、私にとっては大きな関心事でした。というのは、所属していた陸上部の先輩が、花の2区を走っていたからです。そのころの箱根駅伝は今ほどの熾烈なシード権争いはなく、どの学校も悠々と出場権を獲得していたような印象を持っています。それでも、一般の高校生ランナーにとっては、簡単には手に届きそうにない「夢」のような存在でもありました。

現在の箱根駅伝の存在は大きく様変わりし、視聴率が30%前後というお正月を代表する看板テレビ番組になっています。その箱根駅伝が、日本のアスリートを世界レベルから遠ざけるバリアになっている、と警鐘を鳴らしているのが『駅伝がマラソンをダメにした』です。

なぜ箱根駅伝が怪物番組に成長したか、箱根駅伝バブルを生んだ学生陸上競技界の問題、新興校や伝統校のの分析、日本の女子マラソンが強い理由など、駅伝をより深く楽しむための情報が詰まっています。また、日本のマラソンが世界で羽ばたくためには避けて通れない課題にも大胆に切り込んでいます。

中でも興味を引いたのは、名門校の雰囲気の違いに関する分析です。日本テレビが全国中継をするようになってからの優勝校は、「ロン毛派の学校は、1990年、91年に連覇した大東文化大と、96年優勝の中大しかない。そのほかはすべて短い派の大学が優勝している」というくだりです。なぜか。それは本書をお読みいただくしかないが、専門家では絶対に気がつかないユニークな視点だと思います。

12月29日に、2006年箱根駅伝の区間エントリーが発表になりました。駒沢大学の5連覇が成るか、東海大学の初優勝か、全日本大学駅伝を制した日本大学か、面白くなりそうです。見る前に読んでおく価値がありそうです。
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# by hasiru123 | 2005-12-30 12:14 |

2005年を振り返って

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2005年を振り返り、ひとことで表現するとしたら、「回復の1年」と言うことができます。一昨年から痛めた外反母趾が、回復と後戻りを繰り返しながら、少しずつ走る生活を取り戻すことができたからです。

そんな状況でしたから、今年はレースに出場したり、練習で切磋琢磨したりすることはできませんでした。もっぱら、応援とメンバーから寄せられたレース報告を読ませてもらう側にたってきました。それでも私にとっては大変充実した1年だったと思っています。

ひとつは、新しいメンバーたちの参加により、WGMの活動が活発になったことと、そして若いメンバーの走力向上が際だってきたことです。仲間とともに走ることによって、個人トレーニングでは得られないプラスアルファを生み出すことができたのではないでしょうか。今シーズン(05年秋-06年春)に出場予定のや駅伝やロードレースでは、その成果が十二分に発揮されることと思います。

この1年間にWGMのメンバーが出場したフルマラソンは、9大会に及びます。東京国際(2月)、東京荒川市民(3月)、長野、ボストン(4月)、北海道(8月)、北京国際(10月)、大田原、河口湖、つくば(11月)です。中には4大会に出場したタフなランナーもいました。積極的なレース参加が目立った1年でもありあました。

もうひとつは私ごとですが、今年の2月に小ブログを立ち上げて、何とか続けることができたことです。新しいものには飛びつくものの継続力に欠ける、というのが自分のウィークポイントであると自認していましたので、安堵の胸をなで下ろしている、というのが率直な感想です。WGMの会報やHPには時々投稿させていただいていましたが、マイブログによってより発信がしやすくなりました。ただし、個人ブログという制約上、第三者によるチェックが働かないだけに、一人よがりな記事にならないよう、心して取り組みたいと思っています。それから、著作権を侵害しないことも。

さて、来年はどんな1年になるでしょうか。2006年も、ランニングを楽しむために健康の増進と交流に努めてまいりたいと思います。みなさん、どうぞよいお年をお迎えください。

 (注)埼玉県内のフルマラソンとして、80年代には秩父マラソ
    ンが、2001年までは彩の国さいたまマラソンが開催さ
    れていた。

 *この文章は、WGM会報に掲載した記事を整理したものです。
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# by hasiru123 | 2005-12-28 22:34 | その他

