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感動深い話

日ごろお世話になっているある先生からこんな話を聞いた。W杯の日本-パラグアイ戦でのことだ。パラグアイ5人目のPKが決まった瞬間。4本目のPKを決めたアエドバルデス選手が、歓喜の輪からひとり抜け出して、真っ先に5本目のPKを外した駒野選手に駆け寄り、頭をすりつけるようにして声をかけたという。その時、バルデスは駒野に何と声をかけたのか。

先生が聞いたという評論家のE氏の話によると、「PKで決まった勝負なんて本当の決着じゃない、4年後のW杯で本当の決着をつけよう」という趣旨の言葉だったらしい。

負けた相手の気持ちをいち早く察知して、声をかけたのだとすれば、すばらしいファインプレイだ。パラグアイには、人の立場になって行動できる一人の選手がいたとして、記憶に残しておこうと思った。

そのあたりの事情を詳しく追ってみたいと思い、ネッや新聞で調べてみたら、6月30日のサンケイ新聞が伝えていることがわかった。しかし、何と声をかけたのかについては、「おそらくスペイン語だったのだろう。駒野は何を言われているのか分からないはずだが、しきりにうなづいていた。気持ちは通じていたのだろう」とあるだけだった。このことについて直接バルデスに聞いたインタビューはないのか、そして、将来「感動深い話」として小学生向けの教科書に載せてもいいのではないか、私はそんな気持ちに駆られていた。

教科書に掲載されたスポーツ美談で思い出すのは、上前淳一郎著『やわらかなボール』である。戦前、戦後に語られたお話で、日本の名選手・清水善三とアメリカのウィリアム・チルデンとの名勝負である。第一次大戦後の日本はデビスカップ保持国のアメリカに挑戦することになった。あと一つとれば清水の勝ちが決まるという時、コートの芝に足を滑らせて転びかけたチルデンに、ゆるい球をかえしてやった、というのである。体勢を立て直したチルデンはボールを返し、チルデンがこの勝負に勝利する。清水は、倒れそうになった相手に激しい球を浴びせることを、いさぎよしとしなかったからである。これが、日本の教科書に載っている。

上前の書いた本では、アメリカの代表的なスポーツ・ジャーナリストであるバッド・コリンズの「ソフトタッチよ、さようなら」と題する記事の紹介が続く。あとひとつで清水が勝つ場面で、清水が行ったサーブが完璧にセンターラインに決まったとき、「レット!」(すなわちアウト)とネット審判が判定した。ところが、この審判は死の直前、自分は卑劣な行為をしていたことを告白する。「ぎりぎりまでチルデンを追いつめながら、健闘むなしく敗れたと思われていた清水は、じつは勝っていたのだ」。これがアメリカに伝わる、清水とチルデンの勝負にまつわる美談である。

この物語には後日談があるが、ここで紹介してしまうことはフェアではないので、これ以上触れないことにする。前置きが長くなったが、駒野に声をかけたアエドバルデスが、本当は何と言ったのか深追いすることは、上記の審判ではないが「レット!」ということにしたい。というのは、もしかしたら、ただ「お疲れさん」とだけ言ったのかもしれないからだ。想像の中の物語として、私たちの記憶に残しておけばいい。そんな気がする。昨日のサッカー親善試合、日本-パラグアイ戦を見ながらの感想である。
by hasiru123 | 2010-09-05 23:32 | その他