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『瀬古利彦 マラソンの真髄』を読む

瀬古利彦 マラソンの真髄―世界をつかんだ男の“走りの哲学”
瀬古 利彦 / / ベースボールマガジン社
ISBN : 4583039468
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市民ランナーが練習に取り組むときに難しいのが、「レースに向けて行う調子の引き上げ」と「ジョグによる体調管理」ではないだろうか。

練習を重ねて走力を向上させることに専念するあまり、レース当日に最大のパフォーマンスを発揮するための調整練習までは手が届かないのがふつうだと思う。まず、調整方法を具体的に指導するコーチが身近にいない。そのうえ、マラソンの上級者向けテキストなどにもあまり触れられていない。マラソンは、特に土台作りに大変時間のかかる競技だから、基礎トレーニングの指導にウエイトがかけられるのもうなずける。

『瀬古利彦 マラソンの真髄』を読むと、調整練習すなわち「ピークをつくる」ことは、記録を目指すランナーであれば誰もが真剣に取り組まなくてはならないステップであることがわかる。瀬古氏は試行錯誤の中から「レースの半年前から準備を始め、前半3ヶ月、後半3ヶ月という考え方で年に2回のピークを作ってマラソン練習に取り組む」流れができたと書いている。前半3ヶ月ではトラックレースなどでスピードを磨き、後半3ヶ月でスピードとスタミナを融合させる、という具合だ。また、力を出し切る「ポイント練習」として行うTT(タイムトライアル)も、単にいい結果を出すために行うのではなく、あくまでレースにピークを持っていくための訓練として行う。

TTはレースに近い実践的で、難度の高い練習である。この辺の組み立てが難しく、私はよくTTをレースとほとんど同義的に考えて、TTの直前に軽い調整をしてベストコンディションで臨んだものだ。また、予定されている追い込む練習日にピークを持っていくようなこともしばしばあった。疲労を抜く程度の調整とピークをつくることが混在しているのだ。本書では「TTがレースに直結するといっても、そのTTにピークを合わせようとしてはいけない・・・・・TTのために、その前の練習を落としすぎたり、質を緩めたりすると、TTが本当のレースになってしまう。調子が上がりすぎてしまうと、本番のレースではピークアウトしてしまう」と戒めている。

もう一つ、本書ではレースで結果を出すために重要なこととして「ジョグ」を挙げている。「普段のジョグでも、イメージをつくって、そのイメージ通りに走ることで、本当に自分のイメージを膨らませた走りをレースでできるようになる」。コースやパターンなどについて具体例を随所に示して説明がなされている。いろいろなジョグを行うことによってレースの調整力を養えるようになるという。この部分もおそらく本書の核心を占めるところだと思う。

アスリートだけではなく、健康を目的とした市民ランナーにとってもジョグは大切なことだ。しっかり理解するためには豊富な経験と高度な理解力が必要に思える。ここでは、練習の中で具体的にどのようなことを実践していけばジョグのイメージができあがるのか、自身のトライアル・アンド・エラーを繰り返す中で会得したジョグのイメージが丁寧に語られている。第5章の「瀬古利彦の百カ条」には「ただのジョグはするな」とある。本来のジョグとは何たるかを知るには、瀬古氏が行ったように、自分にあったジョグを練習の中から見つけるしかないだろう。

瀬古氏が直接言及していないことで、知りたいことが二つある。一つは、ソウル五輪の代表選考会であった87年12月の福岡国際マラソンを控えた11月15日、東日本実業団駅伝大会でゴールした直後に左足首を剥離骨折し、福岡を回避して翌年のびわ湖毎日マラソンに変更したことがある。当時はすでに30歳を越えてはいたものの、ボストンマラソンをはじめとする海外レースで勝ち続け、まさに成熟期ではなかったかと思う。突然の故障に大変驚いた記憶がある。なぜ大事なこの時期に故障に遭遇してしまったのか。過ぎてしまったことを悔いても仕方がないのだが、そのときの記憶が今でも鮮明に残っている。

もう一点は、瀬古氏が指導を受けた故中村清氏のことである。中村氏から何を学び、何を残したか。瀬古氏にとって中村清とは何か。瀬古氏をはじめとするトップランナーを輩出した中村学校はなぜ強くなったのか。

中村氏による瀬古評、あるいは中村学校の弟子たちによる中村評は多々あるが、瀬古氏による中村評は少ない。中村氏と二人三脚で走り続けてきた瀬古氏にとって軽々に語れるテーマでないことは承知のうえで『マラソンの真髄』の続編として稿を改めてもらえる日が来ることを願っている。この師弟関係の中には、日本の男子マラソンが再び世界のトップレベルに到達するためのヒントが秘められているように思えるからだ。

『マラソンの真髄』は、マラソントレーニングを完成させ、実践した人による教科書だ。アスリートだけでなく、市民ランナーにこそ読んでほしい一書である。
by hasiru123 | 2007-04-19 07:35 |