夢のマラソン

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森脇康行です。             LSDから始めるランニングの世界を追求します。コミュニケーションを大切に、そして健康に注意しながら走っていきたいと思います。

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カープへの熱い眼差しが忘れられない

死球を受けて連続出場記録がついえたかと思われた翌日、代打で打席に入り、3球とも空振りで三振。これを当時の古葉竹識監督(広島東洋カープ)は「見逃してたら後の試合で使えなかったが、振ってくれた」。当人は「体の痛みより出場できぬ心の痛みが耐えがたかった」と振り返る。

2215試合連続出場を達成した衣笠祥雄選手のプロ野球人生の折り返し点について、4月25日付毎日新聞のコラムはこう振り返っていた。プロ野球の広島カープをリードし続けた衣笠さんが、23日亡くなった。

私の衣笠さんについての記憶けっこう古いもので、巨人がVナインに向けて走り続けていたころだったと思う。強引な空振りで連日のように三振の山を築いていた衣笠さんを、テレビの解説者は手厳しく叱っていた。「こんなことではレギュラーは勤まりません」

それから6年、5番打者として4番の山本浩二さんと共にクリーンナップの一翼を担い、球団初のリーグ優勝に大きく貢献した。特に、オールスターゲームでの山本との二打席連続アベック本塁打は、深く記憶に刻まれた野球ファンも多いのではないか。

先の死球は西本聖投手(巨人)から受けたもので、次戦で3球三振したときに「1球目はファンのため、2球目は自分のため、3球目は西本君のためにスイングしました」という当時の衣笠さんの名言を、こちらは同日の産経新聞の社説が伝えている。強くて優しい野球人がまた一人逝ってしまった。

たくさんのケガと繰り返しやってきた長いスランプ。それがあったからこそ生まれた数々の大記録だと思いたい。


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by hasiru123 | 2018-04-28 21:55 | その他