2006年埼玉県駅伝

坂戸陸上競技協会では、2006年1月15日に行われる埼玉県駅伝へ3度目の出場をすることを正式に決めました。今回は新たに2名のメンバーが入り、ベストオーダーが編成できたと思います。補欠でエントリーした選手も、しっかり走れる方ばかりですので、大いに期待できそうです。

今回の目標はズバリ「10位以内」です。2005年は、13位でした。市町村男子の部で1区のスタートは、前年の大会での成績順に前から5チームずつ並ぶことになっていますので、今回は第3列です。ぜひとも次の2007年大会では2列目の一角を占めたいと思います。選手のみなさんは、体調に十分気をつけて、ベストコンディションで臨んでください。また、当日サポートをしていただく陸協の方々にはいろいろお世話になりますが、よろしくお願いいたします。競技終了後の打ち上げ会では、関係者とともに美酒を味わえることを楽しみにしています。

なお、埼玉県駅伝は今回で73回を向かえ、県内では最も歴史のある大会です。私は、高校時代に2度走らせてもらいました。一番の思い出は1年生のときで、円谷幸吉選手(当時、自衛隊体育学校)が故障から回復して快走を見せ、笑顔で閉会式に臨んでいたことです。残念なことに、円谷選手は2年後に若い命を絶ちました。
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# by hasiru123 | 2005-12-23 20:34 | 駅伝

黒山鎌北湖駅伝と箱根駅伝

12月4日(日)の若葉グリーンメイトは、黒山鎌北湖駅伝(注1)に始まり、忘年会で終わりました。駅伝では5チームを編成して臨み、Aチームは総合15位と健闘しました。この時期としてはとても寒い一日でしたが、全員が元気に走りきりました。私も、ゆっくり走るチームのメンバーとして、ほとんど汗はかきませんでしたが、最長区間の5区を走らせてもらいました。

恒例の忘年会は、これまでで最も多くのメンバーの参加を得て、鶴ヶ島市内の割烹「おおさわ」で行われました。出席したメンバーの一人ひとりからからメッセージをもらい、この1年を振り返ると共に来年の健闘を誓い合いました。また、当クラブの顧問で、大東文化大学教授の青葉昌幸先生から、ご挨拶と箱根駅伝の抱負を語っていただきました。青葉先生はこの4月に、同大学で8番目の学部として新設されたスポーツ・健康科学部の学部長に就任されました。教養豊かなトップアスリートやスポーツ指導者を育成するとともに、臨床化学の手法を用いて人それぞれの健康づくりに貢献する人材を育成するのがねらいだそうです。これからのご発展に期待したいと思います。
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        (写真) 中央は熱弁をふるう青葉先生
青葉先生は陸上競技部の部長で、同大学の箱根駅伝の歴史と共に歩んでこられた方ですが、来年の大会についてこんなことをおっしゃっておられました。4区と5区のコース変更(注2)で、5区の山登りが優勝の鍵を握る。昭和30年代までは5区が最長区間で、この区間の経験者から多くのオリンピックのマラソン代表選手が誕生した。小田原中継所が鈴廣前から2.6キロ東京よりになったことによって、箱根駅伝の行方だけでなく、今後の選手の成長に大きな影響を及ぼすのではないか・・・。そんなお話でした。

来年の箱根駅伝は、5区に注目です。また、大東文化大学には、トップ争いに加わってもらい、レースを面白くしてほしいと期待しています。

(注1) 毛呂山町民体育館前スタート-越生町役場前ゴールの6区
    間で競う駅伝大会で、2005年で39回を重ねる。
(注2) 2006年から、4区が21.3Kから18.5Kに、5
    区が20.8Kから23.4Kにそれぞれ変更になる。こ
    れまでは往路の2区と復路の9区が最長区間(23.2
    K)だった。
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# by hasiru123 | 2005-12-23 19:27 | 駅伝

マラソン・駅伝の集計にExcelを活用する(4)

  マラソンの5Kごとのペースをグラフ化する(下)

