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『日本人の足を速くする』を読む


日本人の足を速くする
為末 大 / / 新潮社
ISBN : 4106102137
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「為末 小学生と路上勝負!?」(毎日新聞)という見出しが紙面を飾ったのは、東京・丸の内の路上で5月27日(日)に行われた陸上のイベント「東京アスリート陸上」のことだ。400メートル障害の為末大(APF)をはじめとする第一線の選手たちと小学生が、大観衆の前で走ったり跳躍を披露するというものだった。このイベントは、陸上を広くアピールしたいと考えた為末が、昨年にテレビのクイズ番組で獲得した賞金を投じて企画したもの。

少子化を背景にサッカーや野球に押されて、そして駅伝とマラソンが加熱する中、本来の陸上競技であるトラック&フィールド人口は減少気味だ。第一線のアスリートは、何とか目標とする記録をクリアしたい、大きな大会で一定の成果を獲得したい、少しでも先達に追いつきたい、などと常に先を行こうと試行錯誤している。自分の経験から得たノウハウや知識などを後に続く者にわかりやすく伝えるのは、現役を退いた後に指導者の立場で実践するというのがふつうだ。こういったイベントで陸上競技の面白さを伝える現役選手の活動には大きな拍手を送りたい。

そして、本書。「フィジカル面でハンディを抱える日本人」がどうしたら速く走ることができるかについて、現役のハードラーが自分の目標と重ね合わせながら語ったものである。「大阪(世界陸上)で、そして北京(五輪)で、これまでに手にした2個のメダルとは違う色のメダルをどうしてもとりたい」と考えている中から、発声したメッセージでもある。

読み進める中で目を見張ったのは、「専任コーチ不在の理由」をいう件(くだり)だ。「自分の脳で突き止めた上で行うトレーニングは、上から下りてきたメニューをこなしている場合とは、効力が雲泥の差」で、「自分で考えるという最高に面白い作業を、もったいなくて人に渡したくない」という。ときに選手とコーチがうまくかみ合わずに、結果として離れてしまうケースがある。お互いに不幸なことだと思っていた。為末は、「そういう部分での無駄なエネルギーを使うくらいなら、あらゆるリスクを自分で引き受けて、自分の思いどおりにやったほうが気持ちが集中できますし、覚悟が固まります」

為末は29歳だが、まだ進化の途上にある。その理由は「人間の体やスポーツの方法論については、まだわかっていないことも多く、そのときどきの主流論が必ずしも正しいとはい言い切れないので。いい、とされているのもでもまず疑ってみる」というクリエイティブな力を重視して試行錯誤していく行動力にあると思う。また、彼自身も「足の速い日本人」が生まれる可能性はそこにあると考える。

5月6日に大阪で行われた国際グランプリ(NHKテレビ)で、久しぶりにハードルを越える為末の姿を見た。前半からトップスピードに入り、終盤で粘るという走りは健在だった。本書で書いているように、500日間ハードルを封印してきて、いっそうスピードに磨きがかかったように思える。まずは、6月29日からはじまる日本選手権でのレースに注目したい。
by hasiru123 | 2007-06-03 20:19 |