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夢のマラソン

ナチス・ドイツを巡る映画

この正月に見た映画から。いずれもヒトラーが絡むものだった。
『ヒトラーに屈しなかった国王』は、第二次世界大戦当時、ナチス・ドイツに抵抗し、国の運命を左右する決断を下したノルウェー国王ホーコン7世の3日間(1940年4月9日-11日)を描いた物語である。

ナチス・ドイツ軍がノルウェーに侵攻した。降伏を拒否した国王は、閣僚とともに首都オスロを離れる。ドイツ公使ブロイアーは再び降伏を要求し、ノルウェー政府に国王との謁見の場を設けるよう求めてくる。翌日、ドイツ公使と会うことになった国王は、ナチスに従うか、国を離れて抵抗を続けるか、決断を迫られる。

北欧の小国ながらナチス・ドイツに最も抵抗し続けたノルウェーにとって、歴史に残る重大な決断を下した国王ホーコン7世の運命やいかに。

ノルウェーは立憲君主制を維持しながら、対外的には中立の立場をとってきた。立憲君主制は憲法に従って君主が政治を行う制度だが、君主の権力は憲法によって制限されている。君主の地位はたぶんに形式的であり、議会や内閣が統治の中心を占める。そのためには国王といえどもドイツの支配下に組み込まれるという重大な決定を簡単に承諾するわけにはいかないのだ。

しかし、軍事的に弱小国のノルウェーが抵抗の姿勢を貫徹することは困難を極める。国民への責任を果たすには、ドイツとどう向き合えばいいのか。白旗を挙げてドイツの軍門に下るというのも、犠牲を最小に食い止めるという意味では、ありだと思う。国民視点に立ったとき、ホーコン7世の姿勢が必ずしも最適な解だったとは言えないかもしれないが、小国の運命を背負った国王の姿に凛々しさと親しみを感じた。

この映画を一面的な戦争ドラマにしなかったのは、国王の国民と政府への誠実な態度によるところが大であるが、ヒトラーの指示を伝えるドイツ公使の役回りも光っている。ノルウェーのクーデターにより誕生したクヴィスリング政権(ナチス・ドイツ寄りの新政権)を批判しつつ降伏を求めるあたりは、硬軟織り交ぜたしたたかな外交官だ。

今の日本の立憲政治と照らして考えてみるには、格好の作品だと思う。

もう一つは『否定と肯定』。ホロコーストの真実を探求するユダヤ人の女性歴史学者デボラ・F・リップシュタットと、イギリスの歴史作家で、ホロコーストはなかったとする否定論者のデイヴィッド・アーヴィングが、法廷で対決する。ノンフィクションを基に作られた映画である。

ホロコーストとは、ユダヤ人などに対してナチス・ドイツが組織的に行った大量虐殺を指す。第二次世界大戦後、二度とこのような行為を繰り返してはならないという強い意志、魂が、少なくとも欧米諸国を支えてきた。

真実を守ろうとする者は、否定論者のような存在とどのように向き合うべきなのか。無視するのがいいか、ホロコーストの生き証人に語らせるのがいいか・・・。この難しいテーマに直球勝負で挑んだのが「否定と肯定」である。

映画を見る楽しみをそぐといけないから、話の中身にはこれ以上触れないことにする。私がここで注目したのは、イギリスでは、アメリカと違い(もちろん日本とも違うが)、原告ではなく被告に立証責任がある点だった。アーヴィングがイギリスで訴えを起こした理由の一つはここにある。リップシュタットがイギリスの弁護士を雇って、この重い立証責任をどんなやり方で果たそうとするのかも大きな見どころである。

本題からそれるが、リップシュタットはイギリス滞在中も時間のある限りジョギングを欠かさないという熱心なランナーだ。弁護士から、走るルートを変えるように助言されるくだりがあるが、何事も起こらなくて安堵の胸をなでおろした。

『ヒトラーに屈しなかった国王』はノルウェー、『否定と肯定』はアメリカの作品だが、最近の日本にはこんな力の入った映画が少なくなったなあと、深く感じ入った。なお、ナチス・ドイツを巡る映画は、この他に『ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命』と『ブルーム・オブ・イエスタディ』(いずれも未見)が上映中だ。





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by hasiru123 | 2018-01-10 20:40 | 芸術