作成した表に基づいて、グラフを作ります。

<折れ線グラフを作る>
表で、グラフ化したいセル範囲(A3セルからC12セルまで)を選択-標準ツールバーのグラフウィザードボタンをクリック-「グラフウィザード-1/4-グラフの種類」の「標準」タブで「グラフの種類」から「折れ線」を、「形式」から「折れ線グラフ」を選択-「完了」ボタンをクリック
グラフがウィンドウの中に表示されるとともに上部にグラフツールバーが表示されます。
    (注)以下の図は、ダブルクリックして開くと見
      やすくなります

c0051032_2021332.jpg

c0051032_20233983.jpg

c0051032_20254631.jpg

<時間目盛りの調整>
ここで、グラフの右側にある時間軸を見ると、中途半端な目盛りになっています。これは、数値の単位が「時間」であるためです。この場合だと、30秒単位とか1分単位にしてすっきりさせる必要があります。そこで、「軸の書式設定」で調整します。

<軸の書式設定>
軸の目盛りが表示されているエリアをクリック-グラフツールバーの「軸の書式設定」を選択(または、軸の目盛りが表示されているエリアを右クリック-表示されたウィンドウから「軸の書式設定」を選択)-「目盛」タブで最小値と最大値、目盛間隔に半角で時間を入力
  最小値に「0:14:30」
  最大値に「0:19:00」
  目盛間隔に「0:0:30」
c0051032_20262066.jpg

続けて、「表示形式」タブで分類を「ユーザー定義」、種類を「mm:ss」を入力-「OK」
さらに、時間軸に手を加えます。速いペースの値を上に持って行きたいので、「軸の書式設定」で「軸を反転する」と「最大値でX/項目軸と交差する」にチェックを入れます。そうすると、上に「19:00」がきて下に「14:30」がきます。時間の間隔は30秒単位です。
c0051032_20294064.jpg

<グラフに表をつける>
グラフの中で、個々のペースを同時に表示したい場合には、データテーブルを使います。グラフを選択し、標準ツールバーのデータテーブルボタンをクリックすると、グラフの下にデータテーブルが表示されます。このとき、凡例マーカーも選手名の左に表示されます。選手名エリアやグラフ全体の長さを調整したい場合は、グラフエリアの隅をドラッグして変更します。また、データテーブルができたので、グラフ右の凡例必要ありませんから、凡例エリアをクリックして削除してください。
c0051032_20303673.jpg

<グラフにタイトルをつける>
タイトルのつけ方には2通りあります。
 ①グラフに直接書き込む
    グラフを選択-タイトルを入力―グラフの中心にテキスト
    ボックスが表示-テキストボックスをドラッグして表示さ
    せたい位置に移動する
 ②表と同じタイトルをつける
    グラフを選択し、右クリック-「グラフのオプション」を
    選択-「タイトルとラベル」タブを選択-グラフタイト
    ルに任意の文字を入力-OK-グラフに表示された
    タイトルを選択-数式バーに「=」を入力-表のタイ
    トルが入力されているセル(A1セル)をクリック-En
    terキーを押すと表と同じタイトルが表示される

<グラフの背景にグラデーションをかける>
標準設定では、グラフの背景は灰色ですが、背景の色を変更して、さらにグラデーションをかけてみましょう。
灰色のプロットエリアを選択し右クリック-「プロットエリアの書式設定」の「パターン」タブの「領域」で、「塗りつぶし効果」ボタンをクリック-「グラデーション」タブを選択-「色」で「2色」、「色1」と「色2」で好みの色を選択-「グラデーション」の種類で「横」をクリック-「バリエーション」で左上を選択-OK-「プロットエリアの書式設定」でOK

これでグラフが完成です。設定をいろいろ変えてみて、納得のいくグラフに挑戦してみてください。できあがったグラフを見ると、改めて坂本直子の30K以降のペースアップの見事さに舌を巻きました。私の記憶に間違いがなければ、日本人選手でマラソンの5Kのペースで15分台というのは坂本をおいて他にはいなかったのではないでしょうか。
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# by hasiru123 | 2005-12-17 20:31 | その他